僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

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「あなたが作戦指揮官だったら、虎の子の精鋭部隊を、敗北の可能性の高いモンスターと戦わせますか?」
 大半の人達はこの秀逸な、もしくは辛辣な回答に己の非を認め、矛を収める選択をした。さもなくば、自分は精鋭を好んで死地へ追いやる人間ですと自己紹介することになるからである。それでも一部の人達は、切り口をスポーツの持つ精神性に替えて非難を続けたが、その人達は世間から残念認定される結末を迎えた。また二番目に多かった「強いチームほど対戦モンスターを予想しやすいのは不公平ではないか」という非難も、新忍道独自の競技システムが周知されるにつれ、往時の勢いはなくなっていった。新忍道本部は二番目の非難へ、こう回答した。
「公式戦で好成績を出すには、強いモンスターに勝ち高評価を得なければなりません。しかし強いモンスターほど、敗北の可能性は高くなってゆきます。日々の鍛錬が実り、以前より成長した自分を獲得したのに、成長すればするほど公式戦で負けやすくなってしまうなら、それは公平と呼べるのでしょうか」
 この回答と先の回答は新忍道本部によってもたらされたが、三番目の非難については違った。「苦手なモンスターが公式戦に選ばれないなら、得意なモンスターばかり練習するようになるのではないか」という非難に答えたのは、部員自身だったのである。湖校の場合は非難と言うよりただの勘違いだったが、僕もこれについては、クラスメイトや友人知人に幾度か説明した。
「例えば静止している敵への射撃は得意でも、速く動く敵は苦手な人がいたとする。するとその人は、あまり動かない種族に高評価を得ることになる。でも新忍道は同じ種族にも、ランクの高低があってね。そして新忍道におけるランク上昇は、全ステータスの上昇を指すから、同じ種族でもランクが上がれば、少し速く動くようになるんだよ。つまりその人は、標的が高速移動する射撃を苦手としている限り、限界がすぐやって来てしまうという事。苦手な要素を放置した時間はそのまま、成長を停滞させる時間に、なってしまうんだね」
 現代日本の教育は短所の矯正より長所の成長を是としているため、新忍道における短所への対応を、時代遅れと評する人がいるのは否めなかった。だが現実問題として、社交性を欠く人が社会生活を送りにくいのも、また事実だった。そして連携が極めて重要な新忍道にとって、社交性とはすなわち連携だった。その連携に影を落とす苦手分野を克服するのは、全国大会上位を目指すチームがどうしても避けて通れない、道だったのである。
 ヒグマ族と戦っている萩校の選手にも、それははっきり見受けられた。Sランクに登録されている湖校に、Aランクの萩高が苦手とする種族の情報は開示されないが、「絞り込んだ二種族のうち苦手なのは熊族だった」のを、僕は明瞭に感じた。だからこそ萩校は、対熊族戦に訓練の比重を傾けた。得意な種族が選ばれる50%の確率に掛けそればかりを訓練するというバクチに走るのではなく、苦手種族の勝率を上げれば得意種族の勝率も上がるという信念のもと、萩校の選手は日々を送っていたのだ。よって三番目に多かった、得意な種族ばかり練習するのではないかという非難は、研究学校生の気質を理解してないが故の、勘違いに類する意見だったのである。
 そしてこの気質も、新忍道に有利なのは研究学校と僕が考える理由の一つだった。世界に通用する専門家を目指す研究学校生にとって、連携と社交に類似性を見いだすのは容易いことだから、訓練するなら苦手な方という発想がこの学校の生徒には自然と湧いてくる。しかも入学してからインハイ予選まで五年以上あるとくれば、苦手分野を克服できると自分を信じることもできる。研究学校生は、そんな環境で日々を過ごしているのだ。湖校の三巨頭が、実際そうだったからね。
 十八歳以下の公式戦で世界初のS評価を出した湖校チーム以上に、対戦モンスターを予想しやすい学校は他になかった。なぜなら埼玉予選で戦った狒々族と対等以上の種族は、たった二つしかなかったからだ。四十七の代表校の中にあって湖校だけが、対戦モンスターを絞り込む必要性を、持たなかったのである。
 然るに三巨頭は六月八日以降、最強種族打倒だけを目標に訓練を重ねてきた。重火器の一斉掃射に頼らずあの種族に勝てたのは本部直属チームのみという事実を、「可能性がゼロでないことを神崎さんが証明してくれたのだから挑戦するのみ」という気概に換え、絶対強者へ挑み続ける毎日を三巨頭は過ごしてきた。その姿を目にするたび、僕は泣けて仕方なかった。だが、僕はまだいい方だった。埼玉予選直後は新忍道部を見学しにくる生徒が三百人ほどいたが、あの種族の圧倒的恐怖と、そして屠られ続ける真田さん達に、きっと耐えられなかったのだと思う。夏休みが始まるころには最盛期の二割に満たない、五十人の生徒が観覧席にいるのみとなっていたのだ。あの頃の真田さん達は、残ってくれた五十人の生徒達にたった一度も勝利の歓喜を味わわせてあげられないことを、幾ら悔いても悔いきれないようだった。
 それでも、真田さん達は挑戦を止めなかった。埼玉予選で戦ったのは上狒々ゆえ、インハイ本選の対戦モンスターは上狒々より強い将狒々という可能性もあったが、最強種族との戦闘以外は一切無駄とばかりに三巨頭は戦い続けたのである。
 その不屈の精神に触れるたび、僕は泣けて仕方なかった。
 でも、それだけではなかった。
 今ふり返ると、不屈の精神だけでは決してなかった。
 それは・・・
「そろそろアップするか」
「そうだな」
「そうですね」
 三巨頭は普段の練習に臨むが如く、準備運動を始める。
 僕は意識を切り替え、脳裏に飛来した正解を心の隅に置いた。
 他者への配慮の、正解を。

 戦闘を終えAプラスの評価を得た萩校が控室に帰ってきた。一つ前の盛校と同評価でも、量子AIによって審判と採点が成される現代に、同率順位は存在しない。暫定一位となった萩校の栄誉を称え、3D壁へ向け、部員全員で敬礼を捧げた。
 大会スケジュールでは湖校が戦闘を開始するのは七分後になっていても、作戦立案と装備変更に五分を割く三巨頭にとって、残り時間は二分しかない。インハイ優勝校となるには明日の二日目へ駒を進めねばならず、そしてそれを決する戦闘が、たった二分後に始まるのだ。白状するとその二分は僕にとって、人生で最も長い二分間だった。無意識に生命力を圧縮し時間を引き延ばしているのではないかと、僕は自分を幾度も疑ったものだ。けど分かり切っているとおりそんな事はもちろんなく、ただ単に、極度の緊張のせいで時間を長く感じているだけだったのである。自分のヘタレ度合いに嫌気が差すも、かといってどうする事もできず、僕は人生最長の二分間にひたすら耐えていた。
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