僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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三章

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「真山、凄かったよ! 僕は真山の走りが大好きだ!」
 一位でゴールし減速しながら安全エリアにやって来た真山へ駆け寄り、僕は早口でまくし立てた。ちょっとこそばゆかったけど、事実だから仕方ない。女の子と話すなら表現をもっと柔らかくしなければならないが、僕らは男同士だから、これでいいのである。
「あのトルク走りには憧れるよ。一歩一歩力強く逞しく、空気の壁をぶちのめしながら走るあの感じ。僕にあれは絶対できない。真山の走りは、僕の憧れだ」
 膝に手を当て前屈みになり呼吸を整えていた真山が、ふと顔をあげ僕を見上げた。初めて間近に見るその白皙の美貌に、今更ながら気づく。僕はこれまで真山と、ほとんど会話した事がなかったのだと。
 真山は、不思議な男だ。寡黙で、物静かで、クラスメイトと積極的に関わるタイプではないが、かといって冷たさや傲慢さや心の壁を相手に感じさせるタイプでもない。窓際の一番後ろの席に座り外を眺めていることが多くても、話しかけられれば皆と自然に歓談する。その際みせる爽やかな笑顔と普段の寡黙さのギャップがたまらないと女子生徒達から熱狂的に支持されているのに、それをまるで感じさせない男。真山は、そんなヤツなのだ。ちなみに真山のフルネームは、上宮うえみや真山。「俺のことは真山と呼んでください」という入学時の自己紹介を、みんなで叶えているのである。
 その真山が、
「猫将軍、俺もだよ」
 低い声と高い声を調和させたような、不思議な音色の声で僕に語り掛けた。いやあのそう言われましても長身脚長イケメンの真山と僕に共通点なんて一つたりとも無いんですけど、と内心涙目になった僕に、真山は長めの髪をかきあげ吸い込まれそうな笑顔を浮かべる。いやはや、こりゃ女の子たちが騒いで当然だ。
 なんて、涙目になるのは慣れていたから僕は余裕をもって考えていたのだけど、真山の不思議な声が耳朶をくすぐるや、そんなものは量子レベルで分解してしまった。
「空気を切り裂く日本刀の切っ先のようなあの走り、俺には到底できない。猫将軍の走りは、俺の憧れだよ」
 まっ、真山お前、僕に女子生徒の仲間入りをさせる気か。その顔とその声でそんなこと言われたら、それもいいかなって思っちゃうじゃないか!
 だが幸い、
「真山君、凄かったよ」「真山君、カッコ良かったよ」「やっぱり真山君が一番よね!」「うん、真山君最高!」「「キャ――!!」」
 リレーの女子選手達が真山の周囲にワラワラ集まってきて皆で真山をもて囃してくれたお陰で、僕はあちら側の世界へ行かずにすんだ。どうやらこの体育祭で、真山ファンクラブは一気にメジャーの地位を獲得したらしい。良かったな、真山。
 それから暫し安全エリアの一角に黄色い声がこだましていたが、見るからに穏やかそうな体育祭実行委員が訪れ、物腰柔らかく促した。
「皆さん、お疲れ様でした。間もなく赤組の選手達が入場してきますので、応援エリアへの移動をよろしくお願いします」 
「は~い」「じゃあね真山君」「またね真山君」「次も応援するね」「私もする!」「「私も~~」」
 女子達は名残惜しそうに手を振り、去ってゆく。
 そんな女子達を置き去りにし、真山と二人肩を並べて同じ場所へ向かえることが、僕は誇らしかった。

 応援エリアに帰った僕と真山を、クラスメイトは熱烈に歓迎してくれた。いや正確には、僕には野郎共の手荒い歓迎が待っていて、真山には女の子たちの手厚い歓迎が待っていた。この待遇差はどこから生まれるのだろう、と疑問を感じた僕は、ちらりと真山へ目をやった。十重二十重に群がる女の子たちから頭一つ抜け出す、長身の真山。茶を帯びた長めのサラサラ髪を、爽やかになびかせる真山。そして普段の寡黙さからは想像できない、甘やかな笑顔を浮かべる真山。そんな真山を見ていたら僕の顔も赤らんでゆき、そしてその赤らみが、待遇差の決定的理由を教えてくれた。野郎共にヘッドロックを掛けまくられ髪をグチャグチャにされまくられ体中を叩きまくられながら、僕は秘かにため息を漏らしたのだった。
 男子生徒の手荒い歓迎からようやく解放され戻ってきた僕を、輝夜さんは体を緊張でカチカチにして、でも勇気を振り絞って出迎えてくれた。
「眠留くん、お帰りなさい。今日一番の走りを見せて頂きました。と、とてもカッコよかったです!」
 僕と真山の待遇差に若干ついた心の傷が、魔法のように消えてゆく。僕は地に片膝着き、誓った。
「僕は次の決勝を、あなたのために走ります!」 
 とはいえヘタレの僕は、この誓いを頭の中で捧げただけなんだけどね。とほほ・・・
 そんな僕と輝夜さんへ、昴は寛いだ雰囲気で頬を緩めていた。話し合いの場を可及的速やかに設けなければならないという、糸が硬く絡まったような気持ちが、昴の頬に癒されゆっくりほどけてゆく。呼ばれたような気がして、ふと空を見上げた。
 ふんわり浮かぶ綿雲の向こうに、精霊猫たちに囲まれ微笑む、母の姿を見た気がした。

 赤組の予選がそろそろ始まるころ、僕らのいる場所に真山が訪ねてきた。
「俺も一緒に見ていいかな」
 僕はすぐさま体を横にずらし、「ここに座れよ」と声を掛ける。ありがとうと腰を下ろした真山に、北斗が訊いた。
「真山の了解を得て拝見した運動成績からはまったく予想しえない走りを真山がしたのは、なぜなんだ」
 そのとたん、クラス全員の耳が一斉にこちらへ向けられたのを、僕ははっきり感じた。それを爽やかに受け入れ、真山は答える。
「去年の秋、故郷の小学校の体育記録会が、天候不良で伸びに伸びた。しびれを切らした学校は、記録会を不意打ちで断行した。その日は、俺が所属していたサッカーリーグの、決勝日の前日だった。サッカーを選んだ俺は、記録会を準備運動程度でやり過ごしたんだ」
「そうだったのか、つらい決断だったな」
「その時はつらくなかった。将来つらくなるとも思っていなかった。だがそれは間違いだった。十組になってからはつらかったし、今が一番つらいよ。準備運動の記録のせいで、ひょっとすると俺は、仲間とリレーを走ることができなかったかもしれない。そう思うと、動揺するんだ」
 僕は真山の両肩を掴み、言った。
「真山、もう一本ある。リレーはもう一本残っているんだ。だから、最後は任せたぞ」
「ああ、任せてくれ。猫将軍がスタートを切ったバトンを、俺がゴールまできっちり運んでくる。約束するよ」
「ああ、約束だ」
 パ――ンッ
 クラス対抗リレーの、赤組予選の始まりを告げる号砲が鳴り響いた。
 その号砲は、僕と真山の友情の始まりを告げる、号砲でもあったのだった。
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