上 下
67 / 68
第一章

級友の放浪: 賊制圧①

しおりを挟む
 賊の根城になっている村へ出発する前に、広げた地図を皆で取り囲んで見つめていた。位置関係と周辺の状況を把握するためだ。

「あなたたちの村はここなのね?」
「ああ…」

 相馬は今いる旧アーシア王国北東部分を指差して、そこの村民だという賊の一味に加担していた男たちに念を押すように確認する。
 そこは騎士のフォルガーから地図を譲ってもらった際に難を逃れているかもしれないとして丸印がつけられていた場所で、相馬たちが最初に立ち寄ろうとしていた村だった。やたら同じ賊に遭遇していたのは、知らなかったとは言え、自分たちから根城に近づいていたせいもあったのかもしれなかった。

「この村と近い他の村や町がどうなっているかわかる?」

 村の男は疲れ切った様子で肩を落とし、淡々と語った。

「実際にわしらは見たわけじゃねぇが、南から逃げてきた連中が村に立ち寄っていったときに聞いた話じゃ、主要な都市や王都以南はほとんど壊滅しておって、ここらを含んだ北の小せぇ町や村は無事に済んどる所が多いようなことを言うとった。なもんで、わしらはいつもと変わらん暮らしをしとったんだ。逃げたところで関所を通れんとそこらでスラム暮らしになると聞いとったし、ほとんど自給自足でこれまでもやってきたもんだから、わしらが代々守ってきた故郷をそんな簡単に捨てることなどできんかった。したら逃げてきた連中を食い物にしようと無法者がここら一帯をのさばるようになってしもうて…。他にも逃げてきたんはええが行き場がのうて、食い扶持に困ったあげく賊落ちするようなやつらも増えてきておるようだ。今はもう助けを乞えるような領主様や衛兵もおらんし、他の村もわしらと同じような目に遭っとるかもしれん」

 一同は難しい顔をしてしばし沈黙した。話に同情しているわけではなく、今後の旅に支障が出てきそうなことへの懸念だ。
 騎士たちは実情を知らなかったのか、このような話は一切聞いていなかった。生き残りは他国に逃れた後だという前提で、存続できた小さな村は細々と自分たちだけで生活を続けているのだろう程度の認識しかなかった。そのため行く先々で補給しながらも、身分証もなしにこの集団で他国へどうやって入国するかが最初の難関になると考えていた。

「フォルガーさんたち、こんな状況でどうやって逃げ切ったんだろ…」
「外の仲間の手引きとかがあったんじゃね。でないと詰みだろこんなん。世紀末すぎるわ」

 君島が漠然と抱いた疑問を溢すと、河内が肩を竦めて言い捨てた。

 今後の行動計画を再検討していた相馬が、想定を交えた現況を言葉にして整理する。

「元々のこの国の総人口を知らないけど、千万単位の難民ってあまりにも数が多い気がするのよね。印を付けてもらったこの地図、魔族に攻められていないっていうことの信憑性はあると仮定して、王都より北は大都市以外はほとんど無事ってことになってる。南の端から順に攻めて住民を北へ追いやっていったとすれば…いずれ行き着く先は王都になって、逃れてきた住民は庇護を求めて殺到したはず。魔族の狙いは殲滅よりも、王都や王家をじわじわと追い詰めて混乱か降伏させることだったのかも。その王都も壊滅したとあれば、国を捨てて隣国に渡ろうとするのは当然よね。南から流れに流れて烏合の衆になったんだとしたら、相当な人数になったのも頷ける。国境付近で未だ溢れてるってことは、かなり短期間のうちにこれらの出来事があった可能性が高い」

「…つまり?」

「道中賊が多いのは面倒だけど、どうやって越境するかっていう問題はそんなに難しくなくなったかもしれない。色んな人たちが溢れかえっている今のこの混乱に乗じれば、こっそり紛れて入ることは容易いんじゃないかな。制限がかかってるとは言え難民を受け入れてるのであれば、中に入って誰かに聞かれたとしても、着の身着のままこの国から逃げてきたって返せばそれ以上追及もされないでしょ。まぁ、入国の選別方法がどうなっているかは現地で一応調べる必要はあるけどね」

 皆それを聞いて頷き合っていたが、河内がニヤリと口端を上げて企んだような笑みを浮かべた。

「なるほどな。その紛れるって方法なんだが、ちょっと思いついたことがあって—」

 河内はつらつらと得意気になって、“ぼくのかんがえたさいきょうのけいかく”を述べていく。聞き終える頃には皆顔が引き攣って頭を痛めていた。

「…それ、マジで言ってんの?ばかなの?」
「お前、頭ぶっ飛んでんな」
「大マジなんだが。てか言い過ぎだろ」

 有原と鏑木が続け様に河内の正気を疑う。
 良案に思えている河内は、あんまりな言われようにムッとして口を尖らせた。

「うーん…さすがにちょっと出たとこ勝負感があって危険かも…その時になってみてからどうするか決める感じでもいい?」
「ああ、もちろん」
「僕は今から反対に一票入れとく」
「右に同じく」

 相馬は一応検討の余地を滲ませることで場を濁そうとしたが、心底嫌そうな顔をした小高と大須賀が固い決意を示して蒸し返す。

「じゃあお前ら、なんか別案考えとけよ。まぁ俺ほどの良い案は出ないだろうけどな」

 河内の漲る謎の自信に皆呆れながら、相馬は改まって村の男たちに向き直った。誰もが存在を忘れていてハッとする。

「私たちはちょっと訳ありの旅をしているの。その邪魔をしてくる連中を排除するためにこれから根っこを押さえにいく。だからね、あなたたち村民のことはあまり考慮に入れられない。できるだけ巻き込まないようには気をつけるけど、私たちは兵士でもなんでもないただの庶民にすぎないから、助けるなんて大きなことは言えないし義理もない。事情があったことは同情するけど、ここと何の関係もない私たちは通りすがりに襲われた身でしかないの。あれだけ大勢で襲われて、普通だったらなす術もなく甚振られて捕まってた。今回はたまたま力を上回れたから助かっただけに過ぎない。だからそのことを許すつもりはない。こちらに攻撃して来なければ何もしないけど、自分の身は自分でなんとかするようにして。何かあっても責められる謂れはないし、間違っても変な期待だけはしないで」

 自分たちの心身の状態が最優先のため、懇々と非情なことを努めて冷静に伝える。精神的にはもう既に相当削られていて、誰もがこれ以上の負荷は危険な水域にあった。他人に心を配るようなゆとりはなく、保身を念入りに図っておく。これから遭遇する事態も覚悟しなければならないだろう。

 村の男たちは口惜しげに顔を歪めながらも、ただ黙って力無く項垂れただけだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

神によって転移すると思ったら異世界人に召喚されたので好きに生きます。

SaToo
ファンタジー
仕事帰りの満員電車に揺られていたサト。気がつくと一面が真っ白な空間に。そこで神に異世界に行く話を聞く。異世界に行く準備をしている最中突然体が光だした。そしてサトは異世界へと召喚された。神ではなく、異世界人によって。しかも召喚されたのは2人。面食いの国王はとっととサトを城から追い出した。いや、自ら望んで出て行った。そうして神から授かったチート能力を存分に発揮し、異世界では自分の好きなように暮らしていく。 サトの一言「異世界のイケメン比率高っ。」

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

チート転生~チートって本当にあるものですね~

水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!! そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。 亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。

おもちゃで遊ぶだけでスキル習得~世界最強の商人目指します~

暇人太一
ファンタジー
 大学生の星野陽一は高校生三人組に事故を起こされ重傷を負うも、その事故直後に異世界転移する。気づけばそこはテンプレ通りの白い空間で、説明された内容もありきたりな魔王軍討伐のための勇者召喚だった。  白い空間に一人残された陽一に別の女神様が近づき、モフモフを捜して完全復活させることを使命とし、勇者たちより十年早く転生させると言う。  勇者たちとは違い魔王軍は無視して好きにして良いという好待遇に、陽一は了承して異世界に転生することを決める。  転生後に授けられた職業は【トイストア】という万能チート職業だった。しかし世界の常識では『欠陥職業』と蔑まされて呼ばれる職業だったのだ。  それでも陽一が生み出すおもちゃは魔王の心をも鷲掴みにし、多くのモフモフに囲まれながら最強の商人になっていく。  魔術とスキルで無双し、モフモフと一緒におもちゃで遊んだり売ったりする話である。  小説家になろう様でも投稿始めました。

処理中です...