僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
473 / 934
十三章

19

しおりを挟む
 帰りのバスの中、狒々族との戦闘で実物の杉が使われた経緯を、真田さんが教えてくれた。
「控室で対狒々装備を装着中に、望むなら中央の杉を実物に変更するとの指向性2Dメールを、俺達は受け取ってな。大学生以上の全日本大会ではままある事だと知っていた俺達は、話し合うまでもなく変更希望のアイコンを押した。戦闘直前の出来事とはいえ説明が遅れて、済まなかった」
 滅相もありませんと大慌ての僕らに、黛さんが追加した。
「実際は軽量素材にベニヤ板を張っただけらしいが、あの状況で触れると本物の杉にしか思えなかった。それが俺の心から、スポーツと死闘の最後の垣根を取り除いてくれた。杉に隠れて上狒々を不意打する俺にとっては、とてもありがたい変更だったよ」
 おお――っと皆で喜びの声をあげていると、空中に嵐丸がちょこんと現れ、新忍同本部からメールが送られてきたことを告げた。真田さんに促され、嵐丸はそれを読み上る。
「湖校新忍道部の皆さん、全国大会出場おめでとうございます。我々新忍同本部は、全国大会決勝に残る可能性の高い四校に、実物の備品を希望するか否かのメールを戦闘直前に送るよう決定しました。戦闘直前を選んだ理由は、戦士達の生存本能が最も鋭敏になるのがその時間だからです。今回が初めてであるその措置を、全都道府県の予選が終わるまで、どうか伏せておいてください。出場五百二十五校のうち、たった四校の強豪校に選ばれた湖校新忍道部の活躍を、我々一同心から願っています。新忍同本部最高責任者、神崎隼人」
 インターハイでは、各都道府県の代表四十七校がモンスターと戦い、上位四校だけが二戦目に臨み、その二戦目の成績で優勝を決めることになっている。大会本部はその上位四校に入る可能性の高い四校へ、実物の備品を希望するか否かのメールを送信することを、今年初めて試みたのだそうだ。戦闘直前を選んだ理由として神崎さんは生存本能を挙げていたが、戦闘直前の選手達のバイタル情報も、強豪四校を予想する必須要素である気がした。真田さんと荒海さんと黛さんの、控室でのあの落ち着きぶりを思い出すと、そう感じられたのである。
 するとそれは瞬く間に、新忍道本部への感謝へと変わっていった。己の全てを賭けた真剣勝負は、心身を急激に成長させる。黛さんの「スポーツと死闘の最後の垣根を取り除いてくれた」との発言が裏付けるように、実物に触れて戦った四校の選手は、インハイ予選を経て更なる成長を手に入れるのだろう。それは責任ある大人として生きるようになってからも、大いなる助けとなるはずだ。本部のその計らいに、僕は持て余すほどの感謝を抱いたのである。だから、
「大会本部へ、敬礼!」
 真田さんの号令の下、椅子に座ったまま成し得る最高の敬礼を、宙に映し出されたメールへ僕らは捧げた。が、
「いつもより元気がないですね、どうしたんですか、ふくちょー!」
 メールにペコリとお辞儀した嵐丸が、こうしちゃおられんとばかりにクルリと向きを変え、バスの最後尾に座る荒海さんの元へまっしぐらに駆けつけたものだから、厳粛な空気は光の速さで消滅してしまった。これから交わされるやり取りを一言たりとも聞き漏らすまいと、僕は耳をそばだてた。
「なんでもない、大丈夫だから心配するな、わんこ」
「はい、心配はしていません。でも僕には、理由が分からないのです」
「そうしょげるな。いつかお前にも、わかる時がくる」
「本当ですか、ふくちょう!」
「ああ、きっとだ」
「ありがとうございます。絶対無理に感じられ、悲しかったんです。だって、見違えるほど素敵になった女性に好意を示され凄く嬉しかったのに仏頂面をずっと装っている年頃男子の気持ちなんて、難解すぎだからです」
「嵐丸テメェ覚悟しろ!」
「はい、覚悟します、ふくちょー!」
 湖校生になり、今日で一年二か月。
 酸欠を危惧するほど笑い転げる経験をこの一年二か月で無数にしてきたけど、ひょっとすると今ほど真剣にそれを危うんだことは無いのではないかと、バスの座席で身もだえしつつ僕は思ったのだった。

 帰宅後、水晶と美鈴にちょっぴり叱られた。叱っているのではないと声を揃える二人の気持ちを無下にはできないが、僕の考えなしの行動が大事に至らなかったのは二人のお陰なので、間を取り「お叱りをちょっぴり受けた」と胸に刻んだのである。
 社務所の祖父母にインハイ予選の結果を告げ、お風呂にゆっくり浸かり自室で寛いでいると、空中に水晶が現れた。水晶はいつもと変わらぬニコニコ顔だったが、あることを思い出した僕は正座に座り直し、それを報告した。早とちりするでないぞと前置きして、水晶は真実を教えてくれた。
「湖校チームの戦闘中、そなたが心を二つに分け、一方を体から出したのは、翔化の一つじゃ。翔化ではないと咄嗟に感じたのは、そなたの問いへいつも空から答えてくださるお方の、御意向だったのじゃろう」
 御意向の部分は解らずとも、魔想戦以外の理由で翔化してしまったことに変わりはない。罰を申し付けくださいと、僕は頭を下げた。
「これこれ、早とちりするなと言うたではないか。眠留、頭を上げなさい。美鈴も入ってきて、儂の隣にお座り」
「失礼します」
 跪坐で一礼し部屋に入ってきた美鈴は、一度僕の隣に座り水晶へ腰を折ってから、水晶の右後ろに座った。この兄妹にはかなわぬのうと水晶は目を細めたのち、あらましを話すよう美鈴に命じた。
「フィールド上空に浮くお兄ちゃんを知覚できる人が、観客席に七人いました。うち四人は存在を微かに感じられるだけ、二人は輪郭を極々朧げに目視できるだけでしたが、翔体とその場の温度変化を紫外線と赤外線の双方でくっきり観て取れる人が一人いました。その方は別とし、曖昧に感じている六人を選民意識から守るべく、障壁を作りお兄ちゃんを隠しました。一秒未満の出来事だったので、六人は錯覚と結論付けたようでした」
 上体を支えきれず、僕はガックリ項垂れた。翔化した僕を知覚できる人のいる可能性を失念した事か、美鈴に尻拭いをさせてしまった事のどちらか一方なら俯くだけで済んだかもしれないが、二つが合わさるとそうせざるを得なかったのである。だが。
「千家の姫が翔化した眠留を捉えたと直感した儂は競技場へ飛び、観客一人一人を観察した。美鈴の見解は正しく、六人は錯覚として処理しておった。美鈴、ようやったの」
 水晶のこの言葉が耳に届くなり僕はシュバッと顔を上げ、慌てて尋ねた。
「あの、千家の姫って、千家櫛名さんのことですか?」
「ほうほう、眠留は櫛名田姫の暗示に、見事ひっかかっていたようじゃの」
「くっ、櫛名田姫!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

よろずカウンセラー広海の失敗。

ユンボイナ
キャラ文芸
カウンセリング、特に夫婦関係や恋愛関係についての悩み解消を得意としつつ、自分は恋愛経験が少ない町田広海(ひろみ)が、様々な人のモヤモヤをすっきりさせていく話です。しかし、広海自身もうっかり恋の落とし穴に……。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝
キャラ文芸
とある街に住む、小学二年生の女の子たち。 ヤマダミヨとコヒニクミコがおりなす、小粒だけどピリリとスパイシーな日常。 子どもならではの素朴な疑問を、子どもらしからぬ独断と偏見と知識にて、バッサリ切る。 そこには明確な答えも、確かな真実も、ときにはオチさえも存在しない。 だって彼女たちは、まだまだ子ども。 ムズかしいことは、かしこい大人たち(読者)に押しつけちゃえ。 キャラメル色のくせっ毛と、ニパッと笑うとのぞく八重歯が愛らしいミヨちゃん。 一日平均百文字前後で過ごすのに、たまに口を開けばキツめのコメント。 ゆえに、ヒニクちゃんとの愛称が定着しちゃったクミコちゃん。 幼女たちの目から見た世界は、とってもふしぎ。 見たこと、聞いたこと、知ったこと、触れたこと、感じたこと、納得することしないこと。 ありのままに受け入れたり、受け入れなかったり、たまにムクれたり。 ちょっと感心したり、考えさせられたり、小首をかしげたり、クスリと笑えたり、 ……するかもしれない。ひとクセもふたクセもある、女の子たちの物語。 ちょいと覗いて見て下さいな。

vaccana。

三石一枚
キャラ文芸
 「ねえ知ってる? 最近でるらしいよ?」  ――吸血鬼――。白皮症、血液嫌い、大妄想持ちの女子高校生、出里若菜は克服しきれない朝の眩惑的騒々しさの中で、親友から今更ながらの情報を小耳に入れる。  吸血鬼が現れる。なんでも、ここ最近の夜間に発生する傷害事件は、おとぎ話でしか存在を聞いたことがない、そんな化け物が引き起こしているらしい、という情報である。  噂に種はなかった。ただ、噂になるだけの事象ではあった。同時に面白いがために、そうやって持ち上げられた。出里若菜はそう思う。噂される化け物らは、絵本に厳重に封をされている。加えて串刺し公の異名を持つブラド・ツェペシュも結局人の域を出なかった。  この化け物も結局噂の域を出ない伝説なのだ。出里若菜はそう決め込んでいた。  あの光景をみるまでは。  ※流血表現、生生しい描写、という要素が含まれております。   ご注意ください。  ※他サイト様にも掲載させていただいてます。

たまには異能力ファンタジーでもいかがです?

大野原幸雄
ファンタジー
大切な何かを失って、特殊な能力に目覚めたロストマン。 能力を奪う能力を持った男が、様々なロストマンの問題を解決していく異能力ファンタジー。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

処理中です...