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8. 異様な光景

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「エリィ様~」
「エリィ嬢、おはよう!」
「エリィ様、今日こそはわたくしとお昼をご一緒してくださいませ」
「ちょっと抜けがけしないで。ずるいわ!  ぜひ、私と!」
「おい!  女性陣ばかりずるいぞ……俺達だって……」

  今日も朝からエリィ様は皆に囲まれていた。
 
「まぁ!  皆様、ありがとう。でも落ち着いて?」

  大勢の男女に囲まれているエリィ様は可愛らしい笑顔を浮かべて応対している。

「私、いがみ合う姿は見たくないの……だから、皆、仲良くしましょう?」
「……エリィ様!!」
「エリィ嬢!!」
「あぁ、凄いわぁ……光属性の持ち主って外見も心も綺麗なのねぇ……」
「本当に!」

  そんな声までもが聞こえて来て私はギョッとした。

  (いやいやいや、属性と性格って関係無いわよね!?)

「ふふふ、もう!  大袈裟だわ。そんな事ないわよ」

  困った様に笑うエリィ様。
  そんな彼女を囲っている人達はそんな所さえも褒め称える。

「エリィ嬢は謙虚だな」
「本当に!  素敵だわ」
「可愛いし、最高だ」

  私は、はぁ……と内心でため息を吐く。

  (……この光景もすっかり見慣れてしまったわ)

  エリィ様が編入して来てから約1ヶ月がたったけれど、あっという間に彼女は学院の人気者となっていた。
  エリィ様の周りに集まるのはアレンディス殿下や、その側近達だけでは無い。

  (……だけど、どうしてかしら?)
 
  彼女は当初、見目が良く身分の高い男性ばかり侍らしていたから、令嬢達から敵意を向けられる事が多かった。リシェリエ様のように、その令息達の婚約者令嬢からは特に恨まれていた……と言っても過言では無い。

  なのに、だ。

  日に日に増えていく彼女を取り囲む人達の顔ぶれを見ていて私は気付いた。
  エリィさんに対して婚約者を奪われそうになって敵意を向けていたはずの令嬢達までもが、彼女を取り巻くようになっていた。
  中には婚約破棄にまで発展して、先日大きく揉めていた人もいたのに。

  (これはさすがにおかしい……)

  この異様な光景に唖然としていると、

「おはよう、フィーリー。なぁ、ここ最近の皆、色々変じゃないか?」

  私の横にルシアンがやって来てそう口にした。

「ルシアン、おはよう。ねぇ、やっぱりルシアンもそう思う?  ……って、あなたは良いの?」
「?  何がだ?」

  ルシアンは首を傾げている。

「あなたは、皆みたいにエリィ様の元に行こうって思わないの?  って意味だけど」
「何で俺が?  なるわけないだろ」
「そう……」

  きっぱり否定するルシアン。どうやらルシアンは大丈夫そうだ。
  その事に安心した私は、もう一度、大勢に囲まれながら微笑んでいるエリィ様に視線を向ける。

  (やっぱり、これは……エリィ様は特殊能力……スキル持ち?)

   おそらくだけど、私はエリィ様は、人々の精神に影響を及ぼす力を持っているのではないかと疑っている。
  だけど、確証も無いのに軽々しくそんな事は言えない。

  そもそもスキルは魔力量の多い人に発現するものだから、ほぼ貴族しか持っていない力。
  だからこそ、魔力測定で魔力の多かった貴族の子供には、その時点で力が発現していなくても“特殊能力”の使い方について親や周囲が早いうちから説明し、悪用しないように言い聞かせているのだと言う。

  (特に精神作用系は、魔術師協会に報告義務があって監視対象とも聞いたわ……)

  でも、エリィ様は違う。
  私もそうだけど彼女は平民として育って来ていて、魔術学院にも編入して来たばかりだからそう言った教育は不十分な可能性が高い。

  (後は本人が自覚せずに無意識に使用している場合もあるけれど……)

  エリィ様の場合はどうなのだろう?
  意識的なのか無意識なのか分からないけれど、もし彼女が精神作用系の特殊能力持ちで、無意識ではなく意識的に力を使っていたら……

  (……怖っ)

「絶対おかしい。かなり多くの人が自分の婚約者を放って、エリィ・マドリガル嬢の取り巻きになっているんだぞ?」

  ルシアンは苦々しそうな表情で言った。
  その中の1人は言わずもがな、アレンディス殿下。
  殿下とリシェリエ様の関係はかなり酷い状態で、なんなら“婚約破棄”まで囁かれる始末。

「それを言うなら、婚約者を彼女に取られた状態とも言える令嬢達が静かなのも怖いわよ。中には一緒になって取り巻きの1人と化している令嬢もいるし」
「どんな状況だよ……」

  やはり、ルシアンもその異様さは感じているみたい。

「そうだ!  ルシアンの婚約者は大丈夫なの?  おかしな状態になってない?」
「…………は?」
「…………え?」

  私としては何気なく聞いた軽い一言だったのに、ルシアンは目を丸くして驚いている。
  何なの?  その顔。

「俺の婚約者って……お前は何の事を言ってるんだ」
「へ?  だっているでしょ?  婚約者」

  ルシアンは次男なので嫡男では無いけれど、侯爵家の令息で未来の大魔術師様。婚約者がいないわけない。
  そう思って聞いたのにその反応は何なのだ。

「いない」
「…………は?」
「だから、俺に婚約者はいない」

  今度は私が目を丸くする番だった。

「どうして?  そんなはず……」
「お前……俺を誰だと思っているんだ?」
「ルシアン」
「……っ!  そうだが、そうじゃなーーい!」
「じゃ、何なの?」

  私の言葉に、ルシアンはやれやれといった呆れた表情を浮かべながら説明をしてくれた。

「全くお前は…………コホンッ。確かに俺は侯爵家の人間だ。普通なら婚約者の1人や2人いただろう」
「…………2人もいたら、不誠実じゃない?」
「っ!  分かってるよ!  ~~頼むから話の腰を折らないでくれ!」

  ちょっと揚げ足を取ってみただけなのに、ルシアンはムキになって叫ぶ。
  怒りっぽいわねぇ……

  気を取り直したルシアンが軽く咳払いをした後、続ける。

「あー……だが、俺は将来、大魔術師となる定めを受けて生まれた者なんだ」
「…………」
「そんな簡単にホイホイ婚約者を決める事は出来ない」
「それって、ルシアンの相手には色々条件が必要って事?  何だか大変そうね」
「……どうなんだろうな」

  そう答えた時のルシアンの顔は少し切なそうだった。

「家柄とか魔力とか魔術師の技能に優れてる人間を宛てがわれるんだろう……そう思って来た」
「あぁ……なるほど。つまり、ルシアンの意思は二の次なのね」

  貴族の結婚も政略結婚ばかりだけど、ルシアンの場合は未来の大魔術師という立場ゆえ更に雁字搦めにさせられてるのだな、と思った。

「……………なぁ、フィーリー、それでも俺は」
「な、なに?」

  そう言って、うつむき加減だった顔をパッと上げたルシアンの顔がとても真剣で驚く。

「……」
「……?」
「…………い、いや、何でもない」
「そ、そう?」
「……」

  私達は少しだけ見つめ合ったけれど、顔を赤くしたルシアンにパッと目を逸らされてしまう。
  何だろう?  ルシアンは何を言いかけたのかしら?

  (何か変な空気になってしまった……あと、何これ?  胸がドキドキする……)

  私は、慣れないこの空気にひたすらむず痒い気持ちを感じていた。


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