上 下
16 / 67

レイシールド様とクラウヴィオ様

しおりを挟む


 ばっちり見られてしまった。
 お仕事中に、クラウヴィオ様と二人きりでお茶を飲んでいる姿を。
 お仕事一日目から、仕事をせずに休んでいる姿を……!

「わ、わた、わた」

「綿?」

 私は椅子から立ち上がると、わたわたした。
 わたわたしながら、わた、わた、と繰り返した。
 レイシールド様は訝しげに眉を寄せて、「綿……」と、短く言った。

「私、その、あの、ごめんなさい……!」

「いや」

 いや。嫌?
 わからないわ。レイシールド様、お返事が短すぎて、怒っているのかなんなのかわからない。
 でもよくよく観察すると、特に怒っているわけではなさそうよね。
 私の怠惰を怒っているのなら、もっとこう、出会い頭に怒鳴るとか、剣を突きつけるとかするだろうし。

「……剣は、悪かったと思っている」

 ん?
 私、今心の声を口に出して喋ったかしら。

「レイ様! 今、さてはレイ様は俺がティディちゃんをナンパして、休憩所に連れ込んでいると思っているでしょう」

 クラウヴィオ様が、私を庇うように私とレイシールド様の間に立って言った。
 とてもレイシールド様に気安いのね、クラウヴィオ様。
 そういえばクラウヴィオ様は、レイシールド様のことを噂とは違うって言っていたし、親しい間柄なのかもしれない。
 私は、ナンパをされて連れ込まれていたわけじゃないので、ぶんぶんと首を振った。
 レイシールド様は私とクラウヴィオ様の顔をじっと見つめると、頷く。

「あぁ」

「違うからね。ティディちゃんが、すれ違いざまに死にたいとか言うから、心配になって根掘り葉掘り事情を聞いていたところだから!」

「あ、あ……っ」

 私は口元に手を当てて、あわあわした。
 クラウヴィオ様、そういうデリケートなことはあまり大声で言わないのではないかしら……!
 これでは私が、お勤め初日から死にたがっている女、みたいになってしまう。
 私としては、お給金の前借りができそうでうきうきしていたところだったし、やる気をみなぎらせているところだったのに。

「死にたい」

 短く、レイシールド様が言う。
 それはもうじっと、じいっと見つめられるので、私は我が家の事情を話すのが恥ずかしくて、染まる頬に手を当てて俯いた。
 死にたいなんて思っていないし、びっくりするぐらいに貧乏だと知られるのは恥ずかしい気がした。

「ち、ちがいます、それは勘違いです……」

「レイ様は、ティディちゃんの事情を知っていた? すごく可哀想なんだよ……! 死にたいぐらいに家が貧乏なんだって。だから、俺はお金を貸してあげようかなって思っていて。あ! お金を貸してあげるだけじゃ解決しないよね? それに、他人からお金を借りるなんて、怖くてできないだろうし」

 クラウヴィオ様が私の手を握りしめて、口を挟めないぐらいの勢いで言う。

「そうだ。ティディちゃん、結婚しよう」

「えっ、えっ……」

「俺、困っている人を放っておけないタイプなんだ。ティディちゃんの家のお金をなんとかするとなると、俺と結婚するのが一番早い。一応これでも、結構稼ぎはいい方だし、ティディちゃんの家を救えるのは俺しかいない気がしてきた」

「クラウヴィオ。ティディスを困らせるな」

「あ。困らせてる?」

「……おそらくは」

「じゃあレイ様がティディちゃんと結婚したらいいよ。そうすれば、ティディちゃんの家の事情もスッキリ解決するでしょう?」

「お前の家の事情は、それなりには知っている。だが死にたいと思うほど金に困っているのか、ティディス」

「死にたいなんて思っていないです……世を儚む妹たちを養うために、働いているのです。私、レイシールド様の侍女になることができて、とてもよかったと思っています……!」

 私は精一杯大きな声で言った。
 レイシールド様の侍女になることができてよかった。
 だって、お給金が破格だもの──!

 こんなにいい仕事はない。レイシールド様のことは水色大虎より怖くない。言葉は通じるし。
 むしろ、水色大虎より優しい。水色大虎に追い回される以上に怖いことなんて、ないと思うの。
 でも今はもうすっかりティグルちゃんはいい子だ。やっぱりご飯を与えていると、懐いてくれるのだ。大体、どんな動物でも。

「ヴィオ様、ご心配ありがとうございました。レイシールド様も。そ、それでは、私、お仕事に戻りますね」

 私はあたふたしながら、頭を下げると、そそくさと二人の前から立ち去った。
 レイシールド様の横を通り過ぎる時に思い切り転びそうになったのを、レイシールド様が腕を掴んで助けてくれた。

「ティディス。シリウスに書簡を届けにきたのだろう」

「は、はい」

「気をつけて、戻るように」

「ありがとうございます」

「ティディちゃん、またね。お金、いつでも貸してあげるからね。あっ、もしよければ結婚してもいいよ、俺と」

「あ、ありがとうございます……」

 レイシールド様はもしかしていい人なのかもしれない。
 そしてクラウヴィオ様は度を越したいい人なのかもしれない。
 初対面のお金に困った女と結婚の約束をしそうになるとか、大丈夫なのかしら。
 やっぱりちょっと心配になってしまうわね。

 そんなことを考えながら、二人と別れて、私は黎明宮に戻った。
 午前中のお仕事を済ませて、お昼は宿舎に戻らないといけない。
 だって、お部屋には私の帰りを待っている子たちがいるのだから。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷遇された翡翠の令嬢は二度と貴方と婚約致しません!

ユユ
恋愛
酷い人生だった。 神様なんていないと思った。 死にゆく中、今まで必死に祈っていた自分が愚かに感じた。 苦しみながら意識を失ったはずが、起きたら婚約前だった。 絶対にあの男とは婚約しないと決めた。 そして未来に起きることに向けて対策をすることにした。 * 完結保証あり。 * 作り話です。 * 巻き戻りの話です。 * 処刑描写あり。 * R18は保険程度。 暇つぶしにどうぞ。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。 それでもフランソアは “僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ” というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。 そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。 聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。 父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。 聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…

処理中です...