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本章

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「うわぁ」

 柊が感嘆の声を上げた。

 広くはない店内に、所狭しと楽器がひしめき合っていた。高さをいっぱいに使った棚にも隙間はなく、昔の駄菓子屋さんのような風情だ。

 五人で商品に囲まれた店内できゃいきゃい商品選びをしたり、ガンザを振ったりしていたら、人当たりの良さそうな店員さんが話しかけてきた。
 雰囲気的に店長さんだと思う。

「打楽器探してるの? ジャンルは?」

 にこやかな表情とフランクな言葉遣いで、警戒心を抱かせない。

 ブラジルの楽器の他にキューバの楽器も扱っているようだし、ブラジルの楽器を探しているからと言ってサンバとも限らない。
 バテリアのひとたちが使っている楽器によく印字されているメーカーの品ばかりだから、サンバ専門店だと勘違いしそうになるが、色々なジャンルの演奏家が来る店なのだろう。

「スルドを探してます。サンバのエスコーラでセグンダを担当します」

 祷の回答は明瞭だ。エスコーラという単語はサンバというジャンルに限定された単語だと思うが、この店舗の利用者にはサンビスタがいくらでもいそうだから、サンバの専門用語を使用した方が話が早いと判断したのだろう。

「セグンダね。このサイズのなら全部セグンダとして使えるよ」

 やはり話が早い。というより、馴れてる。
 選ぶ方としても、打楽器というシンプルな構造の楽器で、メーカーも限られている。細かい種類が豊富な楽器でもないから、さほど悩む要素はない。
 他のスルドの奏者が使っている、よく見かけるメーカーは数種類。主要メーカーのスルドは一通り置いてありそうだった。

 大きさと素材が同じなら、あとは好みで決めて良いのではないだろうか。

 祷は実際に肩から掛けてみたり、叩いたりして、一番しっくり来たと思ったものを、さっと選んでいた。
 デザインさえも、後からチームのカラーやロゴで変えてしまうのだから、祷にとってこだわるポイントはほとんど無かったのだろう。

 金額が思っていたよりも安く済んだらしく、祷はパンデイロとガンザも選んでいる。わたしもガンザは買おうと思った。
 木製の四角柱のような形で、片手で持ちやすいものを選んだ。長方形部分の一面には塗装が施されていて、いくつかデザインに種類があり、祷とデザイン違いの同一の商品を買うことにした。

 穂積さんもパンデイロを買うようだ。祷と穂積さんに、店主らしきひとがパンデイロの奏法を披露していた。

 サンバのCDなんかも売っていて、みんな思い思いの買い物をしていた。


 スルドを購入した祷は荷物が大きくなってしまったが、帰りにみんなでカフェに寄ることになった。
 祷は密かに買い物の後に甘いものを食べにいくことは計画に組み込んでいたらしい。
 付き合ってくれたお礼に奢ると言っていたが、穂積さんは前にも出してもらっちゃったからと、ふたりの間でのやり取りを経て、年長者ふたりで分担するという着地になった。


 イベントまで、穏やかに、しかし着実に、日々は進んでいった。




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