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3. 揺れ動く気持ち
しおりを挟む殿下は、初めこそ少し様子がおかしかったけれど、その後の私たちは何事も無かったかのようにいつも通りに過ごした。
殿下と共にセットで挨拶をされたり、私をダンスに誘おうとする男性を殿下が笑顔で追い払ったり……
二人で夜会やパーティーに出た時のいつも通りの過ごし方だった。
「ユディット、大丈夫? 疲れていない?」
「大丈夫ですわ」
「今日はなるべく僕から離れないように! いいね?」
「は、はい……」
ただ、いつもよりも殿下が私から離れようとしなかったのは、また私が誰かに絡まれる事を警戒していたからなのかもしれない。
(そういう所も優しいの……)
だからこそ、いつだって私の調子は狂ってしまう。
「あ! ユディット、あそこに君の好きそうなお菓子があるよ」
「えっ! 私の好きそうなお菓子……ですか!?」
殿下のその言葉で私はパッと顔上げる。
バチッと目が合うと殿下はにっこり微笑んでいた。
「そうだよ。だってほら、ユディットは甘いものが好きだろう?」
“甘いもの”という言葉に私の目がキラリと輝く。
殿下の言うように私はとにかく甘いものが好きで、お父様にも買ってきて? と昔からよく強請ってしまうほど。
「ど、どこですか!?」
「あっち、あそこのテーブルの並びだ」
「あっちですね!?」
私は殿下の指さした方向に勢いよく身体を向ける。
これは今すぐ全速力で駆けつけたい!
でも、さすがにそれは淑女としても殿下の婚約者としても失格なので、仕方なく大人しく向かおうとした所でふと思った。
(あれ……? ちょっと待って?)
私は足を止めて振り返りながら殿下に声をかける。
「あの? ……私、殿下に甘いものが好きだと話しましたか?」
「え?」
私の質問に殿下があれ? という顔をする。
これまで殿下とお茶を共にする機会はたくさんあった。
そして、さすが王宮!
その時に出されるお茶菓子も、いつだって私の好きなものばかりで、私は内心ではいつもはしゃいでいた。なんなら邸に戻ってからメイドや家族にその美味しさを語ったりもした。
でも、それを殿下に向けて言葉にした覚えは無い。
(どういう事かしら……? なんで知っているの?)
「あー……そっか……それはだね、ユディットの反応を見ていればだいたい分かるよ」
「え!」
「いつもお茶会の時、目をキラキラさせていて可愛いなとずっと思っていたからね」
「か、可愛っ……」
また、とんでもなく恥ずかしい言葉が飛び出した。
どうして殿下は照れもせず平気でそんな事を言えるのかしら?
「もしかして私……そんなに分かりやすい……のですか?」
何故か殿下には、たいていの私のことは筒抜けのような気もするけれど、聞いてみた。
殿下は優しく微笑むと私の頭を撫でる。
「僕がユディットの事をいつも見ているから分かるだけだよ」
「……!」
「でもね……甘いものが好きだという話の件は、昔、君のお兄さんに聞いていたから、随分前から知っていたんだ」
「お兄様に、ですか?」
「うん。妹は昔から甘いものが好きで好きで好きで……とにかく目がないんだ、とよく語っていたから」
殿下はその時の会話を思い出したのかクツクツと笑っている。
いったい二人はどんな会話をしたのかしら? 変な事を言っていないといいのだけど……
「もう……お兄様ったら……!」
「怒らないでやってくれ。それだけ妹が可愛いということだろう?」
「そうとも言えますけど……」
私のお兄様、ローランはちょっびり過保護だ。
妹である私を溺愛していると言ってもいい。
(まぁ、ずっと病弱だったから心配かけてばかりだったし、仕方ないけれど)
だからと言って私のことをペラペラ喋るのは如何なものかと思うわ!
帰ったら文句の一つくらいは言わせてもらうわよ、お兄様!
と、私は密かに決意する。
「……まぁ、君の兄のそう思う気持ちはよく分かる」
殿下が、うんうんと頷いている。
「え? 分かる……のですか?」
「……」
私が聞き返すと、殿下が真っ直ぐ私のことを見つめた。
その目があまりにも真剣だったので胸がドキンッと大きく跳ねる。
(落ち着け……落ち着くのよ、私の心臓!)
私が動揺しているのを分かっているのか、殿下はまたしても優しく微笑む。
「だって、ユディットはこんなにも可愛い人だからね」
「な、何を言っているのですか!」
殿下は軽く笑うと、私の髪を手でそっとすくってそこに軽くキスを落とした。
「この艶のある黒髪もとても綺麗でよく似合っているし……キラキラと輝く瞳はまるで宝石のようだ……どれもユディット、君らしくて素敵だよ」
「そ、そんな事……」
は、初めて言われたわ。
どうしよう……何これ……頬が熱い。
キザなセリフだと思うのに……王子様だからなの?
様になっているのがずるい!
「~~~っっ」
「ユディット?」
「っ!」
(どうして……どうして殿下はそんなに愛おしそうな目で私を見るの?)
……聞いてみてもいいかしら?
あなたの中のジュディス王女には決して敵わないだろうけれど、殿下、あなたは少しは私の事を───
「で、殿下!」
「うん? どうかした?」
「あ、あの……お、お聞きしたい事が」
「聞きたい事? 何かな?」
殿下が不思議そうに首を傾げる。
そしてついに私がこれまで無駄に一年近くもグルグル悩んで来た事を聞いてみよう!
と、ようやく決心したその時だった。
「嘘……そ、その話、本当なの!?」
「本当よ、ドゥルモンテ国の友人に聞いたんだから!」
「えーーー!」
「……しー! 駄目よ!! そんな大声をあげないで!」
「あ……ごめんなさい……でも、だって本当に驚いてしまって……もし、それが本当なら……」
ちょうど近くにいた令嬢たちの大きな声に邪魔されてしまった。
しかも、私の気の所為でなければその令嬢たちは、チラチラと私を見てくる。
(……何かしら?)
そして、私と目が合ってしまったその令嬢たちはハッとした顔をすると、居心地悪そうに慌ててその場から離れていく。
だけど、その際もヒソヒソと何かを話していた。
「……今の何だろうね? ユディットに対して随分と感じの悪い態度だった」
「殿下……」
殿下の声が少し怒っている。
「どうやら、とても驚く話を聞いた……そんな様子でしたけれど」
「……驚く話、ね……どちらにしてもろくな話じゃない気がするな」
(……あぁ、何だかもう聞ける雰囲気ではなくなってしまったわ)
私の勇気が萎んでいく。
「ユディット? それで言いかけていた話って何かな?」
「……あ、いえ……もう大丈夫です。すみません……またの機会にします……」
「そう? 分かったよ。じゃあ、そろそろユディットの好きなお菓子のところに行こうか?」
「は、はい!」
(そうよ! お菓子……甘いものを食べて少し気持ちを落ち着かせよう……)
───そうして殿下と念願のお菓子の元に向かって行ったこの時の私は知らない。
今、復興の最中にあるドゥルモンテ国の国民達の中で今、まことしやかに囁かれている、とある“噂”を───
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