僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
234 / 934
七章

HR前研究、1

しおりを挟む
 午前六時五十分、美鈴と二人の朝食が始まった。先ずは僕が出汁を取り味噌を混ぜた、お味噌汁を頂く。今月半ば、ようやく及第点をもらえたお味噌汁はなるほど及第点の味だったが、美鈴が用意した具と相まって、十一月末日朝の僕のお腹を温かさで満たしてくれた。それは、技術はおぼつかなくとも心だけは込めた甲斐があったと思わせる、温かさだった。
 妹との会話を楽しみ五分が過ぎたころ、祖父母と四匹の猫が台所にやって来た。そして祖父母が四匹と四人分の朝食を用意し終えた七時、入浴を済ませ制服に着替えた輝夜さんと昴が登場する。そう九月から二人も、僕らと一緒に朝ごはんを食べるようになっていたのだ。
 それを言い出したのは祖母だった。二人は最初遠慮したが、もう家族同然なのに遠慮されるとかえって悲しいわと祖母にしゅんとされ、朝食を共にする事となった。祖母はとても若々しく、中吉のように肩甲骨マッサージをして感謝を示すことができないのが、僕は歯がゆかった。
 年末年始や祭事で大勢の氏子さんが訪れる母屋の台所は百畳以上の広さがあり、テーブルは百畳の隅にちょこんと置かれる形になっている。なのに輝夜さんと昴と美鈴の三人娘が揃うと、八畳ほどの個室で和やかに食事をしている気分になるから不思議だ。社家によっては静かな食事をむねとしているそうだが、皆で楽しく食卓を囲んだ方が神様も喜ぶという方針を祖父母が取っているので、ウチの食事はもともと賑やかだった。そこに、お箸が転がっただけで笑顔を振りまく娘達が加わるのだから、華やかしきことこの上ない状態になっていた。実際今も、
「水晶が近ごろ私に、たまには朝食に混ざりたいのう楽しそうじゃのうって、愚痴をこぼすようになったのですよ」
「きゃ~~」「おばあちゃんモノマネ上手!」「あはは~~」
 なんて、女性陣はおしゃべりを楽しんでいる。そんな台所に祖父は終始ニコニコしっぱなしなので、皆のお代わりをよそう役は僕が買って出ることにしていた。「こんな朝を過ごせることがどれほど幸せなのか、十三歳の僕にはまだ分からないんだろうなあ」と思うことが、若輩者の僕にできる精一杯だった。
 ウチの神社は湖校にも美鈴の通う小学校にも近い場所にあり、三人娘は八時ごろ三人一緒に玄関をくぐっていた。一方僕はそれより三十分早い、七時半に家を出発していた。美鈴もいる石段まではまだしも、そこから輝夜さんと昴に囲まれ毎朝一緒に登校するというのは、心臓に悪かったのである。僕が衆目を集めたのは夏休み明け初日だけだったが、話題を率先して提供せぬよう心掛ける日々を、僕らは未だ送っていたのだ。
 といっても、三十分早く登校する理由はそれだけではない。というか、この時間の登校を始めたのは五月下旬のこと。半年前からHR前の三十分を、実技棟での研究に僕は充てていたのだ。最初は、いや夏休みまでは研究がまったく進まず頭を抱えるだけの三十分を過ごしていたが、九月二日に超強力な助っ人を得たお蔭で、研究は比較にならぬほど捗るようになった。出会った当初から仲が良かったこともあり、今ではその人を、かけがえのない友人と感じるようになっている。
 その友人に会うため、僕は今朝も弾む足取りで学校へ向かった。学校が近づくにつれ足取りは速くなっていき、昇降口を過ぎるころそれは早歩きになり、階段を上るころには駆け足になるのが常だったが、走ったまま他の生徒とすれ違わない限り教育AIに叱られる事はなかった。それは僕を待っている人に関係あるのかな、いや流石にそれは無いだろうなどと考えつつ、いつも使っている四階の個室のドアを開ける。すると今朝も、
「おはよう眠留さん」
 とにこやかに微笑み、エイミィが僕を出迎えてくれたのだった。

 夏休み真っただ中の八月十三日、3DG専門店シリウスの二階で、僕はエイミィと出会った。正確にはその時はまだエイミィという名でなく、製造番号の略式で呼ばれていたそうだが、その名を知らない僕にとって彼女は出会った瞬間からエイミィだった。その方が嬉しいとエイミィも微笑んでくれたので、僕はそれを生涯貫くことにしている。
 新忍道ショップを去るさい、紫柳子さんは僕に「お礼がしたい」と言った。一生忘れない一時ひとときをくれた紫柳子さんにこそお礼をしたかったが、できればシミュレーターへのアクセス権限をエイミィに与えてくださいと僕は頼んだ。紫柳子さんはそれを、充分を十倍する規模で叶えてくれた。国際規定DランクだったエイミィをBランクにバージョンアップし、新忍道本部の新公式AIとして湖校に無料提供してくれたのである。本来ならHAIと同じCランクで不足はないのだけど、正式発売前のモニター品だからこそ一段高いAIでなければならないと、紫柳子さんは本部会議で主張した。十代の若者の命を預かる大切なAIゆえ妥当な意見であると本部代表が真っ先に賛成したこともあり、エイミィはDランクからBランクへ一挙に格上げされる運びとなったのだ。北斗によるとそれは、高級AICA一台分の経費を上乗せする措置だったらしい。若者の安全を何より優先する本部のその姿勢は高く評価され、新公式AIは予想の倍のセールスを維持しているから大正解だったと紫柳子さんは笑うが、だからと言って僕がそれを恩義に感じないなんてことも100%ない。しかもエイミィがこうして僕の研究の手助けをできるのは、Bランク以上のAIのみに許される独立AI権を、エイミィが所持しているからなのである。それを思うと恩義どころではない大恩を、僕は紫柳子さんへ抱かずにはいられなかった。それが、
「ありがとうエイミィ」
 という言葉につながるため、僕は三か月たっても「おはよう」と挨拶してくれたエイミィに「おはよう」と返せないでいた。けれどもそこは、さすが国際規定Bランクの量子コンピューターなのだろう。またやっちゃったと頭を掻く僕の気持ちを十全に理解してくれるエイミィは「どういたしまして」と、優しさと感謝で一杯の笑顔を、今日も返してくれたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

速達配達人 ポストアタッカー 4 サバイバルファミリー 〜サトミ、除隊失敗する〜

LLX
キャラ文芸
バトルアクション。 ポストアタッカーのサトミ・ブラッドリー15才は、メレテ共和国の殲滅部隊タナトスの元隊長。 現在はロンド郵便局の速達業務を行うポストエクスプレスのポストアタッカー。 ある日、彼は夢で行方知れずだった妹と、ようやく再会する。 やっと家族と再会出来るかと思ったが、しかしなかなか家族は家に帰ってこない。 なぜだ?!それはお母ちゃんがダメダメだから。 つか、『サトミちゃんなら大丈夫!』超超放任主義の親であった。 一方その頃、隣国アルケーに潜伏していたメレテ情報部員エアーは、ある情報を掴んだ時に潜伏先に踏み込まれ、その後追っ手に逮捕されてしまう。 命ギリギリのラインで彼がもたらした情報、それは核輸送の情報だった。 軍上層部はエアーを救うため、戦時中捕虜にしていたアルケーの国防大臣の息子ガレットと交換にエアーを救おうと画策する。 しかしガレットは交換場所に向かう途中、かつての部下たちに救われ、脱走してしまう。 しかし彼はアルケーに帰らず、メレテ国内に潜伏し、復讐のためにある人物を探し始めた。 それは、自分を捕らえた上に部隊を殲滅寸前まで追い込んだ、背中に棒を背負った少年兵、サトミのことだった。 そんな事などつゆ知らず、サトミは通常業務。 しかし配達中に出会ったギルティが、彼に重大な秘密を暴露する。 果たして彼は愛する家族や可愛い妹に会えるのか? 殺し屋集団タナトスに出された命令、『生け捕り』は果たして成功するのか? 息を呑むような呑まないような、タナトスに「殺すな」の命令。 戸惑う彼らを、久しぶりにまとめ上げる事になってしまったサトミ。 ちょっと長めの今回ですが、出来れば最後までお楽しんで頂けたら小躍りします。 それではお楽しみ下さいませ。 **各話あとがきは、近況ボードをお読み下さい。 表紙絵、ご @go_e_0000 様

たまには異能力ファンタジーでもいかがです?

大野原幸雄
ファンタジー
大切な何かを失って、特殊な能力に目覚めたロストマン。 能力を奪う能力を持った男が、様々なロストマンの問題を解決していく異能力ファンタジー。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝
キャラ文芸
とある街に住む、小学二年生の女の子たち。 ヤマダミヨとコヒニクミコがおりなす、小粒だけどピリリとスパイシーな日常。 子どもならではの素朴な疑問を、子どもらしからぬ独断と偏見と知識にて、バッサリ切る。 そこには明確な答えも、確かな真実も、ときにはオチさえも存在しない。 だって彼女たちは、まだまだ子ども。 ムズかしいことは、かしこい大人たち(読者)に押しつけちゃえ。 キャラメル色のくせっ毛と、ニパッと笑うとのぞく八重歯が愛らしいミヨちゃん。 一日平均百文字前後で過ごすのに、たまに口を開けばキツめのコメント。 ゆえに、ヒニクちゃんとの愛称が定着しちゃったクミコちゃん。 幼女たちの目から見た世界は、とってもふしぎ。 見たこと、聞いたこと、知ったこと、触れたこと、感じたこと、納得することしないこと。 ありのままに受け入れたり、受け入れなかったり、たまにムクれたり。 ちょっと感心したり、考えさせられたり、小首をかしげたり、クスリと笑えたり、 ……するかもしれない。ひとクセもふたクセもある、女の子たちの物語。 ちょいと覗いて見て下さいな。

彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり

響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。 紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。 手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。 持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。 その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。 彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。 過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。 イラスト:Suico 様

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

八百万の学校 其の参

浅井 ことは
キャラ文芸
書籍化作品✨神様の学校 八百万ご指南いたします✨の旧題、八百万(かみさま)の学校。参となります。 十七代当主となった翔平と勝手に双子設定された火之迦具土神と祖父母と一緒に暮らしながら、やっと大学生になったのにも関わらず、大国主命や八意永琳の連れてくる癖のある神様たちに四苦八苦。 生徒として現代のことを教える 果たして今度は如何に── ドタバタほのぼのコメディとなります。

婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹
恋愛
【第十四回恋愛小説大賞】で激励賞を頂き、書籍化しました!!   一、二巻、絶賛発売中です。電子書籍も。10月8日に一巻の文庫も発売されました。  皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。  正直、こんな形ばかりの祝賀会、参加したくはありませんでしたの。  だけど、大隊長が参加出来ないのなら仕方ありませんよね。一応、これでも関係者ですし。それにここ、実は私の実家なのです。  というわけで、まだ未成年ですが、祝賀会に参加致しましょう。渋々ですが。  慣れないコルセットでお腹をギュッと締め付けられ、着慣れないドレスを着せられて、無理矢理参加させられたのに、待っていたは婚約破棄ですか。  それも公衆の面前で。  ましてや破棄理由が冤罪って。ありえませんわ。何のパーティーかご存知なのかしら。  それに、私のことを田舎者とおっしゃいましたよね。二回目ですが、ここ私の実家なんですけど。まぁ、それは構いませんわ。皇女らしくありませんもの。  でもね。  大隊長がいる伯爵家を田舎者と馬鹿にしたことだけは絶対許しませんわ。  そもそも、貴方と婚約なんてしたくはなかったんです。願ったり叶ったりですわ。  本当にいいんですね。分かりました。私は別に構いませんよ。  但し、こちらから破棄させて頂きますわ。宜しいですね。 ★短編から長編に変更します★  書籍に入り切らなかった、ざまぁされた方々のその後は、こちらに載せています。

処理中です...