崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ

文字の大きさ
上 下
15 / 67

高級紅茶とご休憩

しおりを挟む



 申し訳なさの極みだわ。
 お仕事をサボって、見栄えの良い騎士団長様とこんなところで、それはもう高級そうな紅茶を、無料で、飲んでしまうなんて……!

 でも、断れない。せっかく淹れていただいた紅茶を、無駄にできない。飲まないなんて選択肢は私にはない。
 紅茶の一滴も、お水の一滴でさえ、残すのは勿体無いのだから。

「い、いた、いた……」

「痛い? どこか痛いの? まさかすでに死のうとして何かしらの毒を飲んだとか……!」

「いただきます……!」

 手をカタカタ震わせながらいただきますのご挨拶をする私の背中に、クラウヴィオ様が心配して手を置いた。 
 そのまま病人の看護をするようにさすられた。

「いただきますか……よかった。てっきりティディちゃんが、すでに死のうと先に手を打っていたのかと思ったよ」

 クラウヴィオ様は胸に手を当てて、ホッと息を吐く。
 私は「ごめんなさい」と謝って、それからカップに口をつけた。

 よくわからないけれどとても高級そうな味がする……!

 あと、なんだかすごく甘い……!
 喉が焼けるように甘い。高級な紅茶というのはこんなに甘いものなのね。

 多分美味しいのだ。とても美味しいに違いない。
 でも、よくわからない。高級そうなものは、総じて高級そうな味としか表現できない。
 だって、高級なものとか食べたり飲んだりしたことがないもの。

 少なくとも、どう考えても、私がクリスティス伯爵家で飲んでいた白湯よりは美味しい気がする。
 白湯も美味しい。白湯だって慣れれば、甘い味がするような気が、しないでもないのだから。

「美味しいです、クラウヴィオ様。ありがとうございます……」

「そっか、それはよかった。俺は紅茶を淹れるのがそんなに得意ってわけじゃないけれど、甘くしたし、美味しいんじゃないかなって」

「甘いです……」

「うん。エトワール蜂蜜を大さじ五杯入れてみたんだ。俺は甘いものは好きじゃないから、加減がわからないんだけど、美味しいならよかった」

 エトワール蜂蜜。
 蜂蜜の中でも最高級の蜂蜜として名高い蜂蜜が、五杯も入っている。
 眩暈がする。これを飲み終わったら私は、寿命が五年ぐらい伸びているかもしれない。

「ティディちゃんは、甘いものが好きなんだね」

「好きなような、よくわからないような……」

「も、もしかして、心労のあまり好きも嫌いもわからなくなってしまったの? そうだよね、死にたいと思うぐらいだから、甘いものが好き……なんて、思ったりできないよね。そんなに苦しいのなら、レイシールド様の侍女をやめてもいいんだよ?」

「えっ」

「今までの侍女だって、一日か二日で辞めてしまっていたし、辞めるって言ってもいつものことかって思うから、シリウスだって怒らないと思うし。辞めたら辞めたで、他の仕事に回してもらえるだろうし……」

 私の隣に座るクラウヴィオ様は、長い足を組んで身振り手振りを加えながら、話を続ける。

「レイシールド様の顔を見るのが怖いから、仕事を辞めた後の侍女は、大抵の場合自分の家に帰ってしまうけれどね」

「それは困ります……」

「ん?」

 私の声が聞き取りやすいように、クラウヴィオ様は私に顔を近づけてくる。
 悪い方ではなさそうだけれど、気安くて距離が近い。
 騎士団長様とはたくさんの騎士の方々を束ねているのだろうから、他者との付き合い方が上手いのかもしれない。
 私をティディちゃんと呼んでくれるし、いい人かもしれない。

「あ、あの、クラウヴィオ様」

「クウとか、ヴィオとかでいいよ」

「ヴィオ様」

「うん」

 渾名だわ……!
 はじめての渾名だ。すごく、仲良しって感じがする。クラウヴィオ様は誰に対しても多分こんな感じなのだろうけれど、嬉しい。

「私、死にたいわけじゃなくて……死にたいぐらい我が家が貧乏で、もう一家心中するしかないって思い詰めている妹たちのために、お仕事をやり遂げなくてはいけないのです。だから、ご心配していただいたのはありがたいのですが、大丈夫です……」

「し、死にたいぐらいに貧乏……!?」

 クラウヴィオ様は愕然とした表情を浮かべて、それから私の手をぎゅっと握った。

「だから、君はレイシールド様の侍女に選ばれたのだね。ティディちゃん、なんて可哀想なんだ……でも、レイシールド様は噂のような怖い方ではないから、多分大丈夫だとは思うけれど。それでも辛くて苦しいなら、お金は俺がなんとかしてあげる……!」

「だ、駄目です……! 初対面の方にお金を工面していただくわけには……」

「俺とティディちゃんは一緒に紅茶を飲んだ仲だから、もう初対面でも他人でもないよ。大丈夫、いつでも頼って」

「駄目です……」

 初対面の私にお金を貸してくれようとするとか、クラウヴィオ様、いい人すぎではないかしら。
 私が嘘をついていて、お金を騙し取ろうとしている可能性だってあるのに。
 騎士団長様なのだからもう少し慎重になったほうがいいと思う。

「クラウヴィオ。一体何をしている」

 低い声が聞こえた。
 声のした方に視線を向けると、休憩所の入り口に、冬眠から目覚めた熊──じゃなくて、レイシールド様が立っていた。

しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。 傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。 家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。 最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

処理中です...