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9. 未来の大魔術師様の忠告

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  結局、エリィ様の事は何一つ分からないまま日にちだけが過ぎて行く。
  日に日に彼女を取り巻く人達は増えていくばかり。

  (絶対、何か特殊能力を使ってると思うんだけど)

  そうは言っても、何の証拠も無いので彼女を罪に問えるわけでも無い。
  言ってしまえば、彼女はただ人々を虜にしているだけ。それが、スキルとか関係なくエリィ様が単純に魅力的なのだと言われてしまえばそれだけの話。

  (関わるとろくな事にならない気がする)

  エリィ様に惚れ込んだどこかの令息がどこかの令嬢と婚約破棄をしたとしても、それが何か私の人生に影響があるわけでもない。薄情かもしれないけれど、それだったら私は関わりたくない。

  ───そんな風に傍観者を決め込んでいたのに、結局私は巻き込まれることになる。





「──あら?  あれはルシアン?」

  本日の授業が終わり、親元を離れて寮暮らしをしている私は女子寮に戻ろうと思って廊下を歩いていたら、その先でルシアンの姿を見つけた。
  ルシアンがそこに居る事に対しては別に何一つおかしな事はないけれど、私が気になったのには理由がある。

  (どうしてエリィ様と……?)

  私が驚いた理由はルシアンが話している相手が、あのエリィ様だったからだ。
  私の位置からはルシアンの背中しか見えないので、彼の様子も表情も分からない。だけど、ルシアンに話しかけているエリィ様の顔はよく見えた。

「…………」

  エリィ様は頬を朱く染めて瞳を潤ませながらルシアンの事を見つめていた。

  (わー、めちゃめちゃ可愛い……)

  あんな美少女にこんな表情をされたらひとたまりもない気がする。
  やっぱり、エリィ様はスキルとかではなくて、ただ単純にこんな様子で人をたらしこんでいっただけなのかもしれない……とも思えてしまう。

  (それに、二人が並んでいる姿も美男美女でお似合いだわ)

  ……チクッ
  何故か私の胸が痛む。

「どうして私の胸が痛むのよ……」 

  別にルシアンが、誰と話そうと誰とお似合いだろうと私には関係は無──……

「……どうしてですか!?  何故、そんな事を言うんですか?」

  そう思った時、エリィ様の不満そうな声が聞こえて来た。先程までの可愛らしい表情が嘘のように今度は少し怒り気味だ。

  (……?  どうして声が……?)

  そこで、自分が無意識に風の力を使っていた事に気付く。普段、制御しているはずの力を無意識とはいえ使ってしまった事に驚いた。

  (ダメよ……これではただの盗み聞きだわ……)

「……ルシアン様。私は──」
「特に用が無いならもう行って構わないだろうか?  帰られてしまう」
「え?」
「こうしてる間にフィーリーに帰られてしまうかもしれないのでね」
「え?  フィーリー?」

  (…………私?)

「さっきから、君の話を聞いていたが、“えっと、私……実は……”と口篭るばかりで話が全然進まない」
「!」
「俺に何か話があるなら要点をまとめてから来てくれないか?」

  ルシアンのその言葉に、エリィ様の顔はカッと赤くなるも、すぐに瞳を潤ませてルシアンを見上げる。

「わ、私、そんなつもりじゃ……」
「本当にもう失礼する」
「あ、ルシアン様……!」

  エリィ様はルシアンを引き止めようとしたけれど、ルシアンはその手を振り払って先へと歩いて行く。
  そして、その場にポツンと残されたエリィ様。顔は俯いていて表情まではよく分からない。
  だけど───

「…………どうしてなの?  それに、この私より他の女を優先させるなんて……許せない」

  (!!)

  エリィ様のその言葉は、風の力が無かったら絶対に聞こえなかったであろうくらいのとても小さく低い声。

「…………邪魔だわ」

  エリィ様はゾッとする程の黒い笑みを浮かべながらそう呟いていた。



*****


「ねぇ、ルシアン」
「何だ?」

  その翌日の事。
  ので、私は彼に訊ねずにはいられない。

「うん……何で今日は毎時間ごとに私の隣の席に座ろうとするの?」
「え?  あ、あぁ……いや、ちょっとな、うん」

  ルシアンがそう言いながらも、気まずそうに私から目を逸らす。
  そう。何故か今日はルシアンが私から離れない。
  今までだって側にいる事は多かったけれど、ここまでべったりなのは珍しい。

「ちょっとなって全然説明になってない!」
「うっ……い、嫌か?  その、お、俺が側にいたら……」
「!!」

  どうして!?  
  何故そこで捨てられた子犬みたいな表情をするのよ!
  いつもみたいに上から目線の態度でいなさいよ!
  と、言いたくなる。

「い、嫌って言うか……そ、その、何かあるのかなと心配に……なる、のよ」

  (ついでに落ち着かない気持ちにもなるので困るのよー!!)

  ……だって、私の胸がおかしい。

「はぁ……基本鈍いくせに、たまにあるその勘の良さは何なんだ」
「どういう意味?」
「フィーリーは鈍いだろう?」
「……どこが?  もう!  そんな事より本当に何の話?」

  ルシアンのこの行動の意味が全く持って分からない。
  そんなルシアンの方もこれ以上の不毛な押し問答は続ける気が無いのか、小さくため息を吐きながら、口を開いた。

「エリィ・マドリガルが良からぬ事を企んでいるみたいでな。フィーリーに危害を加える可能性がある。だから、俺はお前を1人にしたくない」
「え?」

  ルシアンのその発言は、昨日つい聞いてしまったルシアンとエリィ様の会話を私に思い出させた。

  ───邪魔だわ。
  彼女はそう言っていた。

  (あれはやっぱり私の事……)

「どうして私が彼女に危害を加えられるの?」
「俺が悪い。あの女の前でフィーリーの名前を出してしまった。それに……良からぬ事がんだ」
「……」

  ……知ってるわ。と言っても結局、昨日はその後、私とは会わなかったけれどね。
  盗み聞きした事は気まずいのでその事は黙っておく。

「それで、どうして私が狙われる事になるの?」
「……そこが鈍いと言っている」

  ルシアンは困った様にそう口にする。

「俺が思うにあの女は、自分が1番でないと気がすまない性格だ」
「まぁ、あれだけちやほやされてるものね……」

  その思いは強いだろう。
  それで、何で私が?

「……とにかく、だ。フィーリーは間違いなく目をつけられた。だから油断するな」

  結局、ルシアンは私が狙われるという理由の詳細を語ろうとはしない。
  非常に納得がいかなかったけれど、確かにあの時、エリィ様は“邪魔だわ”と呟いていた。
  何がとは言っていなかったけれど、ルシアンがここまで言うのならここは黙って素直に従っておくべきだと思った。

「ねぇ、ルシアン。私、彼女は精神作用系のスキルを持っている気がしてるの」
「それで、男女問わず多くの奴らが取り巻きになっていると?」

  ルシアンは驚かない。同じ事を思っていたのかもしれない。

「証拠は無いけどね。けど、それくらいこの事態は異様だと思ってるわ」
「……俺のスキルが使えたら、調べられたかもしれないのにな」
「そうね」

  残念ながらルシアンの鑑定スキルは学院では使えない。

「ただ、フィーリーの言うように“何か”を持っている事は感じる」
「やっぱり……」
「結局、どんな力なのかまでは分からないんだから、とにかく気をつけろ!」
「そう言われても……」
「いいから!」

  ルシアンは可能な限り、私の側にいると決めたらしく、とっても頑なだった。
  ───だからと言って、私達は四六時中ずっと一緒というわけにはいかない。

  ルシアンが絶対に関わることの出来ない領域がある。
  ……女子寮。

  結局、私はそこでエリィ様に捕まってしまう──……

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