僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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七章

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 とは言うものの、初めから終わりまで心地よい話だけを交わした訳ではない。僕ら二人は現在、普通ならかなり危機的な状況にいることが、会話を通じて明らかになったからだ。それは、次は二人でどこに行こうという超定番の話題から始まった。
「眠留くん、わたしショッピングモールに行きたい。昴とは何度か行ったけど、女の子の興味を惹くお店ばかりをいつも訪ねていたの。眠留くんとならあの場所を、新しい視点で楽しめると思うんだ」
 任せてください、と僕はガッツポーズした。そして意外と理系な輝夜さんを考慮し、地元民からミニ植物園と呼ばれている巨大な園芸店や、ミニ水族館として親しまれている水生生物の沢山いるお店や、天体望遠鏡や双眼鏡がずらりと並ぶお店を僕は紹介した。それらのお店は女性向けのフロアから離れた場所にあるので、そういうお店の存在自体を知らなかった輝夜さんは、瞳を輝かせて話を聴いてくれた。それは演技ではなく、珍しい植物や熱帯魚はもちろん、マニアックな双眼鏡メーカーの名前まで輝夜さんは複数口にしたのである。それどころか僕が子供の頃から憧れている、ドイツ製超高性能大型双眼鏡が八ヶ岳の別荘にあることを知った僕は、文字どおり身もだえした。片目だけの天体望遠鏡では絶対味わえない、大型双眼鏡ならではの夏の星空をうっとり語る輝夜さんに嫉妬を覚えるほど、僕らは双眼鏡の話題で盛り上がった。だから当然、
「ああもう我慢できない! 輝夜さん、ショッピングモールにいつ行こうか!」
 という言葉が口から飛び出たのだけど、そのとたん二人揃って固まってしまった。なぜなら僕らがショッピングモールに行くのは、どう考えても来年八月のお盆休みでないと、無理だったからである。
 まずは僕の事情から。僕は今、新忍道サークルを休めない立場にいる。その最大の理由は、新メンバーの緑川さんと森口さんが、準会員でしかない僕を正会員とまるで区別しない事にあった。それどころか、学年は下でもサークルでは先輩だからと、二人は何かと僕を立ててくれた。サークル長や副長と同じ悲願を抱く、ただでさえ男気溢れる緑川さんと森口さんからそんなふうに接してもらっているのに、週二回しかないサークル参加日を週一にできるワケがない。しかも社家に生まれた僕は冬休みをほぼ全休せねばならないので、十二月と一月の貴重な土日を休むなど、到底不可能だったのである。
 続く二月も、状況はさして変わらなかった。クラス委員を一度もしていない僕はプレゼン実行委員にならねばならず、余裕のない二月をすごすことが確定していたからだ。そして三月になれば、新忍道埼玉県大会まで残り二カ月となる。進級し最上級生となった真田さんと荒海さんが出場する埼玉大会まで残り二か月の時期に、サークルを休むなどあり得ない。後輩のできる四月はもっと休めないだろうし、しかもその上、真田さんと荒海さんは県大会を突破し全国大会へ進む可能性が極めて高いのだ。尊敬してやまない真田さんや荒海さんと一緒に戦えるのは夏の大会までだと思うだけで視界がかすむ僕に、八月のお盆休み以前にサークルを休むなど、できっこなかったのである。
 次は輝夜さんの事情だ。輝夜さんと昴は今、六年生から前代未聞の集中稽古を受けている。引退した六年生が優秀な後輩へ稽古を付けるのは例年のことだが、輝夜さんと昴への力の入れようはそれだけでは説明できない。同じ武術家としての勘だが、六年の先輩方は、二人との試合が面白くて仕方ないのだと思う。優れた武術家ほど、ルールのない真剣勝負へ憧憬を抱くようになる。そして、死と隣り合わせの戦いが日常の一部に取り入れられている輝夜さんと昴は、その真剣勝負への憧れを叶えた稀有な武術家と言える。よって、薙刀全盛のこの時代に個人と団体の双方でインターハイを制するほどの実力者である六年の先輩方は、二人との試合が疑似真剣勝負とも呼べるものだと気づいた。そしてそれが武術家としての飛躍につながることを、先輩方は直感で理解したのだと僕は考えている。それは二人にも当てはまり、天才の名に相応しい翔人であろうと六年生にまったく勝てず全敗を喫している輝夜さんと昴は、先輩方との試合が楽しくて仕方ないと僕に話していた。人と人との戦闘で勝敗を分かつ最大要素は駆け引きであり、その駆け引きにおいて二人はまだ、六年の先輩方にとって赤子同然だったのである。このように双方の利益が一致しているため、先輩方の卒業する来年三月まで二人が部活を休むことは、今日の昴ほどの理由がない限りまずありえないのだ。
 そして三月になると、全中の予選開始まで残り二カ月となる。進級し二年生になった二人が、薙刀全国大会中学生の部の個人決勝で相まみえるのは間違いないはず。よって僕と同じく輝夜さんも、全国大会が終了し一息つける八月のお盆休みまで、部活を休んでまでショッピングモールに行くなど夢物語でしかなかったのだった。
 という事情が脳裏を駆け巡った僕らは、苦笑し頭を掻いた。そして意見交換した結果、今日のように二人揃って午前か午後のどちらかがオフになる日は幾度か訪れるだろうが、時間を気にしつつ出かけるより、台所で昴や美鈴達とのんびり過ごした方が楽しそうだということに話は落ち着いた。すると不意に、「幼馴染からカップルに昇格した男女は二人きりの時間への欲求が少ない」と以前耳にしたことが思い出された。当時はチンプンカンプンだったが今ならその仕組みを推測できると思うなり、顔に血が集まり始める。なぜって、それはつまり・・・
「ん? 眠留くんどうしたの、顔が赤いよ」
 心に浮かんだ想いを素直に口にすることをここ数十分続けてきた輝夜さんは、自然にそう問いかけた。然るにまったく同じ時間を過ごして来た僕も、心に浮かんだ想いをそのまま告げてしまった。
「僕にとって輝夜さんは一人の女性であると同時に、もう完全な家族みたいなんだ。だから心の深い場所でゆるぎない絆をいつも感じていて、それが二人きりになる欲求を少なくしている気がしたん・・・」
 想いを素直に話せるからといって、それにドギマギしないなんてことは無い。打ち明けた僕も、そして打ち明けられた輝夜さんも、大胆過ぎるその内容に顔が大爆発してしまった。
 それからたっぷり三分間、大爆発の余熱が顔から完全に消え去るまで、僕らは一言も言葉を交わせなかったのだった。
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