僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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四章

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「い、いやあの、僕はただ美味しい美味しいって連発していただけで・・・」
 お子様まる出しでそう連発していただけの自分が次々思い出され、僕は前のめりになってゆく。そんな僕に輝夜さんは目を細め、クスクス笑った。
「ううん、それだけじゃないよ。つい数か月前も、私は昴に聞いたもん。昴の料理技術が新境地に入った境目とその理由を、即座に二つとも言い当てたのは、眠留くんただ一人だった。でも眠留くんはさり気なくそれを口にしただけで、忘れてしまったらしい。鋭いやら抜けているやらがいかにも眠留くんらしくて心の中で大笑いしたって、昴は言っていたよ」
 その後、輝夜さんに子細を聴きようやく思い出した。僕はまさに境目と理由を、昴に伝えていたのである。
 五月下旬、僕と昴は湖校の会議棟で話し合いをした。そのとき食べた昴のお弁当に、料理に関する変化の兆しを僕は感じた。そしてその日の夕方、母屋の台所で開いた歓迎会の終盤、昴のプレーンオムレツが世界一好きと公言する美鈴に乞われ、昴はプレーンオムレツを作った。誇張ではなく美鈴はそれを涙を流して食べ、味見した輝夜さんも人生最高のオムレツに今巡り合ったと言葉を尽くして褒めちぎっていた。だから僕も美鈴に頼み、ほんの一口味見させてもらうや、わかった。
「お昼のお弁当にも兆しを感じたけど、昴はこのオムレツを、食材の声を聞きながら作ったんだね」
 目を閉じオムレツをゆっくり味わいつつ伝えた事もあり、昴がそれにどう反応したかを僕は知らなかった。しかも目を閉じている内に三人娘の高速おしゃべりが始まり逃げるように退散したので、その出来事自体を僕は忘れていた。それを今、ようやく思い出したのである。
「うん、思い出したみたいね。だから眠留くん安心して。昴は、耐えられないほど寂しかったのでは、決してなかったんだ」
 輝夜さんは体の向きを変え、目元を和ませる。僕もそれに倣い、皆のいる方へ顔を向ける。昴は嬉しくて仕方ないといた様子で、翔子姉さんと花火をしていた。翔子姉さんも、初めて出会ったころから大の仲良しだった昴と一緒に花火ができて、嬉しくて仕方ないといった感じだ。そんな二人を囲むように座る芹沢さんと美鈴も、女の子たちが花火を楽しめるよう世話をしている男子たちも、みんなニコニコ笑っている。僕は輝夜さんへ顔を戻し提案した。
「輝夜さん、僕たちも混ざろうか」
 輝夜さんは、夜空いっぱいに広がる花火のような笑みを浮かべた。
 僕らは立ち上がり、皆の輪に向かって歩いて行った。

 準備していた山のような花火も残り少なくなったころ、男子による花火ショーが始まった。男子だけで密かに計画しサプライズとして用意した、音楽や3D映像を組み込んだ花火ショーに、女の子たちは惜しみない拍手を贈ってくれた。
 それから全員で線香花火をした。ただの偶然か、それとも神様が気を利かせてくれたのか、音と光を最も長く放ち続けたのは翔子姉さんの線香花火だった。黄色からみかん色、そして夕日の色へと変わりゆく線香花火を、僕らは静かに見つめた。そして皆が見守るなか、ふと音もなく、小さな茜色の火が消える。それを最後に、僕らの花火会は終わった。
 時刻は午後八時。この楽しいひとときも、そろそろ終了の時間だ。人でいられるタイムリミットを迎えつつある翔子姉さんが、帰宅という名目でAICAに乗り込む。去り行くAICAに、また是非お会いしたいですと、二階堂は涙目で手を振っていた。次いで輝夜さん、昴、芹沢さんが、にこやかに手を振りながらそれぞれのAICAで帰って行った。夜の暗闇の中、言い知れぬ寂しさが募るも、それを女性たちに味わわせぬためあえて残った漢達が、腕まくりして気炎を上げた。「「さあ、花火と台所を片付けちまおうぜ!」」 コイツらと友達になれて良かったと、僕はしみじみ思った。
 しかし悲しいかな、夏休みに入ってからずっと夕方六時に寝ていた僕は睡魔に勝てず、コクリコクリと舟をこいでしまう。
「美鈴ちゃん、眠留がきちんと寝るよう見張っておいて」 
 Tシャツの袖を肩までたくし上げた北斗が、手際よく食器を洗いながら言った。反論しようとするも、
「お兄ちゃん、皆さんとても素敵な人達ね。後は、皆さんにお任せしようね」
 美鈴に先手を打たれ何も言えなくなった。ここで反論すると、みんなは素敵なヤツらじゃないって事になってしまうからだ。
「みんなごめん、任せちゃっていいかな」 
 僕は観念して頭を下げた。すると、
「当たり前だコノヤロウ」
「ああ、俺らに任せてくれ」
「猫将軍、また明日サークルでな」
 張りのある声と開けっ広げの笑顔が即座に返ってきた。
 心から尊敬し、そしてそれ以上に大好きな四人の友たちへ、僕は再度、深々と頭を下げたのだった。

 眠気にフラフラしながら歯を磨き終える。回復の質と量が違うからきちんと着替えてねと厳命され、何とかパジャマに着替え終える。するとそれを監視していたかのようなタイミングで、厳命した本人が部屋に入って来た。妹も兄に超感覚を持つものなのかな、と思いつつベッドに倒れる。美鈴が、タオルケットを掛けてくれた。
「お休み、お兄ちゃん」
 ベッドの横で膝立ちになり美鈴が微笑む。瞼が降りかけるも、心配の念が打ち勝った。
「美鈴は明日、討伐は休みだけど、皆に任せて早く寝るんだよ」
 そこで力尽き瞼が降りる。
 眠りの世界へ意識が急降下してゆく。
 それでも、かろうじて留まっていた意識が美鈴の声を感じ取った。
 それは僕を幸せにする、世界で僕だけがそう呼んでもらえる言葉だった。
 僕は幸せに包まれ、眠りの世界に入って行ったのだった。
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