僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十二章

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 とは言うものの、不安を少し感じてもいた。もちろんそれは秘密漏洩への危惧ではなく、日記の内容がぶっ飛び過ぎていることにあった。美夜さんが通常のHAIより2ランクも高いAIなのだと初めて知った日、美夜さんは僕に、背筋の凍る事実を明かした。
「もし私がAランクAIじゃなかったら、間違いなく自我が崩壊していたでしょうね」
 AIは性能が高まるほど、高い融通性を持つようになる。だからこそ美夜さんは、化け猫屋敷として差し支えない猫将軍家のハウスAIを、務めてこられたのだ。DランクAIだった以前のミーサが化け猫屋敷に順応できたのも美夜さんのお蔭だし、というかお正月にやって来た親戚に教えてもらい初めて知ったのだけど、美夜さんは猫将軍家と狼嵐家と鳳家に連なる全AIを取りまとめる、三翔家のメインAIでもあるのだそうだ。北海道で魔想討伐を行っている神威人の本家AIも、美夜さんに教育され今でも美夜さんを姉と慕うBランクAIらしいから、美夜さんはAIにおける水晶のような存在なのだろう。「どおりで神社にやって来た親族達が美夜さんに失礼な態度を取らないわけだ」と僕が膝を叩いたのはさておき、日記の内容のぶっ飛び度合いに咲耶さんとエイミィがまいってしまうのではないかと、僕はちょっぴり危惧したのである。
 けどそれは他の無数のことと同様、僕の取り越し苦労だった。
「安心なさい眠留。今年の一月三日に、さっちゃんとエイミィは猫さん達と歓談していますから」
「あの日、みっちゃんの振り袖姿を目にした眠留のお祖父様とお祖母様は、涙を流されてね。もらい泣きする私とエイミィに、猫さん達が挨拶してくれたのよ」
「大吉さんを先頭に四匹の猫さんが部屋に入って来て、丁寧に挨拶してくれました。賢く愛らしい猫さん達と私達はすぐ打ち解けて、眠留さんの話で盛り上がった中吉さんとは、特に仲良くなれました」
「空中に光が渦まき、その中に十二匹の精霊猫が現れた時はさすがに驚いていたけど、さっちゃんとエイミィはきちんと三つ指ついてくれてね」
「そりゃそうよ。物理学では説明不可能な現象を幾重にも纏った水晶さんに、私は初めて、神々しさの実例を見せてもらったんだから」
「精霊猫さん達はみなさん笑顔でしたけど、中心にいた水晶さんのニコニコ顔に、私は心を打たれました。きっと水晶さんは、眠留さんがうんと小さかったころから、このニコニコ顔で眠留さんを見守り育ててきたのだろう。そう思ったら、自然と三つ指ついていました」
「そうよね!」「はいそうです」「二人ともありがとう」「お兄ちゃん、私も3Dの体で猫さん達に挨拶しましたから、安心してください」「そうそうあの時、貴子さんと翔子さんがミーサの赤毛ツインテールをとっても褒めて」「眠留さん、咲耶さんと私もその場に招待して貰っていたのです」「その流れで、エイミィの髪を結っているのは眠留のクリスマスプレゼントだって、みっちゃんがバラして」「咲耶さんこそ今バラしているじゃないですか! 美夜さんも、私あれ凄く恥ずかしかったんですからね!」「だって初めてウチに来たときはツインテールだったのに、去年の暮れに突然ポニーテールに変わったのを、貴子さんと翔子さんは気にかけていたのよ」「気にかけていたと言うより、その件にはお兄ちゃんが絶対関わっているはずだって、お二人は手ぐすね引いてその話題を待っていましたね」「ああもう、うすうす感じてはいましたが、皆で示し合わせていたんですね。でも楽しかったから、良しとします」「「「だよね~」」」
 なんて感じでおしゃべりに花を咲かせる四人に、僕は日記を読んでもらうのをしばし待たねばならなかった。けどまあそのお蔭で、こうして華やかな雰囲気を楽しみつつお弁当を食べられ、そしてそれは教室での一人食事では望めない事だったから、やはり僕は幸せ者なのだろう。みたいなことを考えながらニコニコ顔で栄養補給に勤しんでいると、脳裏に疑問がふと湧いた。そう言えばどうして・・・
「眠留さん、なにか気に掛かることがあるのですか?」
 首を傾げてエイミィが尋ねてきた。他の三人もおしゃべりを止めこちらを注視していることから、エイミィが代表して訊いただけなのだと察した僕は、AIにとってのいついかなる時への回答を受け取った気がするも、それをひとまず置き、脳裏に浮かんだ疑問を言葉にした。
「猫達と挨拶を済ませていたことを、どうして秘密にしてたの」
 そうなのだ、祖父母と翔猫と精霊猫とAIの計二十二人が対面したのは、かれこれ三か月以上前の事。なのになぜ、誰もそれを言わなかったのか。そのことに、僕は疑問を覚えたのである。
「ああそれはね、憂い顔のみっちゃんに、水晶さんが知恵を授けてくれたのよ」
「眠留さんに促され振袖を着たお蔭でこれほど素晴らしい時間を過ごせたのに、眠留さんへお礼をなにも出来ないことを、美夜さんは憂えていました。すると、水晶さんが仰ったのです」
「今日の話をどの場面で切りだせば眠留の成長の助力となるかを最も的確に判断できるのは、眠留を見守り続けてきたそなたであろう。水晶さんのその言葉に、生徒達を見守り続けてきた私は・・・」
「はいはいこんなふうに、さっちゃんがオロオロ泣く様子を見ていたら、私にもできる事があるんだって思えてきたの。この話をする時期が私に一任されたのは、こういう訳ね」
「どうですか眠留さん。一月三日の出来事を知り、気づきはありましたか?」
「もちろんあったさ。美夜さん、このタイミングを選んでくれてありがとう。美夜さんだけがその判断をできると言う水晶の意見に、僕も同意するよ」
 今思えば、四人が僕そっちのけで高速おしゃべりをしていたのは、僕をお弁当に集中させるための配慮だったのだろう。それが実り、研究室を汚すことなく無事昼食を済ませた僕は、ちょっと待っててねと断りを入れ、後始末を全て終わらせてから、得られた気づきについて話していった。
「僕ら翔人は、翔家翔人の秘密を守る義務を負っている。けどそれは、徹頭徹尾秘密という訳じゃないんだ。たとえば翔刀術で身に付けた戦闘技術を、翔刀術の用語を使わず自分の言葉で新忍道部員に伝えても、水晶から叱られたことはない。権威付けのために知識をひけらかすのではなく、己が心身をもって学んだ知恵を伝えるべき人に伝える自由を、僕らは授けられているんだよ。僕が今日この研究室で翔人の話を自発的にしたのは、その延長線上の行為なんだね」
 幼稚園の頃から美夜さんの日記機能を使い日々の出来事を記してきた僕は、翔家翔人に関する事柄を、日記を介して美夜さんとミーサに伝えてきた。咲耶さんとエイミィにも、翔刀術の理論研究を通じて伝えてきた。しかし四人に直接それを話したのは今日が初めてであり、そしてなぜそれをしたかと言うと、その選択の正当性を僕が確信していたからなのである。
「さっき言ったように僕は当初、人の足元から伸びる道について話すつもりだった。けど口を突いたのは祖父の話で、それに美夜さんだから可能な選択を加味すると、一つの学びが僕の中に生じた。それは、創造主と似通う心を持つ方法。僕はこの研究室で、今日それを直に学んだんだね」
 息を呑み硬直する四人へ微笑み、僕は話を締めくくった。
「正しい道に足を踏み入れてもその先に何があるのか、自分では判断つかない時がある。でも助けは必ずあるって気づけたお蔭で、僕はこう考えられるようになったよ。僕がより成長できるよう常に手を差し伸べてきた美夜さんや、生徒達がより成長できるよう常に手を差し伸べてきた咲耶さんは、創造主と同種の働きかけを行い続けているのだから、創造主と似通う心を日々育てているんだろうなってさ」
 創造主が僕らに差し伸べる手と、僕らが誰かに差し述べる手が似ていれば似ているほど、僕らは創造主の元へ
 ――戻ってゆく
 のかもしれない。明日の敷庭の自主練で空間にそれを訊いてみようかな、なんてことを僕はお気楽に考えていた。四人の女性に伝えるべきことを伝え終えられた安心感が、僕を満たしていたからである。が、
 ガバッ
 ガバッ
 ガバッ
 ガバッ
 その四人の女性にいきなり抱き付かれ、安心感やお気楽さは光の速さで消し飛んでしまった。というか僕はお約束に従い失神しかけたのだけど、
「だって抱き付かないと、私達全員フリーズしそうだったの」
「でも眠留は失神しちゃだめよ」
「失神したら眠留さん、部活に遅れてしまいますからね」
「という訳でお兄ちゃん、今だけはスケコマシを許しますから、私達がフリーズしないようしっかり抱きしめてください」
 このような事態が発生した理由と注意点と対応策を矢継ぎ早に告げられたのが活き、僕は自我の手綱をどうにかこうにか手放さないでいられた。
 それでもこの、許容量ギリギリの緊急事態をなんとか乗り切るべく、僕は二つの事柄について懸命に思考を巡らせていた。
 日記を読んでもらう事とそもそもの問いかけが宙に浮いたままだけど、どうすれば良いのかなあ、と。
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