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レイシールド様とクラウヴィオ様
しおりを挟むばっちり見られてしまった。
お仕事中に、クラウヴィオ様と二人きりでお茶を飲んでいる姿を。
お仕事一日目から、仕事をせずに休んでいる姿を……!
「わ、わた、わた」
「綿?」
私は椅子から立ち上がると、わたわたした。
わたわたしながら、わた、わた、と繰り返した。
レイシールド様は訝しげに眉を寄せて、「綿……」と、短く言った。
「私、その、あの、ごめんなさい……!」
「いや」
いや。嫌?
わからないわ。レイシールド様、お返事が短すぎて、怒っているのかなんなのかわからない。
でもよくよく観察すると、特に怒っているわけではなさそうよね。
私の怠惰を怒っているのなら、もっとこう、出会い頭に怒鳴るとか、剣を突きつけるとかするだろうし。
「……剣は、悪かったと思っている」
ん?
私、今心の声を口に出して喋ったかしら。
「レイ様! 今、さてはレイ様は俺がティディちゃんをナンパして、休憩所に連れ込んでいると思っているでしょう」
クラウヴィオ様が、私を庇うように私とレイシールド様の間に立って言った。
とてもレイシールド様に気安いのね、クラウヴィオ様。
そういえばクラウヴィオ様は、レイシールド様のことを噂とは違うって言っていたし、親しい間柄なのかもしれない。
私は、ナンパをされて連れ込まれていたわけじゃないので、ぶんぶんと首を振った。
レイシールド様は私とクラウヴィオ様の顔をじっと見つめると、頷く。
「あぁ」
「違うからね。ティディちゃんが、すれ違いざまに死にたいとか言うから、心配になって根掘り葉掘り事情を聞いていたところだから!」
「あ、あ……っ」
私は口元に手を当てて、あわあわした。
クラウヴィオ様、そういうデリケートなことはあまり大声で言わないのではないかしら……!
これでは私が、お勤め初日から死にたがっている女、みたいになってしまう。
私としては、お給金の前借りができそうでうきうきしていたところだったし、やる気をみなぎらせているところだったのに。
「死にたい」
短く、レイシールド様が言う。
それはもうじっと、じいっと見つめられるので、私は我が家の事情を話すのが恥ずかしくて、染まる頬に手を当てて俯いた。
死にたいなんて思っていないし、びっくりするぐらいに貧乏だと知られるのは恥ずかしい気がした。
「ち、ちがいます、それは勘違いです……」
「レイ様は、ティディちゃんの事情を知っていた? すごく可哀想なんだよ……! 死にたいぐらいに家が貧乏なんだって。だから、俺はお金を貸してあげようかなって思っていて。あ! お金を貸してあげるだけじゃ解決しないよね? それに、他人からお金を借りるなんて、怖くてできないだろうし」
クラウヴィオ様が私の手を握りしめて、口を挟めないぐらいの勢いで言う。
「そうだ。ティディちゃん、結婚しよう」
「えっ、えっ……」
「俺、困っている人を放っておけないタイプなんだ。ティディちゃんの家のお金をなんとかするとなると、俺と結婚するのが一番早い。一応これでも、結構稼ぎはいい方だし、ティディちゃんの家を救えるのは俺しかいない気がしてきた」
「クラウヴィオ。ティディスを困らせるな」
「あ。困らせてる?」
「……おそらくは」
「じゃあレイ様がティディちゃんと結婚したらいいよ。そうすれば、ティディちゃんの家の事情もスッキリ解決するでしょう?」
「お前の家の事情は、それなりには知っている。だが死にたいと思うほど金に困っているのか、ティディス」
「死にたいなんて思っていないです……世を儚む妹たちを養うために、働いているのです。私、レイシールド様の侍女になることができて、とてもよかったと思っています……!」
私は精一杯大きな声で言った。
レイシールド様の侍女になることができてよかった。
だって、お給金が破格だもの──!
こんなにいい仕事はない。レイシールド様のことは水色大虎より怖くない。言葉は通じるし。
むしろ、水色大虎より優しい。水色大虎に追い回される以上に怖いことなんて、ないと思うの。
でも今はもうすっかりティグルちゃんはいい子だ。やっぱりご飯を与えていると、懐いてくれるのだ。大体、どんな動物でも。
「ヴィオ様、ご心配ありがとうございました。レイシールド様も。そ、それでは、私、お仕事に戻りますね」
私はあたふたしながら、頭を下げると、そそくさと二人の前から立ち去った。
レイシールド様の横を通り過ぎる時に思い切り転びそうになったのを、レイシールド様が腕を掴んで助けてくれた。
「ティディス。シリウスに書簡を届けにきたのだろう」
「は、はい」
「気をつけて、戻るように」
「ありがとうございます」
「ティディちゃん、またね。お金、いつでも貸してあげるからね。あっ、もしよければ結婚してもいいよ、俺と」
「あ、ありがとうございます……」
レイシールド様はもしかしていい人なのかもしれない。
そしてクラウヴィオ様は度を越したいい人なのかもしれない。
初対面のお金に困った女と結婚の約束をしそうになるとか、大丈夫なのかしら。
やっぱりちょっと心配になってしまうわね。
そんなことを考えながら、二人と別れて、私は黎明宮に戻った。
午前中のお仕事を済ませて、お昼は宿舎に戻らないといけない。
だって、お部屋には私の帰りを待っている子たちがいるのだから。
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