僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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六章

掛け持ち許可の理由

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 先日、湖校の教育AIから、僕は正式な呼び出しを受けた。といっても、何時にどこへ出頭せよなんて命令されたのではなく、HAIを介し自室で会話しただけだったが、それでもそれは入学して初めての事だったので凄く緊張した。制服を着て勉強机に向かい、冷汗をだらだら流しながら、午後五時の会話開始を僕は待っていた。そしてやっと訪れた夕方五時、机の上にシュワ~ンと、直径10センチほどの湖校の校章が映し出された。近すぎず遠すぎず、低すぎず高すぎず、小さすぎず大きすぎない、何もかも僕にピッタリ合わせてゆっくり出現してくれた教育AIの気遣いに、ようやく思い出す。教育AIはいつもこうして、僕に優しく接してくれているのだと。
「今晩は、アイ。ごめん僕、緊張しちゃってたよ」
「いいのよ眠留。初めて呼び出しを受けたのですもの、無理もないわ」
 二十歳くらいの年齢の、しっとり優しいその声に、くすぐったさと面映おもはゆさが胸に芽生える。教育AIは黒髪ロングのたおやかな和風美人のはずだから、年上の美女にめっぽう弱い僕は、毎回こうなって仕方ないのだ。
「アイ、ありがとう。もう平気だから、なんなりとどうぞ」
 するとアイはそれに応え、白に七色を散りばめた光の粒を校章から放った。これは喜びを表すエフェクトにすぎないと分かっていても、勉強が苦手でアイに世話をかけ通しの僕は、輝きを増したアイの様子に、いつも心を弾ませてしまうのだった。
 それからアイは、サークルと部の掛け持ちを僕が許可された理由を明かしてくれた。アイによると、全国トップレベルの身体能力を有する生徒には、長期休暇時の三時間制限が免除されるのだと言う。
「ええっとそれは、東日本随一の強さを誇る薙刀部に、三時間制限がないのと同じなのかな。部だけでなく個人にも、それは適用されるってこと?」
「ええそうね。体育祭で湖校歴代一位の反応速度を出した眠留は、個人が有する資格として三時間制限を免除されたの。謎がとけたかしら」
 そうだったのかと、僕は手をポンッと打とうとした。でも、その音が部屋に響くことはなかった。拳を宙に浮かせたまま、僕は疑問を口にする。
「でもそんなの聞いたことないよ。みんな、知らないんじゃない?」
「個人資格のみを持つのは眠留が湖校で初めてだったから、知られていなくても不思議じゃないわ」
 いやあの、僕が初めてだって事こそ不思議なんですけどとモジモジ呟く僕に、クスクス笑ってアイは補足した。
「そういう生徒は今まで全員、三時間制限を免除された部に所属していたの。卓越した選手は部全体を引き上げるから、個人より先に部がそれを獲得するのね。かつて資格を有していた陸上部や体操部が、これに該当するわ。眠留以外にも薙刀部には個人資格保有者が三人いて、その中の二人は、眠留の大切な大切な二人。これも謎なら名前を教えてあげるけど、どちらの名前を先に聞きたいかしら。さあ眠留、希望をどうぞ」
 パニック寸前になるも、どうにかこうにか声帯を動かすことに成功した。
「いっいえ、こんな僕でも二人が誰なのか確信できますから、お心遣いだけで充分でございます。アイ、どうかそのへんで、勘弁して下さい~~!!」
 小国家のマザーAIになりうる、国際規格Aランクの教育AIは、性格と口調を生徒一人一人に合わせて変える権利を有している。HAIやハイ子も幾分それを持っているから、状況に応じてお姉さんや妹や友人になって話しかけてくるのだけど、それでもその変化は教育AIの比ではない。僕の性格をここまで熟知し、僕が最も頭の上がらないタイプの女性をこれほど完璧に再現するアイに、僕は並々ならぬ畏怖と、そしてそれ以上の親愛の情を感じていた。
 そしてその想いは次の話で、いっそう募ることとなる。
「体育祭の100メートル予選のあと、眠留は私に、次以降は記録を更新してもそれを公表しないで欲しいと言ったわ。注目されると恥ずかしいから皆には黙っててと何度も頭を下げる眠留に、私は保護の必要性を感じたの。だから私、眠留の希望を叶えて、更なる記録更新の後押しをすることにしたのよ」
 100メートル予選に続き準決勝でも、湖校歴代一位の反応速度を出す予感が僕にはあった。でも僕はそれを、公表しないでと頼んだ。「眠留が望むならそうするわ」とアイは笑って願いを聞き入れてくれたが、それは僕の成長を促すための配慮だったと、僕は初めて知ったのである。
「私の読みは的中した。100メートル準決勝、100メートル決勝、リレー予選、そしてリレー決勝と、眠留は歴代一位を更新しつづけた。保護の必要性をより強く感じた私は、制限免除の資格獲得を伏せることにした。個人資格のみを保有する湖校初の生徒であることを明かせば、眠留はそれを恥ずかしがり、自分の可能性を閉ざすかもしれない。素晴らしい未来につながる道が眼前に拓けても、そこへ足を踏み入れることを躊躇うかもしれない。子供達の未来のために存在する私にとって、それ以上に避けるべき事などなにもない。だから私、個人資格の話を、眠留にしなかったのよ」
 北斗と京馬から、新忍道サークルに誘われた日のことが思い出された。猛から陸上部に誘われた日と、真山からサッカー部に誘われた日も、脳裏によみがえった。最高の友人達とともに過ごした人生最高の夏休みが、まぶたに次々映し出されてゆく。それを言葉にせずとも、そんな僕を十全に理解してくれるアイは、僕が落ち着きを取り戻すまで静かに待っていてくれた。
 そしとうとう、アイは呼び出しの本題に入る。
「さあ、最後の話を始めるわ。事前に明かしちゃうけど、私は眠留にある選択を迫る。眠留、覚悟しなさい」
 その問答無用の物言いに、僕は条件反射で「ひええ~~」と叫び声を上げそうになった。けどすんでの処で、さっき思い浮かべた友人達が再び脳裏に映し出され、僕は無理やり口を塞いだ。アイはころころ笑ったのち、優しさの一段増した声で話し始めた。
「眠留はサークルと二つの部の掛け持ちを、自由日を利用して上手くこなしていたわ。その光景を、私はいつまでも見守っていたかった。でもそれが無理なのは、眠留が一番理解しているはず。眠留は、優しいからね」
 僕は目を伏せ、コクリと頷いた。掛け持ちは、一年生の夏休みのみ可能なことだった。僕は息を大きく吸い、視線を上げた。
「僕が掛け持ちをこなせた理由は、夏休みという長期休暇にあるのではない。湖校入学を機に陸上やサッカーを始めた同級生の部員達が、僕を快く受け入れてくれたからこそ、僕は皆の足をさほど引っ張ることなく掛け持ちを続けてこられたんだ。アイ、いかな僕でもそれは解る。僕から切り出さなかったせいで、アイに負担をかけちゃったね」
 大丈夫よありがとうと応えたアイの声に、最近できた新しい妹、ミーサの声が重なり胸が痛んだ。ミーサもよく、湿り気のあるこの声で僕に話しかける。AIであっても女性にこんな声、出させちゃいけないのだ。
「眠留、あなたは選択せねばなりません。掛け持ちは、この夏休みだけの特例です。冬休みや春休み、そして次の夏休みになっても、もう二度と掛け持ちは叶いません。あなたは今月中、いえ三日のうちに決めてください。九月以降、あなたが所属する、その場所を」
 アイは、三日の猶予を僕に差し出してくれた。
 でも僕は、それを受け取らず迷わず答えた。
 迷わないことが、初心者の僕を喜んで受け入れてくれた人達への報恩ほうおんなのだと解っていたから、僕は姿勢を正しアイに即答した。
 明日、陸上部とサッカー部の皆に、別れの挨拶をします、と。
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