僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
451 / 934
十三章

4

しおりを挟む
 同性の友人達の中で声変わりしていないのは僕だけだから、自分の声の幼さに胸中項垂れることが僕は多いのだけど、そんなとき真山は必ず、声調を少し上げてくれた。気分が高揚したさい人は無意識に声を高くし、それが転じて「声を高くすると気分も高揚する」という現象を引き起こすのは広く知られていても、これを真山以上に巧く使いこなす人を僕は知らなかった。普通なら「声調を急に切り替えた」という印象を抱くものなのに、それが真山には全くない。高い音と低い音の調和した真山の声には高い声がもともと含まれているため、両者の調和点が高い方へ傾いたと感じるだけで、急に切り替えたという無理やり感が生じないのである。自分の声が持つその長所を、長期間かけて育んできた真山がさりげなく、かつ心を込めてそうしてくれるのだから、音色の少し上がった真山の声が耳に届くたび、僕はいつも得もいわれぬ安心感を覚えていたのだ。
 しかし僕は今回、それへの考えを改めた。協力を惜しまないと明言した際、真山は声の上げ下げを一切しなかった。声調変化による印象操作など小賢しいとばかりに、まっさらの声で真山は己の決意を述べたのである。それが別の場面で行われたなら、いつもの気遣いを否定された気がして、僕は少なからず落ち込んだだろう。だが、今回は違った。
『希代の巫女である美鈴が、その本分を十全に発揮する奉納神楽を、万難を排し守ってみせる』
 この決意そのものとなった真山がありのままの自分を僕にさらした結果、声調に一切の変化が現れなかったなら、それ以上に僕を安心させる声が果たしてあるだろうか?
 そう、そんなものは、この宇宙に存在しないのである。
 然るに僕も、心のままを伝えた。
「ああ、頼りにしているよ、真山」
 任せてくれと、真山は全身で頷いた。その真山が、親友だろうが同性だろうがお構いなしに惚れてしまうほど頼もしく目に映ったので、僕はついついいらぬことを口ばしってしまった。「命より大切な妹を任せられるのは、やっぱり真山だけだな」と。
 そのとたん、
「グホッ、ゲホッ、ブハッ、ガハッ」
 真山は盛大にせき込み始めた。
 良く言えば常に泰然としている、若干悪く言えばどこか浮世離れしている真山が、年齢相応の普通の少年になるのは「美鈴が絡んだ時のみ」ということを芯から理解している僕ら男子達は、一年生リレーの勝敗そっちのけで、真山にヘッドロックとくすぐりの集中砲火を浴びせたのだった。
 
 それから丸一日が経った、二年生体育祭当日。
 クラス対抗リレー決勝の、七人の最終走者がゴールを目指している、佳境の時。
 ライバルは己のみと突っ走る真山へ、グラウンドの隅々から大歓声が送られる中、僕は場違いな想いを胸にその走りを見つめていた。
 それは、美鈴のために力を振り絞ってくれてありがとうという、感謝の想いだった。
 ほとんど枕詞まくらことばになってしまった咲耶さんの「ナイショだからね」を耳に収めてから聴いたところによると、真山は湖校歴代一位のモテ男らしい。真山に比肩する人気を博した男子生徒なら複数いたが、それは尊敬や親しみ等も加えた総合的な人気であり、純粋な恋心をこうも長期間集め続ける男子は、真山が初めてなのだそうだ。ここまでは「さすが真山だなあ」と僕はニコニコしていたのだけど、続く話に僕の顔は凍りついた。咲耶さんは、こう語ったのである。
「女子生徒達の恋心が一年以上持続した最大理由は、彼には表面上、特定の女子がいなかったからなの。特定の女子どころか生涯唯一の女性が彼の胸の中にいるのを知っているのは、彼が絶対的な信頼を寄せている、極少数の人達だけなのよ。そして大勢の湖校生を長年見てきた私は、恋心の持続時間の長さと、特定の女子への反感は、多くの場合比例すると言わざるを得ない。眠留、こくでしょうが心に留めなさい。湖校歴代一のモテ男の想い人は、湖校歴代一の反感を一身に集める可能性が、高いという事を」
 咲耶さんはその後、凍りついた僕を解凍すべく、反感を集めない可能性も高確率である事を説明してくれた。
「舞踏会に現れたシンデレラは群を抜いて美しかったから、王子様の求愛を受けて当然だと大多数の人は感じたわ。でも、みすぼらしいシンデレラしか見てこなかった義姉達は、シンデレラを憎んだの。そして眠留の妹さんの実力は、シンデレラの比ではない。AランクAIの誇りをかけて、私はそう断言しましょう」
 十二単のお姫様姿で僕の部屋へやって来るようになってからも、湖校の教育AIとしての立場上、咲耶さんは美鈴に真の姿を見せることができなかった。それを憂えていた咲耶さんは美鈴の湖校入学が決まるなり神社を訪れ、真の姿で美鈴と対面した。それについて話してくれた際、「自分の容姿に自信を一番持っていない教育AIは私だってずっと思ってきたけど、あの時以上にそれを感じたことはないわ」と咲耶さんは項垂れた。しかしすぐさま顔を上げ、「けどさすがは、入学前に真の私を見たただ一人の生徒ね。教育AIの権限ギリギリだから同僚達には伏せるしかないし、そんな話も聞いたこと無いけど、湖校唯一は研究学校唯一のことがとても多いから、今回もそうじゃないかって私は思うわ」と、さも嬉しげに言ったのである。その日以降、咲耶さんたちF型AIは美鈴の部屋で幾度も女子会を開き親交を深めていたので、
 ――シンデレラの比喩
 は僕の胸をえぐった。よって仲間達に協力を仰ぎ、真山と美鈴に関する噂話をここ三カ月ほど調査してきた。だが噂話という外部の調査に心を砕いてきたことが裏目に出て、真山の内側にある想いを察することを、僕は怠ってしまっていた。その怠りと、真山の想いの両方を、リレー決勝で独走する真山を見て僕はやっと気づいたのである。
「ああ真山は、陸上部員を置き去りにする持久力を、美鈴に会ってからずっと鍛えてきたんだ。そしてそれを成し遂げ、こうして独走状態を作ることで、美鈴に釣り合う男になるため努力している姿を、皆に見てもらっているんだな」と。
 シンデレラが美しければ美しいほど、王子様に恋心を抱いていた女性達は、それを諦めやすくなる。自分より遥かに美しいのだから仕方ないという気持ちを、女性達は持ちやすくなるのだ。
 したがって、真山に恋心を抱いていた女の子たちから美鈴以上に反感を受けにくい少女は、限りなくゼロに等しいと言える。美しさはもちろん、性格、頭脳、身体能力、料理技術、新神楽を奉納する舞姫、そして撫子部一年エース等々の様々な要素で、美鈴は素晴らしいとしか言いようのない、いや完璧としか表現しようのない少女だからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹はわたくしの物を何でも欲しがる。何でも、わたくしの全てを……そうして妹の元に残るモノはさて、なんでしょう?

ラララキヲ
ファンタジー
 姉と下に2歳離れた妹が居る侯爵家。  両親は可愛く生まれた妹だけを愛し、可愛い妹の為に何でもした。  妹が嫌がることを排除し、妹の好きなものだけを周りに置いた。  その為に『お城のような別邸』を作り、妹はその中でお姫様となった。  姉はそのお城には入れない。  本邸で使用人たちに育てられた姉は『次期侯爵家当主』として恥ずかしくないように育った。  しかしそれをお城の窓から妹は見ていて不満を抱く。  妹は騒いだ。 「お姉さまズルい!!」  そう言って姉の着ていたドレスや宝石を奪う。  しかし…………  末娘のお願いがこのままでは叶えられないと気付いた母親はやっと重い腰を上げた。愛する末娘の為に母親は無い頭を振り絞って素晴らしい方法を見つけた。  それは『悪魔召喚』  悪魔に願い、  妹は『姉の全てを手に入れる』……── ※作中は[姉視点]です。 ※一話が短くブツブツ進みます ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。

ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝
キャラ文芸
とある街に住む、小学二年生の女の子たち。 ヤマダミヨとコヒニクミコがおりなす、小粒だけどピリリとスパイシーな日常。 子どもならではの素朴な疑問を、子どもらしからぬ独断と偏見と知識にて、バッサリ切る。 そこには明確な答えも、確かな真実も、ときにはオチさえも存在しない。 だって彼女たちは、まだまだ子ども。 ムズかしいことは、かしこい大人たち(読者)に押しつけちゃえ。 キャラメル色のくせっ毛と、ニパッと笑うとのぞく八重歯が愛らしいミヨちゃん。 一日平均百文字前後で過ごすのに、たまに口を開けばキツめのコメント。 ゆえに、ヒニクちゃんとの愛称が定着しちゃったクミコちゃん。 幼女たちの目から見た世界は、とってもふしぎ。 見たこと、聞いたこと、知ったこと、触れたこと、感じたこと、納得することしないこと。 ありのままに受け入れたり、受け入れなかったり、たまにムクれたり。 ちょっと感心したり、考えさせられたり、小首をかしげたり、クスリと笑えたり、 ……するかもしれない。ひとクセもふたクセもある、女の子たちの物語。 ちょいと覗いて見て下さいな。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

たまには異能力ファンタジーでもいかがです?

大野原幸雄
ファンタジー
大切な何かを失って、特殊な能力に目覚めたロストマン。 能力を奪う能力を持った男が、様々なロストマンの問題を解決していく異能力ファンタジー。

彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり

響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。 紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。 手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。 持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。 その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。 彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。 過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。 イラスト:Suico 様

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

処理中です...