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4. 不穏な噂

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「お兄様!」
「おお、ユディット!  おかえり。夜会はどうだっ……」
「お兄様!  殿下に私のことを勝手に話をしたでしょう!?」

  夜会の後、邸に戻った私はさっそくお兄様の部屋を訪ねて詰め寄る。

「……お、おう?  い、いきなり何の話だ?」
「殿下から聞きました!  お兄様からあれやこれやと私の話を聞いた、と!」

  私はお兄様にぐいぐい迫る。

「待て待て待て……ユディットの話って」

  帰ってくるなり突然、詰め寄られたお兄様は困惑していた。

「あー……コホッ、突然、どうした、ユディット?  夜会でバーナード殿下と何かあったのか?」
「何か……」

  逆にそう問われて、夜会の最中の殿下の恥ずかしいセリフの数々を思い出してしまう。

「~~~っ!」
「なっ!?  ユディット!  顔が……顔が真っ赤になったぞ!」
「え?」

  私は慌てて自分の頬を抑える。

「ま、まさか!  熱……熱があがってしまったのか!? 」
「……えっ!?」
「疲れもあって具合が悪いのに俺なんかの所に来てはダメだろう!?   いくらもう回復したと言ってもお前はあんなにも……!」
「え?  あ……おに……」

  何かを勘違いしたお兄様の過保護スイッチが入った為、私はそのまま部屋に戻され、無理やりベッドに寝かされてしまう。

  (えーー!)

「ユディット。お前の言う、殿下?  がなんちゃらかんちゃらしたという話は、また今度ゆっくり聞く!  とにかく今は休め!」 
「え、お兄さ……」

  私は、全然元気です───!
  ピンピンしてますから───!?

  無情にも私のそんな声はお兄様に届くことはなく、お兄様は部屋を出ていってしまった。



「……聞けなかったわ」

  半ば強引に寝かされた私は、お兄様にいったい殿下と私についてのどんな話をどこまでしたのかを聞きだすことは出来なかった。
  気になってしょうがないというのに。

  (……殿下)

  お兄様から聞き出してまで、そんなにも私の事を知りたかったのは……
  そこまで考えて、また頬が熱くなる。

「婚約者の義務……ではなくて……私、のことを好きになってくれたから……だったらいいのに」

  一人ベッドの中でうずくまり小さな声でそう呟いた。



─────

───


  そのまま眠ってしまった私は不思議な夢を見た。

  何故か、夢の中で私は“ジュディス王女”になっていて───


  …………そして、なぜなのか。木に登っていた。


『ジュディス!  姿が見えないと思ったら……君はまたこんな所に!』

  そんな中、息を切らしたバーナードが、ようやく見つけた!  と言って駆けて来た。

『……あ、あら?  やだ、バーナード……もう見つけちゃったの?』
『当たり前だろ?  ジュディスの行動パターンはだいたい分かる。特に木の上は一番好きだろう?』
『あら……もしかして私……そんなに分かりやすい?』

  バーナードは、やれやれと言った顔でこっちを見つめながら言った。

『そんなの、僕がジュディスの事をいつも見ているから分かるだけだよ』
『……!』
『……だから、ほら、お転婆王女様。皆が……特にヘクトールが心配してるから早く降りておいで?』
『お兄様が?』
『彼は心配症だからね』

  何で王女が木になんか登ってるんだ……とバーナードはブツブツ呟いている。
  だって高い所に登るのは気持ちいいんだもの、と、ジュディスは思った。

『……』
『ジュディス?』
『ねぇ、バーナード』
『うん?』
『こんな、私でも呆れたりしない?  やっぱり王女……らしくないでしょう?』

  突然の質問にバーナードは目を丸くして驚いていた。
  だけど、すぐに優しく笑う。

『当たり前だろう?  こんなお転婆王女の相手を出来るのは僕だけだと思うよ?』
『……もう、バーナードったら!  失礼ね……でも、ありがとう』
『本当の事だろう?  さ、そろそろ降りておいで?』

  そう言ってバーナードは手を差し出した。


 
───

─────


「…………夢」

  目が覚めた私はムクっと起き上がる。
  そして両手で自分の顔を覆って嘆いた。恥ずかしい!  何これ!

「わ、私…………なんて夢を……」

  殿下の出てくる夢というだけでも恥ずかしいのに、何故、自分がジュディス王女になっているの……!

「いくら王女様が羨ましいからって……ありえない」

  深く殿下に想われ、亡くなった今でさえ大切に思われている王女様。
  二人の間にこんなエピソードがあったかどうかなんてもちろん私は知らない。
  そもそも、王女様が木に登るって……無いでしょう!

「これ、きっと私の願望が作り出したとんでもない夢だわ……」

  だって私、ずっと思ってたんだもの。
  元気になったら木に登ってみたいって!  
  高い所は絶対に気持ちいいだろうなって思っていた。

「…………夢でも殿下の笑顔と優しさは変わらなかったわ」

  チクリ。
  また、胸が痛む。
  夢の中の……しかも自分が作り上げた王女に嫉妬するなんて馬鹿げている。
  でも……

「…………バーナード、さま」  

  ───ユディット、よければ僕のことはバーナードと呼んでくれたら嬉しい。

  婚約が成立してすぐの頃、殿下にそう言われた。
  でも、私は恥ずかしくて未だに名前で呼んだことは無い。   
  殿下は決して強要も急かしたりもしないけれど、内心はどう思っているのかしら。

  ズキッ!

「…………今度は頭まで痛くなって来たわ。やっぱりお兄様の言う通り疲れてるの……かも」

  ズキッズキズキッ……

  また、瞼が重くなってきた私は、そのまま再び眠りに落ちた。

  ───今度は何の夢も見なかった。



❋❋❋❋



  殿下と婚約した私には当然だけど“お妃教育”というものが始まった。
  そのため、私は頻繁に王宮を訪ねている。

  (殿下は忙しくてあまりお会いできないのが寂しいわ)

  会いたくて……
  と、行動出来たなら、こんなに一年間をモダモダせずにさっさと聞きたいことを聞けたかしら?
  なんて思ってしまう。

  (……?)

  それにしても、今日はいつも以上に視線が痛い気がする。
  じろじろ見られる事には慣れたけれど、今日はどうしたのだろう!

  ───ドゥルモンテ……
  ───婚約
  ───……ジュディス王女

  (……ジュディス王女ですって?)

  そんなヒソヒソした声が私の耳に聞こえて来る。

「……」

  ドゥルモンテ国の名前や王女様の名前が頻繁に出ている事に動揺した。
  国に何かあったのか……それとも───
  やめておけばいいのに、私はそっと聞き耳を立ててしまう。

   そして……

「……もし、この噂の通り、本当にドゥルモンテ国の王女様が生きていたなら、殿下との婚約はどうなるんだろう?」
「ユディット様には残念な話だろうけど……」
「やっぱり婚約解消だろうな」
「身分がねぇ……向こうは王女様だし」

  ─────!!

  …………噂?  王女様が生きている?
  皆のこの様子、この話はかなり広がっていると推測出来た。
  ようやく、じろじろと視線を浴びていた理由が分かったわ。

  (でも、これは、単なる噂……よね?)

  だって、さっきも誰かが言っていたけれど、もしも本当に王女様が生きていたなら───

  (要らないのは……どう考えても、私)
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