僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十二章

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 その日の夜。
「眠留、楽しそうねえ」
 自室の机の横に、美夜さんが3D映像で現れた。
「美夜さんこそ、すっごく楽しそうだよ」
「そ、それはそうよ。美味しそうなケーキの画像が、こんなに沢山並んでいるんだもの」
 美夜さんはそう言って、机の上に出していたAI用ケーキのサンプル画像から慌てて顔を逸らせた。その仕草が、十歳近く年上の女性とは思えぬほど可愛いくて、僕はこの姉をもっと喜ばせたくて堪らなくなってしまった。何気なさを装いキーボードを操作し、つい先日完成したばかりのプログラムを起動させる。そして椅子から立ち上がり、その椅子を持ち上げる仕草をした。すると、
 スルン
 3D映像の椅子が、椅子からスルンと抜け出した。その3D椅子を僕の椅子の右隣に置き、
「美夜さん、どうぞ」
 椅子の背もたれを引く。美夜さんは驚きに目を見開いたあと満面に笑みを咲かせ、
「ありがとう」
 淑女の所作で椅子に腰を下ろした。サプライズが成功し満足して自分の席に戻ると、弟の成長を何より喜ぶ姉が隣にいたので、気恥ずかしさを隠すべく、救命救急の初授業について説明した。
「輝夜さんの話を引き継ぎ、北斗が議論を締めくくったら、長椅子で休憩していたみんなも喝采を上げてさ。咲耶さんの計らいのお蔭で、受講生全員が心を一つにできたんだよ。だから僕、どうしてもお礼をしたくなっちゃって」
「さっちゃんは、教育AIとしての役目をまっとうしただけで嬉しかったはずだけど、それと眠留の気持ちは別。私が教えたマナーを眠留が身に着けていくだけで私は満ち足りていたはずなのに、自作のプログラムでマナーのサプライズをされたら、嬉しくて仕方なくなったようにね」
 そう言ってさも幸せそうに笑う美夜さんに、プログラムの授業でこれを作っておいて正解だったとつくづく思った。正直言うと、実物に手を添えてそれを模した3D映像を取り出すのは、ありふれた技術にすぎない。でも家でそれをするにはハウスAIにその旨を伝え、ハウスAI内蔵のプログラムを使う必要があるから、美夜さんにサプライズをしかけられなくなる。よって授業を利用し自作プログラムを作り、僕は不意打ちで、美夜さんをもてなしたのだ。
「喜んでもらえて何よりだよ。咲耶さんにもサプライズをしたいから、咲耶さんが今度遊びに来たら、とびきりのケーキでもてなしてあげたい。という訳で美夜さん、協力してもらえるかな」 
「この姉に任せておきなさい!」
 顔をパッと輝かせ、美夜さんは自信満々に胸を叩いた。僕は美夜さんを実の姉のように慕っていて、それは美夜さんにとっても同じだったから、あからさまな姉弟として振る舞ったことが僕らにはあまりない。でも美夜さんは今回、「この姉」と言った。仲の良い年下の男性に女性がしばしば使う「お姉さん」ではない、この姉という言葉を美夜さんは選んだ。そこに美夜さんの、姉としての真の愛情を感じた僕は、画像解像度を最大にしたケーキサンプルが目の前に次々映し出されるようコマンドを出す。そして、
「じゃあ姉さん、咲耶さんの好みに合うケーキがあったら教えてね」
 胸の中にずっとあり続けた言葉を、僕は初めて口にしたのだった。
 咲耶さんへのお礼、兼サプライズは、数日後に叶った。
「みっちゃんが、眠留の新学年の様子をあんまりしつこく訊くから、来てやったわよ。眠留、覚悟しなさい」
 十二単のお姫様は得意満面の表情で、顎をツンと上げつつ、僕の学校での様子を次々明かして行った。これ系の話は輝夜さんと昴が食事中の話題としてそれこそ毎日取り上げるし、週一度の夕食会の定番でもあるから平気と思っていたけど、それは完全な目算違いだった。教育AIとして湖校を預かる咲耶さんの話は仲間達の話すそれとは、精巧さとリアルさと、そして面白さにおいて、まさに一線を画すものだったのである。美夜さんとエイミィとミーサが身をよじらせて笑う様子に、僕と咲耶さんは弓ぞりの姿勢を益々強めて行った。言うまでもなく咲耶さんは胸を反らせる弓ぞりで、僕は反対に、背中を丸める弓ぞりだったんだけどね。でも、
 ――四人の女性がこうも楽しんでくれているのだから、良いか。
 恥かしさに顔から湯気を上げながらも、胸の中にある確固たるこの想いを、僕は喜びとともに感じていた。また、
 ――四人はAIだからこそ、ここまで話せるんだしなあ。
 とも、同じく喜びとともに感じていた。ハウスAIと教育AIは情報を共有する権利を持っているし、ハイ子として常時携帯しているミーサには秘密なんてそもそも無いし、そして秘密が存在しないことはエイミィも同じだったからである。僕と北斗と京馬は、エイミィがそれぞれのハイ子を通じて学校生活をモニターする許可を教育AIに申請し、それを受理されていた。新忍道部員十五人の中で嵐丸誕生の経緯を直接知るたった三人の僕らは、部活だけでなく学校生活にも触れてもらう事で、エイミィに人の心への理解をより深めてもらいたいと願った。その申請をしたのは春休みの合宿直後だったから正確には部活ではなくサークル活動なのだけど、新一年生が加わり部に昇格することを確信していた僕らは、新しく入って来る後輩と、そして今年で部を去る真田さんと荒海さんのため、エイミィが更なる成長を遂げることを望んだのだ。教育AIは、それを僕ら三人だけの秘密にすることを条件に、申請を受理してくれた。エイミィのたっての希望で僕の部屋に集まった北斗と京馬へ、「一命を賭して人の心を学びます」と、エイミィは涙を流し三つ指ついた。そのとき僕ら三人は、紫柳子さんから頂いた大恩の幾分かを返せた気が、初めてしたのだった。
 というあれこれがあったので、咲耶さんは二年進級後の僕の学校生活を、全開暴露モードで三人に聞かせていった。そしてその最後を、救命救急の初授業で締めくくった咲耶さんへ、僕は前触れなく鋭い表情を向ける。丸めていた背中を殊更ゆっくり伸ばすことで鋭利な表情を強く印象付ける演出をしたものだから、さしもの咲耶さんも驚愕し言葉を失っているようだった。その空隙くうげきへ、
「咲耶さんにお礼があります。どうぞ受け取ってください」
 直球ストレートで僕は意を伝える。そしてすかさず両手を差し出し、
 シュワーン
 ピンクと白がてんこ盛りになったケーキを両手の間に出現させた。美夜さんが「これで間違いない」と太鼓判を押したそれは、フリルのようにデコレーションされた生クリームに瑞々しい桃をふんだんにあしらった、可愛くて豪華なケーキだった。輝夜さんのパジャマパーティーにピンクのフリルパジャマで出席した事からも窺えるように、この十二単のお姫様は、このテのものに目がないのである。よって、
 キラ~ン
 咲耶さんは驚愕顔を一瞬でキラキラ顔に改めた。けど、
「なんて、なんて素晴らしいのでしょう・・・」
 感極まった声でそう呟いてからは、潤んだ瞳を一心にケーキへ向けるばかりになってしまった。美夜さんの言葉が脳裏に蘇る。
『さっちゃんは教育AIとしての役目をまっとうしただけで嬉しかったはずだけど、それと眠留の気持ちは別』
 人は成すべきことを成すと、充足感を得られるよう創られている。然るに湖校生五千人の未来を預かる教育AIは満ち足りた瞬間をそれこそ無数に味わってきたはずだが、それとこれとは話が別なのだ。
 ――手を差し伸べ陰から支えずにはいられなかった未熟な子供が、成長の証として、理解と謝意を示してくれた――
 咲耶さんの瞳を潤ませているのはこれなのだと思うと、僕の瞳も潤む寸前まで追い詰められたが、理解と謝意を示したのは僕という誇りが、余分な湿り気を目から取り除いてくれた。食事の際いつも感じる「自分でよそったご飯より、人によそって貰ったご飯の方が美味しい」を十指に込めつつ、薄く入れた紅茶付きのケーキセットを、僕は咲耶さんのために手ずから用意した。それが四人分出来あがったところで、
「「「いただきます!!」」」
 皆で手と声を合わせた。そして僕はそれから、
「美味しい!」
「ほっぺが零れ落ちる!」
「さっちゃん良かったね!」
「うえ~ん」
 という温かな言葉に耳をたっぷりくすぐられる時間を、過ごしたのだった。

 
 3秒、2秒、1秒、
 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン♪
 2D画面右下に表示していた残り時間のカウントダウンがゼロになると同時に、五限終了を知らせるチャイムが鳴った。救命救急三級に関連する箇所を日記から抜粋していると、カウントダウンに助けられる場面が二度あったため、僕もそれを真似てみたのである。それが活き、咲耶さんにお礼をする場面までまとめ終えることが出来たのだから、表示しておいて大正解だった。なんて思いつつ、僕は2D画面を消し、帰宅の準備をする。
 そして、
 ――明日は部活であまり時間を取れないから、帰ったら明後日の放課後に受ける、騎士見習いの講義の予習をするぞ!
 と、胸中密かに気炎を上げたのだった。
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