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私が街に出る理由
しおりを挟むやっと誤解が解けたのか、クロヴィス様はブルーベリーのケーキを明らかにお育ちの良い優雅な所作で食べ終えて、食後の紅茶を口にした。
お食事中無駄な会話をしないのも、お育ちの良さを物語っている。
なので私たちは向かいあって、無言でケーキを食べた。そのせいで若干の修羅場感が演出され続けてはいたけれど、クロヴィス様の表情はもう絶望に彩られてはいなかったので、私は内心安堵していた。
「リラ。ところで……、リラは何故一人で街に?」
私もケーキを美味しくいただいて、暖かい紅茶に口をつける。
それから、クロヴィス様の質問に一瞬言葉を詰まらせた。
「……それは、……我が家の者がうるさいので、たまには一人になりたいなと思ったからです」
私はクロヴィス様から若干視線を逸らしながら言った。
「リラの家人たちは、皆おおらかで優しいと記憶しているが」
「おおらかで優しいですよ。リラたん、リラたんと暇さえあれば私の周りをぐるぐる回ってくる父や、リラちゃん、新しいお洋服よ、新しいお化粧よ、新しい髪型に挑戦しましょう、などと言って私を着せ替え人形にしてくる母から時々逃げ出したくなるというだけで、別に嫌いということではありません」
「女性の一人歩きは、危なくはないのか?」
「大丈夫ですよ。完全にひとり、というわけではありません。一応、見張りはいます。どこかに」
他のお客さんに聞かれないように、私はクロヴィス様に顔を寄せると、自分の口元に手を当ててこそこそと小さな声で話した。
クロヴィス様はふむふむと聞いた後、何故か嬉しそうに口元を緩ませた。
「いつぐらいから、こうして外に? 今日ルシアナに聞くまで、全く知らなかった。リラのことを、俺は知らないのだと思い知った。自分が情けない」
嬉しそうにしていたのもつかの間、クロヴィス様は再び表情を曇らせる。
今度は絶望しているというよりも、悔恨の色が濃い。別に気にするようなことじゃないのに。
私だってクロヴィス様については知らないことの方が多い。
特にここ最近は疎遠になっていたから、クロヴィス様の身辺のことなどは良く知らない。
「別にそんなこと気になくても良いです。言っていなかったですし。いつから……、そうですね、大体一年前ぐらいからでしょうか。十五歳になったのをきっかけに、家人に許して貰たんですよ」
「……リラ、それは、まさか」
クロヴィス様は何かに気づいたように、まじまじと私を凝視した。
私は眉根を寄せて、その顔を睨みつけた。
「なんですか、どのまさかですか。一人になりたい、以外の理由なんてないですけど」
「それは……、俺が学園に入って、……それで、リラにつれない態度を取り始めた時期と重なるような気がする」
察しが良いわね、この野郎。
私は心の中で悪態をついた。
言うんじゃなかった。言うんじゃなかった。言うんじゃなかった……!
心の中にいるリラ・ネメシアが、じたばた暴れながら床を叩きまくっている。
馬鹿正直に言わなければ良かった。馬鹿だわ、私。
この最近のクロヴィス様がご乱心していたせいで、すっかり小馬鹿にしてしまっていた。
そうだったわ。こんなんだけれど、クロヴィス様は結構優秀な王太子殿下で、成績も良いし頭の回転も速いんだったわ。
優秀だし品行方正だし、王位を継ぐものとして申し分ない王太子殿下だと評判だ。
なので――まぁ、気付くだろう。
うっかりしていた。
完全に油断していた。
私は、おろおろしながら、「あぁ、うう」と謎の声を上げた。
「そうか、リラ……、俺の不実な態度を思い悩んだ結果、気分転換に外歩きを始めたんだな」
「ち、ち、違います、違うから、全然違うから……! 何言ってるのかしら、調子に乗らないでくれる? 私の趣味とロヴィの態度とかは、関係ないから! これっぽっちも関係ないから!」
事実を指摘された時の人とは、ここまで狼狽えるものなのかしら。
顔が真っ赤になるのを感じる。
頭が沸騰するようだった。ひたすらに恥ずかしい。気づかれたくなかった。
確かに、そうなのだ。
私は――クロヴィス様が私に冷たくなったのは、きっと魔道学園で素敵な女性に出会ったとか、そういうやつで、腐れ縁で見飽きた私になんて興味がないわよね。まぁ、仕方ないわよね。
などと自分に言い聞かせて、飲み込んで、割り切った結果――外歩きを選択したのである。
街を歩いていると、気が楽になった。
寂しいとか、腹立たしいとか、そういう気持ちは、王都のにぎやかな街を歩いていると忘れることができた。
フィオルにも出会ったし、カレルさんもエミル君も、優しくしてくれる。
だから、――なんというか、きっかけはそうだったかもしれないけれど、もうそんなことは過去なのである。
ひいひいしながら否定する私を落ち着いた表情で眺めたあと、クロヴィス様はそれはそれは嬉しそうに口元をにやにやさせた。
ムカつくのでテーブルの下の足をのばして、その脛を蹴ってやった。
全く痛くなさそうだった。
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