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あなたとの距離
しおりを挟むカレルさんに抱き上げられて寮に戻ると、ルシアナが寮の前で待っていた。
私の姿を目にするやいなや、泣き出しそうな顔で駆け寄ってくる。
「リラ様、良かった、リラ様……!」
ルシアナは私の無事を確認した後、何度もそう言った。
それからカレルさんを見上げる。
「どうして、カレルさんが?」
ルシアナと二人でカレルさんのお店にお茶を飲みに行ったことがあるので、ルシアナはカレルさんの顔を知っている。
ルシアナの質問に、カレルさんは「先に、リラちゃんを部屋に運ぼうか。寮に入っても大丈夫?」と言った。
「本当は良くないのだろうけれど、……実は、魔力不足で歩けないの」
申し訳なく思いながら私が言うと、ルシアナは何も聞かずに大きく頷いてくれた。
「事情があるのですから、大丈夫です。私も一緒にいますし。カレルさんが寮を出るまで、ルシアナがぴったりはりついているので、やましい憶測をされるようなこともないでしょう」
「うん。悪いね。俺が女だったら良かったんだろうけれど」
「女だったらお嬢様を抱きかかえて歩けないでしょう。カレルさん、細身だなぁと常々思っていたのですが、案外力持ちですね」
「一応はね。料理の材料、抱えて運んだりするし」
ルシアナにしげしげと腕を眺めながら言われて、カレルさんは苦笑しながら答えた。
いつものルシアナの様子に、ほっとする。
安堵したからだろうか、どうにも体が更に重たい気がする。寒い筈なのに、熱を持っているような妙な感じだった。
寮の中に入り正面にある大階段を上がる。
ちょうど上から降りてくる人影がある。
カレルさんに抱きかかえられているところを見られたらあまり良くないのだけれど、仕方ない。
後々なにか言われても、きちんと説明すれば大丈夫だろう。
誰だろうと視線を向けると、降りてきたのは数刻前に生徒会の政務室で姿を見たばかりの、エイダとクロヴィス様だった。
エイダはクロヴィス様の腕に自分のそれを絡めている。
クロヴィス様は制服を着ているけれど、エイダは部屋着だろうか、艶やかな赤と黒のワンピースを着ている。
息が詰まる。見てはいけないものを見てしまった気がして、私は俯こうとした。
けれどその前に、クロヴィス様の紫色の瞳が射るように私を見た。
だから――目を逸らせなくなってしまった。
「――リラ」
私を呼ぶ、平静よりも低い、冬の空気よりも冷たく底冷えするような声がする。
私はびくりと震えた。カレルさんの私を抱く力が少し強くなった気がした。
「あら。……ロヴィの婚約者は、随分不実なのね。男を寮に連れ込むなんて」
エイダが手を口元にあてて、呆れたように言った。
長い睫毛に縁取られた、薄緑色の瞳が細められる。豪奢な金髪が、夕日に照らされて煌めいている。
クロヴィス様の視線が怖くて、エイダと腕を組んでいる姿を見たくなくて、気を抜くとまた泣き出してしまいそうになるから、私はカレルさんの胸に顔を伏せた。
美しく華やかなエイダに比べて、今の私は――髪もぼさぼさで、服の上から大きいひざ掛けにくるまれていて、靴も履いていない。
息の仕方を忘れてしまったように、苦しい。
ルシアナがカレルさんの服を「行きますよ」と、やや強引にぐい、と引っ張った。
カレルさんはクロヴィス様に軽く礼をすると、その横を通り過ぎて私の部屋へと向かった。
「リラ、待て」
「行きましょう、ロヴィ。あなたには、私がいるじゃない」
名前を――もう、呼ばれないのかなと思っていた。
リラと呼ばれると、なんだかとても懐かしい。
クロヴィス様の、気安くて安心できて、昔からずっと聞いていた、耳に馴染んだ私の好きな声だ。
――まだ、名前を呼んでくれるのね。
存在すら忘れられてしまうのかと思っていたけれど、そうではないみたいだ。
クロヴィス様がどんな顔をしているのか、私からは見えなかった。
ただ、階段を降りていく足音が聞こえた。
すぐ近くにいるのに、世界の反対側にいるみたいだ。
距離は離れ続けて、もう縮まることはないのかもしれない。
それでも、私は。
私は――クロヴィス様が、好きなのかしら。
胸を張って、好きだと言えるのかしら。
なんだかもう、良く分からない。体が熱い。頭がぼんやりして、景色がぐるぐると回るようだった。
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