僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二章

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「では最後の天海大僧正について話すね。と言っても、天海の直接の子孫である白銀家にも、天海個人に関する記述は驚くほど残されていないの。だから眠留くんを喜ばせる話は、あまりできないと思う。ごめんね、眠留くん」
 そう言って、輝夜さんは済まなそうに肩を落とした。だが僕は心の中で、そんなこと全然ないってと両手をバタバタ振った。いや真面目に、彼女が落ち込む必要など欠片も微塵も全然ない。いま耳にした「天海の直接の子孫である白銀家」という言葉だけで、僕はそれこそ天にも昇る気持ちになったからである。けどそれをそのまま口にするのも芸がないし、何より落ち込む彼女を元気付けたかった僕は、少し意表を突いてみることにした。
「輝夜さんのお兄さんは、イケメンなの?」
「えっ、 あ、兄ですか?!」
 まこと素直のお手本である彼女は、僕の読みどおり目を白黒させアワアワした。アワアワするその様子から、お兄さんにとって輝夜さんは、可愛くて仕方ない妹なのでないかと僕は感じた。
「は、はい。ええっと、兄はかっこいいと思います。うん、私の兄はイケメンです!」
 目をキラキラさせ力強く言い切った彼女に、やっぱり仲が良いんだなと僕は心から安心した。うまく説明できないが妹を持つ兄というものは、そういうものなのだ。
 と同時に対抗心がメラメラ湧き上がってきた僕は次のセリフを、余裕ある大人の男を演出して言った。これこそうまく説明できないけど、男とは元来こういうものなのである。
「じゃあ天海大僧正は、明智光秀なんだね」
 もしここが喫茶店だったら、このセリフのあと彼女からさり気なく視線を逸らし、コーヒーカップを悠々と傾けるんだけどなあ。なんて、僕は少なからず残念に思った。しかしまこと素直さの鑑である輝夜さんが、
「凄い眠留くん、どうしてわかったの!」
 なんて大層感心してくれたお陰で、僕は残念どころか有頂天の一歩手前状態で種明かしをしたのだった。
「天海の出自は東北の蘆名あしな氏ということになっているけど、それは天海自身が明言した事ではない。天海の出自は未だ定まっておらず、諸説入り乱れているというのが実情だろう。その中から有名なものを二つ挙げるなら、将軍足利義澄よしずみの御落胤説と、明智光秀説になるのではないかと僕は思う」
 彼女は僕の話を、『私もいろいろ話したいけど今は口を挟まず黙っています』的なオーラを爆発させながら聴いてくれた。どうやら彼女は、この手の話が大好きみたいだ。源義経の蝦夷逃亡説や龍馬暗殺の真相等々について、いつか彼女と心ゆくまで語り合いたいなと思いつつ、僕は話を先へ進めた。
「ただ明智光秀説は、御落胤説より分が悪いと言わざるを得ない。その最大の理由は、もし天海が明智光秀なら、天海は116歳まで生きたことになってしまうからだ。当時はおろか現代でも116歳というのは驚異的な長寿だから、疑問視されて当然だと思う。でも僕ら翔人なら、翔化技術の応用で寿命をある程度延ばすことができる。仮に天海が寿命を30年延ばしたなら彼の本来の寿命は86歳になるから、『天海の翔化技術』という言葉を聞いた時、僕は半ば確信したんだ。天海は、明智光秀だってね」
 僕の話に彼女は幾度も『もう無理です限界です口を挟むのを許してください!』的なオーラ全開状態になったが、輝夜さんはそれでも僕の話を黙って聴いてくれた。そんな彼女を心底尊敬しつつも申し訳ない気持ちでいっぱいになった僕は、頭をフル稼働させ、結論へ至る最短ルートで話した。
「僕の知る限りただ一つの例外を除き、翔家は先祖の容姿を代々受け継いでゆく。光秀は目もと涼やかな美丈夫として有名だったから、光秀の子孫もそうなのだろうと僕は推測した。その推測に、天海の直系である白銀家の兄妹が揃って美形だという情報が加われば、答えは自ずと導き出される。天海は、光秀だってね」
 彼女の気持ちをおもんばかり自分としては最短ルートで話したつもりだったけど、今の話を聴きながら目まぐるしく表情を三度みたび変えた彼女に、かえって負担を掛けちゃったかなと僕は焦った。だがそれ以上に、どうにもこうにも不可解な気持ちに駆られた。「ただ一つの例外を除き翔家は先祖の容姿を代々受け継いで行く」の個所に、彼女が「?」という表情を浮かべたのは理解できる。そしてその直後「それは初めて聴く話ですから質問させてください」という熱烈な表情を浮かべたのも、充分理解できる。だが最後の、というか今現在の「恥ずかしいけど嬉しいです」と頬を赤らめ俯く彼女が、僕にはいかんとも理解しがたかった。考えられないことだが彼女はもしかして、美形だとか絶世の美女だとか天上の美の具現者だとかを、これまで一度も言われたことが無いのだろうか。いや流石にそれは無いだろうと、僕は自分に激しい突っ込みを入れた。
「はい、眠留くんの言う通り・・・じゃなくて、眠留くんの推測通り・・・でもなくって、ええっと眠留くんの・・・」
 顔を上気させる彼女が何を避け何を言いよどんでいるのか、僕にはさっぱり理解できなかった。けど何はともあれ彼女を助けなければと思い立ち、とりあえず天海光秀説の正否をはっきりさせておく事にした。
「輝夜さん、催促するようで恐縮なんだけど、天海は明智光秀で間違いないのかな」
「は、はい、それで間違いありません。白銀家には、自分は明智光秀であると直筆された文書が複数伝わっています。それらは明智光秀だった頃の筆跡と、天海として活動するための新たな筆跡を併記しており、文科省の歴史遺物AIもそれぞれを本物と鑑定しましたから間違いありません。眠留くん正解です、御名答です御明察ですさすが眠留くんです!」 
 パチパチパチと手を叩き褒めそやす輝夜さんからいつもの自然さを感じた僕は、様々な疑問をうっちゃり、ここは素直に喜んでおくことにした。
「ああ良かった。それに、長年の謎が解けてすっきりしたよ。ありがとう、輝夜さん」
「どういたしまして。それでね眠留くん、私思ったの。眠留くんの話はとても興味深いから、訊きたいことや話してみたいことが私にはそれこそ山ほどある。でもそれを優先すると話の収拾が付かなくなり、しっちゃかめっちゃかになって、いつまで経っても天海の話が終わらないんじゃないかって」
「うん、僕も同じ気持ちだ。今は、天海の話を一段落させるのが先決だと思う。話をわき道に逸らした張本人の僕が言うのもナンだけどね」
「ううん、そんなこと無い。兄の話をしてもらえて、私とても嬉しかったの。白銀家について話す気持ちに、眠留くんが再び勇気をくれた。これが私の、正直な気持ちです」
 そう言って、輝夜さんは淑やかにお辞儀した。その姿に、不思議な感覚が生じた。彼女は今、過去へ別れを告げるため頭を下げ、未来へ進むために顔を上げた。そんな気が、ふとしたのである。
「では、改めて天海について話すね。眠留くん、行くよ~!」
 明るくおどける彼女に僕は破顔し、そして思った。
 さっきの感覚は、やはり正しかったのだと。
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