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十三章
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最終プログラムのクラス対抗男女混合リレー決勝を制したのは、真山を擁する六組だった。第四走者に割り当てられた400メートルの前半を使い四位から一位へ浮上し、そして後半で完全独走状態を作り上げてゴールテープを切るという真山の王者ぶりに、抜き去られた組の第三走者を務めたことも忘れて僕は魅了されていた。けどある姿を思い出してからは、驚嘆や賞賛より、感謝の気持ちを僕は持つようになっていた。その思い出した事とは、前日に行われた一年生体育祭における、美鈴の姿だった。
二年生体育祭の、二日前。
美鈴にとって初めての湖校体育祭となる、一年生体育祭の前日。
僕は自然さを精一杯装い、美鈴に尋ねた。
「美鈴は体育祭の、どの競技に出るんだい?」
兄としての贔屓目など一切ない真情として断言するが、美鈴はその気になれば体育祭の全競技で、湖校歴代一位を出すことができる。いやそれどころか、翔刀術の訓練中に3メートルの垂直跳びを楽々してのける美鈴にとって、湖校歴代一位と世界新記録に難度の差などこれっぽっちも無いというのが、偽らざる真実なのだろう。世界記録を更新するより、埒外の身体能力を隠しおおすことの方を、よほど難しく感じる存在。美鈴はそんな、地球人として一括りにしては決してならない、人を超えた存在なのである。
然るに僕は、体育祭に臨む妹が心配でならなかった。クラスメイトとの信頼関係を第一に考えるなら、割り当てられた競技を全力でこなすのが、人として歩むべき道なのだろう。だが敷庭の四隅にある3メートルの柱の上部へ、助走をまったくせず容易く飛び乗る美鈴が走り高跳びでその能力を使ったら、一体全体どうなってしまうのか。僕と輝夜さんが可能性としてのみ辿り着いた重力軽減技術を、美鈴はおそらく精霊猫の空から既に教えられており、跳ぶどころか飛ぶことすら可能なのかもしれないのだ。その超絶技術を単なる学校行事で使えるはずなく、かと言ってあからさまに手を抜く訳にもいかず、詰まるところ美鈴は体育祭の間中、一生懸命やっている演技を続けなければならない。それが心の負担になっていやしないかと、僕は心配で心配でならなかったのである。という次第で僕は一年生体育祭の前日、自然さを精一杯装って美鈴に尋ねた。
「美鈴は体育祭の、どの競技に出るんだい?」
だが、
「ナイショ!」
美鈴はそれを一蹴した。ただそのさい浮かべた笑顔が、兄である僕すらあまり目にしたことのない年齢相応の可愛らしい笑顔だったので、妹が心配でならない状態から通常の心配状態へ、僕は戻ることができたのである。
その翌日の、一年生体育祭当日。朝のHRが終わるなり教室を飛び出しグラウンドに向かった僕は、女子100メートル予選の第一走者10人が走り終えるなり、耳にする事となる。それは、
『猫将軍美鈴のスタート時の反応速度、0.067秒。湖校歴代一位のこのタイムへ、ボーナス80点を与える』
という、僕が去年出した0.068秒が美鈴によって抜き去られたことを告げる、アナウンスだった。そして予選終了とともに僕のもとへ駆け寄ってきた美鈴は、早口でこう宣言した。
「去年のお兄ちゃんのように、私もあと四回、記録を更新するからね!」
呆気にとられる僕をよそに、「「おお~~!!」」「「美鈴ちゃん頑張れ~」」と周囲から大歓声が上がった。毎度毎度のことすぎて言及するまでもないが、美鈴が出場する競技を知らなかったのは僕だけで、それを知っていた仲間達と先輩方が、女子100メートル予選に合わせて第一グラウンドに集結していたのである。そんな皆へ美鈴は珍しく、腰に手を当て胸をそびやかし、エッヘンと頷いたからたまらない。僕らはもちろん、僕らに注目していた大勢の見学者と一年生達が一斉に、火山噴火さながらの笑い声を上げたものだった。
在校生数五千を誇る研究学校は、一年生体育祭は月曜開催で二年生体育祭は火曜開催のように、体育祭を学年毎にずらして行っている。よって時間割のない授業形態を採用している研究学校では、他の学年の体育祭を自由に見学する事ができるのだけど、それでも生徒たちが詰めかけるのはもっぱら六年生体育祭で、一年生が注目されることは滅多にないと言って良かった。にもかかわらずこれほど多くの上級生が第一グランドに集まっているのは、一年一組に近づくほど見学エリアの人だかりが増えてゆく事からも明らかなように、美鈴がいるからなのだろう。身体能力のみならず胆力も埒外に優れていると知りつつも、注目を浴びすぎる妹を何かと心配せずにはいられない、僕だった。
とまあこんな具合に僕はいつもどおり妹を案じ、そしてこれまたいつもどおり、妹はその遥か先を飛翔して行った。八百人を超える同級生と、ほぼ同数の見学者の注目を一身に浴びていようと、美鈴は続く準決勝で湖校歴代一位を更新した。噂を聞き付けた上級生がどっと押し寄せた午後の部でも、それは同じだった。いや、兄である僕と、美鈴と深い親交を結んだ少数の人達だけが気づいたことだが、100メートル決勝、組対抗リレー予選、そしてリレー決勝と注目度が増すにつれ、美鈴は巫女としての美鈴になって行った。神の降臨する場を祓い清める、美と高貴のエッセンスに美鈴はなって行った。それは人々の心を打ち、そして震わせ、第一グラウンド全体を高き波長の清らかな場へ上昇させていった。神事に携わる者として遅すぎること甚だしくとも、それでも僕はその時初めて知った。
――体育祭という語彙に用いられている祭りの語源は「祀る」の名詞形ゆえ、希代の巫女である美鈴がその中心にいれば、運動を介して神を垣間見る場に、体育祭はなるのだと――
宇宙の創造主たる空間の存在を直接感じたのは、僕と旧十組の仲間達とゴールデンウィークを美鈴と一緒に過ごした五人だけだった。
しかし美鈴の奉納神楽の手助けに駆けつけてくれた湖校生達も、実感に準ずる感覚を得ていたみたいだった。
その他にも大勢の生徒達が、組対抗リレー決勝の終了した折、大切な何かを思い出そうとする面持ちで空を見上げていた。
いつもの空回りなのかもしれないが僕はその時、次回の奉納神楽に向けてなるべく早く協力体制を確立しなければならないと、拳をきつく握りしめた。すると、僕と想いを一つにしていたとしか考えられない完璧なタイミングで、
「俺も協力を惜しまないよ」
高い音と低い音を調和させた声が、隣から届いたのである。
二年生体育祭の、二日前。
美鈴にとって初めての湖校体育祭となる、一年生体育祭の前日。
僕は自然さを精一杯装い、美鈴に尋ねた。
「美鈴は体育祭の、どの競技に出るんだい?」
兄としての贔屓目など一切ない真情として断言するが、美鈴はその気になれば体育祭の全競技で、湖校歴代一位を出すことができる。いやそれどころか、翔刀術の訓練中に3メートルの垂直跳びを楽々してのける美鈴にとって、湖校歴代一位と世界新記録に難度の差などこれっぽっちも無いというのが、偽らざる真実なのだろう。世界記録を更新するより、埒外の身体能力を隠しおおすことの方を、よほど難しく感じる存在。美鈴はそんな、地球人として一括りにしては決してならない、人を超えた存在なのである。
然るに僕は、体育祭に臨む妹が心配でならなかった。クラスメイトとの信頼関係を第一に考えるなら、割り当てられた競技を全力でこなすのが、人として歩むべき道なのだろう。だが敷庭の四隅にある3メートルの柱の上部へ、助走をまったくせず容易く飛び乗る美鈴が走り高跳びでその能力を使ったら、一体全体どうなってしまうのか。僕と輝夜さんが可能性としてのみ辿り着いた重力軽減技術を、美鈴はおそらく精霊猫の空から既に教えられており、跳ぶどころか飛ぶことすら可能なのかもしれないのだ。その超絶技術を単なる学校行事で使えるはずなく、かと言ってあからさまに手を抜く訳にもいかず、詰まるところ美鈴は体育祭の間中、一生懸命やっている演技を続けなければならない。それが心の負担になっていやしないかと、僕は心配で心配でならなかったのである。という次第で僕は一年生体育祭の前日、自然さを精一杯装って美鈴に尋ねた。
「美鈴は体育祭の、どの競技に出るんだい?」
だが、
「ナイショ!」
美鈴はそれを一蹴した。ただそのさい浮かべた笑顔が、兄である僕すらあまり目にしたことのない年齢相応の可愛らしい笑顔だったので、妹が心配でならない状態から通常の心配状態へ、僕は戻ることができたのである。
その翌日の、一年生体育祭当日。朝のHRが終わるなり教室を飛び出しグラウンドに向かった僕は、女子100メートル予選の第一走者10人が走り終えるなり、耳にする事となる。それは、
『猫将軍美鈴のスタート時の反応速度、0.067秒。湖校歴代一位のこのタイムへ、ボーナス80点を与える』
という、僕が去年出した0.068秒が美鈴によって抜き去られたことを告げる、アナウンスだった。そして予選終了とともに僕のもとへ駆け寄ってきた美鈴は、早口でこう宣言した。
「去年のお兄ちゃんのように、私もあと四回、記録を更新するからね!」
呆気にとられる僕をよそに、「「おお~~!!」」「「美鈴ちゃん頑張れ~」」と周囲から大歓声が上がった。毎度毎度のことすぎて言及するまでもないが、美鈴が出場する競技を知らなかったのは僕だけで、それを知っていた仲間達と先輩方が、女子100メートル予選に合わせて第一グラウンドに集結していたのである。そんな皆へ美鈴は珍しく、腰に手を当て胸をそびやかし、エッヘンと頷いたからたまらない。僕らはもちろん、僕らに注目していた大勢の見学者と一年生達が一斉に、火山噴火さながらの笑い声を上げたものだった。
在校生数五千を誇る研究学校は、一年生体育祭は月曜開催で二年生体育祭は火曜開催のように、体育祭を学年毎にずらして行っている。よって時間割のない授業形態を採用している研究学校では、他の学年の体育祭を自由に見学する事ができるのだけど、それでも生徒たちが詰めかけるのはもっぱら六年生体育祭で、一年生が注目されることは滅多にないと言って良かった。にもかかわらずこれほど多くの上級生が第一グランドに集まっているのは、一年一組に近づくほど見学エリアの人だかりが増えてゆく事からも明らかなように、美鈴がいるからなのだろう。身体能力のみならず胆力も埒外に優れていると知りつつも、注目を浴びすぎる妹を何かと心配せずにはいられない、僕だった。
とまあこんな具合に僕はいつもどおり妹を案じ、そしてこれまたいつもどおり、妹はその遥か先を飛翔して行った。八百人を超える同級生と、ほぼ同数の見学者の注目を一身に浴びていようと、美鈴は続く準決勝で湖校歴代一位を更新した。噂を聞き付けた上級生がどっと押し寄せた午後の部でも、それは同じだった。いや、兄である僕と、美鈴と深い親交を結んだ少数の人達だけが気づいたことだが、100メートル決勝、組対抗リレー予選、そしてリレー決勝と注目度が増すにつれ、美鈴は巫女としての美鈴になって行った。神の降臨する場を祓い清める、美と高貴のエッセンスに美鈴はなって行った。それは人々の心を打ち、そして震わせ、第一グラウンド全体を高き波長の清らかな場へ上昇させていった。神事に携わる者として遅すぎること甚だしくとも、それでも僕はその時初めて知った。
――体育祭という語彙に用いられている祭りの語源は「祀る」の名詞形ゆえ、希代の巫女である美鈴がその中心にいれば、運動を介して神を垣間見る場に、体育祭はなるのだと――
宇宙の創造主たる空間の存在を直接感じたのは、僕と旧十組の仲間達とゴールデンウィークを美鈴と一緒に過ごした五人だけだった。
しかし美鈴の奉納神楽の手助けに駆けつけてくれた湖校生達も、実感に準ずる感覚を得ていたみたいだった。
その他にも大勢の生徒達が、組対抗リレー決勝の終了した折、大切な何かを思い出そうとする面持ちで空を見上げていた。
いつもの空回りなのかもしれないが僕はその時、次回の奉納神楽に向けてなるべく早く協力体制を確立しなければならないと、拳をきつく握りしめた。すると、僕と想いを一つにしていたとしか考えられない完璧なタイミングで、
「俺も協力を惜しまないよ」
高い音と低い音を調和させた声が、隣から届いたのである。
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