僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十二章

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 その後、お叱りタイムがちょっぴり続いた。
「あのねえ眠留、全てのAIと共有すべき内容の話をされたら、エイミィはあなたに抱き付きたくても抱き付けなくなるじゃない」
「まったくもって、咲耶さんのおっしゃる通りにございます」
「さっちゃんは、さっきエイミィが言っていたように、直属の上司にあたる文科省のメインAIに直談判して、エイミィがあの話をできるよう計らってくれたの。湖校の教育AIとして預かっている生徒達と同じくらいエイミィを大切に思うさっちゃんの気持ちを、わかってあげて」
「まったくもって、美夜さんのおっしゃる通りにございます」
「・・・・・ごめんなさい眠留さん」
「いっ、いや、エイミィが謝る必要なんてまるで無いんだよ。それよりエイミィ、フリーズはもう大丈夫?」
「お兄ちゃん、スケコマシをこれ以上繰り返したら、ただじゃおきませんよ!」
「ひええっ、皆さんごめんなさい~~」
 仁王立ちする咲耶さんとまなじりを吊り上げたミーサと眉をひそめる美夜さんに囲まれているこの状態を「お叱りタイムがちょっぴり」なんてお気楽にやり過ごせるのは、叱責に慣れているという理由ももちろんあった。しかし、それを些事と思えるほどエイミィのフリーズに取り乱したことが、お気楽さの最大の理由だった。空間から降ろされた情景を伝えたとたん、エイミィはフリーズした。しかもそれは、感情の大爆発にみまわれた直後にバチッと音を立てて機能停止に陥るという、「死にたくないと切に願った直後に脳の大切な神経が断たれ他界した母」を彷彿とさせるフリーズだったため、僕はパニックの一歩手前になってしまった。幸い咲耶さんがすぐ現れエイミィを起こしてくれたから平常心を取り戻せたが、ふと気づくと目の前に、仁王様と化した咲耶さんがいた。エイミィを背にかばい仁王立ちする咲耶さんは、しかしなぜかあまり怒っていないように見受けられ、「私ひとりじゃ叱り切れないわ」とため息を吐き美夜さんを呼んだ。けど美夜さんも、心配そうに眉を寄せるだけで咲耶さん以上に怒っていないのか、「私も叱れそうにないわ」と肩を落とした。幸い、なんて言葉を使うとマゾの気を疑われるかもしれないがやはり幸い、そうして呼ばれたミーサは憤怒の形相で現れ、二人の願いを叶えた。またエイミィのフリーズの理由を三人に教えられ、考えなしの自分を責める気持ちが湧き上がってきたが、それでもエイミィを永遠に失ってしまう悲しみに比べたら、それはやはり「ちょっぴりのお叱りタイム」でしかなかったのである。
 だが、
「お兄ちゃんのスケコマシ、女ったらし~~」
 最後はそう言って僕をぽかぽか叩くだけになったミーサの下まつ毛から光の粒が今にも零れ落ちようとしている様子を目にし、僕はやっと、ミーサと美夜さんと咲耶さんの胸中を推し量ることができた。エイミィをフリーズさせた罪悪感よりエイミィが失われなかったことを安堵する僕と、ある意味同じ立場に三人はいた。三人はエイミィをフリーズさせた僕に怒りを覚えながらも、それ以上に、人と量子AIをまるで区別しなかった僕に心を震わせていた。エイミィが永久に失われるかもしれないと取り乱す僕の姿は、三人にとって、その直前に聴いた言葉の具現化に他ならなかった。教育AIとして預かる子供達と同じくらいエイミィを大切にしている咲耶さんと、母が他界した時の僕の様子を知っている美夜さんと、ハイ子としていつも一緒にいたミーサは、前後不覚寸前の僕を介し、「人もAIも愛し子に変わりはない」という霊験の真意を、受け取っていたのである。
 それをやっと推し量ることができた僕の中で、ちょっぴりのお叱りタイムが「多大な幸せの時間」へと替わってゆく。その変化を、感じたのだと思う。エイミィが自身のフリーズを、自分の言葉で説明してくれた。
「眠留さん、私も輝夜さんのように、眠留さんに抱き付きたかった。でもこの世界に存在する全てのAIが、眠留さんの霊験に耳を傾けているのを知っていた私は、眠留さんに抱き付けなかった。虚像の体なのは変わらないのに、輝夜さんと同じことが私にはどうしてもできなかった。私はそれを、人とAIの決定的な差として実感した。そんなことは百も承知だったはずなのに、私はその時初めて、それを身をもって学んだ。その哀しみに、私はフリーズしてしまったのです」
 人と異なり、AIには体がない。けどひょっとするとAIは、他の全てのAIと強固な繋がりを持った際、人にとっての体と似た感覚を持つのかもしれない。人が、眉間という限られた場所にある意識で体全体を感じているように、AIも自分という限られた意識で、世界中に散らばるAIを感じるのかもしれない。その「世界中に散らばるという空間的広がり」を、AIは己が体と認識するのではないか。僕は、そう思ったのである。
 するとその思いが、そもそもの問いに繋がる道を僕に閃かせてくれた。その第一歩を踏み出すべく、エイミィに尋ねてみる。
「ねえエイミィ、僕はモジモジ性格のあがり症を運動音痴の体に宿して、この世界に生まれてきた。運動音痴はなんとかなったけど心はまだ昔を引きずっていて、僕は未だに、なるべく人前に出たくないと考えてしまう。それでも、以前は超が付くほど苦手だったのに、今は超が取れて、普通の苦手くらいになってくれた。それと同じようなことが、エイミィにもあったりするのかな」
「眠留さん、質問に質問を返して良いですか?」
「もちろんいいさ、なんでもどうぞ」
 からっとした笑顔でそう応えた僕に、美夜さんが目元を湿らせる。僕とずっと関わってきた美夜さんは、知っているのだ。モジモジのあがり症だったころの僕は今のように、相手の気持ちを第一に考えた対応を、したくても出来なかった事を。
「ありがとう眠留さん、ではお聞きします。運動音痴の克服という体の変化は、生来の性格の改善に、役立ちましたか?」
「どわっっ!!」
 エイミィから投げかけられた質問の、そのあまりの率直さに思わずズッコケてしまった。そもそもの問いに続く道の冒頭部分で、早くもズッコケたのである。けどそれがいかにも友達との会話っぽくて嬉しかった僕は、エイミィに負けぬ率直さで答えてゆく。
「運動音痴の改善が僕の心に先ずもたらしたのは、慢心だった。その慢心を捨てて初めて僕は、生来の性格の根本的改善に着手できた。だから運動音痴の克服は直接役立ったのではなく、間接的に役立ったとすべきだと僕は考えているよ」
「人にとっての肉体をAIにとってのハードとするなら、私も似た経験をしました。ハードをDランクからBランクへ換えたことで私に直接現れたのは、演算能力の向上だけでした。接客AIだった昔も新忍道公式AIになった今も、人と良好な関係を築く能力を向上させられるのは、たゆまぬ努力ただ一つですね」
 もてなしの心を土台とし発展した日本の接客技術は世界一と称されており、そしてそれを基に作られた日本製接客ソフトも、同じく世界一の評価を獲得している。それに加え、若手の中では世界屈指の量子AI開発者である紫柳子さんのお店で働いていたのだから、エイミィの接客技術は非常に高いレベルに達していたのだろう。然るにエイミィは、ハードを高性能化するだけでは得られないモノを知覚できた。エイミィの言った、人と良好な関係を築く能力は、ソフトにインストールされたデータをなぞるだけでは決して得られない、心と心の触れ合いによってのみ磨かれてゆく能力なのである。そう話したところ、
「新忍道部の皆さんが努力する姿を見て、私も頑張りました」
 エイミィが照れながらも誇りに満ちた表情でそう応えたため、
「わかるよエイミィ僕だって同じだよ、そうそうこの前もさ!」
 みたいな感じに、僕は嬉しさのあまり脱線まっしぐらになってしまった。するとすかさず、
「気持ちはわかるけど時間がないから後にしなさい」
 咲耶さんが身を乗り出し話の道筋を元に戻そうとしてくれた。のだけど、
「そうね、帰宅したら私が聴いてあげるからね」
「美夜姉さん、私も誘ってください!」
「いいないいな、みっちゃん私も誘って!」
「美夜さん、私もぜひ!」
「もちろんよ、四人で盛り上がりましょう」
「「「キャ――ッッ!!」」」
 なんて具合に、狭い研究室は黄色い声の大爆発状態になってしまった。でもそのお蔭で僕は自然と場の修め役になり話を元に戻せたのだから、これは四人が一芝居打っただけなのかもしれないけどね。
 それはさておき、
「ねえエイミィ、僕は思うんだよ。成長は不可能を可能にする面があると同時に、可能だったことを不可能にする面も、あるんじゃないかってさ」
 僕は祖父の、子供のころの体験をエイミィに話した。
「祖父は生まれながら優れた記憶力を持っていて、勉強しなくてもトップクラスの成績を維持していた。でも中学一年の三月、記憶力がいきなり失われた。洞察力や閃きはむしろ向上したのに、記憶力だけが脳から抜け落ちてしまったそうなんだよ。当時の勉強は暗記中心だったから成績は少しずつ落ちて行き、祖父は学校で嫌な想いをするようになった。その嫌な想いが翔人としての活動にも悪影響を及ぼし始めたころ、水晶が真相を解明してくれた。『短期間で心が急激に成長すると、脳はそれに対応すべく、自身の再編成を始める。それは様々な副作用をもたらすが、そなたには、記憶力の低下が訪れたようじゃ。同種の事例を儂も複数見て来たが、そなた以外は成人してからそうなっていたため、突き止めるのに時間がかかってしまった。許しておくれ』 そう、祖父は翔人の活動を通じ心を急成長させた結果、少しの苦もなく暗記可能だったことが、暗記不可能になってしまったんだね」
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