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●本編●

48.クーチュリエ、クーチュリェール、来襲後の爪痕。

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 カスティオール様(カーくん)とポルクスィーヌ様(ポーちゃん)の手にかかれば瞬きの間、目にも止まらぬ速さで、オーダー通りのコルセットコールが見事に出来上がってしまった。
御本人が事前に仰っていた『すぐできる』と言う言葉の通りに有言実行、電光石火の早業、正に匠の為せる業だった。

即席で作り上げたとは思えない実用性重視の洗練されたデザインの代物、素人目には文句の付け所など存在しないと思われる完成されたそれに、本人たちは納得がいかないらしい、これが職人気質というものか!

「ここはもっとフリルを抑え気味に」とか「この色味じゃ野暮ったく見えてしまうから、あの色のほうが」とかお2人で話し込んでいる。
服に隠れてしまうのに、なーーんて当たり前の事は彼らにはどうでもいいことなのだった。
いかに自分たちが納得して『可愛い・綺麗と思えるか』が重要なのだそう。
そう語るお2人の瞳はキラキラに輝いていた。
お2人にとってこの仕事は本当に大好きで、一生涯続けられる天職なのだろうとその表情を見ただけで理解した。

一頻り話し合い改善案を出し終えた後、完成品は後日メイヴィスお姉様のご自宅に届けるとの説明を受け、今日のところは試作品でぶっつけ本番、我が家の夕食に加わることと相成った。

肌着の上に試作品を着けたくらいのタイミングでメリッサがお母様からの了承の返事を言伝てくれた。
あの完璧過ぎる声真似等を期待したのだが、今回はお目見えできなかった、その事にシンプルに落胆した。

しかしわたくしの落胆振りなど可愛いものだった。
上には上が居た、この場合はメイヴィスお姉様の落胆ぶりが私のそれを遥か彼方に突き放すほど凌駕していた。
了承の返事を聞いた途端、それまでしゃっきり立っていたメイヴィスお姉様は床にめメリ込みそうなほどの激しいショックを隠しきれず、この世に絶望しきってしまわれたかのように虚ろな目で焦点が合わないまま床を見つめ続ける廃人状態になってしまわれたのだ。
せめてもの救いは着付けと着替えが終わっていたことだろうか、しかし気休めでしか無い。

「お姉様っ?! お気を確かにぃっ!! お菓子、そうですそうそう、美味しい我が家自慢のお菓子を食べましょう!! 余計なことは考えず、甘~~くて、幸せ~~なお菓子で頭の中身を埋め尽くしてしまいましょう!!!」

「でも…全部、食べて、しまーー」

「私の分をどうぞ! もうすぐお夕飯…っではなくて、お腹が空いておりませんのっ、私! ですから、遠慮なさらずっ!! 折角の美味しいお菓子を残すなんて勿体ないですから、是非ともお姉様に食べていただきたいですわぁ!!!」

 ーーえぇーーいっ、迷ってる暇はない! 背に腹は代えられないものっ!! 私はいつでも、食べたいときに食べられるものぉ~~っ!!!ーー

食い気味に自分のお菓子を差し出す提案をぶっ込む。
これは一瞬でも間を開けてしまったら駄目なやつだ、野生の勘がそう告げていた。

焦点は合ってきたが虚ろさはそのままで、それでもお菓子を食べるためにズリズリと這いずって床の上を移動するお姉様を4対の目が無言で見守る。
すると途中からむくりと体を床から起こして、2足歩行へと移行したがその背は曲がり切って前のめっている、というか、折り曲がっている。
それでもまっすぐに歩いていける、体幹が神がかっていらっしゃるお姉様元来のポテンシャルの高さに場違いにも感心しきってしまった。

なんとかたどり着いたソファーの上で、モソリモソリと力ないリスさんがお菓子、クイニーアマンクインナマンを齧っている。

コルセットコールの試作品が出来上がったのが19時10分、今はそこから10分は経過している。
夕食は20時頃の予定だが、予定はあくまでも予定、普段なら遅れても問題ない。
そこまで時間に厳しくない気質の世界であるらしい、みんなそれぞれに都合のよい頃合いで食堂へ向かい、それぞれのタイミングで食べはじめるスタイルが常日頃の我が家の食の風景だった。
しかし今日の夕飯はお姉様が急遽参戦なさるので勝手が違い、時間通りにはじまるのは暗黙の了解で周知されているらしい。

スローモーションでも確実にお菓子を胃におさめていくお姉様を見ているのは楽しい!
でも、元気がないのは…やっぱり寂しい……。

しおしおと力なく項垂れるメイヴィスお姉様の姿につられて、私の気持ちまで萎れて姿勢が崩れそうになる。
するとすかさず、横合いから静かでありながらも情熱のこもった(希望的観測)檄が飛んできた。

「しゃきっとなさいませ、ライリエルお嬢様。」

「あわわっ! はいはいっ!! しゃっきりしますぅ~~っ!!!」

「『はい』は1回、言葉遣いもお気をつけ下さいましっ!!」

「ひぇっ…! っとと、はぁ~い、気をつけますとも、コレで良いのでしょう?」

「返事は無駄に伸ばさずおっしゃってくだされば、概ね結構です。」

 ーーまだ細かいダメ出しポイントは存在するのね、メリッサのチェックポイント、採点基準が厳しすぎじゃないかしら?ーー

内心で不平不満を洩らしながら、しかし及第点でもチェックを通過できほっと胸をなでおろしていると、視線を感じた。

「? どうかなさいましたか、皆様?? 私の顔に、何かついておりますでしょうか???」

「「そうじゃないよスネパサ! ベベの顔はとっても可愛いままだよ♪」」

「えーと、そうではないのですが! あの、ライリエル様は、その、そちらの侍女さんと、仲が凄く宜しいんですね? 気心がしれている、といいますか…距離感が近いと言いますか?!」

「本当ですかっ?! ねぇっ、メリッサ聞いた?? 私たち、仲が良さそうですって、とっても嬉しいわね!!」

「はぁ。 左様でございますか。」

「んもぅっ! メリッサったら、て・れ・や・さんっ♡」

「他に御用がないようですので、下がらせて頂きます。 後ほど着替えをお持ちいたしますのでご承知おきくださいまし。」

「私の言葉を無視しないでっ! せめて何か言ったことに対しての返答を寄越して?! メリッサ~、ちょっとぉ~~っ!!? ……行ってしまったわね、相変わらず淡白なのだから!」

ぷりぷり怒っていると、相変わらず不思議そうに見られていることに気づく。

「えーと、そんなに、不可思議でしょうか? メリッサは私の乳母でもあるので、少し他の使用人相手とは対応の仕方が違うとは思いますが、ご不快になるような目に余る戯れつき具合でしたでしょうか??」

ポリポリ…、と右人差し指の先で頬を掻きながら何事かの釈明を試みる。
しかし懸念していた事とは別方向からかぶり付きに気味に喰い付かれた。

「「えぇっ?! 嘘でしょぉっセタンクロワイヤーブル??!」」

めんどりちゃんマココットゥ、乳母だったのぉっ?! 見えない、いったい何歳なのっ?!」

「そもそも、既婚者だったんだ?! 全然そんな雰囲気無かったけど、驚いたなぁっサメトンヌ!!」

「あ、あんなっ、細身な方が、乳母…?! お子様がいらっしゃるなんて、全然、見えません!! 欠片も主婦臭がしないのですが、コレ如何にぃっ??!」

3人3様のメリッサへの反応、素直過ぎる疑問ばかりでいっそ清々しい。
勢いに押されて、ほとんど条件反射でそれぞれの疑問にバカ正直に答えてしまった。

ポーちゃんへの回答、『32歳。』
カーくんへの回答、『そうです、既婚者(現在寡婦)です。』
メイヴィスお姉様への回答、『それもそのはず、お子様は既に亡くなっておりますので。』

ポク、ポク、ポク、チーーーン…。

 ーー私ったら…個人情報を洗い浚い、本来なら伏せるべき事柄までも懇切丁寧、且つ詳らかにぶち撒けてしまっているぅうーーーっ!!?ーー

気づいた途端、心臓に鉛を仕込まれたような後悔が襲い、一気に恐慌状態に陥った。
目の前にいるお3方の声が遠くなり、意識が内側へと集中して閉じていく。

 ーーこんな事、本人の同意なしに第三者にぶちまけて良い内容では決して無いのに、やってしまった!! 前世+今生合わせた人生最大のやらかしだ!! どうしようっ、ホント、どうしようぅっ?!!ーー

これもボッチの弊害、と言いたいところだが、この場合自分の経験不足を理由に責任を丸投げるのは大変よろしく無い。

守るべき倫理を知っているのなら、どんな環境で育とうとそれを守り通さねば筋が通らない。
常識的な倫理観は前世で十分培われたものを今生でも持ち合わせている。
伊達に義務教育を終えてはいない、受験だって合格して高校に進学を果たしていたのだから尚の事、できなければおかしい・・・・

ぐにゃり…。

視界が歪むほどの罪悪感と、倫理にもとる行いをしてしまって自分への吐き気を催すほどの拒絶感、しかしこの感情はわたし個人が自発的に抱いた感情ではない。
前世のわたしが無理矢理植え付けられた、個人の見解による偏った価値観だと、今なら理解できる。
同級生とその保護者たち、学校の教員たち、近隣住民たち、その他大勢の他人の目を気にした前世の両親によって植え付けられた感情。
なにか失敗をする度に、それがどんな些細なことであっても、穿った捉え方によって誇張され肥大化され、最終的には罪となり、そのことをいつも一方的に非難され罵倒された。
そんな時にいつも感じていた、わたしの造られた感情。

体罰はなくとも、言葉による暴力は日常茶飯事だった。

心の水面下に押し戻したはずの前世のわたしが、今の私の足首を掴んでくる。
現実と非現実の境界が曖昧になり、均衡が著しく乱され始めた。
強い力で掴まれ振り解くことができず、なすがまま、触れられた場所からどんどんと、思い出したくない、忘れたままでいたい記憶を注ぎ込まれる。
受け止めきれずに溢れて、零れ落ちた昏い記憶がドロドロとしたヘドロのような粘つきを伴ってこの体に纏わり付いてくる。
絡め取られて、そのまま記憶の底まで引きずり込まれてしまいそう。

コンココン。

いつもと変わらない、少し癖のあるノック音が、今は空気を切り裂くように鋭く部屋の中に飛び込んできた。
今の私には、そう思えた。

ノックの音が鼓膜を震わせた瞬間、足首を拘束していた手が何かに弾かれたように吹き飛ばされて離れ、その勢いのまま、抵抗も赦されず水面下へと大人しく沈んでいき、見えなくなった。
纏わりついていたヘドロも動力をなくしたように動きを鈍くして、この身体に纏わりついていられなくなり、ボトリ、ボトリと1つ残らず水面下へと落ちていった。

「失礼致します。 ライリエルお嬢様、お着替えを持ってまいりましたので、こちらに疾くお召し替えくださいまし。 …どうかなさいましたか?」

いつもと変わらない抑揚のない声と、動かない表情。
見知った侍女が音も立てずに扉を開き、足音を立てずに通路の奥から姿を現した。

「あ…、メリッサ…? わた…くし、私、貴女の許可もなく…確認もしないで、色々……言ってしまったの…! ごめんなさい、貴女の、隠しておきたいこともあったかもしれないのに、勝手に喋ってしまって、本当にごめんなさい…っ!!」

前世の自分に水底へ引きずり込まれなかったことに安堵するよりも先に、メリッサに対する罪悪感が先にたち、顔を見た瞬間、無意識に謝罪の言葉がつっかえながらも止まることなく口から流れ出た。

「どのようなことをお話されたのですか?」

感情の読めない平坦な声に静かに問われる。

「え、と…、年齢とか、貴女が…既婚者だとか、あと……お子様を亡くされている、事を……。」

「左様でございますか、お気になさらなくて結構ですよ。 私はどれも誰に知られようが別段気にいたしませんので。 くよくよしていても、過去は決して変わりません。 ですからお嬢様も、しゃんとなさいませ!」

「あわっ、え、とぉ~? は、はぃ…?」

「もっとハキハキとした言葉遣いをなさっていただけましたら、概ね結構です。 時間が勿体のうございます、お召し替えくださいまし。」

 ーー私の懊悩は、時間の無駄ってこと? なんかもう、ホントのホントに…メリッサらしくって、嘘でも慰めでもない、本心からの言葉だってわかって、好きだなぁ。 ブレないメリッサが、本当に大好き!ーー

「ふふっ、メリッサったら、いつも同じことを言って私を急かすのね!」

「お嬢様が毎回同じようなことをなさるのが全ての原因でございます。」

相変わらずの無表情が今は優しさを滲ませた柔らかい表情に見えてしまう。

 ーー「メリッサは優しいわね!」なんて言ったら、きっと眉間にギュッとシワを寄せて嫌がるのでしょうね…!ーー

引きずり込まれそうなほど落ちていた心がふわっと羽毛のように軽やかになった。
落ち着きを取り戻した私の様子を見て、すっくと立つ2つの人影。
見事なシンクロ具合で、タイミング良く立ち上がったのはカーくんとポーちゃんだ。

 ーーうん、実際に声に出しては言い慣れないけど、心で思う分には大分自然に愛称で呼べるようになったわね!ーー

心の中でガッツポーズをしながらお2人の次なる行動を眺めて待つ。

「「安心したよジュスイスラジュ!」」

「ベベったら、急に自分の世界に閉じこもっちゃうから驚いたわぁ! でも元気になったみたいで良かったわねぇ~♪」

「ほんとほんと! 一時はどうなることかとヒヤヒヤしたけど、戻ってきてくれて良かったよぉ~、色んな意味でね♪」

「「というわけで!!」」

「今日のところは、これにてお暇させていただくわねぇ、とってもとっても、名残惜しいけれど!」

可愛子ちゃんマプティットゥには直ぐに会いに行けるけど、ベベにはまた当分会えないかもぉ~、すっごく残念だよぉ!」

「「でも帰らないとねぇ!!」」

「今日はちゃんとベベにも会えて、とっても嬉しかったよぉっ♪」

「今日ベベとも深く知り合えたこと、とっても嬉しかったわぁ~♪」

「「また会いましょうオルヴォワール、マプティットゥ♪♪」」

「「また今度ねぇアラプロシェンヌ、ベベ♪♪」」

ユニゾンからのソロ、ソロからのユニゾンを繰り返して2人だけが一方的に別れの言葉を告げて颯爽と扉へと向かってしまう。

「「えぇえっ?!?」」

ポカンと見送ってしまいそうになり、メイヴィスお姉様と一緒に大慌てで通路の手前まで後を追う。
もうほとんど扉は閉まる寸前になっていた。

 ーー早すぎる、何もかも!!ーー

「今回はホントにすっごく素敵なドレスを、ありがとうございましたぁっ!!」

「カーくん、ポーちゃん、また会えるのを楽しみにお待ちしておりますねぇっ!!」

扉がゆっくりと閉まる、その僅かな隙間から振り返ったお2人の寄越したWウインクに、ハートの正鵠を射抜かれた被害者約2名。

メイヴィスお姉様に倣って、力なく床に倒れ伏そうとした私にだけ、侍女からの射殺さんばかりの厳しすぎる視線が向けられたのは言うまでも無い。


 メリッサに手伝ってもらい何とかかんとか着替えを終えた後、客室を足早に出て食堂へと急ぐ道の途中で丁度階段から下りてきた人物から誂い混じりに声をかけられた。

「随分楽しめたようだな、ライラ。 メイヴィス嬢も、一日ライラの相手をして疲れただろう? 手を焼かせることがなかったなら良いが、迷惑ではなかったかな?」

「アルヴェインお兄様! えぇ、お姉様と過ごす間は時間が経つのも忘れるくらいあっという間で、でもとっても楽しかったですわ!! それとお兄様が心配なさったような、お姉様のお手を煩わせることなんて一切ありませんでしたとも!!」

 ーー嘘ではないけど真実でもないのよねぇ。 騒動ならたんまり、ありすぎるほどあったのだから。ーー

表面では兄の失礼な発言に対してぷりぷり怒っている風を装いながら、内面では『全部見透かされているのでは?!』と気が気ではない。

階段を降りきったアルヴェインお兄様と合流し、メイヴィスお姉様がお兄様に軽く会釈して挨拶の言葉を口にしてから質問に答えを返された。
その時点でアルヴェインお兄様に促されて食堂へと向かうため再び歩き始めた。

「アルヴェイン様、本日は晩餐の席にお邪魔させて頂きます、無作法などお目溢し頂けましたら幸いです。 迷惑だなんて、とんでもございません! ライリエル様と過ごす時間は私にとっても快い時間でございました。 ライリエル様が居てくださってどれほど心強かったことか!! このように沢山の時間をご一緒でき、望外の喜びでございましたとも!!!」

客室での姿が嘘のよう、緊張で廃人にまで精神状態を病んでいたのと同一人物とは思えないほどの堂々たる物言い、しゃんと背筋を伸ばして相手の目を怯まずに見返してもいる。

 ーー成る程、お姉様は本番に強いタイプだったのね!!ーー

見かけは可愛い仔犬さんでも、1度心が決まれば大型犬にも怯まない、勇猛果敢に対峙できてしまう為人なのだ、と感心して納得した。

「あれ~、皆揃ってるんだぁ、ボクこんなに早く食堂に向かうの久々かもぉ~~。 ふぁ~~あぁ、眠い。 ライラは今日一日部屋に居なかったんだねぇ~、何してたのぉ~~?」

酷く眠そうな声が背後からかけられる。
マイペースに言いたいことを羅列した後、唐突に話題を振られた。

「エリファスお兄様! メイヴィスお姉様の滞在なさっている客室にお邪魔させていただいておりましたの♪ そこでドレスの受け取りにも同席させて頂き、ディオスクロイエ様たちとお会いしたのです!! とっっっても素敵な方たちでしたわぁっ!!!」

「ディオス…? あぁ、あの双子のぉ~? 凄く個性的なぁ、オートクチュールの! 兄さんに昼間会いに来た客人って、もしかしてその2人だったぁ~?」

エリファスお兄様には珍しいことに、顔と名前が一致したようだ。

「あぁ、そうだ。 といっても、僕が直接会ったのは妹君だけだったがな。 久方ぶりに会ったが、相変わらず、…………………個性的だったな。」

 ーーアルヴェインお兄様ったら、もしかしなくてもお2人が苦手なのかしら…?ーー

無感情を装っているが、この言葉を吐き出すまでの間、ペリドットの瞳から生気が抜け落ちて死んだ魚のように虚ろになっていた。
たしかにあれだけの個性の塊だ、人を選ぶというか、彼らに対しての評価は賛否に二分されそうだ。

「そっかぁ、あの2人来てたんだぁ~。 ボクは嫌いじゃないよぉ、面白いよねぇ~、あの2人って凄く変わってて、見てて飽きない感じぃ~~?」

エリファスお兄様は意外なことに賛成派。

「腕が確かなのが唯一の長所、僕が評価している点だ。 でなければ耐えられない、あの絡みには好き好んで耐えたくはない。」

アルヴェインお兄様は疑う余地もなく否定派、しかもかなり忌避気味だ。

 ーーまぁっ珍しい?! アルヴェインお兄様が降参宣言されてしまったわ!! お兄様が音を上げる精神攻撃ができるだなんて、カーくん&ポーちゃんは本物の遣り手ね!!!ーー

通路の角を曲がり、食堂の扉を正面に捉える。
順調に進めている、これならば時間に遅れること無く食堂に辿り着けそうだ。

「お兄様たちは賛否に分かれてしまいましたが、私とメイヴィスお姉様は1も2もなく賛成派ですから♪ それにとっても貴重な体験を致しましたわ! 愛称で呼ばれたり、愛称を考えたり、膝抱っこをしていただいたり、目の前でお2人の縫製の腕前を様々と見せて頂けましたし、とっても有意義な時間でした♡」

「惚れ惚れするほど見事な職人業でしたよねぇ~!! 見ているだけで楽しかったですっ♪ 本当に貴重な体験でした!!」

私の言葉に全く同意!と言わんばかりにうんうんと頷きながらうっとりと感想を漏らす。
一拍遅れて、私の放った言葉の中に引っかかる箇所を見つけたアルヴェインお兄様がすっと表情を消して冷やりと冷気を感じる瞳で問うてきた。

「は? 膝抱っこ…? 誰にだ、まさか、兄君の方にではないよな…?!」

それに続いてエリファスお兄様も気になったことを問いかけてきた。

「愛称って…ライラってば、2人と友だちになったのぉ? 因みに、ライラは2人からなんて呼ばれたのかなぁ~?」

「えぇーと、膝抱っこは結局カスティオール様にだけしていただきました。 あと愛称は、何故そうなったかの理由はお2人の頭の中にしか存在しませんが、親しみを目一杯込めて赤ちゃんベベと呼んでくださいました!」

「はぁっ?」
「えぇ…?」

 ーーおっっっとぉっ?! 氷の悪魔再臨っ?! 空気が一気に剣呑になってしまったぁ?!? けど、そんな要素、今の言葉の中にあったかしら???ーー

お兄様がたが変容した氷の悪魔が醸し出す絶対零度の冷気が、決して狭くない通路全体の温度をマイナスにまで下げ落としてしまった。
アルヴェインお兄様とエリファスお兄様の目がかなりマジな殺意を宿していそうで、怖くて直視できない。

ガチガチと震えながら、一刻も早くこの極寒の環境から逃れたい一心で悴んで動きの鈍い足をはやらせる。

 ーー後もう少し! もう目の前まで食堂の扉が迫っている!! 後数歩の距離、この距離を埋めれば生還できる……はずっ?!?ーー

3,2,1…、ゴーーーーールッ!!

センサー的なものに感知される位置までたどり着き、自動で開かれる扉を喜びとともにくぐり抜けた先にはーーー。

背後にどす黒い瘴気渦巻く混沌を背負いながら、地獄の底から響く獣の唸り声のような溜息を怨嗟の言葉とともに長々と吐き出し続けるこの屋敷の主、コーネリアス・デ・ラ・フォコンペレーラ公爵が今朝と変わらぬ定位置、食卓中央に座していた。

 ーーおかしいな、扉のを潜った先には、大魔王がいた。ーー

前門の虎、後門の狼。
つまりは八方塞がり。
果たして無事に夕食を終えて部屋に帰り着くにはどうしたら良いか、このあと幼女の可動領域狭小な頭脳をフル稼働して考える。
そしてこうも考えた、後何回こうやって頭をフル回転させて進退を見極める場面が第2の人生には付き纏ってくるのか、と。
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