僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十一章

追い抜いて行ってね、1

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 帰りの道すがら、騎士の詰め所で生じたざわめきの理由を、昴が教えてくれた。
「騎士会の会員は原則、全員が対等とされているの。見習い、准士、騎士、そして円卓騎士等々の役職は秩序をもたらすべく設けられたにすぎず、対等という原則を外れるものではないのね。この理念は騎士会の隅々に現れていて、例えば詰め所に出入りするとき、同学年の会員は横並びになるのが一般的だわ。三年長の藤堂先輩と三年副長の美ヶ原さんが、そうだったようにね」
 記憶を探ると昴の指摘どおり、二人は横並びの状態で詰め所に出入りしていた。観音開きのドアが開け放たれ2メートル強の横幅が確保されていたから僕の意識に登らなかっただけで、当の二人は横並び状態を意図的に作っていたのである。僕は項垂れ、自分の失敗を口にした。
「つまり僕はその理念に反し昴の前を歩いたから、騎士の方々はざわめいたんだね」
 昴は出会ったころから、僕が隣にいるのを好んだ。僕より背が高く、歩く速度も速く、精神年齢も脳の性能も何もかも勝っていたのに、対等な存在として横に並んでいるとき、昴は一番の笑顔を見せた。まさしく昴は、騎士の理念の体現者だったのである。にもかかわらず、騎士の方々への挨拶という重要場面で、理念に反する行いをなぜしてしまったのか。僕は立ち止まり、かけがえのない幼馴染に詫びようとした。が、
「ちょっと眠留、叱られた豆柴にならないで頂戴」
 などと昴はほざき笑うのを身をよじって堪えるものだから、カチンと来ても仕方ない。僕は口を尖らせ、文句をぶつけようとした。けどぶつけようとしたまさにその瞬間、
 ストン
 昴は膝を曲げ、目線を僕より10センチ下げる。そして、
「私達の身長差がこうなったら、先輩達のように腕を組んで歩きたい」
 俯き唇を噛みながら、昴はそう呟いたのだった。

 藤堂さんと美ヶ原先輩は、校門を出てすぐ腕を組み肩を寄せ合い、恋人同士になって歩いた。それは先輩方とは異なり、僕と昴が姉弟の気配をまとっていることを暗に伝える行為であったと、僕は考えている。確かに二人の見立ては正しく、僕らはどこからどう見ても、しっかり者の姉と手のかかる弟でしかないのだろう。だが、仮にそれだけを感じていたなら、別れ際に「全力で悩め」と言うだろうか。「枝分かれしつつ伸びる人生の道」を明かした上で、道は必ず示されると告げるだろうか。僕と昴に姉弟以外の要素を微かに感じ、それこそが僕らの悩みの核心なのだと、二人は判断したのではないか。僕には、そう思えたのである。
 そしてそう思ったのは、昴も同じだった。いや、昴は藤堂さんの明かした道の話に、僕以上の衝撃を受けたはずだ。人と人のえにしを読み取る昴は、人々の足元から伸びる道を、常にうっすら知覚している気がする。それは昴と係わりが深いほど明瞭になっていき、然るに四千年の付き合いのある僕の道はたなごころを指すようであり、そしてその中に、僕と腕を組んで歩く道を昴はくっきり捉えている。昴にとって未来とは曖昧な未顕現のモノではなく、可能性として既に顕現した確固たるモノに違いないのだ。
 それが、本音の吐露に繋がった。くっきり観える未来が巨大な苦悩となって昴を揺さぶり、封じ込めていた「腕を組んで歩きたい」という本音を、解き放ってしまったのだ。昴の心の中で起こったそれら諸々を、四千年の付き合いから、僕も掌を指すが如く感じることができたのである。
 よって僕にできたのは、道路に崩れ落ちようとする自分を阻止する事だけだった。ここで崩れ落ちたら、膝を曲げ目線を下げた昴の想いを踏みにじる事になる。僕は歯を食いしばり、道路にうずくまる未来を跳ね除けていた。
 けどまあ、当然と言えばそれまでなのだけど、この破格の幼馴染はダメダメな僕をあっさり飛び越えて行った。
「それは脇に置くとして、話を進めましょう」
 昴は膝をあっさり元に戻し、豊かな笑みを浮かべてみせたのである。偉大な幼馴染を仰ぎ見ながらつくづく思った。
 一刻も早く成長し、昴を守ってあげられる僕にならなきゃな、と。

 それから昴は、少々複雑な話をした。座学では教えられず、同僚から教えられる事でもないそれは、気づく人だけが気づくたぐいいのものらしい。
「公平の極みは不公平の極み、という言葉がある。その例としてよく使われるのが、病院のベッドね。すべての人に同じサイズのベッドを用意するのが公平なのか、それとも身長や体重に合わせて個別のベッドを用意するのが公平なのか、どちらも極端に行うと不公平が生じるのよ。同じサイズにこだわり過ぎると、低身長の病人は広いベッドを享受できても、高身長の病人は窮屈な環境を強いられる事になる。身長や体重にこだわり過ぎると、身長や体重にコンプレックスを抱いている病人にとって、ベッドは精神的な拷問器具になってしまう。公平を求めるのは正しくても限度を超えると、それは不公平を生むのね。そしてそれは、『騎士会の会員は全員対等』という理念にも、同じように働く。この理念ばかりを追求すると、不公平極まりない組織になってしまうの。だから騎士会は、それを曖昧にした。細かな明文化を避け、規則でも鉄則でもない、拘束力の最も低い原則として理念を扱ったのね。しかしそこまでしても、不公平の要素を一掃することは叶わなかった。それは、『曖昧にしたからこそ気づける人しか気づけない』という、不公平さだったのよ」
 昴はそれから顔を一瞬歪め、自分の女王様気質に苦しめられた一年間を、僕に打ち明けてくれた。それは、こんな話だった。
 見習い騎士には、同級生会員の代表である学年長と副長という役職が、設けられていない。日直のような持ち回り制の役職すらない完全に対等な存在として、見習い騎士は会員活動を始めるのだ。すると毎年必ず、二通りの困った会員が現れると言う。対等という理念を逆手に取り「自分の序列を上げようとする人達」と、対等という理念を利用して「自分の序列を維持しようとする人達」が現れるのだ。前者は概して低序列の人に多く、そういう人は昴を、蹴落とすべき敵として認識する。一方後者には高序列の人が多く、そういう人は昴を、自分の身分を保証する旗印として認識する。その二通りの人達がことある毎に昴の女王様気質を刺激し、昴はこの一年間、ずっと苦しめられてきたそうなのだ。
「詰所の出入り口に2メートル以上の幅があっても、並べるの三人が上限。だから集団で詰め所に入る時はどうしても順番が発生して、私は先頭にいても最後にいても、二通りの人達から不快な気分にさせられた。私が先頭にいると後者の人達が意気揚々と周りに集まって来るから、前者の人達はそんな私達へ蔑みを向ける。私が最後にいても後者の人達は集まって来るけど、前者の人達は私達の前を意気揚々と歩き、そしてその人達へ、今度は後者の人達が蔑みを向ける。私はそれが嫌で、そんな状況をなるべく避けようとしているのに、二通りの人達は寄ってたかって、私をその状況の中心人物に仕立て上げるのよ。正直言うと私はかなりまいっちゃって、座学を受けるため騎士会本部に足を向けるのが、憂鬱でならなかった。でもそれを表面に出すと私の負けになるから、平気な振りをしていたけどね」 
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