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ディジー、はじめましてのご挨拶をする 2
しおりを挟む沢山の建物と、通りを歩く人々の姿は、私の知る町の風景とは全く違うものだった。
ヴィレワークの街の馬車道を進み、ミランティス公爵家に到着した。
公爵家の周囲は、深い川に囲まれている。
それは川ではなく、壕というらしい。館を守るために、周囲に深い穴を掘り、川の水を引き込んでいる。
橋を通ると、門番が門を開いてくれる。
身分の高いかたとは、家に辿り着くまで、とても大変なのだ。
当然、羊たちが馬車を取り囲むようなこともない。
門をくぐり馬車は更に進んでいく。
美しく木々や花が整えられた前庭を抜けると、その先にお城がそびえていた。
館というよりは、お城である。一体何人、人が暮らしているのだろうというぐらいの大きな建物だ。
「ディジー様、長旅お疲れ様でした。ダンテ様がお待ちです、どうぞ中に」
「ありがとうございます、とてもお世話になりました」
サフォン様を筆頭に、馬車を護衛してくれていた方々が頭をさげてくれる。
お礼を言いながら私も頭をさげていると、「ディジー様、こちらです」と、ロゼッタさんに促された。
ロゼッタさんに連れられて、大きな館に足を踏み入れる。
扉の先には広いエントランスがあり、美しい水晶がいくつもついたシャンデリアがつり下がっていた。
高価そうな絵画もあれば、壺や、動物の形をした石像が飾られている。
どこかの美術館に迷い込んでしまったような気持ちで、感心したり驚いたりしながら、私は館の中を歩いた。
お仕着せを着た使用人の皆さんが並んで、頭をさげてくれる。
私もぺこぺことお辞儀をしながら、階段をあがり二階へと向かった。
「ディジー様は頭をさげなくていいのですよ」
「そうなのですね。どうにも、慣れなくて」
「大丈夫です、きっと慣れます」
慣れるだろうか。それよりも先に、私が人違いだと気づいていただいて、家に帰していただけるといいのだけれど。
ダンテ様に返却するために、人魚の涙の首飾りも持ってきている。
きちんと、正しいディジーさんに渡してあげて欲しい。
ロゼッタさんは二階にある、濃い茶色のつるりとした質感の、立派な扉を叩いた。
「入れ」
中から返事がする。低い声だ。お腹の底から響いてくるような低い声は、収穫祭で演奏される大きな弦楽器である、ウッドベースを連想させた。
扉を開くと、そこにはソファセットや壁一面の本棚、立派な机などが置かれていた。
執務室のような場所である。
立派な机の上には、私がつくった小さな羊さんがちょこんとおかれている。
その先には、とても体格のいい、身なりのいい男性の姿がある。
青みがかった銀の髪。冬の湖のような澄んだ青い瞳。白い肌に、高い鼻梁、切れ長の瞳。
しっかりした顎と、とても頑丈そうな太い首。
サフォン様も美しい方だったけれど、目の前の男性も――神様がそのまま絵画の中から出てきたような美しい方だ。
剣を持つ、軍神のような神様だろうか。体格がとてもいいので、そう見える。
この方が、雌にとても人気のあるフェロモンを出している雄――であるところの、ダンテ様。
口元はむっつりと厳しく結ばれているけれど、女性から人気があるというのはとても分かる気がする。
私が雌羊であれば、是非番っていただきたいと思うほどの立派な雄である。
「ダンテ様、ディジー様をお連れしました」
ロゼッタさんは礼をすると、一歩後ろにさがった。
私はダンテ様の前に進み出て、じっとその顔を見つめる。
私は違うディジーですよ、気づいてください――という気持ちで。
どうしよう。無言だわ。
私の予定では、ダンテ様が目を見開いて「すまない、間違えた」と一言。
万事解決する予定だったのに。
「はじめまして。ディジー・エステランドと申します」
私はスカートを摘まんで、礼をした。
ダンテ様は鋭い瞳で私を睨み付けている。睨んでいるということは、やっぱり間違いに気づいたのだろうか。
「ダンテ・ミランティスだ」
「はい。はじめまして、ダンテ様」
「……ディジー。俺は君を――」
私を睨んでいたダンテ様は、私から視線を逸らした。
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