僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十一章

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 昴が三ヵ月間も苦悩していたのに、当時の僕はそれに気づいてあげられなかった。その失態に頭を抱えたけど、こんな僕でも少しは成長しているのかもしれない。去年の五月下旬に会議棟で女王様気質を打ち明けられた時とは異なり、気づいてあげられなかったという自責から、今回は比較的早く立ち直ることができたのである。それは僕のみならず、昴にとっても嬉しい出来事だったに違いない。昴は笑みを浮かべ、足取りも軽やかに話を進めていった。
「人って、不思議よね。私を悩ませた二つのグループは、それ以外の大勢の見習い騎士たちに、大切なことを気づかせてくれたの。『人の振り見て我が振り直せ』が、過半数の人達に良い作用として働いたのね。その人達は私に同情し、二つのグループの行いを改めさせる提案をしてくれたわ。でも私は、それを断った。自分の過ちを心底理解させてくれるのは自分だけだから、あのグループが客観的判断を下せるようになるまで私は待つし、そしてその時が来たら全部水に流すつもりって私は皆に言ったの。ううん、違う。私は皆に、そう言うことができたの。眠留に輝夜にお師匠様、おじいちゃんおばあちゃん美鈴ちゃん、仲間達と猫達と友人知人、それら大勢の人達が、それを言える私に、私を育ててくれていたのよ。ならせめて私は、二つのグループが気づきを得る手助けをしよう。それを騎士会での、私の一番の仕事にしよう。私は大勢の人達のお蔭で、そんなふうに考えられる私に、育ててもらっていたのね」
 僕は今、嬉しさの極みとも呼べる状態にいた。昴が成長しただけでも掛け値なしに嬉しいのに、この人のお陰で成長できたと思える人が、昴の周囲には大勢いた。昴はそんな素晴らしい人達に囲まれ、湖校生活を送っていたのだ。僕はそれに、極上の喜びを覚えたのである。
 ただ、この人のお陰で成長できたと思える人の筆頭に僕の名前が挙がったのは、正直かなり申し訳なかった。なぜなら僕を介して得た成長の中には、ダメ弟の世話をし続けた報いとしての成長も、絶対含まれているはずだからだ。僕の良い面と悪い面の両方が昴の成長を促したからこそ、僕は筆頭に名前を挙げてもらっただけなのである。
 とはいえそれを顔に出したとたん、叱られた豆柴にならないで頂戴、との的を射た指摘を僕は再度されてしまうだろう。よって嬉しいと思う気持ちだけを心から抽出し、スキップ同然になって昴の横を歩いていたのだけど、ある言葉を昴が呟くや、雷に打たれたが如く僕は立ち止まった。昴は前を向いたまま、唐突にこう言ったのだ。
「表面的な序列に囚われず、腹の底で対等な付き合いができる男に、男は惚れる」
 その呟きは僕にある真相を気づかせ、それが羞恥の大噴火となって僕の足を止めさせた。それは、
 
  その言葉によって僕が
  真っ先に思い浮かべたのは、
  北斗ではなく昴だった。

 という、真相だったのである。
「恥ずかしがる必要はないわ。眠留が北斗ではなく、私を思い浮かべながらそれを言ったことに気付けるのは、この宇宙で私だけ。ナンバーワンの女という慢心を必死で隠し、姉として母として振る舞いながら、眠留と対等な付き合いをしてきた私だけが、それに気づく事ができるの。だから眠留は、恥ずかしがる必要なんて無い。それでも恥ずかしい思いをしたいと願うなら、想像してみて。眠留が新忍道サークルに参加した真の理由を知りつつ、離れで午睡を取っていた、私の気持ちを」
 仮に翔化視力で僕を見ていた人がいたら、僕の顔から真っ赤な炎が立ち昇っているのを、その人ははっきり捉えただろう。ヒエエ――ッッという心の絶叫も、翔化聴力に痛いほど響いたはずだ。会議棟で制服越しに抱きしめた昴の肌の柔らかさと清らかさに追いかけられ、それから逃げるべくサークルに所属したのを昴が知っていただけでも歴代一位級なのに、それを承知した上で無防備な状態になっていたと打ち明けられたのだから、地球人として過ごした四千年の中で今が一番恥ずかしいのだと、僕は胸を張って断言できたのだった。
 ・・・ん? 地球人ってなに??
 という不可解極まりない疑問を覚えた僕をよそに、
「まあそれは脇に置くとして、時間もないし私も恥ずかしくて死にそうだから、話を元に戻しましょう」
 昴はあらぬ方角へそう語り掛けた。僕も無関係な方角へ顔を向けていたのにそれを知覚できたのは、翔化視力すら超える未知の視力で昴を観ていたからだ。そんな超視力で女の子を盗み見るのは、本来なら決してしてはならない事。けど自然とそうなってしまったことに加え、昴も同じ視力で僕を観ていたから、今回に限り水に流していいのかもしれない。その視力で捉えた昴は輪郭のぼやけた光球の姿をしていて、地球へ移動している最中の僕と昴を、ちらりと思いださせてくれたしね。
 なんてアレコレ考える僕と心を一つにしつつも、昴は僕の知らないことを打ち明けるのだから、人とはまこと不思議なのである。
「眠留が体育祭前の男子の秘密会合でそう発言したと知った時は、たとえようもないほど嬉しかった。対等な存在として眠留と過ごしてきた日々が眠留の中に生きていて、それが男の付き合いに良好な結果をもたらしているのだから、座学で嫌な思いを少々しようが負けるものかって私は自分を鼓舞した。嫌と感じる場面は引き続きあったけど、その鼓舞のお陰で、自分の果たすべき最も大切な仕事を私は一年間続けてこられたの。そんな私を理解し、決意を等しくする同士として美ヶ原先輩が話しかけて来てくれたし、先輩を通じて藤堂先輩とも仲良くなれたし、円卓騎士の方々ともその候補生とも親交を結べたから、総合的に見れば収支は大黒字だった。ううん、黒字だなんて言葉では到底表せない絆を、私は沢山の先輩方と結ぶことができたの。その先輩方が、詰め所でざわめいた。眠留と横並びになるのではなく、眠留の後ろで満ち足りた表情を浮かべる私に、驚きと、そしてそれ以上の祝福を、先輩方は贈ってくださったのね。それがあの、ざわめきの正体なのよ」
 昴は表面上、ざわめきの正体を明かした。だが、それを教えてもらった上であの時の状況を振り返ると、まだ明かされていない何かがその奥に潜んでいる気がしてならなかった。ただ、それを昴に尋ねるべきなのか、尋ねず自分で考えるべきなのかを、僕は判断できなかった。僕は半眼になり、それについて思考を巡らせる事にした。
 すると思いがけず、あっという間に結論が出た。僕はそれを心の中で唱えてみる。
 ――自分で考える未来と、自分では考えない未来の二つが目の前にあるなら、考える未来へ歩を進めよう。その方が困難で、解答を得るまでに時間が掛かったとしても、自分でやってみるという自発性を僕は大切にしよう。容易な道と困難な道の二つが提示された場合、困難な道を尊ぶ人達もいるが、僕はそれとは若干異なる、自発性という基準で道を選んでみよう。なぜならそれこそが、昴が僕に示し続けた、「対等の根幹」だからだ――
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