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君を愛さない宣言
しおりを挟むダンテ様のお姿さえ知らなかった私は、その立派な体躯に惚れ惚れしながらダンテ様を見つめる。
お兄様も筋骨隆々で、ずんぐりむっくりのお父様と、鶏ガラのように細いお母様からどうしてお兄様が……というようなほどムキムキだ。
ダンテ様もまた、立派な大胸筋と上腕二頭筋をお持ちになっていらっしゃる。
私はお母様に似て細身だけれど、結構力持ちだ。
牧草の束も運べるし、アニマやエメルダちゃんも抱っこすることができる。
ダンテ様はお兄様ぐらい力がありそうだ。
私よりも牧草を運べるかもしれない。
やはり、フェロモンがでている雄とは、立派な体躯をお持ちになっている。
ダンテ様に睨まれながらそんなことを考えていた私は、一瞬ダンテ様に何を言われたのかわからなかった。
「ディジー・エステランド。俺は君を、あ、愛さ……ない」
「……?」
愛さないと言われたのかしら。
それはそうよね。私はダンテ様の想い人のディジーさんではないのだから。
「あ、愛さない……ことも、ないような、あるような……! 気がするような、しないような……!」
「はい……!」
ええと。
どっちなのかしら……!?
ダンテ様と呼ぶのは失礼かもしれないわね。
旦那様。旦那様と呼んだほうがいいかしら。
どちらなのでしょうか、旦那様……!?
などと尋ねたかったけれど、それは失礼だろうと、とりあえずお返事だけしてみる。
せっかくの素敵な低音のお声なのに、焦っているのか怒っているのか、震えている。
心配になってしまうぐらいだ。
やっぱり、皆の前では人違いと言いにくいのだろう。
間違えて婚約を申し込んだのに気づいたけれど、帰れ、とは言えないのかもしれない。
私の立場を気づかって。
動物も目を見るとその性格がなんとなくわかる。
人間も一緒だと、私は思っている。
勘でしかないけれど。その勘によれば、ダンテ様は優しい人だ。
愛さないともはっきり言えず、微妙な表現になってしまったのね、きっと。
私はわかりますよ、という気持ちを込めて微笑んだ。
再びの沈黙が続く。
ダンテ様は右や左に視線を彷徨わせた。
まるで、目が合わない。
「……で、では。さがっていい」
「あの、旦那様」
「だ……っ、旦那様……!?」
ダンテ様はがたがた音を立てて立ち上がった。
私を睨む瞳が、剣呑を通り越して顔全体に広がり、凶相になっている。
旦那様と呼ばれたくないタイプなのだろうか。
「申し訳ありません、なんとお呼びすればいいのかわからなくて」
「なんとでも呼べ。ダンテでも、だ、旦那様でも」
「では、ミランティス公爵」
「何故だ!?」
寡黙で無表情と聞いていたけれど、ダンテ様は結構表情が豊かだ。
怒ったり怒鳴ったり忙しい。
もう少し落ち着きのある方かと思っていたけれど。
たぶん、違うディジーが来てしまったから、動揺をしているのだろう。
「ミランティス公爵では、失礼でしたでしょうか。では、やっぱり旦那様と。ダンテ様の方がよいですか?」
「……好きにしろ」
「それでは、ミランティス公爵」
「だから、何故だ!」
「ミランティス公爵ではなかったですか?」
「ミランティス公爵だが」
今のところ、一番穏便だと思うのだけど。
ダンテ様は、呼び方に厳しい。
呼び方だけでこんなにつまづいてしまうなんて、高貴な方とのお話というのは難しい。
「いけませんでしたでしょうか」
「いや、好きにしろ」
「……旦那様?」
「……なんだ」
うん。了解を得られた。旦那様なら大丈夫みたいだ。
「どうか、私のことはお気になさらず。私が旦那様に相応しくない女だということぐらい、理解しています。ですから、その、大丈夫なのですよ」
愛さないなど、回りくどいことを言わなくても大丈夫だ。
今すぐ間違いだったと言って、家に帰らせてくれないだろうか。
このままでは、色んな人に申し訳ない。
「なにも大丈夫などではない。ディジー、君は俺との婚姻を了承したはずだ」
「はい」
「俺は君を、その、愛さない、こともない、はずもないんだ」
「そ、そうなのですね」
大丈夫かしら、ダンテ様。
動揺しすぎて落ち着きがなくなっている気がする。
ふと見ると、ロゼッタさんと、ロゼッタさんによく似た男性が、壁際で両手に顔を埋めていた。
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