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三章 首無し騎士と幻想無し
狂気との邂逅
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髑髏の装飾がされた柄頭に人間の骨を思わせる剣の鍔。禍々しく彩られた血鯖を思わせる鎧の色。そして首の代わりとばかりに湧き立つ紫炎。どれもこれもが嫌悪感と畏怖の感情を掻き立てるのだが、その見かけに不釣り合いなラッパの金色が殊更目の前の巨漢の異常さを増長させる。
人間大のサイズには程遠い。そびえ立つ壁が如く、俺の視界を塞ぐ首無し騎士デュラハンは今まさに剣を振り上げんとしていた。
「伏せろ! ハジメくんッ!」
声が聞こえそれに反応するよりも速くイオンの飛び蹴りがデュラハンの胸に命中する。人の肉体が出せる音とは思えないほどの轟音が鳴り、俺は咄嗟に身を屈めた。
「何してる? 早く態勢を立て直すんだよっ!」
「わかっっってんよッ!」
屈んだ姿勢のまま後転するように回り俺はすぐに銃を構える。照準を頭に合わしたところでそこに頭は無く、俺は引き金を引かず躊躇してしまう。
「イオン! こいつヘッドショットできねぇよ!」
「何を言ってる!? 当たり前だろッ!」
口に出してから、さも当然の事を言ってる事に気がつき俺は少し恥ずかしくなってしまう。
「フンッ!」
イオンは膝蹴りを喰らわせ床に着地した後にすぐさま追撃の回し蹴りをデュラハンの右膝へと打ち込む。金属バットのフルスイングを車のバンパーに叩き込むような音。そう形容したくなる程の衝撃音が鳴り、巨漢のデュラハンが膝をつく。
「浄魔炎」
「ツッ!」
好機とばかりに追撃を入れようとするイオンの前に白い炎が出現する。炎に当たる間一髪のところでイオンは立ち止まり、勢いを消すために横に飛び跳ね壊れた長椅子に着地した。イオンは殺気を込めた目をデュラハンでは無く、杖を構えたエレットに向ける。
「邪魔をするなァッ!」
「じゃ、邪魔だなんて……そんな……でも、これで終わりですよッ!」
エレットの身体に白いモヤがかかりそれが杖の先端に集まって渦を巻く。
「魔力付与!」
渦巻くソレはエレットの声に反応して飛び出し白炎に吸い込まれる。すると、急激に炎の勢いは増しデュラハンの身体をすっぽりと包み込む。
「ーッ! ーーツッ!?」
声にならない叫びを上げデュラハンはその巨体を揺らして火の中でもんどりうつ。白炎越しに見える鎧は炎に焼かれ焦げていき、僅かではあるが紫炎の揺らめきも小さくなっていた。
「対不死者の魔法です。ここで唱えたモノですので、まともに喰らえばタダではすみません」
言葉を口に出しながらも杖を握る手は一切緩めず、また全神経を集中させて魔力を練り上げるその姿は、ルチアのモノとは違った印象を俺に与えた。
ルチアの場合はそれこそ片手でお菓子を食べながらでも魔法を使っていたし、エレットのようにモヤもかかってもいなかった。
両者の違いが何の効果をもたらしているのかは分からないが、炎に巻かれる首無しが苦しんでいるのだけは確かだ。
「対魔の炎か……」
炎の白と血錆びの鎧が奏でる白色と赤黒色のコントラスト。絵の具で塗りつぶすかのように赤黒を消していくその様はまるで炎の白蛇が鎧に絡みついていき、その命を奪わんとしているようだった。
「これでやったのか?」
エレットが言うようにタダでは済まない惨状だが、俺はどうにも呆気なさ過ぎる気がしてならない。念のため銃の安全装置はかけず俺は油断無く構える。
「ーッ! ……っ」
やがて鎧の軋みにも似た叫び声は止み、首無し騎士は動かなくなった。
「えっ、終わった?」
倒れている首無しを目の前に俺は拍子抜けした思いを感じる。だか目の前で焼き尽くされ存在はもはや動く気配は無く、明らかに命は無くなっていた。
「呆気ねぇな」
「だね」
短い会話を交わし、俺とイオンは地面に横たわる首無しを見る。全身が焦げていたのだが、その焦げは黒では無く白であった。手に持っていたラッパは炎を免れたのか金色のままでその形を保っていた。
俺はそれを拾い上げくるりと回して裏表を見る。何の変哲も無いラッパだ。街の楽器屋さんで売ってるようなピストン付きのモノであった。
「これ……自衛隊のラッパじゃ無いぞ?」
「はぁ?」
自衛隊の持つ軍隊ラッパはビューグルと呼ばれるピストンが付いてない物だ。息の吹き方で音色を変えるタイプなのでピストンは付いていないのだ。
「それが一体どうしたというんだい?」
「聞いたのは確かに自衛隊のラッパだったんだ。いつも聞いてる音色だったんだ」
楽器が違えば奏でる音色も違う。即ち……
「こいつはラッパを吹いてた首無しじゃ無い?」
「まさか!?」
イオンはすぐさま倒れている首無し騎士の中身を見る。そして、明らかにショックを受けたように戸惑いの声を絞り出す。
「こいつはデュラハンじゃ……無い。リビングアーマーという魔物だ!」
「どういうことだ?」
「デュラハンは首が無いだけで肉体はある。こいつの中身は空っぽだ!」
「そ、そんな……私、魔力が……」
俺達はまさかの魔物違いを起こしてしまったという訳だ。何度も使えない必殺の魔法を目的の相手に使わず他のモノに使ってしまった事にエレットはショックを受けていた。
「じ、じゃあ本物はどこに……い」
エレットの言葉を遮るように部屋中に響く音、それは言わずもがなラッパの音である。ただ、今度は部屋の前から音は聞こえてきた。
瞬間走る緊張感。イオンはいつでも飛び出せるように低く構え、エレットは杖と松明を前へ突き出し、俺は射撃切り替えレバーを連発の位置に合わせる。
「見えたら撃てよハジメくん。このデュラハンはどこかおかしい……頭が良過ぎる」
「だから幻想調査隊の調査対象なんだろ。全く、入隊したらお化け手当とか付けてもらうぜ!」
「あぁ、神よ……」
ラッパの音は直ぐに止み、唾を飲み込む音でさえ響くほどの静けさが部屋を支配していた。
コツ、コツ、という踵を打つ足音が廊下から聞こえ、いよいよこの部屋の前にまで来た時それは現れた。人影が暗闇に映ると俺は指先に意識を集中させる。
「撃っ……あん?」
「あれは……冒険者?」
「み、皆さん!? 生きてたんですね!」
ドアの向こう側から出て来たのは剣や槍を持った男や、くたびれたローブを着た老人だった。どこかで見た事のある風貌だと思ったが、エレットの嬉しそうな声を聞いて彼らがエレットと共に行動をしていた冒険者だと分かった。直ぐに駆け出し、剣を持った冒険者の肩をエレットは揺すった。
だが、冒険者達に反応は無く不気味な程に静かだった。俺は背筋に言い知れない緊張感が走り直ぐさま声を荒げる。
「エレットッ! 今直ぐ離れろ!」
「へ!? ハジメさん、今なんて言いました?」
俺の大声に肩を揺らしてビクつき、逆にエレットはその場に留まってしまった。言葉の意味が通じて無いのか、困惑の色すらも見せている。
「離れろって! そいつらはもう……死んでる!」
腹部に大きな切り傷があり内臓《わた》が出ている剣士。近づいたエレットの位置からは見えない位置に大きく抉られた傷がある槍士。そして魔法を唱えるための喉が切り裂かれ、血すら乾いた老人。
再開を喜んでいたエレットは気が付かなかったようだが、ただの傍観者であった俺の目にはその異常さがはっきりと映っていた。
俺の声で仲間の異常に気付いたエレットは信じられないモノを見たかのように酷く動揺する。
「そ、そんな……だって……皆さんこうして、ここに……」
しどろもどろに言葉を紡ぐエレットは、徐々に現実を認識し顔が青ざめていく。
そして、またラッパの音が鳴り響く。
「これは……消灯ラッパ?」
今まで聞こえてきていた起床ラッパの明るい音色とは違い、物悲しい音色がどこからとも無く聞こえてくる。それに反応して冒険者達の身体がギシギシと音を立てるように動き出す。
「ァァ……オオ……ォォオア……」
「フィンクスさん……?」
フィンクスと呼ばれた剣士は腰の剣を抜き放つ。多数のゾンビを切り裂いた証だろう、肉片がこびり付いた剣は少し刃こぼれもしていた。
「避けろエレット!」
「ヒィ!?」
俺は咄嗟に撃とうとしたが、解き放たれた剣はエレットを斬りつける事は無かった。
「オヴッ」
「……」
剣士フィンクスが振り払った剣は彼のかつての仲間である二人の首を斬り裂いた。短い声と無言の声を出し、首は冷たい石材の床に転げ落ちる。
「あ……あっ……ああァァ……」
目の前の惨事にもはや声も出せなくなったエレットは腰を抜かしたのか床に倒れ伏せ涙ぐむ。短い期間だとはいえ、共に共闘した仲間のなれの果てに恐怖すら感じているようだ。
「グギっ、グラっ…………グガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガカッ!!」
もはや人の出せるモノでは無い声を出し、次にフィンクスが取った行動は己の首を斬り落とす事だった。
首に刃を当て、まるでノコギリのように何度も何度も何度も、一心不乱に動かす様は狂気に塗れていた。
「あ、あ、イヤ……嫌です……もうやだァァァァ!」
目の前で繰り広げられる仲間の凶行にエレットはまるで幼い少女のような悲鳴を上げ、自身の股間を自らの液体で湿らせる。
「チッ」
俺は短く舌打ちし、狂気に塗れる頭を撃ち抜く。
短い発砲音と共にフィンクスの額には小さな穴が空き、銃弾が抜けた後頭部には破裂したような穴が開かせる。まだ温もりがあるのか、湯気が立つ中身を床にぶちまけさせ、礼拝堂の神聖な空気を血肉の臭いに塗り替える。
完全に動きが止まり、食い込んだ刃からも血が滴り落ちるだけの肉体はそれでもエレットを見つめていた。
「ヒグっ、ヤダ……嫌ですよ……こんなの嫌です……」
「エレット! 早く来い、今すぐ来いっ言ってんだろ!」
尚も泣き続けるエレットに俺は怒声を浴びせる。可哀想だが、今は泣いている暇はない。今動かなければ俺達も冒険者のようになりかねないからだ。
「イオン、俺が行くから警戒を!」
「……」
俺の言葉をまるっきり無視しているのか、イオンは微動だにしない。
「ああもうッ! どいつもこいつも!」
俺は苛つきつつも銃を背中に背負い、エレットの元へ走り出す。近付くにつれ血の臭いと人が腐って行くような臭いを感じ吐きそうになるが、グッと飲み込みエレットを抱き上げる。抱き上げた時に俺はあまりにも軽すぎる事に驚く。
エレットは肉付きの良い女性だ。特に胸の辺りが。女性とはいえ大人である彼女はそれなりの重さがあるはずなのだが、仲間の凶行を目の当たりにして放心してしまっているのか、脱力しきって何の抵抗感も無い。
「そんなんじゃ胸揉まれても文句は言えねぇぞ! 後で揉み尽くしちまうぞ!」
「あ……う……」
「……クソッ」
渾身の冗談のつもりだったのだが、当の本人が全く反応しないのでは意味が無い。俺は気を取り直して担ぎ直すとイオンの元へ走る。
【戦い勝つにはどうすればいいかって? 簡単だ。相手に勝つのを諦めさせればいい】
鳴り響くラッパの音。今度は今までとは違う曲調のものであり、俺は何の音か一瞬分からなかった。
「クッソッ! 今度は何のラッパだよ!?」
その答えは直ぐに出た。今までの城の静けさが嘘のようにそこら中から何かが走ってくる音が聞こえたからだ。
「……突撃ラッパかよ」
部隊が目標を奪取する時に吹奏される音色。辺りに響く無数の足音は今まさに、俺達のいる場所を奪取せんと迫ってきていた。
人間大のサイズには程遠い。そびえ立つ壁が如く、俺の視界を塞ぐ首無し騎士デュラハンは今まさに剣を振り上げんとしていた。
「伏せろ! ハジメくんッ!」
声が聞こえそれに反応するよりも速くイオンの飛び蹴りがデュラハンの胸に命中する。人の肉体が出せる音とは思えないほどの轟音が鳴り、俺は咄嗟に身を屈めた。
「何してる? 早く態勢を立て直すんだよっ!」
「わかっっってんよッ!」
屈んだ姿勢のまま後転するように回り俺はすぐに銃を構える。照準を頭に合わしたところでそこに頭は無く、俺は引き金を引かず躊躇してしまう。
「イオン! こいつヘッドショットできねぇよ!」
「何を言ってる!? 当たり前だろッ!」
口に出してから、さも当然の事を言ってる事に気がつき俺は少し恥ずかしくなってしまう。
「フンッ!」
イオンは膝蹴りを喰らわせ床に着地した後にすぐさま追撃の回し蹴りをデュラハンの右膝へと打ち込む。金属バットのフルスイングを車のバンパーに叩き込むような音。そう形容したくなる程の衝撃音が鳴り、巨漢のデュラハンが膝をつく。
「浄魔炎」
「ツッ!」
好機とばかりに追撃を入れようとするイオンの前に白い炎が出現する。炎に当たる間一髪のところでイオンは立ち止まり、勢いを消すために横に飛び跳ね壊れた長椅子に着地した。イオンは殺気を込めた目をデュラハンでは無く、杖を構えたエレットに向ける。
「邪魔をするなァッ!」
「じゃ、邪魔だなんて……そんな……でも、これで終わりですよッ!」
エレットの身体に白いモヤがかかりそれが杖の先端に集まって渦を巻く。
「魔力付与!」
渦巻くソレはエレットの声に反応して飛び出し白炎に吸い込まれる。すると、急激に炎の勢いは増しデュラハンの身体をすっぽりと包み込む。
「ーッ! ーーツッ!?」
声にならない叫びを上げデュラハンはその巨体を揺らして火の中でもんどりうつ。白炎越しに見える鎧は炎に焼かれ焦げていき、僅かではあるが紫炎の揺らめきも小さくなっていた。
「対不死者の魔法です。ここで唱えたモノですので、まともに喰らえばタダではすみません」
言葉を口に出しながらも杖を握る手は一切緩めず、また全神経を集中させて魔力を練り上げるその姿は、ルチアのモノとは違った印象を俺に与えた。
ルチアの場合はそれこそ片手でお菓子を食べながらでも魔法を使っていたし、エレットのようにモヤもかかってもいなかった。
両者の違いが何の効果をもたらしているのかは分からないが、炎に巻かれる首無しが苦しんでいるのだけは確かだ。
「対魔の炎か……」
炎の白と血錆びの鎧が奏でる白色と赤黒色のコントラスト。絵の具で塗りつぶすかのように赤黒を消していくその様はまるで炎の白蛇が鎧に絡みついていき、その命を奪わんとしているようだった。
「これでやったのか?」
エレットが言うようにタダでは済まない惨状だが、俺はどうにも呆気なさ過ぎる気がしてならない。念のため銃の安全装置はかけず俺は油断無く構える。
「ーッ! ……っ」
やがて鎧の軋みにも似た叫び声は止み、首無し騎士は動かなくなった。
「えっ、終わった?」
倒れている首無しを目の前に俺は拍子抜けした思いを感じる。だか目の前で焼き尽くされ存在はもはや動く気配は無く、明らかに命は無くなっていた。
「呆気ねぇな」
「だね」
短い会話を交わし、俺とイオンは地面に横たわる首無しを見る。全身が焦げていたのだが、その焦げは黒では無く白であった。手に持っていたラッパは炎を免れたのか金色のままでその形を保っていた。
俺はそれを拾い上げくるりと回して裏表を見る。何の変哲も無いラッパだ。街の楽器屋さんで売ってるようなピストン付きのモノであった。
「これ……自衛隊のラッパじゃ無いぞ?」
「はぁ?」
自衛隊の持つ軍隊ラッパはビューグルと呼ばれるピストンが付いてない物だ。息の吹き方で音色を変えるタイプなのでピストンは付いていないのだ。
「それが一体どうしたというんだい?」
「聞いたのは確かに自衛隊のラッパだったんだ。いつも聞いてる音色だったんだ」
楽器が違えば奏でる音色も違う。即ち……
「こいつはラッパを吹いてた首無しじゃ無い?」
「まさか!?」
イオンはすぐさま倒れている首無し騎士の中身を見る。そして、明らかにショックを受けたように戸惑いの声を絞り出す。
「こいつはデュラハンじゃ……無い。リビングアーマーという魔物だ!」
「どういうことだ?」
「デュラハンは首が無いだけで肉体はある。こいつの中身は空っぽだ!」
「そ、そんな……私、魔力が……」
俺達はまさかの魔物違いを起こしてしまったという訳だ。何度も使えない必殺の魔法を目的の相手に使わず他のモノに使ってしまった事にエレットはショックを受けていた。
「じ、じゃあ本物はどこに……い」
エレットの言葉を遮るように部屋中に響く音、それは言わずもがなラッパの音である。ただ、今度は部屋の前から音は聞こえてきた。
瞬間走る緊張感。イオンはいつでも飛び出せるように低く構え、エレットは杖と松明を前へ突き出し、俺は射撃切り替えレバーを連発の位置に合わせる。
「見えたら撃てよハジメくん。このデュラハンはどこかおかしい……頭が良過ぎる」
「だから幻想調査隊の調査対象なんだろ。全く、入隊したらお化け手当とか付けてもらうぜ!」
「あぁ、神よ……」
ラッパの音は直ぐに止み、唾を飲み込む音でさえ響くほどの静けさが部屋を支配していた。
コツ、コツ、という踵を打つ足音が廊下から聞こえ、いよいよこの部屋の前にまで来た時それは現れた。人影が暗闇に映ると俺は指先に意識を集中させる。
「撃っ……あん?」
「あれは……冒険者?」
「み、皆さん!? 生きてたんですね!」
ドアの向こう側から出て来たのは剣や槍を持った男や、くたびれたローブを着た老人だった。どこかで見た事のある風貌だと思ったが、エレットの嬉しそうな声を聞いて彼らがエレットと共に行動をしていた冒険者だと分かった。直ぐに駆け出し、剣を持った冒険者の肩をエレットは揺すった。
だが、冒険者達に反応は無く不気味な程に静かだった。俺は背筋に言い知れない緊張感が走り直ぐさま声を荒げる。
「エレットッ! 今直ぐ離れろ!」
「へ!? ハジメさん、今なんて言いました?」
俺の大声に肩を揺らしてビクつき、逆にエレットはその場に留まってしまった。言葉の意味が通じて無いのか、困惑の色すらも見せている。
「離れろって! そいつらはもう……死んでる!」
腹部に大きな切り傷があり内臓《わた》が出ている剣士。近づいたエレットの位置からは見えない位置に大きく抉られた傷がある槍士。そして魔法を唱えるための喉が切り裂かれ、血すら乾いた老人。
再開を喜んでいたエレットは気が付かなかったようだが、ただの傍観者であった俺の目にはその異常さがはっきりと映っていた。
俺の声で仲間の異常に気付いたエレットは信じられないモノを見たかのように酷く動揺する。
「そ、そんな……だって……皆さんこうして、ここに……」
しどろもどろに言葉を紡ぐエレットは、徐々に現実を認識し顔が青ざめていく。
そして、またラッパの音が鳴り響く。
「これは……消灯ラッパ?」
今まで聞こえてきていた起床ラッパの明るい音色とは違い、物悲しい音色がどこからとも無く聞こえてくる。それに反応して冒険者達の身体がギシギシと音を立てるように動き出す。
「ァァ……オオ……ォォオア……」
「フィンクスさん……?」
フィンクスと呼ばれた剣士は腰の剣を抜き放つ。多数のゾンビを切り裂いた証だろう、肉片がこびり付いた剣は少し刃こぼれもしていた。
「避けろエレット!」
「ヒィ!?」
俺は咄嗟に撃とうとしたが、解き放たれた剣はエレットを斬りつける事は無かった。
「オヴッ」
「……」
剣士フィンクスが振り払った剣は彼のかつての仲間である二人の首を斬り裂いた。短い声と無言の声を出し、首は冷たい石材の床に転げ落ちる。
「あ……あっ……ああァァ……」
目の前の惨事にもはや声も出せなくなったエレットは腰を抜かしたのか床に倒れ伏せ涙ぐむ。短い期間だとはいえ、共に共闘した仲間のなれの果てに恐怖すら感じているようだ。
「グギっ、グラっ…………グガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガカッ!!」
もはや人の出せるモノでは無い声を出し、次にフィンクスが取った行動は己の首を斬り落とす事だった。
首に刃を当て、まるでノコギリのように何度も何度も何度も、一心不乱に動かす様は狂気に塗れていた。
「あ、あ、イヤ……嫌です……もうやだァァァァ!」
目の前で繰り広げられる仲間の凶行にエレットはまるで幼い少女のような悲鳴を上げ、自身の股間を自らの液体で湿らせる。
「チッ」
俺は短く舌打ちし、狂気に塗れる頭を撃ち抜く。
短い発砲音と共にフィンクスの額には小さな穴が空き、銃弾が抜けた後頭部には破裂したような穴が開かせる。まだ温もりがあるのか、湯気が立つ中身を床にぶちまけさせ、礼拝堂の神聖な空気を血肉の臭いに塗り替える。
完全に動きが止まり、食い込んだ刃からも血が滴り落ちるだけの肉体はそれでもエレットを見つめていた。
「ヒグっ、ヤダ……嫌ですよ……こんなの嫌です……」
「エレット! 早く来い、今すぐ来いっ言ってんだろ!」
尚も泣き続けるエレットに俺は怒声を浴びせる。可哀想だが、今は泣いている暇はない。今動かなければ俺達も冒険者のようになりかねないからだ。
「イオン、俺が行くから警戒を!」
「……」
俺の言葉をまるっきり無視しているのか、イオンは微動だにしない。
「ああもうッ! どいつもこいつも!」
俺は苛つきつつも銃を背中に背負い、エレットの元へ走り出す。近付くにつれ血の臭いと人が腐って行くような臭いを感じ吐きそうになるが、グッと飲み込みエレットを抱き上げる。抱き上げた時に俺はあまりにも軽すぎる事に驚く。
エレットは肉付きの良い女性だ。特に胸の辺りが。女性とはいえ大人である彼女はそれなりの重さがあるはずなのだが、仲間の凶行を目の当たりにして放心してしまっているのか、脱力しきって何の抵抗感も無い。
「そんなんじゃ胸揉まれても文句は言えねぇぞ! 後で揉み尽くしちまうぞ!」
「あ……う……」
「……クソッ」
渾身の冗談のつもりだったのだが、当の本人が全く反応しないのでは意味が無い。俺は気を取り直して担ぎ直すとイオンの元へ走る。
【戦い勝つにはどうすればいいかって? 簡単だ。相手に勝つのを諦めさせればいい】
鳴り響くラッパの音。今度は今までとは違う曲調のものであり、俺は何の音か一瞬分からなかった。
「クッソッ! 今度は何のラッパだよ!?」
その答えは直ぐに出た。今までの城の静けさが嘘のようにそこら中から何かが走ってくる音が聞こえたからだ。
「……突撃ラッパかよ」
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