僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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親友と幼馴染

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 二日後の、五月三日の正午。床の上にしばらく座れるようになった僕を、北斗と昴が見舞ってくれた。 
「せめてお茶を入れるよ」
 お手製弁当を持ってきてくれた二人にせめてお茶を出そうと、僕は腰を上げようとした。だが、
「いいからいいから、眠留は座ってて」
 昴に制され、腰を上げるタイミングを逸してしまう。病人扱いするなよと反論する暇もなく台所へ走り去る昴に、
「勝手知ったるなんとやらだな」
 北斗が苦笑交じりに呟いた。いやそう呟きながら、北斗は母屋の押入れの扉を当然のごとく開け、中から来客用のテーブルを引っ張り出してきたのである。
「お前も相当なものだぞ」
「なんのことだ」
 お約束の掛け合いをして、僕らはテーブルの定位置にあぐらをかいた。台所から「昴お姉ちゃん手伝うよ」「ありがとう美鈴ちゃん」という、楽しげな気配が伝わってくる。大切な人達が織りなす、このいつものやり取りに心を温められた僕は、数日ぶりに芯からリラックスする事ができた。それを見届け、北斗が口を開いた。
「俺と昴は今日、風邪で寝込んでいた眠留を見舞いに来た。それ以上は訊かんから安心しろ。ただ俺はこれから、独りごとを話す。前期委員一年代表になって疲れているのだと、見逃してくれ」
 北斗はおもむろにお弁当の包みを解いてゆく。僕は黙って頷いた。
「眠留は不思議な雰囲気を持っている。これがアニメや漫画に登場するオーラなのかと考えたこともあったが、俺には判断つかん。眠留の雰囲気は苛立つ俺を穏やかにし、落ち込む俺を勇気づけてくれる。それだけで、俺は充分だしな」
 初めて聞く話だったが、話の腰を折るわけにはいかない。僕は静かに目を閉じた。
「今日、眠留を数日ぶりに見て、俺は驚いた。お前の雰囲気が、一回り大きくなった気がしたからだ。俺はお前のやつれた顔を覗きこんだ。そしたら、何となくわかったよ。お前は多分、皮が二枚ほど一気にむけたのだろう。一年前、自分の情けなさに気づいた俺は、一皮しかむけなかったがな」
 胸がグッと締めつけられた。
 まずい、近ごろ北斗に押されっぱなしだ。ここは一つ、友に理解してもらえた時の喜びを北斗にも味わわせて、反撃しとかなきゃな。そう、僕は思った。
「前期委員一年代表になって水を得た魚のように活躍するお前は更に一皮むけたから、これでようやくお相子だな。おっと、これは僕の独りごとだから、気にしないでくれ」
 北斗は数秒間、声を詰まらせた。それが僕にも伝染してこっちは降参したけど、あっちは話を続けることに成功した。どうやら僕は、今日も負けたらしい。
「ともあれ、俺は眠留にも話していないことがまだある。昴は年頃の娘だから、それこそ山ほどあるだろう。だから眠留が俺達に明かせないことが多少あろうが、そんなものは屁でもない。忘れないでくれ」
「お待たせ~、お味噌汁とお漬物を頂いちゃったよ~、私もうおなかペコペコ~」
 お盆を抱え髪をポニーテールに結った昴が、絶妙なタイミングで部屋に入ってきた。僕らは素早く目をぬぐい、何事も無かったようにお弁当の蓋を開けていく。そんな僕らをあえて見ず、エプロン姿で膝を着き「はいどうぞ」とお茶や漬物をテキパキ並べていく昴に、僕と北斗は肩をすくませ天を仰いだ。
「昴には当分、敵いそうにないね」
「ああ、俺らには当分無理だな」 
「もう、なによそれ~」
 口を尖らせつつも嬉しそうな昴が定位置に着くのを待ち、僕達三人は手と声を合わせた。
「「「いただきます!」」」
 僕らは猛然と食べ始めたのだった。

 子供の日を間近に控え多忙なはずの祖父母と美鈴が一人ずつ加わり皆でワイワイお弁当を食べ、大吉に挨拶し中吉の肩甲骨を揉み小吉を褒め、末吉とひとしきり遊んでから、
「そろそろお暇しよう」
 北斗は腰を上げた。そしていきなり、爆弾発言をした。
「明後日の眠留の誕生会は延期しよう」
「なっ、なんで? 僕にとってはゴールデンウイーク唯一のイベントだったのに!」
 驚きと不満で僕は半ばパニックになるも、北斗の決意は堅かった。
「お前の体力を心配しながらする誕生会なぞ、いまわのきわだけで充分だ」
「そんなこと無いって。体はもうほとんど回復したよ。ほら」
 元気なところを見せようと、僕は立ち上がってジャンプしようとした。だがジャンプどころか、僕はテーブルに両手を突いてすら立ち上がることができなかった。呆然とする僕へ、昴が手を差し伸べた。
「今の眠留には、洗面所で歯を磨いて帰って来るほどの体力しか残っていないの。眠留、よく聞いて。明後日の昼までに、何としても体を回復させておくこと。狭山湖の堤防に、歩いて行けるくらいにね。じゃあ次は、学校で会いましょう」
 僕を立たせ、両手で僕の手をぎゅっと包み、昴は僕に何かを握らせた。テーブルを押入れに片付け終わった北斗が、じゃあなと廊下で手を振った。
「今日は来てくれて本当にありがとう」
 立ちつくす僕に二人はニッコリ笑った。そして、
「「誕生日、おめでとう!」」
 と声を揃え、二人は視界から消えて行った。

 一人になり、ベッドに腰を下ろす。
 寂しさを抑え手を開く。
 手の中にあったのは、今まで見たことのない、小さくて可愛いい封筒だった。
 僕は丁寧に丁寧に封をひらき、手紙を取り出す。
 そこには、こう書かれていた。

  五月五日午後一時、
  狭山湖の堤防で待っています。                    

      白銀輝夜
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