僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十二章

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 休憩室にいるほぼ全ての生徒が、休憩を取りつつ、輝夜さんの話に耳を傾けていた。智樹と白鳥さんが僕らの輪に加わった辺りから、実習を終えここにやって来る生徒がゆるやかに増えていった。休憩室は教室二つ分ほどの広さがあるので、静けさを求める人は僕らから離れて座れば、教育AIが相殺音壁を展開しその生徒の望みを叶えてくれる。よって、僕らの近くに座ることで僕らの議論に興味がある意志を伝えて来た生徒達を、プレゼンの聴衆として僕らは受け入れていた。現代人にとって議論は、プレゼンの応用たる双方向プレゼンだから、議論をするなら不特定多数の聴衆の存在を許容せねばならないと、現代人は小学生の時点で教えられているのだ。
 その聴衆が、真山の発言の辺りから加速度的に増加して行った。真山に恋心を抱いていずとも真山の言葉に注意を払わない女子生徒はまずいないし、また昴について話す輝夜さんの銀鈴の声に興味を覚えない生徒は、同学年に皆無だったからである。実習に心底疲れた生徒は休憩室後方の長椅子エリアに予め誘導され、そこは蜃気楼壁で隠されているから中の様子は窺えないが、輝夜さんの話が大詰めを迎えつつある今、こちら側にいる全生徒は輝夜さんの話に耳を傾けていた。最前列中央に腰を下ろし、その後議論に参加すべく体の向きを反転させた結果、図らずも全聴衆を眼前に得た輝夜さんは、その可憐な唇で清涼さの一段増した銀鈴の声を紡いだ。
「私は負傷者を前にしても、自分最優先を崩さなかった。先陣を切るタイプではないという想いも、痛みと不安に顔を青くする部員に声をかけなかった自責も、それを償って楽になりたいという願いも、すべては負傷者を二の次にした、自分最優先の行動に他ならなかった。なのにその子は、ありがとうって言ってくれたの。そのお蔭で、私は自分最優先の壁を越え、向こう側に立つことができた。その時やっと、昴への勘違いに気づけた。昴を負傷者へまっしぐらに駆けさせる原動力は、女王様気質ではなかった。負傷者の痛みを、そして苦しみを自分の事として感じられるその心が、昴の原動力だったの。その日の夜、昴の家に泊めてもらい、私は全てを打ち明けた。私が勘違いしていた事も、そして私が正解に辿り着いた事も認めた上で、昴は言った。『痛みと不安に苛まれている時、人は時間を十倍も百倍も長く感じる。私が一秒躊躇えば、痛みと不安は十倍にも百倍にもなって負傷者を苦しめる。だから躊躇ってなんていられないって、私はいつも思うのよ』 私はあの日以降、怪我を負った部員の傍らに、膝を突ける私になれた。気をしっかり持ってと言葉を掛け、応急処置の手助けができる私になれた。その日々が、さっきの実習で活きてくれたの。本音を言うとあの時も、先陣切ってあの行動を取ることを、私は躊躇ったわ。でも私が一秒躊躇えば、その一秒は、受講生全員の一秒の遅れになる。だから私、昴の言葉を思い出して言ったんだ。気をしっかり持って、すぐ応急処置を施すから安心してって」
 それから暫く、深呼吸を繰り返す複数の音が休憩室を満たす時間が続いた。輝夜さんの話を一言も聞き漏らさぬよう潜めた呼吸をしていたせいで、大勢の生徒が酸素不足に陥っていたのである。それが一段落付いたころ、一人の生徒が立ち上がり教壇へ向かった。そして「暫定議長として話を締めくくる」と宣言し、北斗はそれを実行した。
「思い出してほしい。負傷者を救助すべく行動を起こすや、救命救急を心得た人達が救急箱を抱えて、俺達のもとに駆けつけてくれた。その人達は、消毒液や添え木や包帯を、適切な順番で適時差し出してくれた。だから俺達は、結城先生に教わった処置を、負傷者に施すことが出来た。だが俺は思う。そんな好条件に恵まれるのは、おそらく今回が最初で最後だ。俺達は今後、実習を重ねるごとに、少しずつ厳しい環境に置かれてゆく。集中豪雨にみまわれた暗い森の中で、激痛に我を忘れた負傷者の泥だらけの傷口を、たった一人で消毒するような場面に俺達は出くわしてゆくだろう。何もかも放り出し逃げられればどれほど良いかと、俺達は今後幾度も思うはずだ。その時は、白銀さんの話を思い出そう。そして目に映らないだけで、自分と同じ環境で戦う仲間達がすぐそばにいることを思い出そう。なぜならそうやって過ごした時間は、現実世界で同じ状況に立たされた時、俺達を支える柱になるはずだからだ。そう、俺達は今この瞬間から、互いが互いを支え合う柱となる。この言葉をもって、議論を終りとする」
 ウオオォォ――ッッ!!
 パチパチパチ~~~!!
 雄叫びと万雷の拍手が休憩室に轟いた。休憩室後方の蜃気楼壁が取り払われ、そこにいた生徒達も拍手喝采していたから、僕らの議論は長椅子エリアにも届けられていたんだろうな。
 という、教育AIの様々な取り計らいに、
『次はどんなケーキを咲耶さんに食べてもらおうかな。咲耶さんの喜ぶ顔、早く見たいなあ』
 なんて、うりざね顔の十二単のお姫様に今回のお礼をする事ばかりを、僕はウキウキしながら考えていたのだった。

 後で知ったのだけど、北斗は教育AIに頼み、議論可能時間のカウントダウンを指向性2Dで表示してもらっていたと言う。救命救急は三時間ぶっ続けで行われ、輝夜さんの話が始まったのは三限の終わりごろだったから時間的な心配を僕はしなかったが、多種多様な事柄への配慮を常時忘れない北斗にとって、それは欠くべからざる重要情報だったのである。「白銀さんがタイミング的にも内容的にも話を最高の形でまとめてくれたから、俺は最後の締めをしただけだ」なんて涼しい顔をする北斗を、「あの締めを涼しい顔で出来ること自体が凄い事なんだよコノヤロウ」と、僕らは最高レベルのヘッドロックで称えたものだった。
 そしてそれは、結城先生も同じだった。再開された授業の冒頭、結城先生は北斗と輝夜さんに顔を向け、「今年は特に優秀な生徒がいる、俺も楽しみだ」と熱い口調で述べた。その熱が伝染し残りの授業を全力で受けた僕らは、今度は一人も欠けることなく、フラフラ状態で教室棟へ帰って行った。
 その道中、僕は輝夜さんに尋ねた。
「部活中に足首を捻挫したのは、プレゼン大会に三組代表で出場した、女の子だよね」
 正確な題名は忘れてしまったがその子は、運動中の怪我は技術と身体能力の不足箇所を教えてくれるというプレゼンを、大会で発表していた。運動音痴克服法に通じるものが多々あり僕はその内容をよく覚えていて、それもあって輝夜さんの話に登場した部員はその子じゃないかと思ったのである。
「うん、その子。その子に頼まれて、私はあのプレゼンを少し手伝ったんだ」
「ああ、なら安心だね」
「うん、安心してね」
 予想通りとはいえ、その子の承諾を得ぬまま輝夜さんがあの話をしたのではなかったと確認でき、僕は安堵の息を吐いた。その子が部活中に怪我を負ったのは同級生全員の前で発表済みだからプライベート侵害にならないし、またプレゼン制作に係わったという事は、怪我についてのあれこれを自由裁量で話す許可を輝夜さんはもらっているのだろう。輝夜さんがプライベート侵害などするはずないと思っていても、行うべき時に行うべき事をする人格的高潔さが、あの話をさせてしまったのかもしれない。それを危惧していた僕は、その可能性が綺麗に消えてくれたことを知り、安心したのである。そんな僕へ、
「やっぱり眠留くんは眠留くんだね!」
 なんて、分かるような分からないような言葉を掛けたのち、
「また後でね~」
 輝夜さんは花の笑みを浮かべて、去って行ったのだった。
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