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十章
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「ならその五分に私の五分も加えれば、ピッタリ100%ね。委員長選挙は今日の放課後だから、それまでに公約の原稿を完成させて、後顧の憂いを断ちましょう。それともあなた、一時間半じゃ原稿を書けないなんて、よもや言わないわよね」
挑発的な言葉を投げかける友へ、芹沢さんは食って掛かった。
「頭にきた、すぐ書き上げてみせるわ!」
そう宣言するや、芹沢さんは指が霞むほどのスピードでキーボードを叩き始める。そんな友を目尻を下げしばし見守ったのち、青木さんは顔を北斗に向けた。
「見てのとおり、私達は北斗君の案でやってみる。アドバイス等々、あったら何でも言って」
北斗は嬉しげに肩をすくめた。それは北斗の、付け加えることは何もないというジェスチャーだと知っている僕ら男子は、揃ってガッツポーズをした。香取さんも、真山に釣られて体が動いたのだろう。男子特有のオーバージェスチャーなガッツポーズを彼女も一緒にしたものだから、部屋に明るい笑い声が満ちた。すかさず芹沢さんが、
「私に遠慮しないで、みんなお昼ご飯を再開してね」
とニッコリ笑ったため、場は更に和む。それから暫く会議室に、賑やかなお弁当タイムが流れて行った。
そのお弁当があらかた空になり、真山のお茶を皆で楽しんでいる最中、北斗が真山に何気なく訊いた。
「なあ真山、俺の案への個人的感想を、聴かせてくれないか」
三島と青木さんと香取さんは表情を変えなかったが、僕と猛は鋭くなった気配を誤魔化すため、湯呑み茶碗を殊更ゆっくり口へ運んだ。芹沢さんも北斗の問いかけに合わせ、タイピング速度を一段下げていた。僕ら昼食会メンバーは、知っていたのである。北斗はこういう場面でこそ、重大案件を洩らすのだと。
「北斗の案に心が躍ったというのが、俺の率直な感想だね。後期委員の大半も、俺達十八期生が湖校初の試みをするって処に、同じ反応を示すと思う。教育AIへの定例報告に『試験的にやってみたい』という一文を添えることで、後期委員は芹沢さんと青木さんを後押しすると俺は予想するよ」
王子様は、政治の英才教育を幼少の頃から施されるもの。然るに一年きっての王子様である真山にかかれば、後期委員は俎板の鯉のようなものなのだろう。それを日常として知っている僕と猛と芹沢さんは真山の予想をあっさり嚥下したが、三島と青木さんと香取さんには咀嚼の時間が必要だったらしい。三島は腕を組み天井を見つめて、青木さんはロダンの考える人の姿勢で、香取さんは2Dキーボードに十指を走らせて、北斗と真山のやり取りに思索を巡らせていた。三人の邪魔をせぬよう、僕は真山の発言を心の中で整理することにした。
『生徒会を持たない一年生から五年生までの湖校生にとって、前期委員と後期委員は事実上の生徒会と言える。でも他の委員会の上位組織ではないから、芹沢さんの公約を取り下げさせる権限を後期委員は有していない。ただ反対表明をして、アイに判断を仰ぐことならできる。アイは前期後期委員寄りの決を下す傾向があるから、後期委員を味方に付けるに越したことはない。ここに真山がいなくても北斗と真山は同じやり取りをしたはずだが、僕らに慣れていない三人にそれを見せることで、北斗と真山は八人の結束を高めようとしたのだろう。動機はどうあれ真山を同席させたのは、香取さんのファインプレーだったんだな』
みたいな感じに整理整頓が一段落したまさにその時、思索から抜け出た青木さんが、切羽詰まった表情で北斗に訴えた。
「ねえ北斗君、研究学校では数年に一度、六年時のクラス分けを入学時とまったく同じにするわよね。その理由を教育AIも文科省も一切明かしてないけど、北斗君はどう考えているの? わたし是が非でも、湖校最後の一年を、もう一度みんなと過ごしたいのよ。そのためなら、わたし何だってするわ。だからお願い、北斗君の推測を聴かせて!」
僕は自分の誤りに気付いた。
八人の結束を高めるという北斗と真山の試みを腹で理解し、そして真っ先に協力したのは、青木さんだった。
なぜなら青木さんの訴えに、僕は狂おしいほど同調していたからである。
僕も青木さんに続いて叫びたかった。ある仮説を、叫び声として噴出させたかった。六年時のクラスを一年時と同じにする年が研究学校平均で三年に一度、湖校平均で二年に一度あることへ、僕と輝夜さんは仮説を立てていた。「心の滑らかさが関係しているのではないか」というそれを皆にぶちまけたくて、仕方なかったのである。
そして皆も胸中は違えど、叫び声をあげる寸前の形相で硬直していた。体は硬直していても心は竜巻に見舞われ様々な想いが飛び交っているのも同じで、しかもそれら無数の想いはバラバラに飛んでいるように見えて、俯瞰すると軸を中心にグルグル回っているのも全員に共通していた。その軸こそは「湖校最後の年をもう一度皆と過ごしたい!」という、魂の叫びだったのである。
けどその叫びが、硬直以外の方法で具現化することはなかった。八人全員が同じ状態になったため、一人一人が自分の今の姿を、周りにいる仲間達の姿で確認できたからだ。最後の年を一緒に過ごしたいと自分がどれほど強く願っているかを、周りにいる仲間達が、身をもって教えてくれたのである。それは全員の胸に、自分は理解されているという強固な想いを生じさせた。その想いが心臓の鼓動に合わせ、体に沁み渡って行く。硬直側へ大きく傾いていた針が、柔和側へみるみる傾いてゆく。僕らは息を吐き、安堵の表情を浮かべて北斗へ体を向けた。北斗は青木さんの問いに直接答えず、その下準備として、自分の考えを自然の営みに譬えて話した。
「今は昼だが、昼はいつまでも続かず、五時間も経てば夜になる。一日という単位で見れば、昼もあれば夜もあるのだ。今日は雲一つない晴天だが、空一面を雲が覆う日もある。数週間単位で見れば、晴れの日もあれば曇りや雨の日もあるのだ。今は冬で寒い日ばかりが続くが、三ヵ月も経てば春の陽気を楽しめるようになり、その三か月後には暑さへ不平を言うようになる。一年という単位で見れば、春夏秋冬があるのだ。北半球に位置する日本にとって一月は冬でも、南半球のオーストラリアでは一月は夏。更に南下した南極圏では、夜のない白夜が続いている。このように自然は、時間と場所によって様々な違いがあっても、地球全域を長い目で見れば、全体として調和を保っている。それと同じことが湖校でも起きているというのが、俺の考えだ」
北斗は一旦言葉を切り、お茶で喉を潤す。それを見て僕はようやく、自分の喉が渇き切っていることに気付いた。それは皆も同じだったようで、皆も湯呑み茶碗を口元へ運んでいた。それが一段落したところで、北斗は話を再開する。
「研究学校は基本的に、公平な学校運営をしている。だがその反面、寮分けのような不公平なことも行っている。俺はそれへ、大自然と同じ性質を感じる。『全体として調和する』という理念を、研究学校に感じる。ならば十代の子供では見えなかった『全体』が、卒業して大人になるにつれ、次第に見えてくるのではないか。在学中は不可能でも、日本における研究学校の役割を百年単位で考えられるようになれば、推測可能になるのではないか。今の俺には無理なだけで、全体として調和するという理念が、寮分けやクラス分けに活かされているのではないか。具体的には解らずともこの『全体』が、青木さんの問いへの、俺の前提だな」
北斗は再度言葉を切る。それは前回と異なり、質問を受け付けるという意思表示だったが、口を開く者はいなかった。北斗は一人一人へ目を向け、質問時間を終わらせた。
「遥か未来の歴史学者は現代を、封建時代の終焉と新時代の萌芽が混ざり合った時代に、分類するだろう。世界に通用する個人事業主になることを目指す俺達研究学校生は、封建時代的経済システムと相性が悪く、新時代の経済システムと相性が良い。ならば、こう考えることも可能なのではないか。新経済システムの先駆けとなる者を育てるために、研究学校は創られたのだと」
青木さんの右手と左手が僅かな時間差で動いた。ピクッと動いた右手を、ビクンと動いた左手が押さえたのである。それは、無意識に挙手しようとした右手を左手が慌てて抑えた、というイメージを僕に抱かせた。北斗も同じだったのか目で承諾の意を伝えるも、青木さんは首を横へ振り居住まいを正すことで北斗に先を促した。北斗は首肯し、それを受け入れた。
「入学時と最終学年のクラスを数年おきに等しくする理由は、自然の摂理によるものなのか、はたまた新経済システムのためなのか。俺は、その両方だと考えている。重複するが、前者は今の俺の能力を超える。だが後者なら、不完全ながらある推測を立てている。それは、『社会に出る準備を終えているか否か』だな」
ガタッ、ガタッ、ガタン!
椅子の激しく軋む音が立て続けに七つ鳴った。
挑発的な言葉を投げかける友へ、芹沢さんは食って掛かった。
「頭にきた、すぐ書き上げてみせるわ!」
そう宣言するや、芹沢さんは指が霞むほどのスピードでキーボードを叩き始める。そんな友を目尻を下げしばし見守ったのち、青木さんは顔を北斗に向けた。
「見てのとおり、私達は北斗君の案でやってみる。アドバイス等々、あったら何でも言って」
北斗は嬉しげに肩をすくめた。それは北斗の、付け加えることは何もないというジェスチャーだと知っている僕ら男子は、揃ってガッツポーズをした。香取さんも、真山に釣られて体が動いたのだろう。男子特有のオーバージェスチャーなガッツポーズを彼女も一緒にしたものだから、部屋に明るい笑い声が満ちた。すかさず芹沢さんが、
「私に遠慮しないで、みんなお昼ご飯を再開してね」
とニッコリ笑ったため、場は更に和む。それから暫く会議室に、賑やかなお弁当タイムが流れて行った。
そのお弁当があらかた空になり、真山のお茶を皆で楽しんでいる最中、北斗が真山に何気なく訊いた。
「なあ真山、俺の案への個人的感想を、聴かせてくれないか」
三島と青木さんと香取さんは表情を変えなかったが、僕と猛は鋭くなった気配を誤魔化すため、湯呑み茶碗を殊更ゆっくり口へ運んだ。芹沢さんも北斗の問いかけに合わせ、タイピング速度を一段下げていた。僕ら昼食会メンバーは、知っていたのである。北斗はこういう場面でこそ、重大案件を洩らすのだと。
「北斗の案に心が躍ったというのが、俺の率直な感想だね。後期委員の大半も、俺達十八期生が湖校初の試みをするって処に、同じ反応を示すと思う。教育AIへの定例報告に『試験的にやってみたい』という一文を添えることで、後期委員は芹沢さんと青木さんを後押しすると俺は予想するよ」
王子様は、政治の英才教育を幼少の頃から施されるもの。然るに一年きっての王子様である真山にかかれば、後期委員は俎板の鯉のようなものなのだろう。それを日常として知っている僕と猛と芹沢さんは真山の予想をあっさり嚥下したが、三島と青木さんと香取さんには咀嚼の時間が必要だったらしい。三島は腕を組み天井を見つめて、青木さんはロダンの考える人の姿勢で、香取さんは2Dキーボードに十指を走らせて、北斗と真山のやり取りに思索を巡らせていた。三人の邪魔をせぬよう、僕は真山の発言を心の中で整理することにした。
『生徒会を持たない一年生から五年生までの湖校生にとって、前期委員と後期委員は事実上の生徒会と言える。でも他の委員会の上位組織ではないから、芹沢さんの公約を取り下げさせる権限を後期委員は有していない。ただ反対表明をして、アイに判断を仰ぐことならできる。アイは前期後期委員寄りの決を下す傾向があるから、後期委員を味方に付けるに越したことはない。ここに真山がいなくても北斗と真山は同じやり取りをしたはずだが、僕らに慣れていない三人にそれを見せることで、北斗と真山は八人の結束を高めようとしたのだろう。動機はどうあれ真山を同席させたのは、香取さんのファインプレーだったんだな』
みたいな感じに整理整頓が一段落したまさにその時、思索から抜け出た青木さんが、切羽詰まった表情で北斗に訴えた。
「ねえ北斗君、研究学校では数年に一度、六年時のクラス分けを入学時とまったく同じにするわよね。その理由を教育AIも文科省も一切明かしてないけど、北斗君はどう考えているの? わたし是が非でも、湖校最後の一年を、もう一度みんなと過ごしたいのよ。そのためなら、わたし何だってするわ。だからお願い、北斗君の推測を聴かせて!」
僕は自分の誤りに気付いた。
八人の結束を高めるという北斗と真山の試みを腹で理解し、そして真っ先に協力したのは、青木さんだった。
なぜなら青木さんの訴えに、僕は狂おしいほど同調していたからである。
僕も青木さんに続いて叫びたかった。ある仮説を、叫び声として噴出させたかった。六年時のクラスを一年時と同じにする年が研究学校平均で三年に一度、湖校平均で二年に一度あることへ、僕と輝夜さんは仮説を立てていた。「心の滑らかさが関係しているのではないか」というそれを皆にぶちまけたくて、仕方なかったのである。
そして皆も胸中は違えど、叫び声をあげる寸前の形相で硬直していた。体は硬直していても心は竜巻に見舞われ様々な想いが飛び交っているのも同じで、しかもそれら無数の想いはバラバラに飛んでいるように見えて、俯瞰すると軸を中心にグルグル回っているのも全員に共通していた。その軸こそは「湖校最後の年をもう一度皆と過ごしたい!」という、魂の叫びだったのである。
けどその叫びが、硬直以外の方法で具現化することはなかった。八人全員が同じ状態になったため、一人一人が自分の今の姿を、周りにいる仲間達の姿で確認できたからだ。最後の年を一緒に過ごしたいと自分がどれほど強く願っているかを、周りにいる仲間達が、身をもって教えてくれたのである。それは全員の胸に、自分は理解されているという強固な想いを生じさせた。その想いが心臓の鼓動に合わせ、体に沁み渡って行く。硬直側へ大きく傾いていた針が、柔和側へみるみる傾いてゆく。僕らは息を吐き、安堵の表情を浮かべて北斗へ体を向けた。北斗は青木さんの問いに直接答えず、その下準備として、自分の考えを自然の営みに譬えて話した。
「今は昼だが、昼はいつまでも続かず、五時間も経てば夜になる。一日という単位で見れば、昼もあれば夜もあるのだ。今日は雲一つない晴天だが、空一面を雲が覆う日もある。数週間単位で見れば、晴れの日もあれば曇りや雨の日もあるのだ。今は冬で寒い日ばかりが続くが、三ヵ月も経てば春の陽気を楽しめるようになり、その三か月後には暑さへ不平を言うようになる。一年という単位で見れば、春夏秋冬があるのだ。北半球に位置する日本にとって一月は冬でも、南半球のオーストラリアでは一月は夏。更に南下した南極圏では、夜のない白夜が続いている。このように自然は、時間と場所によって様々な違いがあっても、地球全域を長い目で見れば、全体として調和を保っている。それと同じことが湖校でも起きているというのが、俺の考えだ」
北斗は一旦言葉を切り、お茶で喉を潤す。それを見て僕はようやく、自分の喉が渇き切っていることに気付いた。それは皆も同じだったようで、皆も湯呑み茶碗を口元へ運んでいた。それが一段落したところで、北斗は話を再開する。
「研究学校は基本的に、公平な学校運営をしている。だがその反面、寮分けのような不公平なことも行っている。俺はそれへ、大自然と同じ性質を感じる。『全体として調和する』という理念を、研究学校に感じる。ならば十代の子供では見えなかった『全体』が、卒業して大人になるにつれ、次第に見えてくるのではないか。在学中は不可能でも、日本における研究学校の役割を百年単位で考えられるようになれば、推測可能になるのではないか。今の俺には無理なだけで、全体として調和するという理念が、寮分けやクラス分けに活かされているのではないか。具体的には解らずともこの『全体』が、青木さんの問いへの、俺の前提だな」
北斗は再度言葉を切る。それは前回と異なり、質問を受け付けるという意思表示だったが、口を開く者はいなかった。北斗は一人一人へ目を向け、質問時間を終わらせた。
「遥か未来の歴史学者は現代を、封建時代の終焉と新時代の萌芽が混ざり合った時代に、分類するだろう。世界に通用する個人事業主になることを目指す俺達研究学校生は、封建時代的経済システムと相性が悪く、新時代の経済システムと相性が良い。ならば、こう考えることも可能なのではないか。新経済システムの先駆けとなる者を育てるために、研究学校は創られたのだと」
青木さんの右手と左手が僅かな時間差で動いた。ピクッと動いた右手を、ビクンと動いた左手が押さえたのである。それは、無意識に挙手しようとした右手を左手が慌てて抑えた、というイメージを僕に抱かせた。北斗も同じだったのか目で承諾の意を伝えるも、青木さんは首を横へ振り居住まいを正すことで北斗に先を促した。北斗は首肯し、それを受け入れた。
「入学時と最終学年のクラスを数年おきに等しくする理由は、自然の摂理によるものなのか、はたまた新経済システムのためなのか。俺は、その両方だと考えている。重複するが、前者は今の俺の能力を超える。だが後者なら、不完全ながらある推測を立てている。それは、『社会に出る準備を終えているか否か』だな」
ガタッ、ガタッ、ガタン!
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