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4.肉欲の海原へ
罠と、覚悟。
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1
都内マンションのサークル事務所に女達が集められた。
彼女らは皆一様に、大型テレビモニターに再生されるビデオの映像を見ている。
映像には、女同士の生々しい性行為の一部始終が、あらゆる角度から映し出されていた。
「ふぅん、この娘が愛理ちゃん?」
「有名じゃない?私、名前は知ってたよ!」
「あはっ、必死にチンポ咥えちゃって……なーんか余裕ないセックスってカンジ」
彼女らの興味は画面の中の女〝愛理〟に注がれていた。
ネットのレズビアン交流サイトで半ば伝説のように語られる存在が、こうして本人の預かり知らぬ場所で〝痴態〟を鑑賞されている。
コの字型に配置されたソファに女達がテレビモニターを取り囲むように座るその一番奥の席に、サークル主催者ARISAの姿があった。
ARISAは暫時無言のまま、テレビ画面の向こう側で嬌声を上げて乱れる愛理を見つめながら、眉間に皺を寄せて頻りに髪を掻き上げる。
そんな〝絶対女王〟の不機嫌な様子を感じ取ったのか、騒がしく口々に寸評を述べていた女達も姿勢を正して座り直す。
その中の一人、グレーのショートヘアの横側を短く刈り上げた、ハーフ顔のスレンダーな美女が、ARISAに問いかける。
「この娘、今どこにいるの?まだオモテにはまだ出さないの?」
その言葉を受け、ARISAはソファの背もたれに体重を預けると、さも悩ましいとばかりに天井を仰いで溜め息をついた。
「うーん……私はSMショーあたりからやらせたいなー、って。でも……お世話係さんがまだなんだって」
「……あー、そういう事」
ARISAの言葉に、その場の面々は互いに目配せしながら苦笑いでやり過ごす。
サークルNo.2の教育係の女は、今日この場には来ていない。
2
愛理がサークルに加入して1ヶ月──。
その間、愛理は与えられたマンションの一室を仕事場とし、客をあてがわれ続け、最低でも日に2人、多い時には一晩で8人の客を取らされた。
愛理自身、初めこそ〝管理された性奉仕〟に対して抵抗と嫌悪感があったものの、次第に環境に適応し、持ち前の負けん気の強さと、天性のセックスの才能を遺憾なく発揮させ、リピーターと呼ばれるような固定客も相当数に登る。
愛理は今日、サークルの担当者である〝史織〟に同じマンション内にある管理事務所に顔を出すように連絡を受けており、約束された時間にその部屋を訪れていた。
「史織さん、まだ別件の用事から帰ってきてないのよ。ちょっと待っててくれる?」
「ええ、わかりました」
訪れた事務所にはまだ史織の姿は無く、愛理は応接担当の女性事務員に促されてソファに腰掛ける。
(あの人もサークル会員なのかしら……)
愛理は出された紅茶を呑みながら、対応してくれた事務員を目で追う。
(史織に呼ばれた理由……何となく察しが付くけど)
史織の管理下のもと、「まず1ヶ月」と言われ、愛理なりに必死に〝性奉仕の基礎〟を学んだきたつもりだ。
そして、今日がその1ヶ月──。
(次は何が始まるの?何が起きるの?)
緊張と不安から来る胸の高鳴り。浅く繰り返す呼吸。背中をつたう、冷たい汗。
(何があっても……私は逃げないわ)
それでも、愛理の瞳には〝確かな決意〟が宿っていた。
3
ガチャ……
「!!」
廊下の向こうでドアの開く音がした。
愛理は俄かに姿勢を正し、廊下の側を見つめる。唇を固く結び、唾を飲む。
「ごめ~ん!愛理ちゃんお待たせっ♪新しいコの面接が長引いて遅くなっちゃった♪」
小刻みに足音を鳴らしながら、史織が忙しなく部屋に姿を現した。
衣服の下で殊更に主張する乳房を左右に揺らし、大きな口を顔いっぱいに広げて笑っている。
脱いだコートを事務用椅子にかけると、そのままの流れで愛理の座るソファに移動する。
かなり急いで来たらしく、冬場なのに史織の額には薄っすらと汗が滲み、ソファに腰掛けたあとは両手でぱたぱたと顔を煽ぐ仕草を見せる。
「はぁー……じゃあ、さっそく本題に入ろっか♪」
「ええ……」
史織は肩にかけたバッグを机の上に置き、いそいそと長型の白い封筒を取り出すと、愛理に手渡した。
「はいコレっ♪愛理ちゃんのお給料♪最近は指名も多かったから、そのぶんバックも弾んでるわよ❤︎」
「あっ……ありがとうございます……えっ!?」
封筒を手渡された瞬間、愛理は思わず声を上げてしまった。
(重い……コレ全部……!?)
興奮と身震いを史織に悟られぬように、愛理は素早く封筒を自らのバッグにしまう。
思わずニヤけてしまいそうになる口角を、必死に口を閉じて平静を装う。
そんな愛理の分かりやすい動揺を、史織はソファにもたれながら満面の笑みで見届けた。
「そんな現ナマ、触ったこともないかしら?」
「……えぇ……正直、予想以上だわ……」
史織を前にして取り繕えないと観念した愛理は、率直な感想を述べた。
「愛理ちゃん、1ヶ月頑張ってくれたもんね♪ARISAの見立て通り、〝セックスの天才〟なのかも……❤︎」
「……それ、褒められてるのかしら?」
愛理は苦笑いで応え、ティーカップを傾けひと息つくと、史織に確認したい〝本題〟を自ら切り出した。
「ところで史織……私はこのあとどうなるのかしら?」
「ふふっ……愛理ちゃん自身は、どうしたい?」
脚を組んで頬杖をついた史織は、まっすぐに愛理を見つめて微笑んだ。
「ウチのサークルは、セックス産業ならひと通り網羅しているわ。SMクラブでも、ソープランドでも、AVでも……愛理ちゃんがどんな世界で輝きたいか……きっと適任の場所があるはずよ♪」
サークル会員の教育担当として、史織は愛理の潜在能力に委ねるように自主性を説いた。
〝貴女なら、どんな環境でもやっていける。自信をもって、貴女自身の才能を信じて……〟
だが、愛理はそんな史織の言葉を強い口調で遮った。
「史織、私はそんな〝表向き〟の模範回答を聞きたいワケじゃないわ」
「……?」
「私、このサークルでやっていくからには登り詰めたいのよ。そのためにはどうしたらいいのか、それを教えて頂戴」
愛理の低く鋭い声。
史織から、笑顔が消えた。
4
一見して和やかに思えた事務所の空気が張り詰める。
2人の間には長い沈黙の淀みが、息苦しくなるほどに充満していた。
先に口を開いたのは史織だった。
「登り詰めたい……かぁ。ちょっと愛理ちゃん、考えが甘いんじゃないかな?」
「私は本気だけど」
背筋をピンと伸ばした愛理は、微動だにせず史織を見つめる。
史織は口元に小さな笑みを浮かべながら、鬱陶しげに前髪を掻き上げた。
「売り上げだけではサークルで登り詰めるなんて到底無理よ?何百人っている会員みんなを納得させられるような、抜きん出た才能とカリスマ性が無きゃダメなの」
聞き分けのない愛娘を諭すように口調こそ穏やかな史織だったが、眉間には深い皺が刻まれている。
「愛理ちゃんがネットの出会い系ではちょっとした有名人で、ARISAちゃんもお墨付きを与えるくらいのルックスを持っているのは認めるわ。だけど、今の愛理ちゃんでは組織のトップを狙うどころか、せいぜい幹部の愛人かプライベート奴隷が関の山……ってトコ」
史織の容赦ない品評に、愛理の顔が俄かに色を帯びる。
「随分と見くびられたものね。だったら納得させればいいのよね?アナタだろうが、ARISAだろうが、相手は誰でもいいから私の実力を証明してあげる。場を設けてもらえないかしら?」
「威勢だけは一丁前なのは1ヶ月経っても変わらないのね♪私とヤッて手も足も出なかったコト、忘れちゃったの?」
「今でもあの時の私だと思ったら……大間違いよ?」
愛理はテーブルに手を置き、前のめりに史織の顔を睨みつける。ネコ科動物のように、いつでも飛び掛かれるとばかりの臨戦態勢の構えだ。
いきり立つ愛理に、史織は呆れた様子で肩を竦める。
そして、腕組みしたままソファの背もたれに身を沈めると、上目遣いに愛理を見据えて語りかける。
「愛理ちゃんがそこまで言うなら……私の権限でボーナスチャンスを与えちゃおっかな♪」
「……?」
(チャンス?一体何を……)
困惑する愛理を他所に、史織はおもむろに上着のポケットからスマホを取り出し、電話をかけ始めた。
その相手の名に、愛理は息を詰まらせる。
「もしもーし?ARISAちゃん?おつかれー♪」
5
電話の相手はサークル主催者のARISAだった。
(あっ……ARISA!?)
思いもよらぬ展開に、愛理も動揺を隠せない。
現状の扱いへの不満を史織に訴えた結果、出てきたのがサークルの〝絶対女王〟とは……。
だが、よくよく考えてみれば史織はサークルのNo.2であって、彼女が相談するのであればそれはもうNo.1のARISAを置いて他に存在しない。
「ちょっと今、愛理ちゃんとお話ししててね~……愛理ちゃん、今のサークルでの立場がご不満みたいなの♪」
スマホを片手に、ちらちらと愛理の方に目配せをする史織。
だが、愛理は冷静に史織の様子を窺っていた。
電話越しの相手がARISAであるという確証はどこにも無い。史織が動揺を誘うために、電話をかけるフリをしている可能性もある。
(乗せられちゃダメ……平常心よ)
愛理は乾いた唇を舌で湿らせ、脚を組み替える。その間も、史織の挙動から目を離すことは無い。
「うん、うん、ありがとっ♪それじゃ、その方向でお願いね❤︎」
通話を切ると、史織はテーブル越しの愛理に微笑みかけた。
「んふふっ❤︎面白くなってきたわよ愛理ちゃん❤︎」
細いキツネ目をさらに細くし、大きな口は真っ赤な口紅が耳まで裂けんばかりに口角を上げて笑う。
「ARISAちゃんに相談したら、ショーに出てみない?って♪」
「ショー……?それって……」
愛理の脳裏に、ARISAと出会った夜のSMバーの光景が浮かぶ。
柔肌に喰い込む荒縄、真っ赤な蝋燭の揺らめく炎、空気を切り裂く鞭の音。
そして、吊るされたM嬢はるかの甘い喘ぎと、瞳の艶めき──。
愛理は、昂まる鼓動を抑えながら恐る恐る史織に質問する。
「ショーって……どんなことを……?」
神妙な面持ちの愛理を揶揄うように、史織はケラケラと笑いながら応える。
「あははッ!気になるかしら?愛理ちゃんはどんなだと思う?ストリップかな?それともSMショー?のぞき部屋で公開オナニーかもしれないわね❤︎」
「真面目に答えてッ!」
緊張と苛立ち、虚栄心と恐怖心とが綯い交ぜになり、思わず声を荒げる。
「もうっ、そんなにコーフンしないで♪愛理ちゃんが一番輝ける、最適な場所を私が選んであげるから……❤︎」
史織はそう言うと、テーブルの上の温まった紅茶を呑み、ソファから立ち上がった。
「詳細が決まったら、また私の方から連絡するわ。多分、明日の夜には分かるから……お楽しみに♪」
脱ぎ捨てたコートに袖を通すと、史織はソファに座ったままの愛理に近づき、中腰のままハグをした。
「う……くぅ……」
コートの上からでも分かる史織の肉体の柔らかさと胸のボリューム。
シャンプーと香水、僅かに汗の混じった艶めかしい女の香り。
憎い女、油断ならない狡猾な女……。
しかし、愛理の飼い慣らされた身体はそんな女の〝戯れのスキンシップ〟に、否応なしに反応してしまう。
下唇を噛み、恨めしそうに史織を睨みながら、猫のような大きな瞳を潤ませて史織の身体を抱き返す。
「ふふ……可愛い愛理……❤︎」
史織は愛理の耳元で微かに笑い、愛理の背中をポンポンと二回叩くと、愛理を離れて踵を返し玄関へと向かう。
そして部屋を出る前に、もう一度振り向き愛理に告げた。
「愛理ちゃんっ♪私、貴女みたいな負けず嫌いなコ、大好きよっ❤︎」
「……ふんっ」
手をひらひらと揺らしながら戯けてみせる史織の背中を、愛理はひたすら睨み続けた。
史織の姿が見えなくなり、玄関の扉を開ける音。
その次に飛び込んできた言葉に、愛理は戦慄した。
「夏樹くらいじゃ相手にもならないみたいだし、次は誰にしよっかな♪」
「……ッッ!?」
6
(夏樹ッ!?やっぱり……!!)
「史織ィィ!!」
叫び声をあげて廊下に飛び出す愛理だが、すでに玄関に史織の姿はなかった。
「くッ……絶対許さない……ッ!!」
全身が総毛立ち、目の前が真っ赤に染まる感覚。
史織は、夏樹との〝事件〟を知っていた。
いや、彼女こそあの夜、夏樹を愛理に仕向けた張本人なのだ──。
疑惑が確信へと変わり、振り払ったはずの苦い記憶が沸々と甦る。
「あの女……あの女……ッ!!」
震える身体を両手で必死に抑え、やり場のない怒りに地団駄を踏む。
「はぁ……ぁ……くぅ……!!」
やがて愛理は、嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。
あの夜の恐怖を、怒りを、惨めさを、振り払おうにも止め処なく溢れる涙。
恭子とのセックスで、克服したかに見えた生本番への恐怖は、愛理自身が思っているよりも深刻なダメージを与えていた。
なぜ史織はそんなことを?なぜ夏樹は私を恨んでいた?まさか、ARISAまでも私の事を……。
考えれば考えるほど、自らの立場がサークル内でどのようなものであるか、全く分からなくなってくる。
カラダを売る生活の中で、自らが勝ち得てきたと思い込んでいた自己肯定感や優越感が、こんなにも呆気なく崩れ去るとは。
信じられる人間、頼れる人間は誰なのか。あるいは……。
全員、敵なのか──。
(だったら……とことんやってやるわよ……!!)
消え入りそうな闘志を、気力のみでなんとか保っている。
今の愛理にできる、精一杯のファイティングポーズだった。
7
都心の夜景が一望できるシティホテルの最上階。
ベッドの上には、全裸に顔を全頭マスクで覆われた2人の女。
互いに嵌めた首輪同士を細く長い鎖で繋がれ、口周りだけぽっかりと開いたエナメル素材の黒いマスクは、部屋の照明に照らされテラテラと安っぽい光沢を下品に帯びていた。
「お"ッ❤︎お"ッ❤︎お"ォッ❤︎」
「んぐゥゥッ❤︎イクッ❤︎イキますゥッ❤︎」
〝表情〟という、人間として極めて重要な人格を奪われた、マネキンのような愛奴同士が、互いの性器に電動マッサージ器を押しつけ合って切ない喘ぎを漏らしていた。
その様子をベッドの縁に座りながら見守るもう1人の女。
サークルの絶対女王、ARISA──。
紫のサテン生地のミニドレスから伸びた両脚を組み、頬杖をついて〝人形たち〟の鬩ぎ合いをじっと眺めている。
パシィン!
「ひッ❤︎……ぐゥゥ❤︎」
「早いわ、まだイッちゃダメよ。耐えなさい」
先に絶頂を申告した愛奴の尻に、ARISAは容赦なく平手打ちする。
「はぁぁッ❤︎無理ッ❤︎もう……無理ですゥッ❤︎イッちゃうッ❤︎イかせてくださいィィィッ❤︎」
愛奴は切ない涙声で絶頂の許可をARISAに懇願するが、女帝は決して首を縦に振ることはない。
「もう何度目なのかしら?アナタばっかりイカされちゃって……だらしないおマンコ、お仕置きしてあげなきゃダメみたいね……❤︎」
「嫌ァァ……お仕置きッ……ゴメンなさいィィ……あ"~!!ダメイクイクイクゥゥゥ~~~~❤︎❤︎❤︎」
プシャッ❤︎プシャッ❤︎プシッ……❤︎
遂に愛奴は、身体を震わせながら深い性的絶頂に達した。
股間からは噴水のように夥しい量の潮を噴き上げ、ベッドシーツを瞬く間に湿らせてゆく。
「お"ッ❤︎お"ォ……❤︎」
絶頂の瞬間にピンと硬直した肉体は、まるで糸の切れた操り人形のように脱力し、愛奴は自らの潮で濡れたベッドに勢いよく倒れ込んだ。
「また派手にイッちゃったわね❤︎ベッドがズブ濡れじゃない……18歳の娘に好き放題にイカされて、プライドも何もあったもんじゃないわね?」
「はァッ❤︎はァッ❤︎ゴ、ゴメンなさ……❤︎」
目元に笑みをたたえつつ、冷淡な口調で罵るARISA。
大の字に伸びたまま、自らの不甲斐なさを詫びる愛奴。
ARISAは彼女の顔面をぴったりと覆うエナメルの全頭マスクに指をかけると、手荒に剥ぎ取ってベッドの下へと投げ捨てた。
「あッ!?嫌ッ!……嫌ァァ……!!」
突如としてマスクを剥がされた愛奴は、露わになった素顔を慌てて隠そうと両手で覆う。
だがARISAはその手を払い退け、上からベッドに押さえつけた。
「よーく見せなさい、その下品なスケベ面❤︎歳下相手に何もできずにイカされまくってブッ倒れちゃう、惨めで情けないオンナの顔❤︎」
「はぁッ……はぁッ……そんな……」
ぐっしょりと汗に濡れ、紅潮した頬には乱れ髪がべったりと張り付き、はっきりとした二重の大きな瞳は切ない羞恥に潤む。
ぽってりと厚みのある艶やかな唇からは、プレイの余韻を残した熱い吐息が、甘い音色を孕んで洩れ聴こえていた。
肉欲にすっかり蕩けてしまった愛奴の顔はあまりにも卑猥で、淫靡で、そして美しかった。
「お願いしますッ……見ないでェ……❤︎」
「どうして?こんなに可愛いのに❤︎」
ARISAから目線を逸らし、泣き出しそうな声でイヤイヤと小さく首を横に振る愛奴。だがARISAは〝視姦〟を止めることはせず、尚更に顔を近づける。
「すぅ……んんッ、すっごく汗臭いわ❤︎このマスク、通気性悪そうだもの❤︎たっぷり汗かいちゃったのね❤︎」
「あッ!?あッ、嗅いじゃダメッ❤︎」
濡れた髪を鼻先で掻き分け、愛奴の頭皮を匂うARISA。
一瞬、その臭気に顔を顰めるも、その後も首筋、腋の下、胸と、鼻腔を鳴らしながら身体中を嗅ぎ続ける。
「ほら見てあげてっ❤︎アナタがイカせまくった女の、ヤラしい顔❤︎」
ARISAは横に座る、もう1人の愛奴のマスクも剥ぎ取る。
「はッ❤︎はッ❤︎はッ……ァ❤︎」
彼女もまた顔中を汗にまみれ、半ば放心状態で〝相方〟の恥ずかしい姿を虚ろな眼差しで見つめていた。
化粧気の無い、まだ顔にあどけなさを残す彼女は、まるで小水を我慢するように身体を揺すっては、消え入りそうな声で呟く。
「マッ……マンコぉ……疼く……ッ❤︎」
くねくねと腰をくねらせ、とうとうイかず終いのまま放置されてしまった性欲だらけの若い肉体を持て余しながら、ノックアウト状態の片割れを恨めしそうに睨んでいた。
8
ガチャ……
「ARISA?ちょっといい?」
ノックもされずに開けられた部屋のドアから、長身の美女が入ってきた。
「あら、ケイじゃない。私、見ての通り忙しいんだけど……❤︎」
ARISAから〝ケイ〟と呼ばれた女は、先日行われた事務所での「ビデオ鑑賞会」にも同席していた、ハーフ顔のサークル幹部である。
「忙しい……って、いつもの〝つまみ食い〟じゃないの。ふふっ……ズルい女王様だね……❤︎」
チュッ❤︎チュパッ❤︎
「んンッ!?んふッ……ゥ……❤︎」
ケイはARISAの言葉を無視しベッドに腰掛けると、何も言わずに若い方の愛奴を抱き寄せてキスをする。
愛奴は訳の分からぬままに唇を奪われ目を丸くするが、沸騰した肉欲を巧みな接吻で刺激され、すぐさまその愛撫に応じる。
「ケイったら、お行儀が悪いわよ?この娘たち、まだお勉強中なんだから」
「だったら尚更、マンツーマンの方が効率いいでしょ?ほら、この娘も悦んでるしっ❤︎」
「はァぅッ❤︎んくッ……❤︎」
ケイの白く細い指が、まるで蜘蛛の足のように愛奴の弾けるような乳房を力強く掴み、その甘い刺激に愛奴は思わず鳴き声をあげる。
絶対女王と呼ばれるサークル主催者のARISAに対し、まるで臆することのないケイという女。
「で?こんな時間に何しに来たの?まさかおこぼれ欲しさに来たワケじゃないんでしょ?」
ARISAは膝元で寝転ぶ愛奴の身体を優しく撫でてやりながら、ケイに〝本題〟を促す。
ケイもまた、舌で愛奴の首を舐りながら、大きな瞳だけをギョロリとARISAに向けて話し始める。
「例の彼女……愛理だっけ?あの娘、次の〝El Dorado〟に参加するって話を聴いたんだけど、それ本当?」
ケイの言葉を聞いたARISAは、目を見開いて驚きの表情を見せた。
「……初耳よ」
そう小さく答えたARISAの言葉には、明らかな〝怒り〟が込められていた。
ケイは右手を愛奴の秘部に伸ばし、指で大粒の陰核を捏ね回す。
「あッ❤︎あァッ❤︎ほォァッ❤︎イックッ❤︎マンコイクッ❤︎ヤバいヤバいヤバぃぃぃ❤︎あ"ァァァァァ……イ"ッ……グッ❤︎」
焦らされ続けた愛奴の肉体は、ケイの責めで呆気なく果てた。
「ふゥん、まぁ私もウワサで耳にしただけだけどね。ARISAが知らないなら、単なるデマって事でいいのかな?」
愛液に濡れそぼった指をしゃぶりながら、ケイはどこかわざとらしい口調でARISAに問いただす。
「私は何も聞いてないし、私だったら愛理をいきなりEl Doradoに参加させたりしないわ。たとえ、本人が出たいって望んでも……ね」
はっきりとした強い口調で否定するARISA。
眉間に皺を寄せ、唇を尖らせながら窓の外に映る都心の夜景を睨みつける。
ケイは恐る恐るという風に、再びARISAに問い掛ける。
「史織……ってこと?」
あえて言わずにいた名前をケイから先に出されたARISAは、深いため息をついて天井を見上げた。
「外から見えるほど仲良しサークルじゃないのよ、ウチは……」
9
愛理が疑った「史織の電話」の真偽。
実は愛理の推測は当たっていた。
史織はあの時、ARISAに連絡などはしておらず、愛理を目の前にしてスマホを片手に電話するフリをしていただけに過ぎない。
サークル会員の教育係、そして〝絶対女王の右腕〟としての地位を後ろ盾に、自らの思うがままに愛理の身柄を操り続ける史織という女──。
「もしもし、愛理ちゃん?この間の話だけど、日程と場所が決まったわよ♪」
「……!」
夜の22時。史織からの電話で告げられたのは、愛理の〝セカンドステージ〟の舞台だった。
「教えてよ、次はどこなの?」
憎むべき女の弾むような高い声が心底耳障りに感じたが、愛理は気を落ち着かせて受話器の向こうに集中する。
「とりあえず明日の19時に◯◯ビルの地下にある〝DEEP LOVER〟っていうバーに来てちょうだい?そこで説明してあげるわ♪」
「……分かったわ」
通話を終えた愛理は暫しスマホ画面を見つめ、小さく溜め息をついて満天の星空を見上げた。
(信じられるのは……私自身だけ……何が起きても……絶対に負けないから……!)
都心の灯りにも霞むことのない、冬の夜空に燦然と輝くオリオン座の頂点。
1等星、ベテルギウス──。
赤く燃えるその星を睨みつけ、愛理は新たな戦いの舞台へと踏み出す覚悟を胸に強く刻み込んだ。
都内マンションのサークル事務所に女達が集められた。
彼女らは皆一様に、大型テレビモニターに再生されるビデオの映像を見ている。
映像には、女同士の生々しい性行為の一部始終が、あらゆる角度から映し出されていた。
「ふぅん、この娘が愛理ちゃん?」
「有名じゃない?私、名前は知ってたよ!」
「あはっ、必死にチンポ咥えちゃって……なーんか余裕ないセックスってカンジ」
彼女らの興味は画面の中の女〝愛理〟に注がれていた。
ネットのレズビアン交流サイトで半ば伝説のように語られる存在が、こうして本人の預かり知らぬ場所で〝痴態〟を鑑賞されている。
コの字型に配置されたソファに女達がテレビモニターを取り囲むように座るその一番奥の席に、サークル主催者ARISAの姿があった。
ARISAは暫時無言のまま、テレビ画面の向こう側で嬌声を上げて乱れる愛理を見つめながら、眉間に皺を寄せて頻りに髪を掻き上げる。
そんな〝絶対女王〟の不機嫌な様子を感じ取ったのか、騒がしく口々に寸評を述べていた女達も姿勢を正して座り直す。
その中の一人、グレーのショートヘアの横側を短く刈り上げた、ハーフ顔のスレンダーな美女が、ARISAに問いかける。
「この娘、今どこにいるの?まだオモテにはまだ出さないの?」
その言葉を受け、ARISAはソファの背もたれに体重を預けると、さも悩ましいとばかりに天井を仰いで溜め息をついた。
「うーん……私はSMショーあたりからやらせたいなー、って。でも……お世話係さんがまだなんだって」
「……あー、そういう事」
ARISAの言葉に、その場の面々は互いに目配せしながら苦笑いでやり過ごす。
サークルNo.2の教育係の女は、今日この場には来ていない。
2
愛理がサークルに加入して1ヶ月──。
その間、愛理は与えられたマンションの一室を仕事場とし、客をあてがわれ続け、最低でも日に2人、多い時には一晩で8人の客を取らされた。
愛理自身、初めこそ〝管理された性奉仕〟に対して抵抗と嫌悪感があったものの、次第に環境に適応し、持ち前の負けん気の強さと、天性のセックスの才能を遺憾なく発揮させ、リピーターと呼ばれるような固定客も相当数に登る。
愛理は今日、サークルの担当者である〝史織〟に同じマンション内にある管理事務所に顔を出すように連絡を受けており、約束された時間にその部屋を訪れていた。
「史織さん、まだ別件の用事から帰ってきてないのよ。ちょっと待っててくれる?」
「ええ、わかりました」
訪れた事務所にはまだ史織の姿は無く、愛理は応接担当の女性事務員に促されてソファに腰掛ける。
(あの人もサークル会員なのかしら……)
愛理は出された紅茶を呑みながら、対応してくれた事務員を目で追う。
(史織に呼ばれた理由……何となく察しが付くけど)
史織の管理下のもと、「まず1ヶ月」と言われ、愛理なりに必死に〝性奉仕の基礎〟を学んだきたつもりだ。
そして、今日がその1ヶ月──。
(次は何が始まるの?何が起きるの?)
緊張と不安から来る胸の高鳴り。浅く繰り返す呼吸。背中をつたう、冷たい汗。
(何があっても……私は逃げないわ)
それでも、愛理の瞳には〝確かな決意〟が宿っていた。
3
ガチャ……
「!!」
廊下の向こうでドアの開く音がした。
愛理は俄かに姿勢を正し、廊下の側を見つめる。唇を固く結び、唾を飲む。
「ごめ~ん!愛理ちゃんお待たせっ♪新しいコの面接が長引いて遅くなっちゃった♪」
小刻みに足音を鳴らしながら、史織が忙しなく部屋に姿を現した。
衣服の下で殊更に主張する乳房を左右に揺らし、大きな口を顔いっぱいに広げて笑っている。
脱いだコートを事務用椅子にかけると、そのままの流れで愛理の座るソファに移動する。
かなり急いで来たらしく、冬場なのに史織の額には薄っすらと汗が滲み、ソファに腰掛けたあとは両手でぱたぱたと顔を煽ぐ仕草を見せる。
「はぁー……じゃあ、さっそく本題に入ろっか♪」
「ええ……」
史織は肩にかけたバッグを机の上に置き、いそいそと長型の白い封筒を取り出すと、愛理に手渡した。
「はいコレっ♪愛理ちゃんのお給料♪最近は指名も多かったから、そのぶんバックも弾んでるわよ❤︎」
「あっ……ありがとうございます……えっ!?」
封筒を手渡された瞬間、愛理は思わず声を上げてしまった。
(重い……コレ全部……!?)
興奮と身震いを史織に悟られぬように、愛理は素早く封筒を自らのバッグにしまう。
思わずニヤけてしまいそうになる口角を、必死に口を閉じて平静を装う。
そんな愛理の分かりやすい動揺を、史織はソファにもたれながら満面の笑みで見届けた。
「そんな現ナマ、触ったこともないかしら?」
「……えぇ……正直、予想以上だわ……」
史織を前にして取り繕えないと観念した愛理は、率直な感想を述べた。
「愛理ちゃん、1ヶ月頑張ってくれたもんね♪ARISAの見立て通り、〝セックスの天才〟なのかも……❤︎」
「……それ、褒められてるのかしら?」
愛理は苦笑いで応え、ティーカップを傾けひと息つくと、史織に確認したい〝本題〟を自ら切り出した。
「ところで史織……私はこのあとどうなるのかしら?」
「ふふっ……愛理ちゃん自身は、どうしたい?」
脚を組んで頬杖をついた史織は、まっすぐに愛理を見つめて微笑んだ。
「ウチのサークルは、セックス産業ならひと通り網羅しているわ。SMクラブでも、ソープランドでも、AVでも……愛理ちゃんがどんな世界で輝きたいか……きっと適任の場所があるはずよ♪」
サークル会員の教育担当として、史織は愛理の潜在能力に委ねるように自主性を説いた。
〝貴女なら、どんな環境でもやっていける。自信をもって、貴女自身の才能を信じて……〟
だが、愛理はそんな史織の言葉を強い口調で遮った。
「史織、私はそんな〝表向き〟の模範回答を聞きたいワケじゃないわ」
「……?」
「私、このサークルでやっていくからには登り詰めたいのよ。そのためにはどうしたらいいのか、それを教えて頂戴」
愛理の低く鋭い声。
史織から、笑顔が消えた。
4
一見して和やかに思えた事務所の空気が張り詰める。
2人の間には長い沈黙の淀みが、息苦しくなるほどに充満していた。
先に口を開いたのは史織だった。
「登り詰めたい……かぁ。ちょっと愛理ちゃん、考えが甘いんじゃないかな?」
「私は本気だけど」
背筋をピンと伸ばした愛理は、微動だにせず史織を見つめる。
史織は口元に小さな笑みを浮かべながら、鬱陶しげに前髪を掻き上げた。
「売り上げだけではサークルで登り詰めるなんて到底無理よ?何百人っている会員みんなを納得させられるような、抜きん出た才能とカリスマ性が無きゃダメなの」
聞き分けのない愛娘を諭すように口調こそ穏やかな史織だったが、眉間には深い皺が刻まれている。
「愛理ちゃんがネットの出会い系ではちょっとした有名人で、ARISAちゃんもお墨付きを与えるくらいのルックスを持っているのは認めるわ。だけど、今の愛理ちゃんでは組織のトップを狙うどころか、せいぜい幹部の愛人かプライベート奴隷が関の山……ってトコ」
史織の容赦ない品評に、愛理の顔が俄かに色を帯びる。
「随分と見くびられたものね。だったら納得させればいいのよね?アナタだろうが、ARISAだろうが、相手は誰でもいいから私の実力を証明してあげる。場を設けてもらえないかしら?」
「威勢だけは一丁前なのは1ヶ月経っても変わらないのね♪私とヤッて手も足も出なかったコト、忘れちゃったの?」
「今でもあの時の私だと思ったら……大間違いよ?」
愛理はテーブルに手を置き、前のめりに史織の顔を睨みつける。ネコ科動物のように、いつでも飛び掛かれるとばかりの臨戦態勢の構えだ。
いきり立つ愛理に、史織は呆れた様子で肩を竦める。
そして、腕組みしたままソファの背もたれに身を沈めると、上目遣いに愛理を見据えて語りかける。
「愛理ちゃんがそこまで言うなら……私の権限でボーナスチャンスを与えちゃおっかな♪」
「……?」
(チャンス?一体何を……)
困惑する愛理を他所に、史織はおもむろに上着のポケットからスマホを取り出し、電話をかけ始めた。
その相手の名に、愛理は息を詰まらせる。
「もしもーし?ARISAちゃん?おつかれー♪」
5
電話の相手はサークル主催者のARISAだった。
(あっ……ARISA!?)
思いもよらぬ展開に、愛理も動揺を隠せない。
現状の扱いへの不満を史織に訴えた結果、出てきたのがサークルの〝絶対女王〟とは……。
だが、よくよく考えてみれば史織はサークルのNo.2であって、彼女が相談するのであればそれはもうNo.1のARISAを置いて他に存在しない。
「ちょっと今、愛理ちゃんとお話ししててね~……愛理ちゃん、今のサークルでの立場がご不満みたいなの♪」
スマホを片手に、ちらちらと愛理の方に目配せをする史織。
だが、愛理は冷静に史織の様子を窺っていた。
電話越しの相手がARISAであるという確証はどこにも無い。史織が動揺を誘うために、電話をかけるフリをしている可能性もある。
(乗せられちゃダメ……平常心よ)
愛理は乾いた唇を舌で湿らせ、脚を組み替える。その間も、史織の挙動から目を離すことは無い。
「うん、うん、ありがとっ♪それじゃ、その方向でお願いね❤︎」
通話を切ると、史織はテーブル越しの愛理に微笑みかけた。
「んふふっ❤︎面白くなってきたわよ愛理ちゃん❤︎」
細いキツネ目をさらに細くし、大きな口は真っ赤な口紅が耳まで裂けんばかりに口角を上げて笑う。
「ARISAちゃんに相談したら、ショーに出てみない?って♪」
「ショー……?それって……」
愛理の脳裏に、ARISAと出会った夜のSMバーの光景が浮かぶ。
柔肌に喰い込む荒縄、真っ赤な蝋燭の揺らめく炎、空気を切り裂く鞭の音。
そして、吊るされたM嬢はるかの甘い喘ぎと、瞳の艶めき──。
愛理は、昂まる鼓動を抑えながら恐る恐る史織に質問する。
「ショーって……どんなことを……?」
神妙な面持ちの愛理を揶揄うように、史織はケラケラと笑いながら応える。
「あははッ!気になるかしら?愛理ちゃんはどんなだと思う?ストリップかな?それともSMショー?のぞき部屋で公開オナニーかもしれないわね❤︎」
「真面目に答えてッ!」
緊張と苛立ち、虚栄心と恐怖心とが綯い交ぜになり、思わず声を荒げる。
「もうっ、そんなにコーフンしないで♪愛理ちゃんが一番輝ける、最適な場所を私が選んであげるから……❤︎」
史織はそう言うと、テーブルの上の温まった紅茶を呑み、ソファから立ち上がった。
「詳細が決まったら、また私の方から連絡するわ。多分、明日の夜には分かるから……お楽しみに♪」
脱ぎ捨てたコートに袖を通すと、史織はソファに座ったままの愛理に近づき、中腰のままハグをした。
「う……くぅ……」
コートの上からでも分かる史織の肉体の柔らかさと胸のボリューム。
シャンプーと香水、僅かに汗の混じった艶めかしい女の香り。
憎い女、油断ならない狡猾な女……。
しかし、愛理の飼い慣らされた身体はそんな女の〝戯れのスキンシップ〟に、否応なしに反応してしまう。
下唇を噛み、恨めしそうに史織を睨みながら、猫のような大きな瞳を潤ませて史織の身体を抱き返す。
「ふふ……可愛い愛理……❤︎」
史織は愛理の耳元で微かに笑い、愛理の背中をポンポンと二回叩くと、愛理を離れて踵を返し玄関へと向かう。
そして部屋を出る前に、もう一度振り向き愛理に告げた。
「愛理ちゃんっ♪私、貴女みたいな負けず嫌いなコ、大好きよっ❤︎」
「……ふんっ」
手をひらひらと揺らしながら戯けてみせる史織の背中を、愛理はひたすら睨み続けた。
史織の姿が見えなくなり、玄関の扉を開ける音。
その次に飛び込んできた言葉に、愛理は戦慄した。
「夏樹くらいじゃ相手にもならないみたいだし、次は誰にしよっかな♪」
「……ッッ!?」
6
(夏樹ッ!?やっぱり……!!)
「史織ィィ!!」
叫び声をあげて廊下に飛び出す愛理だが、すでに玄関に史織の姿はなかった。
「くッ……絶対許さない……ッ!!」
全身が総毛立ち、目の前が真っ赤に染まる感覚。
史織は、夏樹との〝事件〟を知っていた。
いや、彼女こそあの夜、夏樹を愛理に仕向けた張本人なのだ──。
疑惑が確信へと変わり、振り払ったはずの苦い記憶が沸々と甦る。
「あの女……あの女……ッ!!」
震える身体を両手で必死に抑え、やり場のない怒りに地団駄を踏む。
「はぁ……ぁ……くぅ……!!」
やがて愛理は、嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。
あの夜の恐怖を、怒りを、惨めさを、振り払おうにも止め処なく溢れる涙。
恭子とのセックスで、克服したかに見えた生本番への恐怖は、愛理自身が思っているよりも深刻なダメージを与えていた。
なぜ史織はそんなことを?なぜ夏樹は私を恨んでいた?まさか、ARISAまでも私の事を……。
考えれば考えるほど、自らの立場がサークル内でどのようなものであるか、全く分からなくなってくる。
カラダを売る生活の中で、自らが勝ち得てきたと思い込んでいた自己肯定感や優越感が、こんなにも呆気なく崩れ去るとは。
信じられる人間、頼れる人間は誰なのか。あるいは……。
全員、敵なのか──。
(だったら……とことんやってやるわよ……!!)
消え入りそうな闘志を、気力のみでなんとか保っている。
今の愛理にできる、精一杯のファイティングポーズだった。
7
都心の夜景が一望できるシティホテルの最上階。
ベッドの上には、全裸に顔を全頭マスクで覆われた2人の女。
互いに嵌めた首輪同士を細く長い鎖で繋がれ、口周りだけぽっかりと開いたエナメル素材の黒いマスクは、部屋の照明に照らされテラテラと安っぽい光沢を下品に帯びていた。
「お"ッ❤︎お"ッ❤︎お"ォッ❤︎」
「んぐゥゥッ❤︎イクッ❤︎イキますゥッ❤︎」
〝表情〟という、人間として極めて重要な人格を奪われた、マネキンのような愛奴同士が、互いの性器に電動マッサージ器を押しつけ合って切ない喘ぎを漏らしていた。
その様子をベッドの縁に座りながら見守るもう1人の女。
サークルの絶対女王、ARISA──。
紫のサテン生地のミニドレスから伸びた両脚を組み、頬杖をついて〝人形たち〟の鬩ぎ合いをじっと眺めている。
パシィン!
「ひッ❤︎……ぐゥゥ❤︎」
「早いわ、まだイッちゃダメよ。耐えなさい」
先に絶頂を申告した愛奴の尻に、ARISAは容赦なく平手打ちする。
「はぁぁッ❤︎無理ッ❤︎もう……無理ですゥッ❤︎イッちゃうッ❤︎イかせてくださいィィィッ❤︎」
愛奴は切ない涙声で絶頂の許可をARISAに懇願するが、女帝は決して首を縦に振ることはない。
「もう何度目なのかしら?アナタばっかりイカされちゃって……だらしないおマンコ、お仕置きしてあげなきゃダメみたいね……❤︎」
「嫌ァァ……お仕置きッ……ゴメンなさいィィ……あ"~!!ダメイクイクイクゥゥゥ~~~~❤︎❤︎❤︎」
プシャッ❤︎プシャッ❤︎プシッ……❤︎
遂に愛奴は、身体を震わせながら深い性的絶頂に達した。
股間からは噴水のように夥しい量の潮を噴き上げ、ベッドシーツを瞬く間に湿らせてゆく。
「お"ッ❤︎お"ォ……❤︎」
絶頂の瞬間にピンと硬直した肉体は、まるで糸の切れた操り人形のように脱力し、愛奴は自らの潮で濡れたベッドに勢いよく倒れ込んだ。
「また派手にイッちゃったわね❤︎ベッドがズブ濡れじゃない……18歳の娘に好き放題にイカされて、プライドも何もあったもんじゃないわね?」
「はァッ❤︎はァッ❤︎ゴ、ゴメンなさ……❤︎」
目元に笑みをたたえつつ、冷淡な口調で罵るARISA。
大の字に伸びたまま、自らの不甲斐なさを詫びる愛奴。
ARISAは彼女の顔面をぴったりと覆うエナメルの全頭マスクに指をかけると、手荒に剥ぎ取ってベッドの下へと投げ捨てた。
「あッ!?嫌ッ!……嫌ァァ……!!」
突如としてマスクを剥がされた愛奴は、露わになった素顔を慌てて隠そうと両手で覆う。
だがARISAはその手を払い退け、上からベッドに押さえつけた。
「よーく見せなさい、その下品なスケベ面❤︎歳下相手に何もできずにイカされまくってブッ倒れちゃう、惨めで情けないオンナの顔❤︎」
「はぁッ……はぁッ……そんな……」
ぐっしょりと汗に濡れ、紅潮した頬には乱れ髪がべったりと張り付き、はっきりとした二重の大きな瞳は切ない羞恥に潤む。
ぽってりと厚みのある艶やかな唇からは、プレイの余韻を残した熱い吐息が、甘い音色を孕んで洩れ聴こえていた。
肉欲にすっかり蕩けてしまった愛奴の顔はあまりにも卑猥で、淫靡で、そして美しかった。
「お願いしますッ……見ないでェ……❤︎」
「どうして?こんなに可愛いのに❤︎」
ARISAから目線を逸らし、泣き出しそうな声でイヤイヤと小さく首を横に振る愛奴。だがARISAは〝視姦〟を止めることはせず、尚更に顔を近づける。
「すぅ……んんッ、すっごく汗臭いわ❤︎このマスク、通気性悪そうだもの❤︎たっぷり汗かいちゃったのね❤︎」
「あッ!?あッ、嗅いじゃダメッ❤︎」
濡れた髪を鼻先で掻き分け、愛奴の頭皮を匂うARISA。
一瞬、その臭気に顔を顰めるも、その後も首筋、腋の下、胸と、鼻腔を鳴らしながら身体中を嗅ぎ続ける。
「ほら見てあげてっ❤︎アナタがイカせまくった女の、ヤラしい顔❤︎」
ARISAは横に座る、もう1人の愛奴のマスクも剥ぎ取る。
「はッ❤︎はッ❤︎はッ……ァ❤︎」
彼女もまた顔中を汗にまみれ、半ば放心状態で〝相方〟の恥ずかしい姿を虚ろな眼差しで見つめていた。
化粧気の無い、まだ顔にあどけなさを残す彼女は、まるで小水を我慢するように身体を揺すっては、消え入りそうな声で呟く。
「マッ……マンコぉ……疼く……ッ❤︎」
くねくねと腰をくねらせ、とうとうイかず終いのまま放置されてしまった性欲だらけの若い肉体を持て余しながら、ノックアウト状態の片割れを恨めしそうに睨んでいた。
8
ガチャ……
「ARISA?ちょっといい?」
ノックもされずに開けられた部屋のドアから、長身の美女が入ってきた。
「あら、ケイじゃない。私、見ての通り忙しいんだけど……❤︎」
ARISAから〝ケイ〟と呼ばれた女は、先日行われた事務所での「ビデオ鑑賞会」にも同席していた、ハーフ顔のサークル幹部である。
「忙しい……って、いつもの〝つまみ食い〟じゃないの。ふふっ……ズルい女王様だね……❤︎」
チュッ❤︎チュパッ❤︎
「んンッ!?んふッ……ゥ……❤︎」
ケイはARISAの言葉を無視しベッドに腰掛けると、何も言わずに若い方の愛奴を抱き寄せてキスをする。
愛奴は訳の分からぬままに唇を奪われ目を丸くするが、沸騰した肉欲を巧みな接吻で刺激され、すぐさまその愛撫に応じる。
「ケイったら、お行儀が悪いわよ?この娘たち、まだお勉強中なんだから」
「だったら尚更、マンツーマンの方が効率いいでしょ?ほら、この娘も悦んでるしっ❤︎」
「はァぅッ❤︎んくッ……❤︎」
ケイの白く細い指が、まるで蜘蛛の足のように愛奴の弾けるような乳房を力強く掴み、その甘い刺激に愛奴は思わず鳴き声をあげる。
絶対女王と呼ばれるサークル主催者のARISAに対し、まるで臆することのないケイという女。
「で?こんな時間に何しに来たの?まさかおこぼれ欲しさに来たワケじゃないんでしょ?」
ARISAは膝元で寝転ぶ愛奴の身体を優しく撫でてやりながら、ケイに〝本題〟を促す。
ケイもまた、舌で愛奴の首を舐りながら、大きな瞳だけをギョロリとARISAに向けて話し始める。
「例の彼女……愛理だっけ?あの娘、次の〝El Dorado〟に参加するって話を聴いたんだけど、それ本当?」
ケイの言葉を聞いたARISAは、目を見開いて驚きの表情を見せた。
「……初耳よ」
そう小さく答えたARISAの言葉には、明らかな〝怒り〟が込められていた。
ケイは右手を愛奴の秘部に伸ばし、指で大粒の陰核を捏ね回す。
「あッ❤︎あァッ❤︎ほォァッ❤︎イックッ❤︎マンコイクッ❤︎ヤバいヤバいヤバぃぃぃ❤︎あ"ァァァァァ……イ"ッ……グッ❤︎」
焦らされ続けた愛奴の肉体は、ケイの責めで呆気なく果てた。
「ふゥん、まぁ私もウワサで耳にしただけだけどね。ARISAが知らないなら、単なるデマって事でいいのかな?」
愛液に濡れそぼった指をしゃぶりながら、ケイはどこかわざとらしい口調でARISAに問いただす。
「私は何も聞いてないし、私だったら愛理をいきなりEl Doradoに参加させたりしないわ。たとえ、本人が出たいって望んでも……ね」
はっきりとした強い口調で否定するARISA。
眉間に皺を寄せ、唇を尖らせながら窓の外に映る都心の夜景を睨みつける。
ケイは恐る恐るという風に、再びARISAに問い掛ける。
「史織……ってこと?」
あえて言わずにいた名前をケイから先に出されたARISAは、深いため息をついて天井を見上げた。
「外から見えるほど仲良しサークルじゃないのよ、ウチは……」
9
愛理が疑った「史織の電話」の真偽。
実は愛理の推測は当たっていた。
史織はあの時、ARISAに連絡などはしておらず、愛理を目の前にしてスマホを片手に電話するフリをしていただけに過ぎない。
サークル会員の教育係、そして〝絶対女王の右腕〟としての地位を後ろ盾に、自らの思うがままに愛理の身柄を操り続ける史織という女──。
「もしもし、愛理ちゃん?この間の話だけど、日程と場所が決まったわよ♪」
「……!」
夜の22時。史織からの電話で告げられたのは、愛理の〝セカンドステージ〟の舞台だった。
「教えてよ、次はどこなの?」
憎むべき女の弾むような高い声が心底耳障りに感じたが、愛理は気を落ち着かせて受話器の向こうに集中する。
「とりあえず明日の19時に◯◯ビルの地下にある〝DEEP LOVER〟っていうバーに来てちょうだい?そこで説明してあげるわ♪」
「……分かったわ」
通話を終えた愛理は暫しスマホ画面を見つめ、小さく溜め息をついて満天の星空を見上げた。
(信じられるのは……私自身だけ……何が起きても……絶対に負けないから……!)
都心の灯りにも霞むことのない、冬の夜空に燦然と輝くオリオン座の頂点。
1等星、ベテルギウス──。
赤く燃えるその星を睨みつけ、愛理は新たな戦いの舞台へと踏み出す覚悟を胸に強く刻み込んだ。
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