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六章
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「北斗はなぜ、いつもと変わらない北斗で、ずっと僕のそばにいてくれたのかな」
そう問いかけただけで精根使い果たし、それについて考えることが一切できずにいた僕へ、猛が語りかけた。
「これから話すことを、眠留は腹立たしく思うだろう。だが人とはそういう生き物だし、天川さん本人が自分でもわからないと言っている事だから、この説が主流を占めていてもある程度仕方ないのだと、どうか理解してあげてほしい」
もともと残念な性能であることに加え、疲労の極みにあるといっても過言ではない今の僕の脳にとって、猛の言葉を理解するのはいささか骨の折れる仕事だった。それを正直に話し、しばし猶予をもらい、一分を費やしようやく内容を把握した僕は、猛に準備完了を告げた。僕と同じく上を見つめている猛の声が、炎の光に揺らめく天井に反射し部屋に満ちる。その優しげな間接音でなかったら、猛の言葉に、僕は我を忘れて怒り狂っていたかもしれない。
「皆の主流の説はこうだ。天川さんと白銀さんと眠留は今、三角関係にあるのだと」
松果体に意識を集中し、その振動数を上げる。溢れ出た光を鳩尾に集め、鳩尾を内側から押し広げる。これを何度も繰り返し、僕はようやく落ち着きを取り戻すことができた。またそれに伴い活性化した脳が、皆がそう感じて当然という理解と、皆にそう感じさせる根本原因は僕にあるという事実を、心に届けてくれた。
「待たせちゃってごめん。もう大丈夫だから、続きを聞かせて」
その言葉に嘘はない事を十全に理解してくれる二人の友が、続きを交互に話してくれた。
湖校の一年生の中で、北斗と昴は最も注目を集めるカップルだった。仮に真山が一年女子の誰かと付き合っていても、北斗と昴の座を奪うことは不可能だっただろう。その理由は昴にあった。ほぼすべての一年生が昴に抱く印象を突き詰めると、それは「怖い人」だった。そして昴は、これぞ昴の昴たる所以なのだが、それを「畏怖の対象」へ昇華させる不思議な魅力を持っていた。それ故、不思議な面が多分にあってもそれを親近感へ昇華させる真山は、注目度という尺度において昴に勝てなかった。大人になれば事情は変わってくるかもしれないが、十二歳から十三歳の子供にとって、親近感が畏怖より注目を集めることは無い。そしてそれが北斗と昴の別れ話に、こんな感想を必ず添えさせる事となった。北斗君でも天川さんに敵わなかったんだね、と。
よって必然的に、なら誰なら敵うのかという話題へ皆の関心は移った。普通なら麗男子一位の真山なのだろうが、男子には決して窺えない洞察力を女子は持っているのか、昴が真山を異性として見ていないことを女子は本能的に知っていた。よって女子達は、昴に敵う男子の候補者を上級生へ広げた。しかし昴の休部により、皆の関心は一人の同学年男子へ一気に収束する事となる。そう、その同学年男子はあろうことか、僕だったのだ。
僕は自宅と学校の区別なく、「ひえ~」や「ごめんなさい~」を昴に連発している。けど僕は昴を、怖い人だなんて一度も思ったことがない。僕にとって昴は出会って以来ずっと、か弱い所を普通に持つ、守るべき女の子だった。体育祭で翔人の秘密が漏れ、そのせいで昴が大きく揺らいでいるのを知ってからは、守るべき少女という想いは一層強まって行った。会議棟で話し合ったあの日以降は、か弱さをむしろ多く持つ少女として僕の目に映るようになった。しかもその際、封印していた真情に気づくという予期せぬ出来事が起こったため、それは益々加速して行った。昴は僕にとって、命を投げ出しても何の悔いもない守るべき女性に、日々なって行ったのである。
という僕と昴の変化を、子細を知らずとも直感的に知覚できるのが、いわゆる年頃の女の子なのだろう。休部届けのニュースに添えられていた朝露の白薔薇の「なら安心だ」という発言と、昴が身を挺して僕を守ったという事実が、天川昴に比肩しうる唯一の男子という立ち位置に僕を押し上げた。そう、根本原因はすべて、僕にあったのである。
翔人の要素が絡むこの根本原因は二人の話を聞きつつ僕が考察したものであり、猛と真山の見解ではない。もちろん二人の見解も、事態把握に大層役立ってくれた。二人の見解の根幹を成すのは、十組の生徒と他クラスの生徒へ同じ要求をしてはならない、というものだったのである。
北斗と昴が別れると僕が項垂れるという三人の関係を、十組のクラスメイトなら苦もなく理解できる。また、項垂れがちな学校生活を僕に送らせぬよう昴が身を挺するのも、クラスメイトなら不可解に感じることは無い。僕ら三人の関係を、クラスメイト達は湖校入学以来、直接見てきたからだ。
しかしそれを、十組以外の生徒にも同じように求めてはならないと二人は説いた。普通の生徒なら、こんなふうに考えて当然だからだ。「あの天川昴がこれほど大切にするのだから、二人が別れた原因の一端は、猫将軍眠留にあるのだろう」と。
僕の他にもう一人、昴をまったく怖がっていない生徒がいたことが、それに拍車をかけた。その生徒とは言うまでもなく、輝夜さんだった。僕と輝夜さんと昴は一緒にいることがとても多かったため、三人でいるときだけ昴が見せる表情、そして纏う気配を、女子達は敏感に察知していた。そのせいで彼女達は、もう一つ察知してしまった。それは自分達と同じく、北斗も昴を怖がっているという事実だった。
親友になって足かけ五年になる僕も、北斗の中に昴を怖がる気持ちがあることを否定できない。北斗は昴へ、別次元の存在への畏怖を感じていた。また北斗は、格上の女子と付き合う男子が必ず持つ、彼女がいつか去ってしまうのではないかという恐怖も心の中に抱いていた。ではなぜ、北斗が昴を格上と感じていることを、女子達は知り得たのだろうか。その理由は、またもや昴にあった。昴は北斗に畏怖も恐怖も、まったく感じていなかったのである。昴が僅かなりともそれを示すのは輝夜さんただ一人であり、そして体育祭以降は、そこに僕も加わった。猛と真山によると、昴のその変化は、昴をほとんど知らない他クラスの男子にすら感じ取れる明瞭なものだったと言う。それでも、昴と輝夜さんと僕を直接知る級友達はまだ理解があった。だが他クラスの生徒に、同じ要求をするのは無理というもの。然るに昴の休部の際、この説が主流となったのである。「あの天川昴がこれほど大切にするのだから、二人が別れた原因の一端は、猫将軍眠留にあるのだろう」と。
猛と真山が明かしたこの時点の話には、まだ救いがあった。僕が昴に翔人への道を指し示したことが原因の一端なのは間違いないので、主流の説と折り合いを付ける事が僕はできていた。けど、僕のせいで事態が一層悪化したと知ってからは、それも難しくなった。事態をより悪化させたのは、僕のトボトボ歩きだった。この世の終わりのごとく俯き足を引きずりながら図書館に通う、夏休み初めの僕の姿だった。あれを見て、「猫将軍はサークルが終わっても帰宅できないんだな」と思わない人が、果たしていただろうか。しかも、それは事実だった。僕が家に帰りたくても帰ることができないのは、まぎれもない真実だった。そこに、夏休みに入ってから輝夜さんも僕の神社で修行しているという情報が重なったのだから、皆が思って当然なのである。
三角関係になったせいで、猫将軍は家に帰ることができないのだ、と。
それこそが、陸上部とサッカー部の三年長がそろって言った、「噂はかねがね聞いている」の真相。同時にそれは兜さんがパーティー終了時に言った、
「猫将軍君、このとおりです。勝てる見込みのない三つ巴の戦いに、どうか夏菜を巻き込まないであげてください」
の真相だった。そうまさしく、すべての出来事は僕に根本原因のある、僕自身が招いた事だったのだ。
僕は俯きたかった。
この世の終わりのように項垂れて、学校生活を送って行きたかった。
だがそれは、二つの理由で決してしてはならない事だった。その二番目の理由を、僕は天井へ放った。
「納得できたよ。たとえ事実に反しようと、僕が明日から項垂れて過ごすと、三か月以上保ってきた皆の協力体制を兜さんが壊したって事に、なってしまうんだね」
猛と真山はそれを肯定した。一連の出来事を僕に明かしたのは兜さんではなく、猛と真山だ。しかし明日、二人が学校で皆にそれを幾ら説明しようと、食堂での一件が起きてしまった今となっては、それは手遅れ。第八寮の一年女子が驚くべき理解力と団結力を発揮し食堂の一件を伏せたとしても、僕が学校で毎日俯いていれば、それは上級生経由で必ず漏れる。すると伏せていた彼女達までもが、火の粉を浴びる事になりかねない。それを危惧した真山はパーティーの最中、兜さんの件を不自然に伏せないよう女の子たちに頼んでいた。そしてパーティー終了時、大勢の上級生が見守るなか兜さんが僕を呼び止める光景を目にした真山は、その依頼を事前にしておいたことに心底胸をなでおろしたと言う。真山はきっと、女の子たちが素晴らしい学校生活を送れるよう常に考え、そして影ながら尽力しているのだろう。そんな真山のためにも、そして真山が守ろうとした女の子たちのためにも、明日以降決して俯いてはならない。僕はそう、決意を新たにした。
だがそれをもってしても、それは一番の理由に及ばなかった。
絶対的と呼べるその一番の理由は、北斗にあった。
俯かない百日を過ごした北斗を差し置き、僕が俯いていいはずがない。
これが背筋を伸ばしていようと僕に思わせる、絶対的な理由だった。
僕は意を決し、敬愛する二人の友へ、再度問いかけた。
「北斗はなぜ、いつもと変わらない北斗で、ずっと僕のそばにいてくれたのかな」
しかしその答が二人からもたらされることは無かった。二人は、苦悩に満ちた声で言った。
「五月下旬、あの噂を初めて耳にして以来、それについて考えない日はなかった。だが幾ら考えても、俺らにはたった一つの事しか浮かばなかった」
「それは北斗こそが、項垂れたかったはずだって事。それでも北斗は、それをしなかった。眠留の前だけでなく、俺達の前でも、彼は決して項垂れなかったんだよ」
「それは並大抵のことではない。そして並大抵でないからこそ、真相は本人の胸の内だけにある。よって俺らが、いや小学校時代からの親友である眠留ですら、それについて軽はずみな推測を口にすべきではない」
「北斗と付き合っていくうえで俺達二人が自信を持てたのは、三か月以上の時間を費やしても、このたった一つだけだったんだよ」
僕は話した。二人は北斗を理解しているからこそ、その結論しか出せなかったのだと。
すると二人は揃って、ありがとうと言った。
その声音に、僕はやっと悟った。
北斗の次に苦悩していたのは、猛と真山だった。
同じく新忍道サークルで常に北斗の傍らにいた、京馬だった。
渦中の昴も、三角関係の噂を囁かれながらも薙刀部に一人留まった輝夜さんも、大変な苦悩を背負っていたはずだ。二人といつも一緒にいた美鈴も、それは同じだっただろう。
そう、僕だけが苦悩しなかった。
だから僕は素晴らしい夏を過ごすことができた。
僕の夏は、皆の犠牲の上に成り立っていた。
それを僕は今、やっと悟ったのである。
人生最大の自己嫌悪が僕を襲った。
未曾有としか言いようのない自己嫌悪が僕を飲み込んだ。
だが僕は、それに身をゆだねることを自分に許さなかった。
僕に、この件で落ち込む資格は一切無い。
僕がすべき事はただ一つ。
それは落ち込まず項垂れないことで、自分を罰し続けることだ。
そして、その行為の先にいる僕だけが、あることを僕に許してくれる。
それは、敬愛する人達の傍らに、今後もいて良いという事。
それだけが明日からの僕に残された、唯一の希望なのである。
でも、今だけは。
明日という日になっていない今日一晩だけは、言って良いのではないか。
猛と真山に、我がままを一つ言って良いのではないか。
そしてそれを、二人も望んでいるのではないか。
だから僕は、震える全身を懸命に制御し、それを口にした。
「えっと、あのさあ」
「うん」
「うん」
二人の友も、僕に負けず劣らず緊張した声で応える。
それがたまらなく嬉しかった僕は、我がままを少し先延ばしにすることにした。
「トイレに付き合ってもらって、いい?」
布団にもぐりこみ声を殺してたっぷり一分間笑い転げたのち、二人はトイレに付き合ってくれたのだった。
そう問いかけただけで精根使い果たし、それについて考えることが一切できずにいた僕へ、猛が語りかけた。
「これから話すことを、眠留は腹立たしく思うだろう。だが人とはそういう生き物だし、天川さん本人が自分でもわからないと言っている事だから、この説が主流を占めていてもある程度仕方ないのだと、どうか理解してあげてほしい」
もともと残念な性能であることに加え、疲労の極みにあるといっても過言ではない今の僕の脳にとって、猛の言葉を理解するのはいささか骨の折れる仕事だった。それを正直に話し、しばし猶予をもらい、一分を費やしようやく内容を把握した僕は、猛に準備完了を告げた。僕と同じく上を見つめている猛の声が、炎の光に揺らめく天井に反射し部屋に満ちる。その優しげな間接音でなかったら、猛の言葉に、僕は我を忘れて怒り狂っていたかもしれない。
「皆の主流の説はこうだ。天川さんと白銀さんと眠留は今、三角関係にあるのだと」
松果体に意識を集中し、その振動数を上げる。溢れ出た光を鳩尾に集め、鳩尾を内側から押し広げる。これを何度も繰り返し、僕はようやく落ち着きを取り戻すことができた。またそれに伴い活性化した脳が、皆がそう感じて当然という理解と、皆にそう感じさせる根本原因は僕にあるという事実を、心に届けてくれた。
「待たせちゃってごめん。もう大丈夫だから、続きを聞かせて」
その言葉に嘘はない事を十全に理解してくれる二人の友が、続きを交互に話してくれた。
湖校の一年生の中で、北斗と昴は最も注目を集めるカップルだった。仮に真山が一年女子の誰かと付き合っていても、北斗と昴の座を奪うことは不可能だっただろう。その理由は昴にあった。ほぼすべての一年生が昴に抱く印象を突き詰めると、それは「怖い人」だった。そして昴は、これぞ昴の昴たる所以なのだが、それを「畏怖の対象」へ昇華させる不思議な魅力を持っていた。それ故、不思議な面が多分にあってもそれを親近感へ昇華させる真山は、注目度という尺度において昴に勝てなかった。大人になれば事情は変わってくるかもしれないが、十二歳から十三歳の子供にとって、親近感が畏怖より注目を集めることは無い。そしてそれが北斗と昴の別れ話に、こんな感想を必ず添えさせる事となった。北斗君でも天川さんに敵わなかったんだね、と。
よって必然的に、なら誰なら敵うのかという話題へ皆の関心は移った。普通なら麗男子一位の真山なのだろうが、男子には決して窺えない洞察力を女子は持っているのか、昴が真山を異性として見ていないことを女子は本能的に知っていた。よって女子達は、昴に敵う男子の候補者を上級生へ広げた。しかし昴の休部により、皆の関心は一人の同学年男子へ一気に収束する事となる。そう、その同学年男子はあろうことか、僕だったのだ。
僕は自宅と学校の区別なく、「ひえ~」や「ごめんなさい~」を昴に連発している。けど僕は昴を、怖い人だなんて一度も思ったことがない。僕にとって昴は出会って以来ずっと、か弱い所を普通に持つ、守るべき女の子だった。体育祭で翔人の秘密が漏れ、そのせいで昴が大きく揺らいでいるのを知ってからは、守るべき少女という想いは一層強まって行った。会議棟で話し合ったあの日以降は、か弱さをむしろ多く持つ少女として僕の目に映るようになった。しかもその際、封印していた真情に気づくという予期せぬ出来事が起こったため、それは益々加速して行った。昴は僕にとって、命を投げ出しても何の悔いもない守るべき女性に、日々なって行ったのである。
という僕と昴の変化を、子細を知らずとも直感的に知覚できるのが、いわゆる年頃の女の子なのだろう。休部届けのニュースに添えられていた朝露の白薔薇の「なら安心だ」という発言と、昴が身を挺して僕を守ったという事実が、天川昴に比肩しうる唯一の男子という立ち位置に僕を押し上げた。そう、根本原因はすべて、僕にあったのである。
翔人の要素が絡むこの根本原因は二人の話を聞きつつ僕が考察したものであり、猛と真山の見解ではない。もちろん二人の見解も、事態把握に大層役立ってくれた。二人の見解の根幹を成すのは、十組の生徒と他クラスの生徒へ同じ要求をしてはならない、というものだったのである。
北斗と昴が別れると僕が項垂れるという三人の関係を、十組のクラスメイトなら苦もなく理解できる。また、項垂れがちな学校生活を僕に送らせぬよう昴が身を挺するのも、クラスメイトなら不可解に感じることは無い。僕ら三人の関係を、クラスメイト達は湖校入学以来、直接見てきたからだ。
しかしそれを、十組以外の生徒にも同じように求めてはならないと二人は説いた。普通の生徒なら、こんなふうに考えて当然だからだ。「あの天川昴がこれほど大切にするのだから、二人が別れた原因の一端は、猫将軍眠留にあるのだろう」と。
僕の他にもう一人、昴をまったく怖がっていない生徒がいたことが、それに拍車をかけた。その生徒とは言うまでもなく、輝夜さんだった。僕と輝夜さんと昴は一緒にいることがとても多かったため、三人でいるときだけ昴が見せる表情、そして纏う気配を、女子達は敏感に察知していた。そのせいで彼女達は、もう一つ察知してしまった。それは自分達と同じく、北斗も昴を怖がっているという事実だった。
親友になって足かけ五年になる僕も、北斗の中に昴を怖がる気持ちがあることを否定できない。北斗は昴へ、別次元の存在への畏怖を感じていた。また北斗は、格上の女子と付き合う男子が必ず持つ、彼女がいつか去ってしまうのではないかという恐怖も心の中に抱いていた。ではなぜ、北斗が昴を格上と感じていることを、女子達は知り得たのだろうか。その理由は、またもや昴にあった。昴は北斗に畏怖も恐怖も、まったく感じていなかったのである。昴が僅かなりともそれを示すのは輝夜さんただ一人であり、そして体育祭以降は、そこに僕も加わった。猛と真山によると、昴のその変化は、昴をほとんど知らない他クラスの男子にすら感じ取れる明瞭なものだったと言う。それでも、昴と輝夜さんと僕を直接知る級友達はまだ理解があった。だが他クラスの生徒に、同じ要求をするのは無理というもの。然るに昴の休部の際、この説が主流となったのである。「あの天川昴がこれほど大切にするのだから、二人が別れた原因の一端は、猫将軍眠留にあるのだろう」と。
猛と真山が明かしたこの時点の話には、まだ救いがあった。僕が昴に翔人への道を指し示したことが原因の一端なのは間違いないので、主流の説と折り合いを付ける事が僕はできていた。けど、僕のせいで事態が一層悪化したと知ってからは、それも難しくなった。事態をより悪化させたのは、僕のトボトボ歩きだった。この世の終わりのごとく俯き足を引きずりながら図書館に通う、夏休み初めの僕の姿だった。あれを見て、「猫将軍はサークルが終わっても帰宅できないんだな」と思わない人が、果たしていただろうか。しかも、それは事実だった。僕が家に帰りたくても帰ることができないのは、まぎれもない真実だった。そこに、夏休みに入ってから輝夜さんも僕の神社で修行しているという情報が重なったのだから、皆が思って当然なのである。
三角関係になったせいで、猫将軍は家に帰ることができないのだ、と。
それこそが、陸上部とサッカー部の三年長がそろって言った、「噂はかねがね聞いている」の真相。同時にそれは兜さんがパーティー終了時に言った、
「猫将軍君、このとおりです。勝てる見込みのない三つ巴の戦いに、どうか夏菜を巻き込まないであげてください」
の真相だった。そうまさしく、すべての出来事は僕に根本原因のある、僕自身が招いた事だったのだ。
僕は俯きたかった。
この世の終わりのように項垂れて、学校生活を送って行きたかった。
だがそれは、二つの理由で決してしてはならない事だった。その二番目の理由を、僕は天井へ放った。
「納得できたよ。たとえ事実に反しようと、僕が明日から項垂れて過ごすと、三か月以上保ってきた皆の協力体制を兜さんが壊したって事に、なってしまうんだね」
猛と真山はそれを肯定した。一連の出来事を僕に明かしたのは兜さんではなく、猛と真山だ。しかし明日、二人が学校で皆にそれを幾ら説明しようと、食堂での一件が起きてしまった今となっては、それは手遅れ。第八寮の一年女子が驚くべき理解力と団結力を発揮し食堂の一件を伏せたとしても、僕が学校で毎日俯いていれば、それは上級生経由で必ず漏れる。すると伏せていた彼女達までもが、火の粉を浴びる事になりかねない。それを危惧した真山はパーティーの最中、兜さんの件を不自然に伏せないよう女の子たちに頼んでいた。そしてパーティー終了時、大勢の上級生が見守るなか兜さんが僕を呼び止める光景を目にした真山は、その依頼を事前にしておいたことに心底胸をなでおろしたと言う。真山はきっと、女の子たちが素晴らしい学校生活を送れるよう常に考え、そして影ながら尽力しているのだろう。そんな真山のためにも、そして真山が守ろうとした女の子たちのためにも、明日以降決して俯いてはならない。僕はそう、決意を新たにした。
だがそれをもってしても、それは一番の理由に及ばなかった。
絶対的と呼べるその一番の理由は、北斗にあった。
俯かない百日を過ごした北斗を差し置き、僕が俯いていいはずがない。
これが背筋を伸ばしていようと僕に思わせる、絶対的な理由だった。
僕は意を決し、敬愛する二人の友へ、再度問いかけた。
「北斗はなぜ、いつもと変わらない北斗で、ずっと僕のそばにいてくれたのかな」
しかしその答が二人からもたらされることは無かった。二人は、苦悩に満ちた声で言った。
「五月下旬、あの噂を初めて耳にして以来、それについて考えない日はなかった。だが幾ら考えても、俺らにはたった一つの事しか浮かばなかった」
「それは北斗こそが、項垂れたかったはずだって事。それでも北斗は、それをしなかった。眠留の前だけでなく、俺達の前でも、彼は決して項垂れなかったんだよ」
「それは並大抵のことではない。そして並大抵でないからこそ、真相は本人の胸の内だけにある。よって俺らが、いや小学校時代からの親友である眠留ですら、それについて軽はずみな推測を口にすべきではない」
「北斗と付き合っていくうえで俺達二人が自信を持てたのは、三か月以上の時間を費やしても、このたった一つだけだったんだよ」
僕は話した。二人は北斗を理解しているからこそ、その結論しか出せなかったのだと。
すると二人は揃って、ありがとうと言った。
その声音に、僕はやっと悟った。
北斗の次に苦悩していたのは、猛と真山だった。
同じく新忍道サークルで常に北斗の傍らにいた、京馬だった。
渦中の昴も、三角関係の噂を囁かれながらも薙刀部に一人留まった輝夜さんも、大変な苦悩を背負っていたはずだ。二人といつも一緒にいた美鈴も、それは同じだっただろう。
そう、僕だけが苦悩しなかった。
だから僕は素晴らしい夏を過ごすことができた。
僕の夏は、皆の犠牲の上に成り立っていた。
それを僕は今、やっと悟ったのである。
人生最大の自己嫌悪が僕を襲った。
未曾有としか言いようのない自己嫌悪が僕を飲み込んだ。
だが僕は、それに身をゆだねることを自分に許さなかった。
僕に、この件で落ち込む資格は一切無い。
僕がすべき事はただ一つ。
それは落ち込まず項垂れないことで、自分を罰し続けることだ。
そして、その行為の先にいる僕だけが、あることを僕に許してくれる。
それは、敬愛する人達の傍らに、今後もいて良いという事。
それだけが明日からの僕に残された、唯一の希望なのである。
でも、今だけは。
明日という日になっていない今日一晩だけは、言って良いのではないか。
猛と真山に、我がままを一つ言って良いのではないか。
そしてそれを、二人も望んでいるのではないか。
だから僕は、震える全身を懸命に制御し、それを口にした。
「えっと、あのさあ」
「うん」
「うん」
二人の友も、僕に負けず劣らず緊張した声で応える。
それがたまらなく嬉しかった僕は、我がままを少し先延ばしにすることにした。
「トイレに付き合ってもらって、いい?」
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