僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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一章。プロローグ、零、1

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      プロローグ

 直径2kmの闇の巨星が、次元門への移動を再開する。
 次元門をくぐり地上に顕現し、人類を再び支配下に置くべく移動を再開する。
 それを妨げる暁人あかつきびとは、一人も残っていない。
 現生人類史上最悪の一千年が創りし悪を捕食し、歴代最高濃度の暗黒を得た闇星やみぼし
 その闇の侵攻を阻止しうる暁人は、もう誰一人残っていない。
 行動不能に陥った数多の暁人を蹴散らし、闇星は進む。
 そして、千年の時を経て次元門を眼前にした闇星は、常闇の体を歓喜に震わせた。
 地上の再支配と言う、数千万年に及ぶ悲願を今度こそ成就できると闇星は確信した。
 だがその刹那、新たな暁の光が六つ、門を通過し現れる。
 その一つが叫んだ。

 これに間に合わせるため、僕は生まれて来た。
 眠らせ留めるという名を持ち、僕は生まれて来た。
 闇の巨星よ、宇宙の暗黒を統べる敵対者よ。
 僕は今から、お前を封印する!

 眠留ねむるという名の若者の体から、幾百の雷が放たれる。
 傍らの少女からも、同種同数の雷が放たれる。
 太光をまといし二人へ、闇星が呪詛を吐いた。
「おのれ旭人あさひびと、うぬらはまたもや我を、この牢獄に閉じ込めるつもりか」
 太光を錐状に変化させ、旭人はその先端を闇星へ向ける。
 その二人の背中へ、残された暁の光が一つ、追いすがった。
「眠留、輝夜、あなた達がいなくなった世界に、私を取り残さないで!」

    
       零


 西暦2060年四月十二日月曜日、午前二時。少年を起こすべく、ハウスAIが目覚ましを起動する。
 最初は照明。小さな光が天井に灯り、少しずつその光量を増していく。光を徐々に強くすることで、少年に自然な目覚めを促しているのだ。照明にほんのわずか遅れて、空調システムも作動する。部屋の中に微風がわき起こり、グレープフルーツの爽やかな香りが少年の頬をそっとなでた。住居一体型ハウスAIシステム、通称 HAI(ハイ)は、居住者にとても優しいAIなのである。
 しかしその優しさを一蹴するかのごとく、少年はスヤスヤ眠っている。HAIは頬をほころばせ、少年を起こすべく次なる手を打った。ベッドの警告音をピーッと鳴らし、マットレスの上半分をゆっくりせり上げ始めたのだ。これは前世紀、始発電車の運転士など遅刻が絶対許されない人達のために開発された強制起床法で、これなら少年も目覚めてくれるかなとHAIは淡く期待した。しかし淡い期待の通り、少年は未だぐっすり眠っている。それを確認し、HAIは現時点で許される最後の手段に出た。少年の眠る揺りかご機能付きベッドを、公園のブランコもかくやとばかりに前後に揺らし始めたのだ。揺れの角度はどんどん増していき、今や少年は、後ろへ揺らされた時はお辞儀をするほど、前へ揺らされた時は膝が曲がって体育座りになるほど、前後にグワグワ揺れている。さすがに目覚めてくれただろう、いやお願いですからどうか目覚めてくださいと、HAIは映像を拡大し少年の顔を見つめた。だがそこに映し出されていたのは、ゆりかごの心地よさにかえって眠りが深くなった、少年の健やかな寝顔だったのである。少しの敗北感と多大な愛情を込めた眼差しを少年へ向けたのち、HAIは今日も、トイレをすませ部屋に戻ってきた雄の茶虎猫に頼むのだった。
「おはようございます末吉さん。お手数ですが今日も、眠留ねむる君を起こして頂けますか」
「にゃ~~」
 任せてください、と茶虎猫は元気に答え、少年のベッドに飛び乗る。そして少年のお腹を躊躇なく踏みつけ胸元まで登ると、腰を落とし右前足を高々とかかげて、少年の頬へ神速の猫パンチを放った。
 パシ――ン!

     
      1


「ぶびゃはっっ!!」
 奇声をあげて僕は目覚めた。すかさず末吉が「にゃっ」と咎めるように僕を見据える。毎度毎度のことなので反射的に、
「うんそうだね、今は夜中だから静かにしなきゃね」
 と小声で謝るも、内心は複雑な気分。あんなふうに起こされたら奇声もあげるよと、僕は胸中グチを零した。
 とはいえ、猫パンチを食らったはずの左頬に、痛みはもう残っていない。痛覚神経のみを刺激し、体にダメージが残らぬよう工夫してくれたのだ。末吉は、優しいヤツだもんな。
 なんてことを起き抜けの頭でぼんやり考えていたら、末吉のちっちゃくてピンク色でプニプニの肉球をくすぐりたくてたまらなくなってきた。僕は末吉を抱きしめようとする。だが「そんなのお見通しだよ」と末吉は僕の両手をヒラリとかわし、床へ逃げてしまった。猫には敵わないなあと溜息をつき、僕は諦めてベッドを降りた。
 トイレをすませ玄関で靴を履き、外へ出る。四月中旬深夜二時の、まだ凍えるほど冷たい外気を胸いっぱいに吸う。それを三度繰り返し脳を活性化させ、ストレッチを始める。体を左に傾け右体側を伸ばしていると、西の森へ沈みゆく、半月と満月の中間くらいの月が見えた。
 体に温かさと柔らかさを得て、部屋へ戻る。床に座った末吉が、前足の白足袋をきちんと揃えて僕を出迎えてくれた。僕らは互いの目を見て頷き合う。いざ、戦場へ!
「HAI、ベッドの固さを最大に。それと、夏布団をかぶるから空調よろしく。じゃあ準備できしだい合図するね」
「かしこまりました。お帰りをお待ちしています」
 冬用の分厚い掛け布団をはぎ取り、薄手の夏布団をかぶって横になる。枕を外し肩の力を抜き、関節をゆるめ、体から無駄な力みを一掃する。
 よし、準備OKだ。
 僕は瞼を閉じ頷く。HAIが、明かりを消してくれた。
 光の粒子でできた水をイメージする。重さも抵抗もない光の水が体を満たしている様子をイメージする。ほんわかゆらゆら揺らめく光の体を眺めながら、心からも力みをぬぐい去ってゆく。そして・・・
 僕はふわりと、肉体から抜け出した。
「眠留、今のはナカナカ良かったよ。なめらかで、とてもスムーズだった」
「とかなんとか言って、翔体しょうたいになるのは今日も末吉の方が早かったじゃないか」
翔化しょうか速度で猫に勝とうなんて五十年早いよ。猫は、眠る子だからね」
 翔化し空中に浮かぶ末吉は、腕を組み二本脚で立って余裕綽々の表情だ。そらそうだけどさ、と思いつつも気を取り直し、精神集中して袴姿になる。心を肉体から解き放ち翔化すると、イメージするだけで服装を自在に変えられるようになるのだ。やろうと思えば体型や顔も変更可能だけど、訳あってそのままにしている。第一、照れくさいしね。
 服装が整ったのを確認し、宙を歩いて部屋の北壁に向かう。壁に掛けられた小太刀を前にし、一礼。左右の掌を上に向け、下からゆっくり小太刀へ近づけていく。掌が小太刀に触れた瞬間、小太刀から翔刀猫丸が分離し、そのまま小太刀をすり抜けた。猫丸を左手に、意識を戦闘モードに替える。
「さあ行こう!」
 宙を蹴り天井をすり抜け、僕らは空へ駆け上って行った。
「本日依頼された魔想まそう煤霞すすがすみのみなれど、そのかず百余。速やかに討伐されたし」
「心得た。末吉の助力、感謝する。いざ」
 末吉が最寄りの煤霞に向かって走り出す。僕もその右後方を翔る。数秒後、1000メートル前方に最初の煤霞を捉える。腰を落としスピードを準全速に上げ猫丸を抜き放ち、僕は魔想へ立ち向かっていった。
 
 二時間半後。
「あ~、今日も終わった終わった」
「そうだにゃ~」
「一番弱い煤霞だけだったけど百以上も任されたのは、今日が初めてだったな」
「そうだにゃ~」
「なあ末吉、お前さっきから僕の話、ぜんぜん聞いてないだろ」
「そうだにゃ~」
 隣を走りながら大きなあくびをして、末吉は普段のにゃあにゃあ言葉で答えた。そして体をブルブルッと震わせ僕の背中に飛び移り、後ろから頭に覆いかぶさると、そのままあっという間に寝てしまった。猫は生粋のハンターなので、瞬発力は頭抜けていても持久力に乏しい。ましてや末吉は、一歳に満たない子供。二時間半に及ぶ戦闘を終えたら、眠くなって当然なのだろう。
 ――今日もありがとう、ぐっすりお休み。
 心の中で、僕はそう呟いた。

 末吉は、うちの神社で生まれた猫ではない。人語を操り、魔想との戦闘に翔化して参戦できる猫、翔猫しょうびょうが生まれる確率は、一千万分の一にすら届かないと言われている。末吉は、そんな希少な猫なのだ。
 翔描の可能性に気づく最初の猫は、母猫。翔描は生後一週間足らずで翔化し母猫に甘えてくるので、それに気づいた母猫が、その様子を地域の世話猫へ伝える。世話猫によって翔描の可能性を認められた子猫は、翔化して頭猫かしらねこのもとへ連れて行かれる。戦闘に参加せずとも翔化すれば人語を自在に操る頭猫のもとには、翔描候補生以外にも沢山の子猫達が集められ、猫社会と魔想について一緒に学んでいく。そして、その中から十五年に一匹くらいの割合で、翔猫が誕生するのだ。翔描の誕生は猫社会全体のお祭りとなり、家族猫と御近所猫と飼い主へ、名誉と敬意が惜しみなく捧げられる。なぜならそこには、深い悲しみが伴うからだ。
 翔猫は、飼い主や周囲の猫達に慈しみ育てられた、愛情深い母猫から生まれてくる。然るに翔描は強い郷土愛を抱くようになるのだが、ひとたび翔描となった猫に、帰郷は決して許されない。翔描として旅立つその日が、故郷の猫や人々との今生の別れとなるのだ。特に末吉は、飼い主の老夫婦から孫同然に可愛がられ育ったため、愛する老夫婦へ別れの挨拶すら言えない苦しさに押しつぶされんばかりだったという。それを哀れんだ長老猫が、神通力によって末吉を老夫婦の夢枕に立たせたという話は、今も故郷の猫達によって涙とともに語りつがれている。
 末吉は生後三ヶ月、人間でいえば五歳のとき、神社に来た。祖父母と、関東猫の宗家当主を務める大吉に連れられやって来た末吉は、暫くのあいだ祖父母の住む離れで暮らしていた。僕のパートナーになってからは同じ部屋で寝るようになったが、僕の不在のうちは今でも離れの縁側で愛嬌を振りまき、祖父母に甘えている。祖父母は孝行息子がやって来たと大喜びで、まさに猫可愛がり状態だ。翔描には人間並みの長寿が与えられているから、末吉は僕の生涯の友となるだろう。日の出を約三十分後に迎える、藍色に染まる空を見つめつつ、僕は胸の中で呟いた。
 ――ずっと、ず~っとよろしくな、末吉。

 狭山湖と多摩湖、地平線に霞む二つの人造湖を目指し僕は翔る。神社に帰ったら肉体へ戻り、三十分弱修行して熱い風呂に入る。ゆっくり湯船に浸かっても、七時まで一時間は眠れるはずだ。狭山湖の東側に、裏山の稜線が見えてきた。速度を落とし、僕は神社へ降下していった。
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