僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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四章

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「鬼王をお願いします」
 同種の声を出した僕へ、お姉さんはとろけるような笑みを浮かべた。そして顔を引き締め、助言を口にする。
「まっすぐの斬撃に出雲は反応しないから、君は抵抗を覚えず敵を斬ったと感じるだろう。だが太刀筋をぶらしたり複雑に動くモノを斬った時は、つかが振動し剣速が落ち、3D映像でも抵抗があるように感じる。目安にしなさい」
 お姉さんは言い含めるように僕の瞳を覗き込み、扉の向こうへ去って行った。
 出雲を中段に構える。長さと形状はさっきの模擬刀とまったく同じだが、おそらくセラミックでできた出雲の重さは、模擬刀の二倍強といったところだろう。猫丸より長いが目方はやや軽いから、上下振りを二回しただけで手に馴染んでくれた。僕は改めて出雲を中段に構え、意識を戦闘モードに替える。三秒後、前方に身の丈3メートルを超す敵が出現する気配を察知し、僕は躊躇なく感覚体を展開した。なぜなら出雲が、それを望んだからだ。
「ウガ―――!!!」
 雄叫びが宙の一点から発せられる。寸分違わぬその場所に、長さ2メートルの金棒を右手に握る鬼王が出現した。鬼王が、自分の身長の半分もない僕に視線を落とす。その目に、残虐な光が宿った。
 鬼王が7メートル前方からゆっくり近づいてくる。耳障りな鎧の音。大地を揺るがす地響き。そして殺戮の興奮に染まった鬼の息づかい。それらがゆっくり、しかし着実にこちらへ近づいてくる。僕と出雲は鬼王が間合いに入るのを、ただ静かに待った。
 前方3メートル半で鬼王は停止した。バスケットボールほどもある金棒の先端が、出雲の切っ先の左斜め前にピタリと静止している。鬼王の体は呼吸に伴い若干上下していても、金棒はまったく動かず静止していることに、僕は考えを改めた。この鬼は、恵まれた体躯と膂力りょりょくだけで王になったのではない。この鬼は棍棒術の恐るべき手練れなのだと、僕は判断したのだ。
 一般的に最初の攻撃は、息を吐き始めた直後か、もしくは息を半ば以上吸った時に行われる。よって呼吸に伴い上下する鬼王の体のリズムに注意を払っていれば、攻撃に移る直前の「攻撃開始の意思」を察知しやすくなる。これを察知できれば戦いを有利に進められるので、上下する鬼王の体へ注意を払いそうになるが、それは大きな危険を孕んでいる。なぜなら、体が上下するリズムに気を取られ過ぎると、金棒の先端が自分に迫っているのを、見逃しやすくなるからだ。
 鬼王は金棒を、僕の両目の間にまっすぐ向けて立っている。よって僕の目に映るのは、バスケットボールほどの金棒の先端だけ。先端以外の部分や金棒を握る右手を、僕は見ることができないのだ。これは、かなり危険な状態と言える。まっすぐ向けられた棒がまっすぐ近づいて来るのを、先端が大きく見えるようになった事だけで知覚するのは、非常に難しいからだ。例えば金棒が上から振り下ろされる場合、金棒がどのような軌道を描いて自分に迫って来るかを、人は簡単に予測できる。格闘技未経験者でも、迫りくる金棒の軌道から本能的に逃げようとするものなのだ。しかし両目の間にまっすぐ向けられた棒では、そうはいかない。棒が近づいてきて先端が大きく見えるようになる事と、振り下ろされる棒を見ることでは難易度に天と地ほどの差があるため、人は棒の先端で容易く突かれてしまう。そしてそれが鬼の金棒なら、そこでゲームオーバー。たった一突きで、死亡確定なのである。
 かといって金棒の先端ばかりに注意をそそいでいると、今度は体の動きの変化に気付き難くなり、不意打ちを喰らいやすくなる。そこまで計算して、鬼王は金棒を構えているのだ。それだけでも並々ならぬ力量なのに、3メートル30センチの体躯に全身鎧と2メートルの金棒が加わるのだから、本来なら勝ち目など微塵もないのだろう。
 だが、と僕は心中かぶりを振る。今僕が手にしているのは、普通の日本刀ではない。鋼の鎧を楽々斬る高周波刀、出雲なのだ。僕は出雲に全幅の信頼を寄せ、ただ静かに鬼王の攻撃を待った。
 数瞬後、鬼王の後ろ脚たる左足の爪先に、力みが生じるのを感覚体が捉える。その0.1秒後、鬼王の前脚たる右脚にも同種の力みが感じられた。この二つから、鬼王が右脚を踏み出す突きを繰り出すと僕は直感。出雲を金棒の先端と正対させるイメージを脊髄で形成しつつ、半歩後退し体を左回転させる。それが完了すると同時に、鬼王が僕の顔めがけて金棒を突く。半歩の後退と脊髄反射の相乗効果で出雲を金棒と正対させることに間に合うも、「そんな爪楊枝つまようじで何ができる!」と鬼王はお構いなしに金棒を突き入れてくる。僕は上体を前へ傾けつつ出雲を金棒へまっすぐ振り下ろす。すると、
 スラリ
 出雲は無反応で、金棒を縦に両断したのだった。
 息をのむ鬼王。だが今度は僕がそんなのお構いなしに、金棒の直下を駆け鬼王へ接近。振り下ろした出雲の切っ先を僅かに右へ動かし、それを左上へ跳ね上げる。
 スラリ
 出雲は再度反応ゼロで、籠手に守られた鬼王の右手首を切断した。
「ウガッッ!!」
 右手首を左手で庇い、鬼王はほんの一瞬僕の存在を忘れる。すかさず僕は鬼王の横を駆け抜け、死角に入るや右足を軸に右回転し、出雲を左上から右下へ斬り下げた。
 ビ~ン 
 さすがに無反応とはいかなかったのだろう、つかに横振動が発生し、剣速が僅かに落ちた。それでも出雲は見事、鬼王の腰を半ば以上切断。僕は床を右足で蹴り両足の爪先を横にそろえ、脚力全開で後ろへ跳び鬼王と距離を取った。
 腰を半ば以上切断された鬼王は時が止まったように沈黙している。そして数秒後、鬼王は煌めく無数のポリゴンと化し、空へ消えて行った。
 YOU WIN!
 燦然と輝く3D文字が宙に映し出され、僕は大きく息を吐く。そのとたん、
「「ウオオ――!!」」
 空気を揺るがす大歓声に包まれた。ハッと顔を上げ思い出す。
 ここはショップ二階の、シミュレーションエリアだったのだと。
 ゲーム終了と同時に相殺音壁が解除されたのか、シミュレーターを取り囲む大勢の人達の上げる歓声が、鼓膜を痛いほど震わせた。その人数の多さに思わずヘタレそうになるも、皆の最前列で涙を流さんばかりに喜ぶ二人の友を認めた僕の心から、弱い自分がたちどころに消えてゆく。僕は出雲を左手に持ち右拳を握りしめ、砲丸投げをするように体を捻り充分タメを作ってから、右拳を真上へ高々と突き上げた。
「「「ウオオオ―――!!!」」」
 前回を数倍する雄叫びが、シミュレーションエリアに轟き渡ったのだった。
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