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●本編●
47.クーチュリエ、クーチュリェール、来襲。③
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1度始まると、興が乗った思い出話は後から後から、芋づる式に際限なく続いてしまうもので…。
かれこれ20分ほど、話は途切れること無くテンポよく続いていて、コロコロと思い出の場面を変えながら終着点を定めないままこれからも延々続いていきそうだ。
ーーもうすぐ18時かぁ、そろそろメリッサが来るかしら? 夕食は20時だからまだまだ時間はあるけれど、頼んでおいた例のものの捜索状況がどうなったか聞きたいところだわ。ーー
メリッサを召喚できる魔導具の呼び鈴はスカートのポケットの中にある、それを取るためにはカスティオール様の腕を掻い潜るか腕を解いてもらうしか方法は無い。
後者はまだ選びたくないので、前者を試みることに決めた。
お2人の話の邪魔をしないように、ソロソロとした動きで作戦を密かに実行していると、秒でバレた。
「悪戯っ子♪ コソコソ動いても、僕にはお見通しだよぉっ☆ どうしたの、じっと座ってるのに飽きちゃったぁ? 僕の膝の上に飽きたなら、ポーリーの膝の上に移動するぅ~?」
「それが良いわ! どうぞいらっしゃい、べべ♪ 遠慮は無用よぉっ!! 早く早くぅ~~!!」
ーーとぉっっっても、魅力しか無いお誘いだけれど! 断腸の思いだけれどもぉっ!! それより何より、宅の可愛いサイボーグ侍女を呼ぶことを優先しなければ!!!ーー
誘惑を振り払うためにそう心に強く思った、その事も、噂をすれば現象を引き起こす要因に該当したのだろうか?
コンココン。
ーーこのノックの仕方、もしやメリッサ?! でも待って、今日何回か部屋を訪れたはずだけど、ノックなんてせずに入って来てなかったかしら?ーー
チラリと疑問に思うも、直ぐにまあいいかと気を取り直して半信半疑で扉の外に呼びかける。
「メリッサなの?」
「! はい、左様でございます。 受け渡しが終わられた頃合いかと思い、お茶の用意を持って参りましたが、いかが致しましょうか。」
「勿論いただくわ、入ってちょうだい!」
ーー流石仕事のデキるサイボーグ侍女! 今日は1回、恐怖にかられすぎてその能力を疑ってしまったけど、挽回ぶりが半端ない!! やっぱりうちのメリッサはすんごくできる子、サトリな子!!!ーー
了承の返事を聞いて直ぐに扉は音もなく開かれたようで、出入り口から室内へと至る通路から有能過ぎるサイボーグ+サトリな侍女が足音もさせずにワゴンを押してしずしずと入室してきた。
お腹の虫が咆哮を上げそうな、なんとも甘く芳しい、良すぎる匂いにつられて、自然とワゴンの上に視線が吸い寄せられた。
見遣った先にはおやつの時とは違う、しかしこちらもしこたま美味そうなお菓子が載っている、最高かっ?!
溢れんばかりの喜びに、瞳をキラッキラ☆と煌めかせてワゴンの上をガン見する私に向かって、辛辣過ぎる侍女は私の現在のポジショニングを見て一瞬の絶句、からのーー
「椅子は人数分準備しております、なので疾く、ご自分だけで何処でもかまいませんのでおかけ直し下さい。 でなければお嬢様にはティーカップは準備いたしません。」
「?!」
ーーサラリと限りなくスーパードライ&クールな平常通りの声音で静かーに脅された…?! 主人を脅す侍女って、ありなの?? ホントもうっ、メリッサっったら!! そんなところも大好きって思えて限りなく推せるからやっぱり限りなく好こ♡ーー
性懲りもなくしょうもない事を考えていると、サトリ侍女が冷ややかな視線で『さっさとしろ』と言わんばかりに脅しつけてきた、えらいこっちゃ!!
慌てふためいて、カスティオール様の膝の上から下ろしてもらおうと身体を懸命に捩るが…、腕が解かれる気配がない。
うんともすんとも、動いてくれる気配がない。
こんな近くから美しすぎるご尊顔を直視したらとんでもない大事故必至なので、超集中して顎の先にだけ視線を固定しておずおずと見上げた。
「カスティオール様…? あの、申し訳ないのですが、腕を解いて頂けませんでしょうか?」
ーーアカン、顎のラインすらもうなんか美すぃいっ!! てかヤヴァイ、肌ツルッツル!! 良い匂いだし、肌白いし、毛穴が見えないし、やっぱりなんか良い匂いだし、いろいろヤヴァイ要素しか無い尊みが過ぎて眼福致死!!!ーー
私の邪な考えには一切気付かず、優しく微笑んで覗き込むように見返してくださる。
ヘテロクロミアの瞳が妖しく煌めいた。
まるで何か面白い悪戯を思いついたような、無邪気な光が宿った瞬間を目撃してしまったような、胸騒ぎを起こさせるある種身の危険を感じる類の煌めきだった。
「まだ駄目♡ ベベもさぁ、僕のこと、愛称で呼んでよぉ~! 手前共だけベベって呼んでたら、寂しいからさぁ~!! ねっ?! 良いでしょう~?? そうしたらす~ぐに解放してあ・げ・るぅ~~♡♡」
「えぇ…と……?」
ーーそうきましたかぁ…!? こういう人をコミュ力おばけって云うのよね、きっと。 ぐぐぐいぃ~~~っ、と距離を詰められ続けているけど、やっぱりどう考えても嫌いじゃないっっ、大好きだぁ~~~っ!!!ーー
しかしここで問題が。
ーー愛称って…どうやってつけるものなの? なにか法則があるのだろうか??ーー
お忘れかもしれないが、私は前世+今生の計19年間、ボッチ。
思い出せる限りの記憶を振り絞って、目を皿にして振り返るまでもなく、ボッチ。
そんな私に、人様への愛称の付け方、その法則、禁止事項、注意事項等などわかりようもなければ欠片も知りようがないのだ。
ーーだって親みを込めて呼びかけて良いと言ってくれる人物がいなかったのだから、愛称のつけ方なんて考える必要性がなかったもの、当たり前よねぇ。ーー
難易度:鬼なミッションを唐突に課せられ、開いた口は塞がらないまま途方に暮れるしか無い。
「ねぇ~! 勿論私めの愛称も考えてねぇっ♪ 難しく考えず、心にパッと閃いたので良いからねぇ~、私たちが赤ちゃんって決めたみたいに!! 顔を見て、一番最初に思い浮かんだ言葉で、ねぇ♡」
便乗して愛称をねだる言葉の主の姿を発せられた声を辿って探すと、先程までメイヴィスお姉様の横に腰掛けていたポルクスィーヌ様は追加で用意されていた椅子へといつの間にか移動を完了していた、しかも既に紅茶を飲んでお菓子も頬張っている最中だった。
今現在ポルクスィーヌ様が座っていらっしゃる位置は、私から見てテーブルを挟んだ右側に腰掛けていらっしゃるので、カスティオール様の膝に抱かれた状態のまま魂が抜けたような呆けた表情でいる私をバッチリ正面から見てしまわれたことだろう、お目汚しで申し訳ない限りだ。
だからこそ、きっと他の人よりも真剣に事を重く捉えすぎている私の心境を、この間抜けな表情からも敏感に察知して気分を軽くするために軽い調子で補足の言葉をくださったのだろう。
ーーお2人の顔を見て、最初に思い浮かんだ言葉…、心にパッと閃いた、もの…?ーー
改めてまじまじと、邪念を一切介在させずにお2人を見る。
そしてアドバイスの通り、パッと頭に閃いた言葉をそのまま言葉にして外に出す。
カスティオール様を見上げて。
「カーくん。」
ポルクスィーヌ様を見つめて。
「ポーちゃん。」
それからハッと我に返って、自己嫌悪。
ーーいや、安直過ぎて、センス皆無過ぎでしょうっ??! もういっそ、埋まりたいぃ~~~っ!!?ーー
自分のネーミングセンスの無さに懊悩しすぎて心が死にそうだった。
それになにより、この沈黙が辛い。
私ったら時を止める魔法でも無意識に使ったかしら?と自意識過剰にも錯覚して現実逃避してしまいそうになる。
でもそんな事実はなく現実は甘くないと、こちらの発言は右から左に聞き流してテキパキとお茶の準備をこなす侍女が忙しなく動きまくっていることで理解し、それと同時に嫌というほど通常通り時間が流れ続けている現実の残酷さを突きつけれられ、その揺るぎない事実で殴りつけられた気分になる。
詰まる所、黒歴史更新確定だ。
と、勝手に絶望する一歩手前で。
「「とっても嬉しい~~~っ!!」」
「とっても良いね!! 簡潔でわかり易い、素敵な愛称をどうもありがとうべべ!!」
「まさにその通りだわぁっ!! 誰が聞いたって、私めたちのことだって直ぐにわかるもの♪ ベベ、一生懸命に考えてくれて本当にありがとう!!」
ペッカーーーーーッ☆☆☆
ーーうぅっ、眩しいっっ!! お2人の顔面が太陽かってくらい発光して直視不能な光量をこれでもかと浴びせてくるぅ~~っ!! 溶ける、いや、蒸発するっ、このままだと、塵も残さず私のちっぽけな存在なんて一瞬で消え失せてしまえるわぁ~~、不都合は全く無いけれど未練はたらったらにあるからまずもって成仏は出来ずに地縛霊になること請け合いねぇっ!! ちょっとやだ、それって…もしや私にとって最高なのでは?!!ーー
強い光を直視して目が眩んだ姿勢のまま、地縛霊になることへのメリットとデメリットを真剣に考え始めてしまった脳内はすこぶる調子良く回転しまくっている。
やっぱり美形の顔面には思考を円滑に循環させる効果があるのだと思う。
思考の海に頭からつま先まで、全身をどっぷりつかりきった私は気付かなかった。
約束通りにカスティオール様が腕を解き、丁寧かつ慎重に私をソファーの座面におろして座らせてくださったこと、そして『膝抱っこ:バックアタックver.』の幸せタイムが余韻も残さず終わりを迎えてしまったその事実を、後になって地団駄せんばかりに悔しがることになるのだと、この時は全く気づけなかったのだ。
よしっ、心は決まった、地縛霊では自由に闊歩できないからなるなら浮遊霊一択ね!!
そんなどうでもいい結論に至り、思考の海から緊急浮上して、やらかしてしまったことに気づき現状を急いで把握しようとする。
ーー取り敢えず、今現在の時刻は?!ーー
チラリと時計に目をはしらせる。
ーー18時30分、良かった、そんなに時間は経ってなかったわ! ホント、気をつけたいのに、一向に改善できないわね、これはもう…ある種の癖と捉えるべきかしら……?ーー
『癖』と頭に浮かんだ言葉で、右隣に座す人物に自然と視線が動いてしまう。
動かした視線の先では、メイヴィスお姉様がちびちびと紅茶を啜っていた。
その目はしっっっかりと目の前に置かれたお菓子に釘つけられているのに、一向に手を付ける気配がない。
ーーどうしたのかしら? まさか、体調が悪くなられたのかしら…?!ーー
「メイヴィスお姉様、お菓子は召し上がらないのですか? ご体調が悪いとか…もしかして、そのお菓子がお嫌いでしたでしょうか? それなら今直ぐメリッサに言ってーー」
「違いますぅっ!! そんなことっあるはずございませんっ!! 公爵家のお菓子が口に合わないなんて、そんな贅沢発言、万死に値しますからぁ~~~っ!!!」
「そんな物騒なことには、当てはまら無いのでは…?」
ーーあらあら、まぁまぁっ! 仔犬さんがプルプル震えてっ、ビクついておられますわぁっ!! 可愛い可愛いっ、最高か?!!ーー
ブンブンと勢いよく首を振り回して全力否定される。
その様が本当に、可愛らしいっ♡
落ち着かせるように無難な言葉をかけつつ、お姉様の反応を悉に観察してしまう。
ーーしかし、嫌いでないなら何で手を付けないのだろう?ーー
今回のお菓子は菓子パン、クイニーアマンの少し通常より小さいver.だ。
夕食の前なので、ボリュームを落としつつ食べごたえのあるもの、と甘さが後を引くケーキではなく菓子パンになったのだろう。
カリッとした外側の生地をしっかり顎を動かして咀嚼した後に、ふわっと柔らかい内側の生地が口の中で溶けるように柔らかで、疲れた顎に優しい。
そしてコーティングしてあるカラメルが優しい甘さを口中に残していく、幸せ♡
まだ一口も食べていないのに、以前食べた記憶が鮮明に蘇り、思い出だけで一瞬で幸せになってしまった。
また性懲りもなくトリップしていた。
しまった!と我に返ってから、お姉様が何故手を付けたがらないのか今度は意識がブレないように集中して考える。
カトラリーは今回は準備されていない、手づかみしても差し支えないようにキレイな包み紙に1つづつ包まれているからだ。
手掴みに抵抗があるのだろうか?
それとも食べこぼさないかが心配なのか?
ナプキンはあるから、口元が汚れても大丈夫なはずだし…、原因は何かしら??
ーー取り敢えず、念のためカトラリーを準備してもらおうか、……あら、メリッサは?ーー
そこで初めて、有能な侍女の姿が消えていることに気づいた。
ーーホント、ステルス行動が上手すぎるのも困りものだわ! 気づいたら居ないとか、うっかりいると思って呼びかけてしまったらどうしたら良いのっ?! 黒歴史更新確定だ、って…これも誕生日の日に思ったわね。ーー
本当に部屋に居ないのか確かめるために、ソファーから滑り降りて扉のある通路の奥を確認しようと目的を持って歩き出す。
ーーメリッサ~、メリッサはおらんかねぇ~~? 宅の可愛いサイボーグでサトリな仕事のデキる侍女のメリッサは、ど~~こだぁ~~っ??ーー
言葉の終わりと同時に勢いよく通路を覗き込む、が、薄暗い通路の先をよくよく確認しても、探し求める人物の影も形もない見当たらなかった。
薄暗い通路の先を探るのは止めて、くるりと通路に背を向ける。
怖いからとかじゃない、決して薄暗い通路がなにか出そうで怖いとか、思ってないんだからね!!
ーーとなると、部屋の外に行ってしまったのかかしら? 仕方ない、ここはヒミツ兵器の出番ね!!ーー
先程は未遂に終り、ポケットinしたままになっている呼び鈴を今こそ使うときが来た!と意気揚々と鼻歌交じりにポケットに手を入れ、その取っ手部に指先が触れるか…というところでーー
「何をなさっておいでなのですか、お嬢様。 大人しくおかけになってお待ち下さい。 新しいティーカップを持ってまいりましたので、すぐにご準備いたしますから。」
ーー………心臓が止まりましたけど?ーー
不意に背後から声をかけられるとか、相手が面識のある人物でも普通にびっくりする。
気配を殺して行動しないでほしい、心臓に悪すぎるからたまにはドジっ子並みにけたたましい音を立てて欲しいものだ。
ーーそれにしても、私の前にお茶が用意されなかったのは新手のいじめではなかったのね。 完全無視とか、何か新しい攻め方を試されているのかとヒヤッヒヤしたけれど、まぁメリッサならしょうがないか、と半ば受け入れ態勢だったのだけれど、理由があって一安心!!ーー
ポケットに突っ込んでいた手を静かに抜く。
ーー私、呼び鈴に触れたかしら? もしやっ、心に思うだけでもメリッサを呼び出せる代物だったのだろうか?!ーー
「そのような機能はございません。 なので決して、変なことを試そうとなさらないでくださいね。 それと、今朝申し付かった物もお持ちいたしました。 今ここでお渡ししても宜しいでしょうか?」
サックリと簡潔に否定された。
ーー何も声に出していないはずなのに、何で心の中がツルッとそのままここまで見事に筒抜けてしまうのかしら? というか、待ってました!!な嬉しいお知らせ、キターーーーーッッッ!!!ーー
「!! 勿論よ、ここで受け取るわ!! 持ってきてくれてありがとう、メリッサ!!」
「いえ、仕事ですから。 使い方の説明も今聞かれますか?」
「えぇ、お願い!!」
淡々としていながらも、懇切丁寧にわかり易く説明してくれた。
なんのかんの言って、メリッサも面倒見が良い人物なのだ。
こういう時、伊達に長く私の乳母を努めていないと実感する、私の理解できる言葉を選んで話してくれるからだ。
実演を交えながらの一通りの説明を聞き終えた時、紅茶とお菓子を楽しいんでいるソファーの一角からドッと歓喜の咆哮がわき起こった。
「「可ん愛~~~いっ♡♡」」
「嘘でしょぉっ!? この仕草、可愛い子ちゃんに似合いすぎて、可愛い以外にありえないわよねぇ、カーティー?!」
「本当にね、ポーリー!! 可愛い以外の何ものでもないよぉっ!!! 凄いね、手前共の可愛い子ちゃんはやっぱり、最高だねぇ~~♪」
「うぅ~~、恥ずかしいので、あまり…じっくりと、そんなまじまじ見ないで下さいぃ~~っ!!」
お2人からそれぞれの率直な感想によるところの賛辞を一身に受けてタジタジになり、顔を真赤にしながらも決してお菓子を食べることをやめないメイヴィスお姉様が可愛い、そしてその食べる姿はもっっっっと可愛いぃ~~~~っ!!!
どうやら遂に甘~~い誘惑に抗いきれず、お菓子に手を伸ばしたらしい。
何故食べるのをあそこまで渋っていたかがその姿で一目瞭然だ。
ーー手に直接持って食べる姿勢は、まさかのリスぅ~~?! ちょっ…、まっ……、それは反則過ぎるぅ~~~っっ!!!ーー
ドサッ。
膝から力が抜けて、本日2度目、五等客室の絨毯が敷かれた床に力なく倒れ伏す。
ピクピクと身体を小刻みに震わせて、何度も襲いくる可愛いの波状攻撃にただただこの身を苛まれ、その尊さに悶え苦しむ。
そんな私に隣りに佇むサイボーグ侍女が一言。
「はしたのうございます、即刻お立ち下さいまし、お嬢様。」
限りなく冷静な声音で誰よりも早く、私を正気に戻す言葉を紡いだのだった。
想定外だったわ、カトラリーを使わなくても、食事に関する行為全般が、お姉様にとっての鬼門だったなんて…!
ーーあの可愛らしい姿、永久保存決定ね!!ーー
今回も収穫量が半端ない、ホックホクとひとりほくそ笑んでいると、隣に座るメイヴィスお姉様が魂まで吐き出さんばかりに長々しい溜息を力なく半開いた口元から押し出していた。
「お姉様、そんなに気になさらないで? 私も、カ、カーくんとポーちゃんも、全っ然気にしておりませんわ! 寧ろ可愛らしいとしか思いえませんでしたとも!! 愛らしすぎて、目が離せなかったほどですとも!!!」
「ライリエル様、スミマセン、今は…。 何も言わず、そっとしておいて、くださいませ……。」
ーーも、燃え尽きていらっしゃる?!ーー
愛称呼びに尻込んで少しどもってしまったけれど、そんな些細なことが吹っ飛ぶくらい、メイヴィスお姉様が憔悴しきっていた。
憧憬すら覚える美麗過ぎる人物達に自分のコンプレックスである失態を見られてしまったのだ、心の傷はパックリ口を開いた出来立てホヤホヤすぎて、素人には手の施しようがない。
下手に縫い合わせてしまったなら、余計に抉れて歪な傷痕になり、引き攣れる痛みがこれからずっと続くトラウマの元になりかねない。
ーーこんなとき、どうすれば良いのだろう? お友達を慰められる気の利いた言葉すら出てこないなんて…。ーー
あんなに力なく断られてしまってはこれ以上言葉をかけられない、無力過ぎる自分に自己嫌悪に陥りそうだった私の耳に、陽キャ丸出しな明るい言葉たちが無遠慮に侵入してきた。
「「気にしないで良いんだよ!!」」
「可愛子ちゃん、顔を上げて? 貴女のその食への貪欲さを感じさせる前のめりな姿勢、嫌いじゃないわ!!」
「そうとも、ポーリーの言った通りさ! 生存競争に負けじと抗うかの如く、獲物を死守せんとするその姿勢、悪くないよね!!」
流石陽の塊、言葉まで発光しているかのように神々しい。
陰の気配がまるでない、溢れる陽のパワーで届けられた言葉は側で聞いているだけの私の心もホワっと温めて軽くしてしまった。
「「それにさぁ!!」」
「その姿勢が気になるのぉ? だったら、矯正用のコルセットでも造りましょうか?? 簡単なものなら、直ぐに出来ちゃうし、今ここでちゃちゃっとやっちゃえるけど、どうするぅ?」
「気にし過ぎ、と言いたいところだけど、可愛子ちゃんは学園に行くんだよねぇ? なら早めに矯正し始めたほうが良いかもねぇ~! その可愛らしさをわからない無粋な人種が多くいる場所だからねぇ!! 勿体ないけど、自衛のためにも矯正用のコルセットはいい考えだよね、凄く♪」
お2人の願ってもない提案に、本人が何か言葉を発する前に空気を奪うように声を張り上げて全面的に肯定的な発言をする。
「まぁっ! 素晴らしいわ!! 是非お願い致します、今直ぐに出来てしまうのですかぁっ?!! 凄いですっ、それなら良いことを思いつきました! ねぇメリッサ、今日の夕食、お姉様もご一緒してもらいたいのだけれど、大丈夫そうかしら??!」
ついでに荒療治だけれど実践あるのみ、と矯正用コルセットの性能も確認できる夕食への同席が可能か期待を大にして有能な侍女に問いかける。
「おそらく、問題ないかと。 1度奥様に確認してまいりますので、お待ち下さいませ。」
「えぇ、お願いねっ!!」
満面の笑みで侍女を送り出し、いそいそと制作の準備を進めるお2人と、トントン拍子に進む事態の進行の速さについていけず、放心状態のメイヴィスお姉様を振り返る。
ーーメイヴィスお姉様が正気を取りもどす前に、話しを全部まとめてしまいましょうっと♪ーー
制作に取りかかるお2人に歩み寄り、細かい要望を伝えるため頭の中でお姉様の姿勢で改善したい要点をまとめて、どのように伝えようかワクワクしながら考えるのだった。
かれこれ20分ほど、話は途切れること無くテンポよく続いていて、コロコロと思い出の場面を変えながら終着点を定めないままこれからも延々続いていきそうだ。
ーーもうすぐ18時かぁ、そろそろメリッサが来るかしら? 夕食は20時だからまだまだ時間はあるけれど、頼んでおいた例のものの捜索状況がどうなったか聞きたいところだわ。ーー
メリッサを召喚できる魔導具の呼び鈴はスカートのポケットの中にある、それを取るためにはカスティオール様の腕を掻い潜るか腕を解いてもらうしか方法は無い。
後者はまだ選びたくないので、前者を試みることに決めた。
お2人の話の邪魔をしないように、ソロソロとした動きで作戦を密かに実行していると、秒でバレた。
「悪戯っ子♪ コソコソ動いても、僕にはお見通しだよぉっ☆ どうしたの、じっと座ってるのに飽きちゃったぁ? 僕の膝の上に飽きたなら、ポーリーの膝の上に移動するぅ~?」
「それが良いわ! どうぞいらっしゃい、べべ♪ 遠慮は無用よぉっ!! 早く早くぅ~~!!」
ーーとぉっっっても、魅力しか無いお誘いだけれど! 断腸の思いだけれどもぉっ!! それより何より、宅の可愛いサイボーグ侍女を呼ぶことを優先しなければ!!!ーー
誘惑を振り払うためにそう心に強く思った、その事も、噂をすれば現象を引き起こす要因に該当したのだろうか?
コンココン。
ーーこのノックの仕方、もしやメリッサ?! でも待って、今日何回か部屋を訪れたはずだけど、ノックなんてせずに入って来てなかったかしら?ーー
チラリと疑問に思うも、直ぐにまあいいかと気を取り直して半信半疑で扉の外に呼びかける。
「メリッサなの?」
「! はい、左様でございます。 受け渡しが終わられた頃合いかと思い、お茶の用意を持って参りましたが、いかが致しましょうか。」
「勿論いただくわ、入ってちょうだい!」
ーー流石仕事のデキるサイボーグ侍女! 今日は1回、恐怖にかられすぎてその能力を疑ってしまったけど、挽回ぶりが半端ない!! やっぱりうちのメリッサはすんごくできる子、サトリな子!!!ーー
了承の返事を聞いて直ぐに扉は音もなく開かれたようで、出入り口から室内へと至る通路から有能過ぎるサイボーグ+サトリな侍女が足音もさせずにワゴンを押してしずしずと入室してきた。
お腹の虫が咆哮を上げそうな、なんとも甘く芳しい、良すぎる匂いにつられて、自然とワゴンの上に視線が吸い寄せられた。
見遣った先にはおやつの時とは違う、しかしこちらもしこたま美味そうなお菓子が載っている、最高かっ?!
溢れんばかりの喜びに、瞳をキラッキラ☆と煌めかせてワゴンの上をガン見する私に向かって、辛辣過ぎる侍女は私の現在のポジショニングを見て一瞬の絶句、からのーー
「椅子は人数分準備しております、なので疾く、ご自分だけで何処でもかまいませんのでおかけ直し下さい。 でなければお嬢様にはティーカップは準備いたしません。」
「?!」
ーーサラリと限りなくスーパードライ&クールな平常通りの声音で静かーに脅された…?! 主人を脅す侍女って、ありなの?? ホントもうっ、メリッサっったら!! そんなところも大好きって思えて限りなく推せるからやっぱり限りなく好こ♡ーー
性懲りもなくしょうもない事を考えていると、サトリ侍女が冷ややかな視線で『さっさとしろ』と言わんばかりに脅しつけてきた、えらいこっちゃ!!
慌てふためいて、カスティオール様の膝の上から下ろしてもらおうと身体を懸命に捩るが…、腕が解かれる気配がない。
うんともすんとも、動いてくれる気配がない。
こんな近くから美しすぎるご尊顔を直視したらとんでもない大事故必至なので、超集中して顎の先にだけ視線を固定しておずおずと見上げた。
「カスティオール様…? あの、申し訳ないのですが、腕を解いて頂けませんでしょうか?」
ーーアカン、顎のラインすらもうなんか美すぃいっ!! てかヤヴァイ、肌ツルッツル!! 良い匂いだし、肌白いし、毛穴が見えないし、やっぱりなんか良い匂いだし、いろいろヤヴァイ要素しか無い尊みが過ぎて眼福致死!!!ーー
私の邪な考えには一切気付かず、優しく微笑んで覗き込むように見返してくださる。
ヘテロクロミアの瞳が妖しく煌めいた。
まるで何か面白い悪戯を思いついたような、無邪気な光が宿った瞬間を目撃してしまったような、胸騒ぎを起こさせるある種身の危険を感じる類の煌めきだった。
「まだ駄目♡ ベベもさぁ、僕のこと、愛称で呼んでよぉ~! 手前共だけベベって呼んでたら、寂しいからさぁ~!! ねっ?! 良いでしょう~?? そうしたらす~ぐに解放してあ・げ・るぅ~~♡♡」
「えぇ…と……?」
ーーそうきましたかぁ…!? こういう人をコミュ力おばけって云うのよね、きっと。 ぐぐぐいぃ~~~っ、と距離を詰められ続けているけど、やっぱりどう考えても嫌いじゃないっっ、大好きだぁ~~~っ!!!ーー
しかしここで問題が。
ーー愛称って…どうやってつけるものなの? なにか法則があるのだろうか??ーー
お忘れかもしれないが、私は前世+今生の計19年間、ボッチ。
思い出せる限りの記憶を振り絞って、目を皿にして振り返るまでもなく、ボッチ。
そんな私に、人様への愛称の付け方、その法則、禁止事項、注意事項等などわかりようもなければ欠片も知りようがないのだ。
ーーだって親みを込めて呼びかけて良いと言ってくれる人物がいなかったのだから、愛称のつけ方なんて考える必要性がなかったもの、当たり前よねぇ。ーー
難易度:鬼なミッションを唐突に課せられ、開いた口は塞がらないまま途方に暮れるしか無い。
「ねぇ~! 勿論私めの愛称も考えてねぇっ♪ 難しく考えず、心にパッと閃いたので良いからねぇ~、私たちが赤ちゃんって決めたみたいに!! 顔を見て、一番最初に思い浮かんだ言葉で、ねぇ♡」
便乗して愛称をねだる言葉の主の姿を発せられた声を辿って探すと、先程までメイヴィスお姉様の横に腰掛けていたポルクスィーヌ様は追加で用意されていた椅子へといつの間にか移動を完了していた、しかも既に紅茶を飲んでお菓子も頬張っている最中だった。
今現在ポルクスィーヌ様が座っていらっしゃる位置は、私から見てテーブルを挟んだ右側に腰掛けていらっしゃるので、カスティオール様の膝に抱かれた状態のまま魂が抜けたような呆けた表情でいる私をバッチリ正面から見てしまわれたことだろう、お目汚しで申し訳ない限りだ。
だからこそ、きっと他の人よりも真剣に事を重く捉えすぎている私の心境を、この間抜けな表情からも敏感に察知して気分を軽くするために軽い調子で補足の言葉をくださったのだろう。
ーーお2人の顔を見て、最初に思い浮かんだ言葉…、心にパッと閃いた、もの…?ーー
改めてまじまじと、邪念を一切介在させずにお2人を見る。
そしてアドバイスの通り、パッと頭に閃いた言葉をそのまま言葉にして外に出す。
カスティオール様を見上げて。
「カーくん。」
ポルクスィーヌ様を見つめて。
「ポーちゃん。」
それからハッと我に返って、自己嫌悪。
ーーいや、安直過ぎて、センス皆無過ぎでしょうっ??! もういっそ、埋まりたいぃ~~~っ!!?ーー
自分のネーミングセンスの無さに懊悩しすぎて心が死にそうだった。
それになにより、この沈黙が辛い。
私ったら時を止める魔法でも無意識に使ったかしら?と自意識過剰にも錯覚して現実逃避してしまいそうになる。
でもそんな事実はなく現実は甘くないと、こちらの発言は右から左に聞き流してテキパキとお茶の準備をこなす侍女が忙しなく動きまくっていることで理解し、それと同時に嫌というほど通常通り時間が流れ続けている現実の残酷さを突きつけれられ、その揺るぎない事実で殴りつけられた気分になる。
詰まる所、黒歴史更新確定だ。
と、勝手に絶望する一歩手前で。
「「とっても嬉しい~~~っ!!」」
「とっても良いね!! 簡潔でわかり易い、素敵な愛称をどうもありがとうべべ!!」
「まさにその通りだわぁっ!! 誰が聞いたって、私めたちのことだって直ぐにわかるもの♪ ベベ、一生懸命に考えてくれて本当にありがとう!!」
ペッカーーーーーッ☆☆☆
ーーうぅっ、眩しいっっ!! お2人の顔面が太陽かってくらい発光して直視不能な光量をこれでもかと浴びせてくるぅ~~っ!! 溶ける、いや、蒸発するっ、このままだと、塵も残さず私のちっぽけな存在なんて一瞬で消え失せてしまえるわぁ~~、不都合は全く無いけれど未練はたらったらにあるからまずもって成仏は出来ずに地縛霊になること請け合いねぇっ!! ちょっとやだ、それって…もしや私にとって最高なのでは?!!ーー
強い光を直視して目が眩んだ姿勢のまま、地縛霊になることへのメリットとデメリットを真剣に考え始めてしまった脳内はすこぶる調子良く回転しまくっている。
やっぱり美形の顔面には思考を円滑に循環させる効果があるのだと思う。
思考の海に頭からつま先まで、全身をどっぷりつかりきった私は気付かなかった。
約束通りにカスティオール様が腕を解き、丁寧かつ慎重に私をソファーの座面におろして座らせてくださったこと、そして『膝抱っこ:バックアタックver.』の幸せタイムが余韻も残さず終わりを迎えてしまったその事実を、後になって地団駄せんばかりに悔しがることになるのだと、この時は全く気づけなかったのだ。
よしっ、心は決まった、地縛霊では自由に闊歩できないからなるなら浮遊霊一択ね!!
そんなどうでもいい結論に至り、思考の海から緊急浮上して、やらかしてしまったことに気づき現状を急いで把握しようとする。
ーー取り敢えず、今現在の時刻は?!ーー
チラリと時計に目をはしらせる。
ーー18時30分、良かった、そんなに時間は経ってなかったわ! ホント、気をつけたいのに、一向に改善できないわね、これはもう…ある種の癖と捉えるべきかしら……?ーー
『癖』と頭に浮かんだ言葉で、右隣に座す人物に自然と視線が動いてしまう。
動かした視線の先では、メイヴィスお姉様がちびちびと紅茶を啜っていた。
その目はしっっっかりと目の前に置かれたお菓子に釘つけられているのに、一向に手を付ける気配がない。
ーーどうしたのかしら? まさか、体調が悪くなられたのかしら…?!ーー
「メイヴィスお姉様、お菓子は召し上がらないのですか? ご体調が悪いとか…もしかして、そのお菓子がお嫌いでしたでしょうか? それなら今直ぐメリッサに言ってーー」
「違いますぅっ!! そんなことっあるはずございませんっ!! 公爵家のお菓子が口に合わないなんて、そんな贅沢発言、万死に値しますからぁ~~~っ!!!」
「そんな物騒なことには、当てはまら無いのでは…?」
ーーあらあら、まぁまぁっ! 仔犬さんがプルプル震えてっ、ビクついておられますわぁっ!! 可愛い可愛いっ、最高か?!!ーー
ブンブンと勢いよく首を振り回して全力否定される。
その様が本当に、可愛らしいっ♡
落ち着かせるように無難な言葉をかけつつ、お姉様の反応を悉に観察してしまう。
ーーしかし、嫌いでないなら何で手を付けないのだろう?ーー
今回のお菓子は菓子パン、クイニーアマンの少し通常より小さいver.だ。
夕食の前なので、ボリュームを落としつつ食べごたえのあるもの、と甘さが後を引くケーキではなく菓子パンになったのだろう。
カリッとした外側の生地をしっかり顎を動かして咀嚼した後に、ふわっと柔らかい内側の生地が口の中で溶けるように柔らかで、疲れた顎に優しい。
そしてコーティングしてあるカラメルが優しい甘さを口中に残していく、幸せ♡
まだ一口も食べていないのに、以前食べた記憶が鮮明に蘇り、思い出だけで一瞬で幸せになってしまった。
また性懲りもなくトリップしていた。
しまった!と我に返ってから、お姉様が何故手を付けたがらないのか今度は意識がブレないように集中して考える。
カトラリーは今回は準備されていない、手づかみしても差し支えないようにキレイな包み紙に1つづつ包まれているからだ。
手掴みに抵抗があるのだろうか?
それとも食べこぼさないかが心配なのか?
ナプキンはあるから、口元が汚れても大丈夫なはずだし…、原因は何かしら??
ーー取り敢えず、念のためカトラリーを準備してもらおうか、……あら、メリッサは?ーー
そこで初めて、有能な侍女の姿が消えていることに気づいた。
ーーホント、ステルス行動が上手すぎるのも困りものだわ! 気づいたら居ないとか、うっかりいると思って呼びかけてしまったらどうしたら良いのっ?! 黒歴史更新確定だ、って…これも誕生日の日に思ったわね。ーー
本当に部屋に居ないのか確かめるために、ソファーから滑り降りて扉のある通路の奥を確認しようと目的を持って歩き出す。
ーーメリッサ~、メリッサはおらんかねぇ~~? 宅の可愛いサイボーグでサトリな仕事のデキる侍女のメリッサは、ど~~こだぁ~~っ??ーー
言葉の終わりと同時に勢いよく通路を覗き込む、が、薄暗い通路の先をよくよく確認しても、探し求める人物の影も形もない見当たらなかった。
薄暗い通路の先を探るのは止めて、くるりと通路に背を向ける。
怖いからとかじゃない、決して薄暗い通路がなにか出そうで怖いとか、思ってないんだからね!!
ーーとなると、部屋の外に行ってしまったのかかしら? 仕方ない、ここはヒミツ兵器の出番ね!!ーー
先程は未遂に終り、ポケットinしたままになっている呼び鈴を今こそ使うときが来た!と意気揚々と鼻歌交じりにポケットに手を入れ、その取っ手部に指先が触れるか…というところでーー
「何をなさっておいでなのですか、お嬢様。 大人しくおかけになってお待ち下さい。 新しいティーカップを持ってまいりましたので、すぐにご準備いたしますから。」
ーー………心臓が止まりましたけど?ーー
不意に背後から声をかけられるとか、相手が面識のある人物でも普通にびっくりする。
気配を殺して行動しないでほしい、心臓に悪すぎるからたまにはドジっ子並みにけたたましい音を立てて欲しいものだ。
ーーそれにしても、私の前にお茶が用意されなかったのは新手のいじめではなかったのね。 完全無視とか、何か新しい攻め方を試されているのかとヒヤッヒヤしたけれど、まぁメリッサならしょうがないか、と半ば受け入れ態勢だったのだけれど、理由があって一安心!!ーー
ポケットに突っ込んでいた手を静かに抜く。
ーー私、呼び鈴に触れたかしら? もしやっ、心に思うだけでもメリッサを呼び出せる代物だったのだろうか?!ーー
「そのような機能はございません。 なので決して、変なことを試そうとなさらないでくださいね。 それと、今朝申し付かった物もお持ちいたしました。 今ここでお渡ししても宜しいでしょうか?」
サックリと簡潔に否定された。
ーー何も声に出していないはずなのに、何で心の中がツルッとそのままここまで見事に筒抜けてしまうのかしら? というか、待ってました!!な嬉しいお知らせ、キターーーーーッッッ!!!ーー
「!! 勿論よ、ここで受け取るわ!! 持ってきてくれてありがとう、メリッサ!!」
「いえ、仕事ですから。 使い方の説明も今聞かれますか?」
「えぇ、お願い!!」
淡々としていながらも、懇切丁寧にわかり易く説明してくれた。
なんのかんの言って、メリッサも面倒見が良い人物なのだ。
こういう時、伊達に長く私の乳母を努めていないと実感する、私の理解できる言葉を選んで話してくれるからだ。
実演を交えながらの一通りの説明を聞き終えた時、紅茶とお菓子を楽しいんでいるソファーの一角からドッと歓喜の咆哮がわき起こった。
「「可ん愛~~~いっ♡♡」」
「嘘でしょぉっ!? この仕草、可愛い子ちゃんに似合いすぎて、可愛い以外にありえないわよねぇ、カーティー?!」
「本当にね、ポーリー!! 可愛い以外の何ものでもないよぉっ!!! 凄いね、手前共の可愛い子ちゃんはやっぱり、最高だねぇ~~♪」
「うぅ~~、恥ずかしいので、あまり…じっくりと、そんなまじまじ見ないで下さいぃ~~っ!!」
お2人からそれぞれの率直な感想によるところの賛辞を一身に受けてタジタジになり、顔を真赤にしながらも決してお菓子を食べることをやめないメイヴィスお姉様が可愛い、そしてその食べる姿はもっっっっと可愛いぃ~~~~っ!!!
どうやら遂に甘~~い誘惑に抗いきれず、お菓子に手を伸ばしたらしい。
何故食べるのをあそこまで渋っていたかがその姿で一目瞭然だ。
ーー手に直接持って食べる姿勢は、まさかのリスぅ~~?! ちょっ…、まっ……、それは反則過ぎるぅ~~~っっ!!!ーー
ドサッ。
膝から力が抜けて、本日2度目、五等客室の絨毯が敷かれた床に力なく倒れ伏す。
ピクピクと身体を小刻みに震わせて、何度も襲いくる可愛いの波状攻撃にただただこの身を苛まれ、その尊さに悶え苦しむ。
そんな私に隣りに佇むサイボーグ侍女が一言。
「はしたのうございます、即刻お立ち下さいまし、お嬢様。」
限りなく冷静な声音で誰よりも早く、私を正気に戻す言葉を紡いだのだった。
想定外だったわ、カトラリーを使わなくても、食事に関する行為全般が、お姉様にとっての鬼門だったなんて…!
ーーあの可愛らしい姿、永久保存決定ね!!ーー
今回も収穫量が半端ない、ホックホクとひとりほくそ笑んでいると、隣に座るメイヴィスお姉様が魂まで吐き出さんばかりに長々しい溜息を力なく半開いた口元から押し出していた。
「お姉様、そんなに気になさらないで? 私も、カ、カーくんとポーちゃんも、全っ然気にしておりませんわ! 寧ろ可愛らしいとしか思いえませんでしたとも!! 愛らしすぎて、目が離せなかったほどですとも!!!」
「ライリエル様、スミマセン、今は…。 何も言わず、そっとしておいて、くださいませ……。」
ーーも、燃え尽きていらっしゃる?!ーー
愛称呼びに尻込んで少しどもってしまったけれど、そんな些細なことが吹っ飛ぶくらい、メイヴィスお姉様が憔悴しきっていた。
憧憬すら覚える美麗過ぎる人物達に自分のコンプレックスである失態を見られてしまったのだ、心の傷はパックリ口を開いた出来立てホヤホヤすぎて、素人には手の施しようがない。
下手に縫い合わせてしまったなら、余計に抉れて歪な傷痕になり、引き攣れる痛みがこれからずっと続くトラウマの元になりかねない。
ーーこんなとき、どうすれば良いのだろう? お友達を慰められる気の利いた言葉すら出てこないなんて…。ーー
あんなに力なく断られてしまってはこれ以上言葉をかけられない、無力過ぎる自分に自己嫌悪に陥りそうだった私の耳に、陽キャ丸出しな明るい言葉たちが無遠慮に侵入してきた。
「「気にしないで良いんだよ!!」」
「可愛子ちゃん、顔を上げて? 貴女のその食への貪欲さを感じさせる前のめりな姿勢、嫌いじゃないわ!!」
「そうとも、ポーリーの言った通りさ! 生存競争に負けじと抗うかの如く、獲物を死守せんとするその姿勢、悪くないよね!!」
流石陽の塊、言葉まで発光しているかのように神々しい。
陰の気配がまるでない、溢れる陽のパワーで届けられた言葉は側で聞いているだけの私の心もホワっと温めて軽くしてしまった。
「「それにさぁ!!」」
「その姿勢が気になるのぉ? だったら、矯正用のコルセットでも造りましょうか?? 簡単なものなら、直ぐに出来ちゃうし、今ここでちゃちゃっとやっちゃえるけど、どうするぅ?」
「気にし過ぎ、と言いたいところだけど、可愛子ちゃんは学園に行くんだよねぇ? なら早めに矯正し始めたほうが良いかもねぇ~! その可愛らしさをわからない無粋な人種が多くいる場所だからねぇ!! 勿体ないけど、自衛のためにも矯正用のコルセットはいい考えだよね、凄く♪」
お2人の願ってもない提案に、本人が何か言葉を発する前に空気を奪うように声を張り上げて全面的に肯定的な発言をする。
「まぁっ! 素晴らしいわ!! 是非お願い致します、今直ぐに出来てしまうのですかぁっ?!! 凄いですっ、それなら良いことを思いつきました! ねぇメリッサ、今日の夕食、お姉様もご一緒してもらいたいのだけれど、大丈夫そうかしら??!」
ついでに荒療治だけれど実践あるのみ、と矯正用コルセットの性能も確認できる夕食への同席が可能か期待を大にして有能な侍女に問いかける。
「おそらく、問題ないかと。 1度奥様に確認してまいりますので、お待ち下さいませ。」
「えぇ、お願いねっ!!」
満面の笑みで侍女を送り出し、いそいそと制作の準備を進めるお2人と、トントン拍子に進む事態の進行の速さについていけず、放心状態のメイヴィスお姉様を振り返る。
ーーメイヴィスお姉様が正気を取りもどす前に、話しを全部まとめてしまいましょうっと♪ーー
制作に取りかかるお2人に歩み寄り、細かい要望を伝えるため頭の中でお姉様の姿勢で改善したい要点をまとめて、どのように伝えようかワクワクしながら考えるのだった。
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