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10. 揺れ動く気持ち
しおりを挟む「……わ、私、王女様の元に戻りますねっ!」
「え? アンジェリカ?」
ユリウスの登場とかけられた言葉に驚いた様子のアンジェリカは、そう言って私から手をパッと離してしまう。
「あ……」
「殿下、ありがとうございます。そ、それでは! し、失礼します!」
「待ってくれ、アンジェリカ!」
引き止めようと名前を呼んだけど、アンジェリカは一切振り返る事なく駆けて行ってしまった。
「アンジェリカ……」
呆然とする私の横にユリウスが不思議そうな顔をしてやって来る。
なんだその顔は!
「……? アンジェリカ嬢はどうしたのですか?」
「……」
「と、言うよりも、何だったんですか今のあの雰囲気……殿下、本気で俺の存在を忘れてまし…………ッ!?」
「……」
「な、何でもありません……」
別に怒ったつもりは無いのだが、ユリウスは私が怒っていると受け止めてしまったらしい。
少しくらい睨んだっていいだろう?
ああ、それよりも。
なんて事だ……と、私は落ち込んだ。
そうか……そんなに慌てて逃げ出したくなるほど私に手を握られた事が苦痛だったのか。
そうだよな。ユリウスならまだしも、好きでも無い男の私に触れられても困るに決まっている。
だが、王女のアンジェリカに対するあの数々の態度はどうしても看過出来るものでは無く、あのまま、部屋に二人きりになどさせれないと思った。そして、私がアンジェリカを守れたら、と。
嫌な予感はしたのだ。なぜ、わざわざ指名なんてするのかと。
しかも、留学中に同じ学園に通うことはあっても接点は無かったという話なのに……
いや、だがあの思い込みの強そうな王女の事だからな。実は何かがあったのかもしれない。
「───ユリウス!」
「は、はい?」
ユリウスのやつ、まだ私が怒っていると思っているのか少し怯えていないか?
そんなに震えなくてもいいだろうに。
「アンジェリカのディティール国での留学中の事を調べてくれないか? 王女との関連を含めてだ」
「はい? 何故ですか?」
「アンジェリカ自身には心当たりがなさそうだったが、王女が一方的にアンジェリカに恨みを抱いている可能性がある」
「え? 恨みですか!?」
さすがのユリウスも恨みなどという物騒な話となると落ち着いて聞いていられないらしい。そしてどこか戸惑っている様子にも見える。
「何だ? 何か不都合な事でもあるのか?」
「あ、いえ。そうではなく……殿下はアンジェリカ嬢が“心当たりは無い”と言っているのを嘘だ! とは思わないのですね?」
「は?」
ユリウスの奴は何を言っているんだ? だってアンジェリカだぞ?
「当然だろう。アンジェリカは私に嘘をつくような事は絶対にしない」
「……」
「なぜなら、アンジェリカは、お前の“天使”に負けず劣らず真っ直ぐで心が綺麗な令嬢なのだからな!」
そして、お前には一生分からないだろうが、とても一途で健気でいじらしい面があるのだ!
───絶対に絶対にお前にだけは言ってやらないがな!
「いや、待ってください殿下。それは聞き捨てなりません。アンジェリカ嬢の事は昔から知っていますのでいい子だとは思っていますが、俺にはやっぱりルチアの方が……! やはりあの健気さが……」
「えぇい! お前の天使愛は痛いほど知っている! いいから、アンジェリカの事を調べてくれ!」
「は、はぁ……わ、分かりました……」
私の剣幕にユリウスは目を丸くしていた。
そして、私は自分でもどうしてこんなムキになっているのか……そして彼女の事を心配し、かつ、守りたいとさえ思っているのか……
自分で自分の気持ちがよく分からなかった。
❋❋❋❋❋
「あなた、王太子様とどういう関係なの?」
「えっ!?」
私が王女様の部屋に戻ると、開口一番にそう言われてしまう。
「えっ……殿下との関係、ですか?」
「そうよ! 何で一貴族令嬢に過ぎないあなたが王太子様に庇われて、何でわざわざあんたなんかを外に連れ出すわけ?」
「えっと……」
そう言われても……
正直、殿下の行動は私にもよく分からない。
「む、昔馴染みと言いますか……」
「昔馴染み? へぇ、そうなの? 嫌ねぇ、王太子様ったらもっと幼少期から付き合う友人は厳選しなくちゃダメだと思うわぁ……どんな人間を友人とするかでご自分の価値が下がってしまうというのに」
「……」
王女様は呆れ顔でそう言うけれど、それなら貴女様の取り巻きはどうなんですか? と、言ってやりたい気持ちにさせられた。
「まぁ、いいわ……いい事? 私はねこの国の未来の王妃になる人間なのよ」
「…………」
───は?
そんな言葉がついつい口から出そうになった。
そして直ぐに頭で理解出来ず、何度も何度も頭の中で繰り返した。
…………ディティール国のジュリア王女殿下がこの国の王妃になる?
この国の王妃? それって……
「あらぁ~? もしかして、“友人”なのに、王太子様からはなぁんにも聞かされていないのかしら~?」
「?」
「そんな様子で昔馴染みの“友人”ですって? ふふ、嫌ねぇ、笑っちゃう……アンジェリカ、あなた一度“友人”という単語を辞書で引き直して見る事をオススメするわよ~?」
「……」
王女様はそれはそれは愉快そうに笑いながら言った。
何でもいいからとにかく私をバカにしたいみたいだった。
「“友人”の言葉の意味も分からない無能そうなあなたに教えてあげるわ。私と王太子様の間にはね、縁談の話があがっているのよ」
「!」
「話を聞いた時はこんな国にこの私が嫁ぐの? とは思ったけれど、お会いしてみれば当の王太子様本人はなかなか、かっこいいし? まぁ、これならいいかしらってね……でもねぇ……」
そこで何故か王女様は私に冷ややかな目を向ける。
「思い出しちゃったのよね、この国はアンジェリカ・ノルリティ……あなたがいる国だわ、とね」
「……?」
どうして私はこんなに王女様に敵意をむき出しにされているの?
「……ふふ、どうして? そんな顔をしているわね? ああ、愉快……ふふ、ふふふ」
何がそんなにおかしいのか王女様はずっと笑っている。
これは、さすがにそろそろ聞いてもいい気がするわ。
「……殿下もご存知のように、私はディティール国に半年ほど留学させていただいておりました」
「ええ、そうね」
「その半年の間、殿下とも同じ学園に通いはしました……ですが」
「───接点は無かったはず。そう言いたいのかしら?」
また、ゾクッとするくらいの冷ややかな目を向けられた。
「……はい」
私がそう答えると王女様は、ふふ……と笑った。
「そうねぇ……私達って直接、話はしていないかもしれないわねぇ……でも、私は半年間ずーーーっとお前の事を目障りだと思っていたのよ、アンジェリカ・ノルリティ?」
「!?」
目障りだった?
そう言われても、やっぱり理由に思い当たることはなく、でも明らかに今も私に向けられているのは敵意そのもの。
目の前でふふふ、と笑う王女様が本当に何を考えているのかが分からず、ただ、ひたすら不気味だと思わされた。
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