僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
142 / 934
四章

3

しおりを挟む
「二階堂両先生は生徒を客観的に見つめ、生徒が最も必要としているモノを見極める事に、とりわけ定評のある方々だ。だから君のプレイスタイルは、ご両親から受け継いだものだと私は考えている」
「はい、俺もそう思います」
 決まり悪げに頭を掻きつつも、顔を輝かせてそう応える二階堂の背中を、良かったなという想いを込め僕と北斗はバシバシ叩いた。
「二階堂のプレイスタイルは人知れず成すことを旨とするため、長きにわたり肩を並べて戦ってきた仲間でも、詳細を知ることはできない。しかしそれでも、本質を感じることはできる。戦闘を通じてその心根を、肌で感じることはできる。そんなチームメイトと月日を重ねるにつれ、次第に形成されていく絆。私はそれを、戦友と呼んでいるのだ」
 僕らは顔を見合わせ、照れた。そんな僕らにお姉さんは目元を綻ばせていたが、急に表情を引き締める。何か重大なことを告げられると感じ、僕らは居住まいを正した。
「私は約一年間、戦友達のプレイスタイルを評価しうるAIの開発に取り組んできた。そして先月初め、ようやく試作品を完成することができた。試作品であっても、手は微塵も抜いていない。出雲と共に戦った猫将軍なら、理解してくれると思う」
 僕は力強く頷き、二人の友に体を向けた。二人の友も僕に体を向け、力強く頷き返してくれた。一瞬、お姉さんは双眸に感動を宿したのち、厳粛さを一段引き上げて言った。
「我々はその試作AIを、新忍道創設者の率いるチームに一か月間モニターさせた。誤作動及び不具合は一切発生しなかった。故に次は、一般チームによるモニターだ。私はそれを、君達のサークルに頼みたい。どうだろう、受けてくれないだろうか」
 この件について、僕らに意思疎通は必要ない。北斗の返答は、僕と二階堂の気持ちを完璧に代弁するものだった。
「はい、喜んで先輩方へ伝えます。俺が代表し今夜九時までに、紫柳子さんの申し出をメールにしたため、先輩方全員へ送信することを約束します」
 僕ら三人はお姉さんと、まだ一時間ほどしか一緒に過ごしていない。
 けどなぜだろう、湿り気を帯びた声で「かたじけない」と微笑むお姉さんに、長年お世話になって来た大恩ある方へやっと恩返しができたような、そんな大きな喜びを、僕らは胸にひしひしと感じたのだった。
 
 それからお姉さんは新忍道本部のメインAIを呼び出し、本部執行役員であることと3DGショップのオーナーであることが併記されたデジタル名刺を九枚、北斗の自宅のHAIへ直接送信した。ただお姉さんはその際、不可解な言葉を添える。
「ただの我がままなのだが、名刺は、皆が家に帰ってから開いてくれないだろうか」
 肩をすぼめ身を固くし、恥ずかしげに小声でそう呟くお姉さんに、僕らはノックアウトされてしまった。ギャップというものはいかなる種類のものであれ魅力的に映るものだが、綺麗でカッコいい大人の女性が垣間見せた可愛らしさは、最上位の一つとして間違いないだろう。それにお姉さんはまだ二十歳そこそこだから、可愛くしていると充分お姫様に見える。添えられた言葉の不可解さなどすべて忘れ、姫君のためなら命もいとわぬ三銃士の気概で、僕らは承諾の意を伝えた。
 それから二言三言たわいもないやり取りをしたのち、お姉さんは僕に語りかけた。
「猫将軍、待たせてしまったね。君のステータスに移ろうか」
「はいっ」
 待ちに待ったという思いももちろんあったが、それより何より、姫君の銃士として僕は背筋をシャキンと伸ばした。けどそれを受け、姫君はその端正な顔を引きつらせてしまう。それは不快さを無理やりねじ伏せる引きつりではなく、笑い出そうとするのを懸命に堪える引きつりだったからパニックに陥らず済んだが、それでも何かを失敗したのは一目瞭然だったので、僕は尻尾を垂れ悄然とする豆柴と化した。その直後、
「ぷっ」
 耐えきれませんとばかりにお姉さんが笑い声をもらす。一拍置き「ぷっ」「ぷぷっ」という押し殺した声が左側で二つ続いた。顔を向けると二人とも両手で口を押え、顔を真っ赤にして笑うのを我慢していた。僕は二人に助けを求めようとするも一瞬早く、
「もうだめだ!!」
「勘弁してくれ~~!!」
 僕を除く三人全員、体をくの字に曲げて大爆笑を始めてしまった。何が楽しいのか皆目かいもくわからず僕だけ除け者にされた気がして、僕は全身で涙目になったのだった。

「いや済まない。君があんまり素直だから、子供時代を一緒に過ごした柴犬を思い出してしまってね」
 ガレージに轟く三人の笑い声が粗方収まってから、お姉さんは輝きの増した瞳を僕に向けた。そしてそれを遠くを見つめる眼差しに変え、お姉さんは目線をテーブルに落とす。物心つく前から小さな家族と一緒に暮らしてきた僕には、なんとなくわかった。今この人はテーブルを見ているのではない。この人は今、目線を下げた先にかつていた、小さな家族を見つめているのだと。
「その子は雄の柴犬の子供でね。普段ははち切れんばかりに元気なくせに、失敗をしでかすと、まるで世界の終わりのように落ち込むんだ。だから叱り役は大変で、顔を引きつらせて怒っている演技をしなければならなかった。脂汗を流しながら笑いを堪えるその姿に、周囲の者が堪え切れず笑い出し、とうとう叱り役も笑い出す。するとその子は、自分以外の者達がなぜ笑っているか理解できず、今度ははち切れんばかりに不安がり、助けを求めていつも必ず私の足元に駆け寄ってきた。私は何度その子を抱き上げ、頬ずりしたか知れない」 
 群を抜き優秀で、そして勇敢だったあの子は、不慮の事故で向こう岸へ逝ってしまった。猫将軍、君は何も失敗していない。君の素直さが、私にあの子を思い出させただけなのだ。失礼な振る舞いをしてしまい、済まなかったね。お姉さんは、消え入る声でそう呟き目を閉じた。ガレージが、しんと静まり返る。手と膝をきちんと揃え、姿勢よくソファーに座りながらも、たまらなく悲しげなその姿に僕らは慌てた。だが、いかんせん僕らは子供過ぎた。大人の女性を元気づける方法を、誰も何も思いつくことが出来なかったのである。そんな僕らへ、いつの間にか目を開けていたお姉さんが笑みを投げかけた。そして立ち上がり前かがみになって、お姉さんは僕らの頭を一人ずつ優しくなでてくれた。ふと脳裏に、大好きな人に抱き上げられ心から安心している、子犬の姿が浮かんだ。
 ソファーに座り直したお姉さんは、出会ってから最も活力溢れる声で話を再開した。
「私がAI開発で一番苦慮したのは、私の足元に駆け寄って来た子犬と同じく、他者の心にどのような想いがあるか分からないという事だった。猫将軍も二階堂も七ッ星も、その胸の内を知らなければ正しい判断はできない。作戦立案能力を褒めるだけでは、慢心を振り払おうと努める者へ、新たな慢心の種を投げ入れる事になってしまう。陰ながら仲間を支える縁の下の力持ちへ、実らない行動ばかりせずもっと自分をアピールしなさいと、長所を摘み取る提案をしてしまう。潜入、射撃、桁違いの戦闘センスという派手な能力ばかりを評価すると、素直さというもっと偉大な資質を、仲間達の目から覆い隠してしまう。これでは新忍道に、道という文字を用いた意味がない。攻撃予測ゴーグル無しでモンスターの攻撃を幾ら避けようと、後ろに目が付いている超人と崇められようと、道なき技は無価値。そんな小手先の技術が満たすのは、矮小な自己顕示欲だけでしかないのだ。だから、猫将軍よ!」
「はっ、はいい!!」
 いきなり名前を呼ばれ、僕はまたもやシャキンと背筋を伸ばしてしまった。でも今回は違った。お姉さんは、子供時代を一緒に過ごした子犬を抱き上げた時の、どこまでも優しく温かい眼差しで僕に問いかけた。
「恐れず答えなさい。仲間達の意識活性率を見て、お前は、何かを気に病んだのではないかい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

霊能師高校迷霊科~迷える霊を救う、たった一つの方法~

柚木ゆず
キャラ文芸
 迷霊、それは霊の一種。強い怨みを抱いて死んだ為に成仏できず霊となったが、心優しいが故に復讐を躊躇い悩む、可哀想な幽霊。そのまま放っておけば、暴霊(ぼうれい)となって暴れだしてしまう幽霊。  そんな霊を救える唯一の存在が、迷霊師。  これは迷霊師を目指す少年と少女の、人の醜さと優しさに満ちた物語――。

転生したら男性が希少な世界だった:オタク文化で並行世界に彩りを

なつのさんち
ファンタジー
前世から引き継いだ記憶を元に、男女比の狂った世界で娯楽文化を発展させつつお金儲けもしてハーレムも楽しむお話。 二十九歳、童貞。明日には魔法使いになってしまう。 勇気を出して風俗街へ、行く前に迷いを振り切る為にお酒を引っ掛ける。 思いのほか飲んでしまい、ふら付く身体でゴールデン街に渡る為の交差点で信号待ちをしていると、後ろから何者かに押されて道路に飛び出てしまい、二十九歳童貞はトラックに跳ねられてしまう。 そして気付けば赤ん坊に。 異世界へ、具体的に表現すると元いた世界にそっくりな並行世界へと転生していたのだった。 ヴァーチャル配信者としてスカウトを受け、その後世界初の男性顔出し配信者・起業投資家として世界を動かして行く事となる元二十九歳童貞男のお話。 ★★★ ★★★ ★★★ 本作はカクヨムに連載中の作品「Vから始める男女比一対三万世界の配信者生活:オタク文化で並行世界を制覇する!」のアルファポリス版となっております。 現在加筆修正を進めており、今後展開が変わる可能性もあるので、カクヨム版とアルファポリス版は別の世界線の別々の話であると思って頂ければと思います。

紹嘉後宮百花譚 鬼神と天女の花の庭

響 蒼華
キャラ文芸
 始まりの皇帝が四人の天仙の助力を得て開いたとされる、その威光は遍く大陸を照らすと言われる紹嘉帝国。  当代の皇帝は血も涙もない、冷酷非情な『鬼神』と畏怖されていた。  ある時、辺境の小国である瑞の王女が後宮に妃嬪として迎えられた。  しかし、麗しき天女と称される王女に突きつけられたのは、寵愛は期待するなという拒絶の言葉。  人々が騒めく中、王女は心の中でこう思っていた――ああ、よかった、と……。  鬼神と恐れられた皇帝と、天女と讃えられた妃嬪が、花の庭で紡ぐ物語。

あなたはマザコンだけれども、きっと私に恋をする

ふみのあや
キャラ文芸
無趣味マザコン主人公があざとい系後輩とフロム厨のギャルと廃墟愛好家の不思議ちゃんロリ(先輩)から入部を迫られてなんやかんや残念系ラブコメをします!!!

校長からの課題が娘の処女を守れ…だと!?

明石龍之介
キャラ文芸
落葉武帝(らくようぶてい)高校、通称ラブ高に通う二年生 桜庭快斗(さくらばかいと)は、突然校長に課題を押し付けられる。 その課題とは、娘の落葉カレンの処女を守り抜けというものだった。 課題をクリアすれば1億円やると言われ安易に受けてしまったが最後、守れなかったら退学という条件を課せられ、カレンの天然な性格にも振り回されて快斗の高校生活は無茶苦茶になっていく。 更に課題はエスカレートしていき、様々な難題を課せられる中、果たして快斗は見事にカレンの処女を守り抜くことができるのか!?

九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~

束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。 八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。 けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。 ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。 神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。 薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。 何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。 鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。 とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

戸惑いの神嫁と花舞う約束 呪い子の幸せな嫁入り

響 蒼華
キャラ文芸
四方を海に囲まれた国・花綵。 長らく閉じられていた国は動乱を経て開かれ、新しき時代を迎えていた。 特権を持つ名家はそれぞれに異能を持ち、特に帝に仕える四つの家は『四家』と称され畏怖されていた。 名家の一つ・玖瑶家。 長女でありながら異能を持たない為に、不遇のうちに暮らしていた紗依。 異母妹やその母親に虐げられながらも、自分の為に全てを失った母を守り、必死に耐えていた。 かつて小さな不思議な友と交わした約束を密かな支えと思い暮らしていた紗依の日々を変えたのは、突然の縁談だった。 『神無し』と忌まれる名家・北家の当主から、ご長女を『神嫁』として貰い受けたい、という申し出。 父達の思惑により、表向き長女としていた異母妹の代わりに紗依が嫁ぐこととなる。 一人向かった北家にて、紗依は彼女の運命と『再会』することになる……。

処理中です...