僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十三章

13

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 人々の声が観客席に立ち始めたのは、戦闘終了から十秒を経たころだった。
 それは、自分が生きていることを確認する独り言だった。「生き残れた」「死なずにすんだ」「もうダメかと思った」等々を、一人一人が放心したように呟いていた。
 その時間が過ぎ、ようやく観客席のそこかしこに、フィールドへ目を向ける人達が現れ始めた。公式AIが気を利かせ3D映像の明度を上げていた事もあり、雨の煙る中にあって、日の差す場所がそこに広がっているとその人達は感じた。
 そしてその中心に、見た。
 地に片膝付き呼吸を整える三人の若者を、人々はその瞳に捉えたのである。
 観客席からまばらに、拍手が立ち始めた。
 合わせていた手を打ち鳴らすことから始まった、そのゆっくりした拍手は、少しずつ少しずつ会場の隅々へ広がっていった。
 次第に高まってゆく拍手に励まされ、若者達が支え合いながら立ち上がる。
 一人では、無理だっただろう。
 二人でも、もう一方を支えきれなかっただろう。
 三人だったからこそ、ふらつく一人へ二人が手を貸し、よろめく一人を二人で支えて、立ち上がれたのだ。
 それを噛みしめたのち三人は頷き合い、観客席に向かって横一列に並び、声を揃えた。
「「「戦友達へ、敬礼!」」」
 その時、意識体となり宙に浮かぶ僕はこの目ではっきり見た。
 人は個別の心を有し独自の人生を歩んでいるが、感動をかけ橋にして心を一つにするのは、可能なのだと。 
 ――我がいとし子らよ、幸いなれ
 空間の降ろした寿ことほぎの振動を、僕は意識体を介してそのとき初めて、直接感じたのだった。

 控室に戻ってきた真田さんと荒海さんと黛さんは「スマン」と小さく呟き、そのまま床に横たわった。
 顔色は良く、左手首に巻いたメディカルバンドもバイタル異常を知らせていなかったので僕らは取り乱しこそしなかったが、それでも取り乱す一歩手前に陥ったのは事実だった。すると、
「皆さん、安心してください。三人は呼吸を整えているだけです。フィールドに今の戦闘の名場面を映し、それを解説して時間を三分確保しますから、真田選手と荒海選手と黛選手は呼吸を整えることに専念してください」
 公式AIが宙に現れ僕らを安心させてくれた。空中に映し出された残り三分のカウントダウンを一瞥し、真田さん達は目を閉じる。竹中さんの指示でその場から離れた僕ら十二人へ、公式AIが優しい口調で語りかけてきた。
「大会規約により校名は告げられませんが、私は関東から遠く離れた高校の、新忍道部公式AIです。皆さんの部のAIより一ランク低くとも、戦友を理解すべく本部が開発した新AIですから、この子も一緒なんですよ」
 僕らの目の前に、嵐丸によく似た子犬がちょこんと現れた。毛の色と顔立ちは若干違っていても、皆から愛されすくすく成長しているのはピッタリ同じだったので、僕らはたちまち親近感を覚えた。それは子犬も同じだったらしく一目散に駆けてきて、菊本さんの足にじゃれついた。さすが子犬マスターの菊本さんだなあと、皆で顔をほころばせた。
「今日から四日間かけ、各都道府県のインターハイ予選が行われます。今日は最も多い十七都道府県が大会を開いており、本部開発の新AI十七台が各大会の公式AIとして働いています。皆さんの部のAIは本部のメインAIとともに、十七の大会のバックアップをしていますね」
 そこら辺の事情は事前に知らされていたが、嵐丸によく似た子犬をじゃらしながら聞くと、実感の度合いがまるで違った。どことなく寂しげにしていたエイミィが、いつもの笑みを取り戻したような気がした。
「大会規約の範囲内で話します。湖校チームの三人が全国屈指の選手である事へ、本部は大会前から着目していました。建物側の中央の杉が実体だった理由は、そこにあります。詳しくは三人が、明かしてくれるでしょう」
 真田さん達へ顔を向けた。三人の真上に浮いているカウントダウンが、残り一分三十秒になっていた。あれが残り一分になったら三人は立ち上がるつもりなのだと、僕ら十二人は寸時もたがわず直感した。
「三選手にとっての残り二十秒を、スポーツにたとえる事はできません。体力面だけなら、75メートルを全力疾走する心づもりで150メートルを駆け抜けた状態にほぼ等しくとも、敗北が死に直結するスポーツは存在しないからです」
 人が全力疾走で加速しつづけられるのは、75メートル前後と言われている。よって今の言葉を強引に解釈するなら、敗北が死に直結する全身全霊の戦いは全力疾走75メートル分しか行えないはずなのに、真田さんと荒海さんと黛さんは、それを倍する150メートル分の戦闘を行ったという事なのだろう。
 ふと、去年四月末の闇油戦が思い出された。生命力を使いつくす寸前まで戦った僕は意識を失っていた二日間で、体を新しく造り変えていた。それは輝夜さんも同じだったから、ひょっとすると人の体は、生命力を消費することで成長を獲得できるよう創造されているのかもしれない。インハイ予選決勝という大切な場面で湖校チームが上狒々と戦ったのは、真田さん達の更なる成長を願った新忍同本部の意向だったのではないかと僕は感じた。
 丁度その時、カウントダウンが残り一分になった。そのとたん待ってましたとばかりに、一年生の松竹梅がバスタオルと着替えを手に真田さん達のもとへすっ飛んで行った。身を起こした真田さんと荒海さんと黛さんはそんな一年生に顔をほころばせ、礼を言ってバスタオルを手に取る。松竹梅は英雄を目の前にした子供そのものの瞳で、真田さん達の着替えを手伝っていた。その光景に、僕はさっき思い付いたことを一部修正した。
「新忍同本部は戦闘に臨む選手だけでなく、その選手を支える部員全員の成長を、願ってくれたんだなあ」と。
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