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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第84話 ビュクス(ボクシング)は『力』がすべてです
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セイが華麗なフットワークでエウクレスをふたたび翻弄しはじめた。
エウクレスがパンチを放ってきたが、セイは踏み出していた前足をそのまま軸足にして、くるりと体を右に回転させてよけると、そのままカウンター気味に顎にストレートを打ち込んだ。
「なんですか。いまのステップは!」
プラトンがまるで子供のようにはしゃいいだ。
「あれは『ピボット・ターン(旋回軸)』と呼ばれるバスケットボール……、いえ、球技でも用いられる、体勢を入れ替える基本的なステップです」
セイの華麗な動きに目を奪われたのはプラトンだけではなかった。先ほどまでセイをおとしめるのに躍起だった声援は、すこしづつだが、見知らぬアジアの少年にもむけられはじめた。
「アジアの少年、すごいぞ」
「セイ、タルディスの仇をとってやれぇ」
「この時代のビュクスは『力』がすべてです」
スピロがセイを見つめたまま、訥々と解説をはじめた。
「そのため大男が圧倒的に有利です。ですが、パンチはベタ足で力をこめたスイングブロー(肘を伸ばしたまま振り回す)中心になりがちです。そのため、そのパンチはどんなに強烈でも体重とおなじくらいの衝撃力しか持ちません」
顎に一発をもらってエウクレスが一瞬ぐらついたが、そのまま怯みもせず突進してきた。セイは上体を前に屈めるようにして『ダッキング』で相手のパンチをかわす。エウクレスのパンチが空を切ったところに、今度は横っ腹にフックをねじ込む。
「ですが、近代ボクシングで確立された、腰の入った正しいフォームのパンチは体重の3倍もの衝撃力を生み出すことができるのです。それに加えて、有効打を打ち込むための技術や避けるための技術が磨かれ、継承されてきました。相手をいかに揺さぶり防御をくずして、クリーンヒットを打ち込むか、逆にどうやってその揺さぶりに翻弄されないようにするか。もちろんハードパンチャーもいますが、それでも技術なしに勝てるほど甘くはありません」
エウクレスが苦し紛れにパンチを放つが、セイはそれが伸び切る前に、上からそれを片手でたたき落とす『パリング』で、パンチの軌道をそらす。
「あの史上最強と言われたヘビー級ボクサー、マイク・タイソンは、実はディフェンスも超一流でしたからね」
見たこともないトリッキーな動き、リズミカルに刻まれて無駄のないフットーワーク。
頭のまわりで、何十回、何百回と『死』が飛び交っているのに、それを事も無げに巧みに交わし、くぐりぬけていく様に人々は熱狂していた。
マリアはそんな躍動するセイの体を、別の気持ちでじっと見つめていた。優位に試合を運んでいるようにしか見えなかったが、セイの眼光は鋭く、エウクレスの動きから目を離すことはなかった。一瞬でも気が緩めれば、どれほどの優位もたちまちひっくり返るとわかっている目だとマリアは思った。
ウェルキエルに追いつめられた時もあんな目をしていた——。
絶対に油断しない目——。
そして決してあきらめない目——。
エウクレスがパンチを放ってきたが、セイは踏み出していた前足をそのまま軸足にして、くるりと体を右に回転させてよけると、そのままカウンター気味に顎にストレートを打ち込んだ。
「なんですか。いまのステップは!」
プラトンがまるで子供のようにはしゃいいだ。
「あれは『ピボット・ターン(旋回軸)』と呼ばれるバスケットボール……、いえ、球技でも用いられる、体勢を入れ替える基本的なステップです」
セイの華麗な動きに目を奪われたのはプラトンだけではなかった。先ほどまでセイをおとしめるのに躍起だった声援は、すこしづつだが、見知らぬアジアの少年にもむけられはじめた。
「アジアの少年、すごいぞ」
「セイ、タルディスの仇をとってやれぇ」
「この時代のビュクスは『力』がすべてです」
スピロがセイを見つめたまま、訥々と解説をはじめた。
「そのため大男が圧倒的に有利です。ですが、パンチはベタ足で力をこめたスイングブロー(肘を伸ばしたまま振り回す)中心になりがちです。そのため、そのパンチはどんなに強烈でも体重とおなじくらいの衝撃力しか持ちません」
顎に一発をもらってエウクレスが一瞬ぐらついたが、そのまま怯みもせず突進してきた。セイは上体を前に屈めるようにして『ダッキング』で相手のパンチをかわす。エウクレスのパンチが空を切ったところに、今度は横っ腹にフックをねじ込む。
「ですが、近代ボクシングで確立された、腰の入った正しいフォームのパンチは体重の3倍もの衝撃力を生み出すことができるのです。それに加えて、有効打を打ち込むための技術や避けるための技術が磨かれ、継承されてきました。相手をいかに揺さぶり防御をくずして、クリーンヒットを打ち込むか、逆にどうやってその揺さぶりに翻弄されないようにするか。もちろんハードパンチャーもいますが、それでも技術なしに勝てるほど甘くはありません」
エウクレスが苦し紛れにパンチを放つが、セイはそれが伸び切る前に、上からそれを片手でたたき落とす『パリング』で、パンチの軌道をそらす。
「あの史上最強と言われたヘビー級ボクサー、マイク・タイソンは、実はディフェンスも超一流でしたからね」
見たこともないトリッキーな動き、リズミカルに刻まれて無駄のないフットーワーク。
頭のまわりで、何十回、何百回と『死』が飛び交っているのに、それを事も無げに巧みに交わし、くぐりぬけていく様に人々は熱狂していた。
マリアはそんな躍動するセイの体を、別の気持ちでじっと見つめていた。優位に試合を運んでいるようにしか見えなかったが、セイの眼光は鋭く、エウクレスの動きから目を離すことはなかった。一瞬でも気が緩めれば、どれほどの優位もたちまちひっくり返るとわかっている目だとマリアは思った。
ウェルキエルに追いつめられた時もあんな目をしていた——。
絶対に油断しない目——。
そして決してあきらめない目——。
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