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レイシールド・ガルディアス 2
しおりを挟むはっきりと覚えているわけではない。
けれど、人の姿に戻り正気を取り戻した俺がみたのは、無理をして笑顔を作ろうとしている母親の怯えた顔と、父親の苦渋に満ちた表情だった。
その白狼は、魔生物の中ではどうやら特別な存在であったらしい。
愚鈍な俺にその時から与えられたのは、強靭な肉体と、異様なまでの法力。そして、人の心をよむ力だった。
幼い俺は、人の心のよむ力をうまく扱うことができなかった。
王宮に戻ると、様々な人の声が頭の中に響いた。
俺を恐れる声。
魔生物と成り果てたと、忌避する声。
そして両親の──怯えと、それから、あの時俺が死んでいれば、優秀なシュミットかシャハルを皇帝にできたのにという失望の言葉。
人の声は常に頭に響いてうるさく、それ以上に眠りにつくたびに見る、人を殺す夢が俺を苛んだ。
浅い眠りに何度も目覚め、冷や汗を幾度も拭った。
あの夢を見るぐらいなら眠らないほうがまだいいと思い、眠らない日々が続くと、時折数刻気絶するようにして眠りにつくことができた。
弟たちと、ラーチェだけはいつもと同じだった。
やがて両親が死に、俺は皇帝になった。
フレズレンから兵が攻めてくるという知らせを受け、すぐさま戦場へと向かった。
人の心が読めるのは、戦いにおいて役に立つ。
相手がどの向きから、どの角度から攻撃を仕掛けてくるのか、手に取るようにわかるのだ。
俺は、白狼の姿にならずとも、簡単に敵兵を屠れるようになっていた。
過去の怒りと憎しみを思い出すように、多くの兵を殺した。
もう、兵を殺しても何の罪悪感も湧かないのに、あの時の夢は見続けていた。
己の口で、敵の喉を裂き、血を浴びる生々しい感覚に怖気がして、目が覚める。
結局俺は眠ることができないのかと、半ば、諦めていた。
王宮に戻ると、戦場での俺の様子が伝わったのだろう。
幼い頃に敵兵を屠った時から恐れられていた俺は、さらに使用人や侍女たちから怯えられるようになっていた。
心をよむことはないが、表情ですぐにわかる。
体に触れられると、普段は押さえている力が溢れてしまうのか、どんなに力を発しないようにしていても、心の声が伝わってくる。
俺は、使用人を追い出した。
そして、シリウスが送りこんでくる侍女も、わざと剣をむけ怯えさせ、追い出すことを繰り返していた。
だが──。
「レイシールド様、それでは、早速、眠りましょう……!」
食事を終えて、寝室に向かおうと、ティディスは張り切っている。
彼女と初めて会った時、俺に剣を向けられてもなお、俺に微笑んだティディスは、今まで出会った人間の誰とも違うのかもしれないと思った。
俺の髪をとかしながら、呑気にブラシの毛質について考えていた、どことなく浮世離れした女性だ。
今日は俺を寝かしつけてくれるらしい。
俺のそばにずっといたいという。ただし、それは侍女として、らしいが。
本気でそう思ってくれている。
誰かをそばに置くつもりなどなかった。
そのうち弟たちが誰かと結婚をして子をなすだろう。
皇帝の座は、そのどちらかが継げばいいと考えていた。
だが、俺は──ティディスに、そばにいて欲しいと思っている。
侍女ではなく、俺の──妻として。
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