僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十三章

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 帰りのバスの中、狒々族との戦闘で実物の杉が使われた経緯を、真田さんが教えてくれた。
「控室で対狒々装備を装着中に、望むなら中央の杉を実物に変更するとの指向性2Dメールを、俺達は受け取ってな。大学生以上の全日本大会ではままある事だと知っていた俺達は、話し合うまでもなく変更希望のアイコンを押した。戦闘直前の出来事とはいえ説明が遅れて、済まなかった」
 滅相もありませんと大慌ての僕らに、黛さんが追加した。
「実際は軽量素材にベニヤ板を張っただけらしいが、あの状況で触れると本物の杉にしか思えなかった。それが俺の心から、スポーツと死闘の最後の垣根を取り除いてくれた。杉に隠れて上狒々を不意打する俺にとっては、とてもありがたい変更だったよ」
 おお――っと皆で喜びの声をあげていると、空中に嵐丸がちょこんと現れ、新忍同本部からメールが送られてきたことを告げた。真田さんに促され、嵐丸はそれを読み上る。
「湖校新忍道部の皆さん、全国大会出場おめでとうございます。我々新忍同本部は、全国大会決勝に残る可能性の高い四校に、実物の備品を希望するか否かのメールを戦闘直前に送るよう決定しました。戦闘直前を選んだ理由は、戦士達の生存本能が最も鋭敏になるのがその時間だからです。今回が初めてであるその措置を、全都道府県の予選が終わるまで、どうか伏せておいてください。出場五百二十五校のうち、たった四校の強豪校に選ばれた湖校新忍道部の活躍を、我々一同心から願っています。新忍同本部最高責任者、神崎隼人」
 インターハイでは、各都道府県の代表四十七校がモンスターと戦い、上位四校だけが二戦目に臨み、その二戦目の成績で優勝を決めることになっている。大会本部はその上位四校に入る可能性の高い四校へ、実物の備品を希望するか否かのメールを送信することを、今年初めて試みたのだそうだ。戦闘直前を選んだ理由として神崎さんは生存本能を挙げていたが、戦闘直前の選手達のバイタル情報も、強豪四校を予想する必須要素である気がした。真田さんと荒海さんと黛さんの、控室でのあの落ち着きぶりを思い出すと、そう感じられたのである。
 するとそれは瞬く間に、新忍道本部への感謝へと変わっていった。己の全てを賭けた真剣勝負は、心身を急激に成長させる。黛さんの「スポーツと死闘の最後の垣根を取り除いてくれた」との発言が裏付けるように、実物に触れて戦った四校の選手は、インハイ予選を経て更なる成長を手に入れるのだろう。それは責任ある大人として生きるようになってからも、大いなる助けとなるはずだ。本部のその計らいに、僕は持て余すほどの感謝を抱いたのである。だから、
「大会本部へ、敬礼!」
 真田さんの号令の下、椅子に座ったまま成し得る最高の敬礼を、宙に映し出されたメールへ僕らは捧げた。が、
「いつもより元気がないですね、どうしたんですか、ふくちょー!」
 メールにペコリとお辞儀した嵐丸が、こうしちゃおられんとばかりにクルリと向きを変え、バスの最後尾に座る荒海さんの元へまっしぐらに駆けつけたものだから、厳粛な空気は光の速さで消滅してしまった。これから交わされるやり取りを一言たりとも聞き漏らすまいと、僕は耳をそばだてた。
「なんでもない、大丈夫だから心配するな、わんこ」
「はい、心配はしていません。でも僕には、理由が分からないのです」
「そうしょげるな。いつかお前にも、わかる時がくる」
「本当ですか、ふくちょう!」
「ああ、きっとだ」
「ありがとうございます。絶対無理に感じられ、悲しかったんです。だって、見違えるほど素敵になった女性に好意を示され凄く嬉しかったのに仏頂面をずっと装っている年頃男子の気持ちなんて、難解すぎだからです」
「嵐丸テメェ覚悟しろ!」
「はい、覚悟します、ふくちょー!」
 湖校生になり、今日で一年二か月。
 酸欠を危惧するほど笑い転げる経験をこの一年二か月で無数にしてきたけど、ひょっとすると今ほど真剣にそれを危うんだことは無いのではないかと、バスの座席で身もだえしつつ僕は思ったのだった。

 帰宅後、水晶と美鈴にちょっぴり叱られた。叱っているのではないと声を揃える二人の気持ちを無下にはできないが、僕の考えなしの行動が大事に至らなかったのは二人のお陰なので、間を取り「お叱りをちょっぴり受けた」と胸に刻んだのである。
 社務所の祖父母にインハイ予選の結果を告げ、お風呂にゆっくり浸かり自室で寛いでいると、空中に水晶が現れた。水晶はいつもと変わらぬニコニコ顔だったが、あることを思い出した僕は正座に座り直し、それを報告した。早とちりするでないぞと前置きして、水晶は真実を教えてくれた。
「湖校チームの戦闘中、そなたが心を二つに分け、一方を体から出したのは、翔化の一つじゃ。翔化ではないと咄嗟に感じたのは、そなたの問いへいつも空から答えてくださるお方の、御意向だったのじゃろう」
 御意向の部分は解らずとも、魔想戦以外の理由で翔化してしまったことに変わりはない。罰を申し付けくださいと、僕は頭を下げた。
「これこれ、早とちりするなと言うたではないか。眠留、頭を上げなさい。美鈴も入ってきて、儂の隣にお座り」
「失礼します」
 跪坐で一礼し部屋に入ってきた美鈴は、一度僕の隣に座り水晶へ腰を折ってから、水晶の右後ろに座った。この兄妹にはかなわぬのうと水晶は目を細めたのち、あらましを話すよう美鈴に命じた。
「フィールド上空に浮くお兄ちゃんを知覚できる人が、観客席に七人いました。うち四人は存在を微かに感じられるだけ、二人は輪郭を極々朧げに目視できるだけでしたが、翔体とその場の温度変化を紫外線と赤外線の双方でくっきり観て取れる人が一人いました。その方は別とし、曖昧に感じている六人を選民意識から守るべく、障壁を作りお兄ちゃんを隠しました。一秒未満の出来事だったので、六人は錯覚と結論付けたようでした」
 上体を支えきれず、僕はガックリ項垂れた。翔化した僕を知覚できる人のいる可能性を失念した事か、美鈴に尻拭いをさせてしまった事のどちらか一方なら俯くだけで済んだかもしれないが、二つが合わさるとそうせざるを得なかったのである。だが。
「千家の姫が翔化した眠留を捉えたと直感した儂は競技場へ飛び、観客一人一人を観察した。美鈴の見解は正しく、六人は錯覚として処理しておった。美鈴、ようやったの」
 水晶のこの言葉が耳に届くなり僕はシュバッと顔を上げ、慌てて尋ねた。
「あの、千家の姫って、千家櫛名さんのことですか?」
「ほうほう、眠留は櫛名田姫の暗示に、見事ひっかかっていたようじゃの」
「くっ、櫛名田姫!」
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