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だから僕は
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二日後の五月五日水曜日、午後十二時四十五分。
堤防の北端に着いた僕は、そこに白銀さんがいないことを確認し、堤防の上を南に向かって歩き始めた。好天に恵まれたゴールデンウイーク最終日。普段より人は多いが、混んでいるという印象はない。家族連れやカップルとすれ違いながら、僕はゆっくり歩を進めた。
今日は、こどもの日。子供連れの家族で賑わう神社の手伝いを来年はしっかりやりますと、僕は皆に頭を下げた。祖父母と美鈴はだまって、でも嬉しそうに頷いてくれた。
昴に厳命された体力の回復はなんとか間に合った。服装も美鈴のアドバイスのお陰で、オシャレから最も遠い世界に住む普段の僕からしたら、失礼のない程度に整えられたと思う。昴の檄がなかったらここまで歩いて来られたか怪しいし、美鈴が手伝ってくれなかったら思いあぐねてとんでもない服を選んでいたかもしれない。素直な気持ちで、僕は二人に感謝した。
ただ、北斗へは少し複雑だった。一昨日のサプライズ前倒し誕生会を計画してくれたのは心底ありがたかったが、今日の会合をお膳立てしたのが北斗と知った直後は、その策略家ぶりに腹が立ったのである。けど同時に、北斗への敗北感も覚えていた。どう考えても僕と白銀さんは、学校が再開する前にこうして直接、話し合わねばならなかったからだ。詳細を知らずとも北斗はそう判断し、そうなるべく行動し、そしてそれを実現する。まったくもって、恐るべき男だ。遠謀深慮では比較対象にすらならないから、正反対の僕になることで、僕はお前に肩を並べてやる。一昨日の夜そう決意し、友への気持ちに僕はケリを付けた。
いや、違う。
僕は立ち止まり、空を見上げた。
正反対の自分になるという決意が僕にあることを気づかせ、それが今日の覚悟に繋がったのだから、あれは途轍もなく深い意味を持つ決意だったのだ。僕は今日、ある覚悟のもと彼女に会う。僕は彼女から軽蔑され、見放されるだろう。彼女はもう二度と、僕に話しかけてこなくなるだろう。それを思うと、自分の半分が死んでしまう気がした。何もかも半分になり、自分を保てなくなる気がした。猫丸に両断された魔想が、それぞれ別のものに変わってしまうように。
それでも僕は、この覚悟のもと彼女に会わねばならない。会って真実を伝えなければならない。彼女は一つも悪くない、あれはすべて僕が悪かったのだと、伝えなければならないのだ。空を見上げ胸の中で告げた。
――さようなら、白銀さん。
僕は歩みを再会し、白銀さんを探す。
白銀さんは湖を臨むベンチに座り、僕を待っていた。
「お待たせ、白銀さん」
僕が声をかけるや、彼女は全身を硬直させた。しかしすぐさま立ち上がり「猫将軍くんごめんなさい」と上体を投げ出すように腰を折ると、そのまま凍り付いてしまった。額が膝に付くほど深く頭をさげ謝罪する彼女の姿に、自責の念で胸が張り裂けそうになった。思った通り彼女は、自分が悪いと信じ込んでいた。僕は駆け寄りたかった。あなたが謝る必要なんて何もないんだと取り縋りたかった。でも僕はそれを、自分に許さなかった。僕は彼女に歩み寄り、語りかけた。
「白銀さん、聞いてほしい。僕は先月の二十七日と二十八日、後悔に悶えながら白銀さんから逃げた。逃げる後悔にもがき苦しみながら、それでも僕は逃げ続けた。白銀さんはそれが、悲しかった?」
彼女は腰を折ったまま、体を一層硬直させた。そして震える声で微かに、でも振り絞るように言った。
「悲しかった。悲しくて悲しくて、正気を保っていられないくらい悲しかった」
「やっぱりそうだったんだ。なら、あの闇油を白銀さんのそばに出現させたのは僕だ。悪いのは全部、この僕なんだ。白銀さん、あんなことをして、本当に申し訳ございませんでした」
闇油は当初、大田区近辺に出現しようと画策していた。しかし悲しみにくれる翔人の存在を感知した闇油は、自分と同じエネルギーを持つ翔人、つまり白銀さんに引き寄せられ、20キロ離れた練馬区大泉学園駅上空にいきなり出現したのだ。これが、あの決意によって僕が気づいた事。そしてこれこそが、僕に覚悟を決めさせた事。僕は今日、己の醜さのすべてを彼女に話す。自分が悪いと信じ込んでいる白銀さんに、あなたは何も悪くないのだとしっかり伝える。これが、僕の覚悟だ。
僕は洗いざらい話した。モジモジ性格のあがり症で運動音痴だった事。それが僕にトラウマを植え付けた事。血の滲むような努力で運動音痴を克服し自信を付けたつもりが、それは自信ではなく慢心でしかなかった事。慢心した僕は白銀さんを一方的に見下していた事。その決めつけに耐えられず尻尾を巻いて逃げ出した事。それを後悔しつつも逃げ回ることしかできなかった事。僕はすべて話した。そして、話し終えた。僕は胸の中で呟いた。
――さようなら、白銀さん。
僕は彼女にもう一度腰を折り、帰ろうとした。
すると僕の手を、両手で優しく包む人がいた。意表を突かれた。こんな僕にこんな事をしてくれる人は誰だろうと、僕は恐る恐る顔を上げた。白銀さんだった。いつの間にか身を起こしていた白銀さんは微笑み、僕に問いかけた。
「前期委員に私が申請した理由、覚えてる?」
混乱していたけど、それを忘れるわけがない。僕は震える声で答えた。
「沢山の人と関わりたいから、だよね」
「ありがとう、覚えていてくれて。わたし思うの。人は人と関わることで、気づかなかった自分に気づけるんだって。人は、自分のことは自分が一番理解していると思いたがるけど、本当は自分こそが、自分を一番誤解してしまっている。それを、人との関わりが自分に気づかせてくれる。私は、そう考えているの」
座りましょう、と白銀さんはベンチに腰掛けた。一瞬逡巡して、僕もベンチに座った。
「気づかなかった自分には、つらく悲しいものもあるわ。けど、それだけじゃない。自分でも気づかなかった、自分の素晴らしい一面。それを自分の代わりに、相手がちゃんと理解してくれる。そんな事も、とても多いの。私の、お隣さんみたいにね」
太陽のように、彼女は微笑んだ。
「私が通っていた小学校から湖校に入学した人は誰もいなかったから、入学式の日は寂しいだろうなって私は考えていた。でも同じくらい、わくわくもしていた。一体どんな女の子が、最初に話しかけてくれるのかな。席が一番近い子かな、それとも薙刀部の子かなって、私は楽しみにしていたの。そしたらなんと!」
彼女は手を合わせ、大きな瞳を輝かせた。
「最初に声をかけてくれたのは、隣の席の男の子だったのです。男の子から話しかけられたことなんて殆どなかったから、私はとても驚いた。でもすぐ、なんとなく解った。その男の子は寂しそうにしている私に、勇気を出して声をかけてくれたんだって」
彼女の瞳に光が灯った。それは勇気の光のように、僕は感じた。
「男の子が勇気を出して話しかけてくれたことを、そのあとの楽しい会話で私は確信した。しかもそれを、男の子が紹介してくれた二人のクラスメイトが、最高の形で証明してくれたの。二人は、心から嬉しそうに泣いていたわ。私はなんて幸運なんだろう、こんなに素晴らしい友達に恵まれた男の子のお隣さんになれて、私はなんて幸せなんだろうって、しばらく惚けちゃうくらい嬉しかったの」
彼女は胸に両手を添え、懐かしむように目を閉じ、話を続けた。
「それからの学校生活は最高だった。私は一緒にお話ししたくて、いつも一番乗りで教室にやってきて男の子を待っていた。毎日毎日楽しかった。楽しくて充実していて、そして喜びに溢れていた。前期委員の仕事で疲れていた私を気遣い、その男の子は私の場所まで掃除を終わらせてくれていた。しかも、僕は掃除が好きなんだよって、全身で照れるんだもん。私はあのとき、生まれて初めて・・・」
恥ずかしそうに、でも幸せをかみしめるように彼女は言った。
「私は生まれて初めて思った。女の子に生まれて、良かったって」
彼女のその言葉で、僕はやっと自分の気持ちを胸のなかで口にすることができた。
白銀さんを、僕は好きなんだ、と。
「あの闇油が私のそばに出現した理由は、猫将軍くんの推測通りだと思う。翔体は意識そのものと心得よ。それは解る。でも解っていても、私にはどうする事もできなかった。私は悲しみに敗け、囚われていた。私の命を奪おうとする闇油の針が救いに見えるほど、私は悲しかったの」
白銀さんが好きだ。胸の内でようやく口にできた想いが、僕を奮い立たせた。今度は、僕が包んだ。膝の上できつく握られた彼女の手を、さっき僕がそうしてもらったように、想いを込めて包んだ。「ほらやっぱり、あなたは私を助けに駆けつけてくれる」 聞き取れないほど小さく、彼女はそう呟いた。
「死を望み、死を信じた私の前にその刹那、思いも寄らぬ人が駆けつけた。その人は、一人寂しく席に座る私を気遣い、勇気をだして声をかけてくれた人だった。その人は、誰にも言えず胸に秘めていた想いを感じ取り、私にそれを初めて打ち明けさせてくれた人だった。疲れた私を気遣い掃除を終わらせたのに、それを負担に感じさせない気配りができる人だった。女の子に生まれて良かったと、生まれて初めて思わせてくれた人だった。その人が今、私を守るために、命をかけてくれている。命を燃やし知略を尽くして、私を救おうとしてくれている。それだけで私の悲しみは全部消し飛んだのに、その人は・・・」
瞼を開けた彼女の双眸から、涙が止めどなくこぼれ落ちた。
「その人は私を信じて、闇油を倒す最後の役目を託してくれた。私を一人の翔人として認め、自分の命を預けてくれた。私はそれに応えた。中心核を砕いて、その想いに応えることができた。そうすることでその人は、私の命を救っただけでなく、翔人としての私の誇りも救ってくれたの。でもね」
彼女の目に力がこもる。その力を僕は知っていた。それは、自分の非を認める力だ。
「でもやっぱり、私はどう言いつくろっても、悲しみに身を任せたせいで翔人を一人、命の危険に追いやってしまった事にかわりはないの。だから私はその人に、真摯に謝罪すべきだった。なのにその人ったら」
その笑顔は、嬉しくて嬉しくてたまらない、といった笑顔だった。
「その人ったら、自分がすべて悪いだなんて言うのよ。それを信じさせようとトラウマとか尻尾を巻いて逃げたとか、もうどんどん話しちゃうんだもん。それで私が動揺するとでも思っているのかしらって、頭にきちゃうくらいにね」
彼女は本当に、本当に可愛らしく笑った。初めて見る彼女のその笑顔に、身も蓋もなく敗北するという言葉の意味を、僕は生まれて初めて知った。それを見透かしたように、彼女は僕にとどめを刺した。
「以上、長々と話してきたこれが、猫将軍くんの気づいていない猫将軍くんの一面。猫将軍くんにはさっき話していたような事が、あるのかもしれない。でも、それだけじゃない。猫将軍くんには、こんなにも素晴らしい面がある。ううん、私が気づいていないだけで、素晴らしい面はもっともっと沢山あるはずなの。だからどうか悪い面だけを見て、自分で自分を嫌いにならないでね」
僕は彼女をまっすぐ見つめ、晴れ晴れとした気持ちで言った。
「ありがとう白銀さん。俺、勇気が出たよ」
白銀さんは息を呑んだ。そう僕は今、初めて自分を俺と呼んだ。自信がなくてどうしても口にできなかった俺という言葉で、僕は自分を呼ぶことができたのだ。まあでも、常に俺を使い続けるのは何か違う気がする。けど今はそんなことより、伝えなければならない事がある。そうこれこそが僕の真に記念すべき、人生初の言葉なのだ。
「白銀さん。ううん、輝夜さん。俺は輝夜さんが好きだ。これからもずっとそばにいて、俺の未知の面を見つけてほしい。良い面も悪い面も、何でも構わず話してほしい。どうだろう、そばにいてくれるかな」
輝夜さんは零れた涙を愛おしむように指ですくうと、歴代最高の笑顔で答えてくれた。
「眠留くん、こんな私でよければ、いつまでもおそばにいさせてください。これからも、どうぞよろしくお願いします」
僕らは立ち上がった。そして手をつなぎ向かい合い、互いの瞳を見つめ合った。僕はあることに気づいた。
輝夜さんの瞳に映る僕は、かつて一度も成し遂げたことのない、僕が目標としている僕だった。それを知り、僕はやっと理解した。
彼女の目に映る僕は、僕が追い求めている僕なんだ。
だから僕は、彼女に恋をしたんだ。
一章、了
堤防の北端に着いた僕は、そこに白銀さんがいないことを確認し、堤防の上を南に向かって歩き始めた。好天に恵まれたゴールデンウイーク最終日。普段より人は多いが、混んでいるという印象はない。家族連れやカップルとすれ違いながら、僕はゆっくり歩を進めた。
今日は、こどもの日。子供連れの家族で賑わう神社の手伝いを来年はしっかりやりますと、僕は皆に頭を下げた。祖父母と美鈴はだまって、でも嬉しそうに頷いてくれた。
昴に厳命された体力の回復はなんとか間に合った。服装も美鈴のアドバイスのお陰で、オシャレから最も遠い世界に住む普段の僕からしたら、失礼のない程度に整えられたと思う。昴の檄がなかったらここまで歩いて来られたか怪しいし、美鈴が手伝ってくれなかったら思いあぐねてとんでもない服を選んでいたかもしれない。素直な気持ちで、僕は二人に感謝した。
ただ、北斗へは少し複雑だった。一昨日のサプライズ前倒し誕生会を計画してくれたのは心底ありがたかったが、今日の会合をお膳立てしたのが北斗と知った直後は、その策略家ぶりに腹が立ったのである。けど同時に、北斗への敗北感も覚えていた。どう考えても僕と白銀さんは、学校が再開する前にこうして直接、話し合わねばならなかったからだ。詳細を知らずとも北斗はそう判断し、そうなるべく行動し、そしてそれを実現する。まったくもって、恐るべき男だ。遠謀深慮では比較対象にすらならないから、正反対の僕になることで、僕はお前に肩を並べてやる。一昨日の夜そう決意し、友への気持ちに僕はケリを付けた。
いや、違う。
僕は立ち止まり、空を見上げた。
正反対の自分になるという決意が僕にあることを気づかせ、それが今日の覚悟に繋がったのだから、あれは途轍もなく深い意味を持つ決意だったのだ。僕は今日、ある覚悟のもと彼女に会う。僕は彼女から軽蔑され、見放されるだろう。彼女はもう二度と、僕に話しかけてこなくなるだろう。それを思うと、自分の半分が死んでしまう気がした。何もかも半分になり、自分を保てなくなる気がした。猫丸に両断された魔想が、それぞれ別のものに変わってしまうように。
それでも僕は、この覚悟のもと彼女に会わねばならない。会って真実を伝えなければならない。彼女は一つも悪くない、あれはすべて僕が悪かったのだと、伝えなければならないのだ。空を見上げ胸の中で告げた。
――さようなら、白銀さん。
僕は歩みを再会し、白銀さんを探す。
白銀さんは湖を臨むベンチに座り、僕を待っていた。
「お待たせ、白銀さん」
僕が声をかけるや、彼女は全身を硬直させた。しかしすぐさま立ち上がり「猫将軍くんごめんなさい」と上体を投げ出すように腰を折ると、そのまま凍り付いてしまった。額が膝に付くほど深く頭をさげ謝罪する彼女の姿に、自責の念で胸が張り裂けそうになった。思った通り彼女は、自分が悪いと信じ込んでいた。僕は駆け寄りたかった。あなたが謝る必要なんて何もないんだと取り縋りたかった。でも僕はそれを、自分に許さなかった。僕は彼女に歩み寄り、語りかけた。
「白銀さん、聞いてほしい。僕は先月の二十七日と二十八日、後悔に悶えながら白銀さんから逃げた。逃げる後悔にもがき苦しみながら、それでも僕は逃げ続けた。白銀さんはそれが、悲しかった?」
彼女は腰を折ったまま、体を一層硬直させた。そして震える声で微かに、でも振り絞るように言った。
「悲しかった。悲しくて悲しくて、正気を保っていられないくらい悲しかった」
「やっぱりそうだったんだ。なら、あの闇油を白銀さんのそばに出現させたのは僕だ。悪いのは全部、この僕なんだ。白銀さん、あんなことをして、本当に申し訳ございませんでした」
闇油は当初、大田区近辺に出現しようと画策していた。しかし悲しみにくれる翔人の存在を感知した闇油は、自分と同じエネルギーを持つ翔人、つまり白銀さんに引き寄せられ、20キロ離れた練馬区大泉学園駅上空にいきなり出現したのだ。これが、あの決意によって僕が気づいた事。そしてこれこそが、僕に覚悟を決めさせた事。僕は今日、己の醜さのすべてを彼女に話す。自分が悪いと信じ込んでいる白銀さんに、あなたは何も悪くないのだとしっかり伝える。これが、僕の覚悟だ。
僕は洗いざらい話した。モジモジ性格のあがり症で運動音痴だった事。それが僕にトラウマを植え付けた事。血の滲むような努力で運動音痴を克服し自信を付けたつもりが、それは自信ではなく慢心でしかなかった事。慢心した僕は白銀さんを一方的に見下していた事。その決めつけに耐えられず尻尾を巻いて逃げ出した事。それを後悔しつつも逃げ回ることしかできなかった事。僕はすべて話した。そして、話し終えた。僕は胸の中で呟いた。
――さようなら、白銀さん。
僕は彼女にもう一度腰を折り、帰ろうとした。
すると僕の手を、両手で優しく包む人がいた。意表を突かれた。こんな僕にこんな事をしてくれる人は誰だろうと、僕は恐る恐る顔を上げた。白銀さんだった。いつの間にか身を起こしていた白銀さんは微笑み、僕に問いかけた。
「前期委員に私が申請した理由、覚えてる?」
混乱していたけど、それを忘れるわけがない。僕は震える声で答えた。
「沢山の人と関わりたいから、だよね」
「ありがとう、覚えていてくれて。わたし思うの。人は人と関わることで、気づかなかった自分に気づけるんだって。人は、自分のことは自分が一番理解していると思いたがるけど、本当は自分こそが、自分を一番誤解してしまっている。それを、人との関わりが自分に気づかせてくれる。私は、そう考えているの」
座りましょう、と白銀さんはベンチに腰掛けた。一瞬逡巡して、僕もベンチに座った。
「気づかなかった自分には、つらく悲しいものもあるわ。けど、それだけじゃない。自分でも気づかなかった、自分の素晴らしい一面。それを自分の代わりに、相手がちゃんと理解してくれる。そんな事も、とても多いの。私の、お隣さんみたいにね」
太陽のように、彼女は微笑んだ。
「私が通っていた小学校から湖校に入学した人は誰もいなかったから、入学式の日は寂しいだろうなって私は考えていた。でも同じくらい、わくわくもしていた。一体どんな女の子が、最初に話しかけてくれるのかな。席が一番近い子かな、それとも薙刀部の子かなって、私は楽しみにしていたの。そしたらなんと!」
彼女は手を合わせ、大きな瞳を輝かせた。
「最初に声をかけてくれたのは、隣の席の男の子だったのです。男の子から話しかけられたことなんて殆どなかったから、私はとても驚いた。でもすぐ、なんとなく解った。その男の子は寂しそうにしている私に、勇気を出して声をかけてくれたんだって」
彼女の瞳に光が灯った。それは勇気の光のように、僕は感じた。
「男の子が勇気を出して話しかけてくれたことを、そのあとの楽しい会話で私は確信した。しかもそれを、男の子が紹介してくれた二人のクラスメイトが、最高の形で証明してくれたの。二人は、心から嬉しそうに泣いていたわ。私はなんて幸運なんだろう、こんなに素晴らしい友達に恵まれた男の子のお隣さんになれて、私はなんて幸せなんだろうって、しばらく惚けちゃうくらい嬉しかったの」
彼女は胸に両手を添え、懐かしむように目を閉じ、話を続けた。
「それからの学校生活は最高だった。私は一緒にお話ししたくて、いつも一番乗りで教室にやってきて男の子を待っていた。毎日毎日楽しかった。楽しくて充実していて、そして喜びに溢れていた。前期委員の仕事で疲れていた私を気遣い、その男の子は私の場所まで掃除を終わらせてくれていた。しかも、僕は掃除が好きなんだよって、全身で照れるんだもん。私はあのとき、生まれて初めて・・・」
恥ずかしそうに、でも幸せをかみしめるように彼女は言った。
「私は生まれて初めて思った。女の子に生まれて、良かったって」
彼女のその言葉で、僕はやっと自分の気持ちを胸のなかで口にすることができた。
白銀さんを、僕は好きなんだ、と。
「あの闇油が私のそばに出現した理由は、猫将軍くんの推測通りだと思う。翔体は意識そのものと心得よ。それは解る。でも解っていても、私にはどうする事もできなかった。私は悲しみに敗け、囚われていた。私の命を奪おうとする闇油の針が救いに見えるほど、私は悲しかったの」
白銀さんが好きだ。胸の内でようやく口にできた想いが、僕を奮い立たせた。今度は、僕が包んだ。膝の上できつく握られた彼女の手を、さっき僕がそうしてもらったように、想いを込めて包んだ。「ほらやっぱり、あなたは私を助けに駆けつけてくれる」 聞き取れないほど小さく、彼女はそう呟いた。
「死を望み、死を信じた私の前にその刹那、思いも寄らぬ人が駆けつけた。その人は、一人寂しく席に座る私を気遣い、勇気をだして声をかけてくれた人だった。その人は、誰にも言えず胸に秘めていた想いを感じ取り、私にそれを初めて打ち明けさせてくれた人だった。疲れた私を気遣い掃除を終わらせたのに、それを負担に感じさせない気配りができる人だった。女の子に生まれて良かったと、生まれて初めて思わせてくれた人だった。その人が今、私を守るために、命をかけてくれている。命を燃やし知略を尽くして、私を救おうとしてくれている。それだけで私の悲しみは全部消し飛んだのに、その人は・・・」
瞼を開けた彼女の双眸から、涙が止めどなくこぼれ落ちた。
「その人は私を信じて、闇油を倒す最後の役目を託してくれた。私を一人の翔人として認め、自分の命を預けてくれた。私はそれに応えた。中心核を砕いて、その想いに応えることができた。そうすることでその人は、私の命を救っただけでなく、翔人としての私の誇りも救ってくれたの。でもね」
彼女の目に力がこもる。その力を僕は知っていた。それは、自分の非を認める力だ。
「でもやっぱり、私はどう言いつくろっても、悲しみに身を任せたせいで翔人を一人、命の危険に追いやってしまった事にかわりはないの。だから私はその人に、真摯に謝罪すべきだった。なのにその人ったら」
その笑顔は、嬉しくて嬉しくてたまらない、といった笑顔だった。
「その人ったら、自分がすべて悪いだなんて言うのよ。それを信じさせようとトラウマとか尻尾を巻いて逃げたとか、もうどんどん話しちゃうんだもん。それで私が動揺するとでも思っているのかしらって、頭にきちゃうくらいにね」
彼女は本当に、本当に可愛らしく笑った。初めて見る彼女のその笑顔に、身も蓋もなく敗北するという言葉の意味を、僕は生まれて初めて知った。それを見透かしたように、彼女は僕にとどめを刺した。
「以上、長々と話してきたこれが、猫将軍くんの気づいていない猫将軍くんの一面。猫将軍くんにはさっき話していたような事が、あるのかもしれない。でも、それだけじゃない。猫将軍くんには、こんなにも素晴らしい面がある。ううん、私が気づいていないだけで、素晴らしい面はもっともっと沢山あるはずなの。だからどうか悪い面だけを見て、自分で自分を嫌いにならないでね」
僕は彼女をまっすぐ見つめ、晴れ晴れとした気持ちで言った。
「ありがとう白銀さん。俺、勇気が出たよ」
白銀さんは息を呑んだ。そう僕は今、初めて自分を俺と呼んだ。自信がなくてどうしても口にできなかった俺という言葉で、僕は自分を呼ぶことができたのだ。まあでも、常に俺を使い続けるのは何か違う気がする。けど今はそんなことより、伝えなければならない事がある。そうこれこそが僕の真に記念すべき、人生初の言葉なのだ。
「白銀さん。ううん、輝夜さん。俺は輝夜さんが好きだ。これからもずっとそばにいて、俺の未知の面を見つけてほしい。良い面も悪い面も、何でも構わず話してほしい。どうだろう、そばにいてくれるかな」
輝夜さんは零れた涙を愛おしむように指ですくうと、歴代最高の笑顔で答えてくれた。
「眠留くん、こんな私でよければ、いつまでもおそばにいさせてください。これからも、どうぞよろしくお願いします」
僕らは立ち上がった。そして手をつなぎ向かい合い、互いの瞳を見つめ合った。僕はあることに気づいた。
輝夜さんの瞳に映る僕は、かつて一度も成し遂げたことのない、僕が目標としている僕だった。それを知り、僕はやっと理解した。
彼女の目に映る僕は、僕が追い求めている僕なんだ。
だから僕は、彼女に恋をしたんだ。
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※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
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