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第一章

級友の放浪: 賊

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♢♦︎

 夜の雑木林。その中の少し拓けた場所で、焚き火を囲む集団がいた。

「まじ最悪なんだけど」

 顔を顰めた多賀谷は、苛立たしげに薪木を掴むと、乱暴に焚き火に放り込んだ。組まれた木が崩れて火の粉が散る。それを皆が暗い表情でただ見つめた。

「…やっぱり今からでも西の方に行き先変えない?」

 国分が誰にともなくぼそりと呟く。

 しばらく沈黙が続き、誰も口を開きそうにない様子を見て、相馬は肩を竦めた。

「うーん…西も似たような感じかもしれないけど…ここで引き返すと王都を通り過ぎなきゃなんだよねぇ…」

 迷宮脱出後、迷いの森で適当に二泊したクラスメイト一行は、昨日の午後から森を出て東方面に向かっていた。
 逃した子供や騎士たちが無事に安全圏に渡ったことが同行させていた幻獣が戻ってきたことで確認できたため、その場に留まる必要がなくなったのだ。
 東へ向かうのは、様々な種族が居そうだとして、森を出る前に予め決めていたことだった。真逆の西へ向かうとなると、背後に山脈がある関係で必ず王都を横切らなければならない。未だ魔族が駐留しているだろうことを思えば、攻め落とされているような都市にあまり近づきたくはなかった。

 寝床の準備を終えた上総が徐に口を開いた。

「まぁここらだけかもしれないし、もう少し先に行ってみて様子を—」
「また来たぞ」

 遮った武石の低い声で、一気に場の空気が張り詰める。

「こんなところにまで…」

 げんなりした様子の椎名が重い腰を上げた。

「何人?」
「…三十二人」
「はぁ…また増えてんじゃん」

 大きな溜め息をついた千田も立ち上がって、周囲を見渡す。

 椎名と千田は背中合わせに立って前方を見据えた。
 他の皆も何気ない仕草で周囲に気を張る。

 —-ガササッ

 近くの茂みから、見窄らしい格好をした男女が現れた。

「ちっ…やっと見つけたぜ。何度も手こずらせやがって」
「へへ、どんな手品を使ったか知らないけどね、これだけいれば一溜りもないさ」

 下卑た笑いをした女が手を挙げると、周囲の茂みから一斉に人が現れた。取り囲んでいたようだ。

「大人しくしてりゃ怪我はさせねぇ。だが暴れるとちいとばかし痛い目には遭ってもらう」

 男が余裕あり気な笑みを浮かべてそう言うと、クラスメイトらからは失笑が漏れた。

「あーそれいいね。もう、そうする?」
「うん、やっちゃおう。切りないし」

 多賀谷と有原は興味なさそうに平坦な声で頷き合うと、得物に手をかけた。

「ねぇ…痛そうなのはやだよ」
「そうは言ってもねぇ…足一本くらいならよくない?」

 椎名が嫌そうな顔をしたが、多賀谷は少し考える素振りをしたあと、あっけらかんと言い捨てて、前に出た。

「ごちゃごちゃうるせぇ!お前ら何してる!さっさと…!?」

 男は思ったような怯えた反応が得られないばかりか、馬鹿にされていると分かって喚き散らすが、周りの異変に気づいて言葉が詰まった。

「ヒィッ」
「なんだこれっ」
「う、動けない…」

 多賀谷はゆっくりと混乱している連中に近寄ってその顔を確認すると、男女関係なく選別するかのようにして、納剣したままの鞘で片足を叩き潰して行った。有原もそれに倣って得物の棍棒で足を潰していく。

 汚い悲鳴が上がるが、誰も止めない。能面のような顔でその様を見つめるだけだ。

「一体何が…うっ」
「これは…木の蔓…!?」

 先に現れた男女は自分の身にも起こっていたことにようやく気づいて、呻き声を上げる。一斉に姿を現した瞬間から、椎名の〈聖域〉と千田の〈捕縛〉のバインド系能力で足元から全身にかけて動きを封じられていたのだ。

「ふぅ、これで全部かな?…あ、こいつもか」

 一通り足を潰し終わった有原は、睥睨してある一人に目を留めた。

「ヒッ…勘弁してくだせぇ!あいつらに脅されて仕方なく…俺には子供がいるんだっ」
「そう言ってさぁ、あんた昼間にも襲ってきたヤツだよね?見逃してやったのに、仲間引き連れて戻ってくるなんて、舐めてんの?」
「子供を人質に取られてて…!どうしようもなかったんだっ」
「ふーん?その話が本当かどうかはともかく、だからってなんで襲ってくるような奴らに私たちの身を代わりに捧げなきゃなんないわけ?弱肉強食で生きてるんなら、自分たちでどうにかしなよ」

 顔中から体液を吹き出して命乞いをする男を有原は冷淡な目で一瞥すると、容赦なく目の前の男の片足を折った。

 多賀谷はリーダー格らしき男女の前に立って、鞘でその顎を持ち上げる。

「あんたらの顔見るのはもう三回目だっけ。なに、ストーカーなの?」
「すとーかーとは何だ。クソッ…離しやがれ!!」
「暴れると痛い目に遭ってもらうけど?片足潰すのは確定だけどー抵抗すればするほど手足が一本ずつ折れていくってことにしようか」
「…う、がぁっ…ああぁ…!痛え!痛ぇよ…うぅ…っ」

 片足を潰された男はすぐに威勢がなくなり涙を流し始めた。

「だっさ。やられる覚悟もないのにあんな偉そうにしてたわけ?…じゃあそっちのあんたに答えてもらおうかな」

 隣の女にターゲットを変えた多賀谷は、据わった目で足に鞘をぐっと押し付けた。

「仲間はこれで全員?アジトとかあんの」
「…」
「目的はなにー?前回襲ってきたやつらは猿みたいに盛ってきた上に、売り飛ばすとかなんとか言ってたんだけど」

 話しながら多賀谷は隣の男の股を蹴り上げた。声にならない悲鳴が上がる。

「…ここらを取り仕切ってるボスの命令で……強盗や人攫いをやってる。近くの村を乗っ取ってそこを根城にしていて、仲間はまだいる」
「へぇ?じゃあそこへ連れて行ってくれる?歩いてもらわなきゃなんないし、あんただけ足は勘弁してあげてもいいけど?」
「いや、そんなことしたら殺されてしまう。あたいからあんたたちにもう手を出さないようボスに話を通すから、ここで見逃してくれっ」
「は…そんなの信じられるわけないじゃん。あのさ、もうこれで三度目ってこと忘れてない?どこまでも着いて来られてまじでキモイんだよね。やんわり追い払われているうちに諦めればよかったものを…」
「…くっ」

 多賀谷は蛆虫を見るような目つきで吐き捨てると、聞く耳を持たないというようにその場から離れて、上総に声をかけた。

「上総、その辺に大きめの穴作って」
「あ、あぁ…」

 呆然としていた上総は戸惑いつつも、錬成スキルで深さ四メートルほどの長方形の穴を一瞬で作った。

「武器取り上げてくから、足潰したやつは全員ここに放り込んで」
「あ、魔術使うやつは口枷した方がいいよ」
「あーそっか。でも猿ぐつわとかないけど、どうやって?」
「こういうのは自分たちで持ってるはず……ほら、あった」

 身動きできなくなっているものを順に回って、皆で手分けして武器を取り上げていく。その後、自力で登ってこれない深さの穴に入れてすぐに追ってこれないようにするつもりだったが、小高の指摘で魔術を使えば何らかの方法で脱出できる可能性に多賀谷が思い当たる。
 〈魔力操作〉の才能がなければ、魔術で呪文を唱えるか魔法陣を組むかでしか魔法を発動させることはできない。

「なるほどね。誘拐するつもりだったんならそりゃ持ってるか。じゃあ持ち物全部剥いじゃおう」

 案の定、一味が持っていたバッグには拘束具や魔道具も入っていた。ついでに体ごと縛り上げて、穴に蹴落としていく。
 全身縛られて水も食料もなく、この中でどれだけ生き延びることができるか、なんてことはどうでも良いことだった。人の命を弄ぼうとしたような連中だ。今はまだ生きているのだから僅かでも希望はあり、死は確定していない。直接手を下さないのは、まだ少し元の倫理観が残っているのと、このようなクズのために自分たちが業を背負うことを嫌ったために過ぎない。

 一度目は、臼井の〈使役術〉で一時的に相手の体を操って帰ってもらった。二度目は東の〈催眠〉で意識を操って帰ってもらった。人に危害を加えることにまだ抵抗があったからだ。
 だがどちらも半日持たずに効果が切れてしまい、その時に記憶も蘇るのか、仲間を連れて戻ってくることを繰り返されていた。
 その度に目の当たりにするゲスな言動にも辟易としていて、しかもそういう対象で女共から男子まで狙っているらしく、全員の心は既に荒み始めていた。

 最初のうちは行き先が分かりやすい街道に沿って移動していたが、しばらくすると賊が襲ってくるようになったため適当に追い払ったあと、格好が目立つとして手持ちにあった地味なマントを皆で羽織るようにした。それでもあまり効果はなく、おそらく若い男女が集団で歩いていること自体が目立つことに思い至り、街道は諦めて脇の林に入って進むようにした今日の昼過ぎのこと。
 どうやっても居場所を突き止められてしまい、先ほどの連中に至っては今回で三度目だった。

 ちなみに当初一番警戒していた魔物類にはまだ一度も遭遇していない。何故かははっきりわからないが、単にこの辺にはいないだけなのか、もしくは巨狼を引き連れているからかもしれない。誰もが後者の方が理由な気がしている。

「さて。こいつらはどうしよう」

 多賀谷は選別して足を折らなかったリーダー女を除く八名を見渡す。初見の顔ぶれだった。一応、先に言い訳でも聞いておくべきか、処遇を保留にしていた。

「嘘つかれても面倒だし、私が聞き出すよ」

 どこか眠そうな東が気だるげに前に出た。ゴミを見るような目つきで連中と嫌々目を合わせていく。〈催眠〉をかける際に必要で、これで本音を聞き出すためだ。

「あなたたちの目的は?」
「奴隷として売るために、若くて生きの良さそうなのを攫ってくること…」
「へへ、ちっとは味見しても良いっていうからよ、上玉でツイてたぜ」

「…奴隷って?誰に売り渡すの」
「俺らが直接やり取りしてるのはバイヤーだが、客はシレニア王国の貴族どもさ。最近は難民が多くて助かるぜ。大儲けだ」

「難民?」
「この国…アーシア王国の領民だよ。大挙して周辺国へ散り散りに逃げてったそうだが、何千万人もいるんだぜ?全部受け入れられっかよ。溢れて入国できないやつはごまんといる。そういうやつらは国境付近でスラム作って奴隷と変わんねぇような生活をしてるって話だ」

「自分の意思で賊行為に手を染めている人は手を挙げて」

 五人が手を挙げたので、多賀谷と有原が即座に足を折って縛り上げ、穴に蹴落とした。

「あなたたちはなぜ加担しているの」
「わしらは根城にされた村の住人なもんで。娘が…ッ…賊どもの慰みものにされておって…!だが手伝えば命だけは助けてくれると…」
「おらもかかあが…っ」
「わしは…息子だ…」

「…あの穴の中に、同じ境遇の人はいる?」
「いんや…いねぇ。おらたちだけだ」

「捕まってる村人たちの居場所はわかる?」
「ああ…遊びにされてるもん以外はひと所に集められておる。どこかからか連れて来られた奴隷用のもんも何人かおった」

「ここから村までの距離は?」
「徒歩で二時間くらい…」

 東はリーダー女に向き直ると〈催眠〉効果を強めた。

「あなたの仲間が寝静まるのはいつ頃?」
「……酒が尽きるころ…だいたい深夜になれば皆寝ている」
「村に残っている仲間は全部で何人?」
「十五人…」
「その人たちがいそうな場所まで案内して。気づかれないように適当に言い訳すること」
「わかった…」

 質問を終えた東は深く息を吐くと苦い顔で振り返った。

「おつかれ。今日はまだだったよね?出発前に飲んどく?」
「あ…うん。いつもありがとう。助かる」

 多賀谷は東を手招きして共にテントへ入っていった。

 女子組の怒りボルテージを少しでも下げるため、これまで静かにしていた男子組から口々と不満げな声が上がる。

「賊以外で全然人を見かけないと思ったら、これだよ」
「面倒なことになったよなぁ…この辺の治安どうなってんだ」
「この国の様子じゃ警察とかももういないんだろうし、無法地帯になってるんじゃね?」
「西に行ったところで、国境越えない限り結局同じことになりそうだな」

 今後の方針を考え直していた相馬は、ポケットに入れていたスマホが震えたのに気づいて画面を確認した。沙奈からのメッセージだった。

「…あっ」

 内容を見て慌てて新田に駆け寄る。

「知聖、ちょ、ちょっといい?」

 新田は焚き火の前で退屈そうにお茶の入ったコップを傾けていた。相馬の珍しく焦った様子に首を傾げる。

「どうしたの?」
「シュミェツさんってどうなった?」
「え、だれ?」
「ほら、あの…迷宮で騎士に憑依してて知聖が先に追い払ってた魔族の」
「…あぁ。いたね、そんな人……そういえばそのままだったかも」
「確か…三日経てば目覚めさせるとか言ってなかった?」
「三日…あ、もう今日だっけ。んー……はい、解除したよ」
「そう、ありがと。まだギリギリセーフだったよね…?」

 相馬は自分に言い聞かせるように呟いて、沙奈にメッセージを返信した。


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