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13. 暴走

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「ああもう!  だから、こんなにぬるいお茶は飲めないと言っているでしょう?  何度言えばその頭でも分かるのかしら?」
「……」

  王女様はそう言って私の淹れたお茶を突っ返してきた。
  これはベストな温かさのはずだけど、王女様にはぬるいらしい。

「承知しました。今日は熱々をご所望なのですね」
「……は?」

  王女様が目を丸くして私を見るので、私はにっこり笑顔で返す。

「ご安心くださいませ!  ……王女殿下のご気分は、日によって違うようですので、“熱々”“ベストな温かさ”“ぬるい”と各種、用意してございますわ!」
「……は?」 
「この温かさが“ぬるい”となると、もう“熱々”しかございません」
「……は、はぁ?  ちょっ……待っ」
「さあさあ、熱いので火傷にはお気をつけくださいませ!」

  私は笑顔のまま、王女様の前に“熱々”にして用意しておいたお茶のセットを並べていく。

「……」

  王女様は悔しそうに唇を噛みながら暫くの間は無言で湯気の出ているお茶のカップをじっと見つめていたけれど、やがて“何か”を思いついたのかニヤリと笑った。
  
「ふ、ふふ。(腹が立つくらい)用意がいいのねぇ……」
「ありがとうございます」
「…………素晴らしく用意がいいから、私からもあなたにお礼をあげるわ」
「はい?」

  王女様はそう言って残りのお茶が入ったポットを手に取った。
  そして───
 
「きゃっ!  手が滑ってしまったわ~!」
「!」

  そして、またニヤリした笑みを浮かべながら、下手な棒読み演技をしながらそのポットを私に向かって投げつけた。
  ポットは見事に私に命中し、中のお茶が私に降りかかる。

「まぁぁぁ、大変!  どうしましょう?  熱々のお茶なのに~!  違うのよ?  これは、お礼に私からもお茶を淹れてあげようとしただけなの~」

  王女様は全然悪いとも思っていない様子で私に向かってそう言った。
  なんなら声が弾んでいる。

「まさかと思うけど~、火傷しちゃったかしら?  大変だわぁ!」
「……」

  あまりにも心のこもってない下手くそな棒読み演技と、すぎる行動に驚いてしまい、少しの間、私は放心していた。
  どこをどうしたらお茶を淹れようとした際に、手が滑ってポットが人に向かって飛ぶというのかしら。事細かに説明して欲しい……

「もしかして、熱くて苦しくて声も出ないのかしら?  たぁいへーん。お医者様呼ばないとぉ~」

  王女様がそう言って口元をニヤニヤさせながら近くに寄ってきたので、私は顔を上げてにっこり笑う。

「いいえ、大丈夫ですわ。火傷もしておりません」
「……え?」
「こちらのカップの中に入ってましたお代わり用のお茶は熱々ではなく、ぬるめのお茶が入っておりましたので」
「…………は?」

  王女様の表情が凍り付く。
  そんな王女様に向かって私は笑顔で説明をする。

「先程も申し上げましたように、王女殿下のご気分はすぐに変わられてしまうので、おかわりの際はぬるめをご所望されるかと思い、別々に用意しておりましたの」
「はぁ!?  あ、あんた……」

  私の説明を聞いた王女様の身体がプルプルと震えている。
  これは怒りかしらね?
  私は気付かないフリをして笑顔で返す。

「どうかされましたか?  まさか、王女殿下が手ずから私にお茶を淹れてくださるなんて思いませんでしたから……驚きましたわ」
「~~~っっっ!」
「お互い怪我がなくて何よりでしたわ」
「〇✕△~~~!」

  王女様は何か言いたそうな目でずっと私の事を睨んできたけれど、全て無視する事にした。

「おかげさまで怪我も火傷もありませんが、さすがにこの格好では王女殿下のお世話が出来ませんから着替えだけはさせてもらいますね、では一旦失礼します」 
「あ、ちょっ……!」

  熱くはなかったといってもお茶を浴びたのは事実。
  さっさと身体を拭いて着替えてしまいたい。
  私はやや強引にそう切り出して、部屋から抜け出した。




「……ふぅ」

  私はため息を吐きつつ、タオルで頭や身体を拭きながら廊下を歩く。

「あまりにも予想通りすぎて、本気で驚いたわ」

  いくらなんでもポットごと投げつけてくる事はさすがに無いかしら?  と思っていたけれど、本当に飛んで来た。
  あの王女様、自国でもメイドや侍女に似たような事をして来たのでは……と言いたくなる。
  好き放題して味をしめちゃったのがあの結果なのかしら。
  だとしたら、やはりとんでもない性格だわ……

「……殿下は」 
 
  本当にあの王女様と婚姻を結ぶのかしら?
  嫌だなという思いと仕方がないという思いが、私の中でグルグルしている。
  国内の令嬢の中から選ぶのであれば、私を選んで!  と言えるけれど相手が他国の王女様となると次元が違う。

「やっぱり“王子様”なんて好きになるものじゃな……」
「────アンジェリカ?」
「!」

  その声にドキッとした。
  こ、このタイミングで現れるなんて……と思いつつ私はそっと振り返る。

  殿下は私を見て驚いている。

「アンジェリカ!  どうしたんだその格好は! びしょ濡れではないか!」
「で、殿下……もう少し、し、静かにお願いしますわ」
「誰だ?  誰にやられた?  ……って、いや、アンジェリカにこんな事するのは一人しかいないな」

  殿下が私の両肩を押さえて揺さぶってくる。
  そして怖っ!
  目、目が完全に据わっているんですけど!?

「殿下?  ですから落ち着い……」
「落ち着いてなどいられるか!  こんな事をしやがって……か弱いアンジェリカが風邪を引いてしまうだろう!?」
「え!  か弱い?  私はこの程度で……」

  ───風邪を引くほど、軟弱ではありませんわよ?

  という言葉は口に出来なかった。

「こうしてはいられん!  今すぐアンジェリカを温めなくては!」
「ひぇ!?」 
「風呂だ!」
「!?」
 
  暴走気味の殿下は、そのままひょいっと私を横抱きにして抱えてしまう。

「殿下!  殿下も濡れちゃいます!」
「構わん!  それよりもアンジェリカを温める方が先決だ!」
「ええ!?」

  私は暴走する殿下に抱えられたまま、王宮の浴室まで運ばれる事になった。
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