僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十二章

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 湖校には、一歩出遅れた者は謙虚さと挑戦心を持て、という校風がある。潔さを高めてくれるこの校風を、湖校生はとても誇りにしていた。わけても騎士会会員は、それが強いと言われていた。なぜならこの校風を造ったのは、第一期生の騎士達だったからである。
 湖校が創設された年、学年一の美少女と謳われていた生徒が、素行の悪い他校の男子生徒達から腕を掴まれるという事件が起きた。当時の湖校はそのような事件がいつ起きても不思議ではない状況だったにもかかわらず、無能かつ無責任な大人達のせいで、女子生徒の心に傷を負わせてしまったのだ。それを深く悔いた某男子生徒が、部活を休部してあることを始めた。雨の日も風の日も通学路に一人立ち、下校する湖校生を護り始めたのである。その姿に心を打たれた同級生達が彼の元へ次々参じ、それが研究学校初の騎士会を誕生させたのだが、彼の元に集まった同級生は自分達を二番煎じ三番煎じと呼び、謙虚さを決して忘れなかった。潔いその同級生達を彼は尊敬すべき仲間として遇し、それに相応しい者となるべく彼らも己を律し続け、それが騎士会に代々受け継がれている精神なのだと湖校の誰もが知るようになったころ、それは湖校生の特徴を表す校風になっていた。このような経緯により、「一歩出遅れた者は謙虚さと挑戦心を持て」という校風へ、騎士達はとりわけ強い誇りを抱いているのである。
 という講義を、藤堂さんはした。
 いや、それは事実ではない。
 僕らは藤堂さん一人から、その講義を受けたのではない。
 僕ら二年生と一年生の騎士見習い達は、二人の先輩から別々の方法でその講義を受けた。
 講師の藤堂さんは言葉によってそれを僕らに伝え、そして今年唯一の三年生騎士見習いである岩手さんは、自らの行いによってそれを僕らに伝えてくれたのである。
 唯一の三年生騎士見習いの岩手さんは、二つある講義のどちらに出ても号令役になっただろう。
 よって四年長が行うもう一つの講義を選べば、後輩受講生代表として先輩に教えを乞うという、通常の上下関係のまま号令役をこなす事ができたのだ。
 しかし岩手さんは、藤堂さんを選んだ。
 同級生が講師を務める講義に、岩手さんは出席した。
 下の立場の者として、同学年の藤堂さんに教えを乞う環境に、あえて臨んだ。
 最前列中央に座ることで、同学年講師に率先してこうべを垂れる姿を、岩手さんは身をもって後輩達に示したのである。
 それは、どれほどの覚悟を岩手さんに強いたのだろう。
 二年生の僕ですら一年生と机を並べることを逡巡したのに、岩手さんの逡巡はどれほど大きかったのだろう。
 だが岩手さんは、それを乗り越えた。
 後輩達から最も注目される場所で同学年講師へ恭しく頭を下げるという役目に、挑戦した。
 そうすることで、「一歩出遅れた者は謙虚さと挑戦心を持て」という校風が騎士にとっていかに重要なのかを、この偉大な先輩は、僕らに身をもって教えてくださったのである。
 だから僕らは、講義後半の敬礼の訓練を全力で行った。
 敬意を払うべき仲間に敬意を込めて敬礼すべし、という騎士会の理念を体得すべく、全身全霊で訓練に臨んだ。そして講義終了時、
「礼!」
 岩手さんの号令で折った腰を元に戻すや、
 カッ
 二年生と一年生の四十七人で踵を打ち鳴らした。僕は腹に力を込め、号令を掛ける。
「講師へ、敬礼!」
 ザッ
 騎士会の末席に連なる者として四十七人で敬礼した。そして右手を下ろし体を左隣へ向けてから、
「湖校の校風を身をもって教えて下さった、偉大な先輩へ敬礼!」
 ザッッ
 僕らは岩手さんへ、敬礼を捧げた。
 講義終了の号令後、一年生と二年生で自発的な敬礼を講師に捧げる計画を立てたことは、岩手さんにも伝えていた。
 だがそのあとのことは伝えていなかったので、さしもの岩手さんも機敏な対応ができず体を硬直させていた。そんな岩手さんに力強く頷き、藤堂さんも後輩達と共に、偉大な同級生へ敬礼を捧げる。岩手さんは目を閉じ歯を食いしばったのち回れ右をして、
 カッッ
 この日一番の敬礼を、僕らに示してくれた。
 一拍おき拍手と歓声が轟き、講義室は大騒ぎになった。
 と、ここまでは予想通りにことは推移した。が、
「眠留コノヤロウ!」
「そうだコノヤロウ!!」
 藤堂さんと岩手さんが僕を両側から羽交い絞めにし、講義室後方の衝撃吸収マットに連行して、関節技と寝技を掛けまくったのは予想外だった。古流剣術の使い手である藤堂さんの関節技と、湖校入学を機に柔道を始めた部員の中で最も期待されている岩手さんの寝技を、見事な連係プレーで掛けられ続けた僕は、演技でない悲鳴を上げまくっていた。けど、藤堂さんはもちろん岩手さんからも、
「眠留コノヤロウ!」
 と底抜けの親しみを込めて名前を呼んでもらえたから、僕はハチャメチャに嬉しかったのだった。
 
 それが、二週間前の話。
 そして今日、四月二十八日の放課後。
 騎士見習いの三回目の講義を受けるべく、僕は騎士会本部を目指し歩を進めていた。
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