僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十一章

最も近しい場所、1

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 新忍道部創設のお祝いとして、教育AIがジュースとお菓子を六十六人分届けてくれた。それを手に僕らは観覧席へ移動しお弁当を広げ、初めは皆でワイワイやっていたが、次第に泣き出す一年生が現れていった。
 僕はその一年生達に、陸上部とサッカー部を掛け持ちした去年の夏の話をした。宝物として仕舞っていた話を明かすにつれ、胸に芽生えた希望が彼らの双眸から涙を駆逐して行ったが、こちらに聞き耳を立てる他の一年生達も気にかけてあげるのが先輩と言うもの。そこで閃いたのが剣道部であり、若侍を彷彿とさせる藤堂さんの高潔さを騎士会創設にからめて話したところ、大勢の一年生達が興味を示したようだった。だがそれでも「まだ足らぬ」という感覚を拭えず首を捻っていると、北斗と京馬が神崎隼人さんの話を始めた。新忍道を創った伝説の男に大興奮の一年生達へ、二人は神崎さんと紫柳子さんの出会いを語った。30センチの幅しかない堤防の上に目隠しをして立ち、前へ後ろへ宙返りを繰り返す神崎さんが運命の美少女に出会ったシーンは、一年生達を虜にしたようだった。その機を逃さず、二人は本命を放った。
「前宙やバク宙に類する身体能力を鍛えたいなら、体操部や忍術部が勧められる」
「今の忍術部は俺が所属していた頃より、フリーランニング手裏剣を視野に入れた訓練を行っているようだしな」
 と、忍術部の紹介を二人は自然に始めたのである。
 忍術部の旧部員である六人の先輩方が、胸の中で北斗と京馬へ謝意を示しているのを、僕ははっきり感じた。

 湖校には、湖校前駅に繋がる第一通学路と、新小手指駅に繋がる第二通学路がある。湖校生は学年に関係なく便利な方の駅を使って良いのだけど、一年生に限っては、前駅派(湖校前駅派)が圧倒的に多い。湖校前駅と一年生校舎は700メートルも離れていないのに対し、新小手指駅と一年生校舎は2000メートル以上離れているからだ。とはいえ新駅派(新小手指駅派)も皆無ではないから、昼食終了時に真田さんが一年生の通学組三十人を集め、両派に分けたところ、全員が前駅派だった。そういう事ならばと、真田さんは寮組の一年生を緑川さんと森口さんと京馬に任せた。そして真田さんを始めとする七人の先輩方は、通学組の一年生達と一緒に、湖校前駅を目指したのだった。
 これは非常に正しい措置だったことが、練習場を後にするなり判明した。共に汗を流し肩を並べて食事をした一年生達は、四時間足らずで友人関係を築いていたらしく、大騒ぎをすぐ始めたのである。真田さんや荒海さんの七人の先輩方に僕と北斗を加えた九人は、通学路の車道側をさりげなく歩き、一年生達がハメを外し過ぎないよう見守った。その甲斐あって、いや僕らがいなくても重大事故は起こらなかったと思うがそれでもその甲斐あって、一年生三十人は湖校前駅に無事到着することができた。安堵した僕と北斗は先輩方に挨拶し、踵を返す。そんな僕らを見て、ようやく事の真相を悟った一年生達が、
「「「七ッ星さん、猫将軍さん、ありがとうございました」」」
 と声を揃えてくれたのは、先輩として過ごした初めての日の最後を飾る、くすぐったくも嬉しい出来事だった。
 
 それから僕と北斗は、後輩の加入と新忍道部への昇格について夢中で語り合った。よってふと気づくと、眼前に神社の大石段がそびえており、このまま別れるのが寂しかった僕は、京馬も呼び僕の部屋で午後を過ごす提案をした。だが「今日は珍しく両親が家にいるから」と北斗に苦笑されたら、諦めるしかなかった。
 指揮者を父に、ピアニストを母に持つ北斗は、幼稚園入園前から家に一人でいることが多かったと言う。一人で過ごす時間は年々増えてゆき、クラシック界における両親の評価が急騰した小学五年生の春からは、一人暮らしとなんら変わらない日々を北斗は送っていた。北斗の両親はそんな末っ子を不憫がり、東京都内への引っ越しをほのめかすも、「その気になれば俺は一人暮らしの資金を幾らでも稼げるから二人でどうぞ」とあっさり断られ、引き下がったそうだ。北斗の父親と母親は年齢がかなり離れており、また父親には前妻との間に設けた子が二人いて、その二人と北斗の関係が微妙という事情はあるにせよ、北斗の両親は決して悪い人達ではないと僕は心から思えた。だが「傑物の極みたる北斗」の親としてどうかと問われたら、言葉を濁さず返答する自信が、僕にはどうしても持てなかったのである。
 自律の権化と呼ぶに相応しい精神を有する北斗はうんと小さいころから、自律面で親を必要としなかった。本人のげんによると北斗は三歳のころ、「身だしなみを整え身の回りを整理整頓したいのに、未熟な体がその願いを叶えてくれない」との悩みを抱えていたらしい。それを叶えるべく北斗は体を懸命に操作し、それが秀でた身体能力の基礎となったのだが、北斗が自分の特異性に気づいたのは僕と出会った以降のことだった。僕を自室に招いた際、部屋の整理整頓振りに驚嘆する僕を見て初めて疑念を抱いた北斗は、HAIに事情を説明しこれまでの生活記録を調べた結果、自分の特異性にやっと気づいた。しかし気づいても北斗はそれにまるで関心を示さず、だが僕にとってはその無関心ぶりこそが驚天動地の事柄だったため、八歳という年齢もあり僕はそれをそのまま質問した。
「部屋を片付けなさいって親から言われたことも、部屋をきちんと片付けて親から褒められたことも、北斗は無いの?」
「どちらもないが、それがどうかしたのか?」
 北斗は、僕が何について驚いているのかさっぱり分からないといったていでそう返してきた。それゆえ僕は、言葉を濁さずにはいられないのである。事情をまったく知らないのに、「北斗君はさぞ立派なご両親に育てられたのでしょうね」と問いかけてくる、大人達への返答を。
 北斗の両親は仕事がら家にいないことが多く、また家にいても指揮の勉強やピアノの練習に励まねばならず、北斗のために時間をほとんど割かなかった。よって手のかからない北斗は親にとってまこと都合の良い子で、最初こそ北斗を褒めていたが、褒めずとも様々なことを進んでする北斗に甘え、いつしか褒める事をしなくなって行った。HAIの提出した生活記録によるとその親子関係は三歳の時点で既に確立しており、その環境が北斗を「三つ子の魂百まで」という言葉そのものの子供に育てて行った。それを、北斗の自室に初めて招かれた小学三年生の四月に知った僕は、事情を知らない大人達へこう答える他なかった。北斗の親は、北斗が持って生まれた才能を最大限に引き出した親だと思います、と。
 そうそれは言葉を濁していても、まごうことなき事実だった。北斗の両親は息子と心を通わすことは無くとも、顔を合わせば朗らかに挨拶し、衣食住の義務をきちんと果たしていた。音楽への情熱はあっても人格形成に興味を示さなかった両親は、息子の人格形成に介入し自分の色に染めようとはしなかった。反面教師にすらならない親を、北斗の両親は意図せず貫いてきたのである。しかし繰り返すが、それは「ほぼ」だった。反面教師の面が完璧にゼロという訳では決してなかった。今振り返ると、あらゆる面に秀でた北斗が残念過ぎる僕を親友としたのは、僕だけが北斗の深層心理に気づいたからなのかもしれない。そう僕は、二人の共通の趣味である昭平アニコミを介し、気づいたのだ。昭平アニコミマニアの北斗が特に好むのは、登場人物達がおせっかいなほど互いの人生に介入し合う愛を描いた、作品なのだと。
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