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本章

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 両親への諦念がわたしを少し大人にさせたように思っていた。
 他人への期待などするものではない。欲しいものは与えられるのではなく、獲りにいくものだ。与えられるものに期待なんてしちゃいけない。
 それは、想われるということもだ。

 だからわたしは、キョウさんから与えられようとしている「想い」もまた、期待しないようにしているのだろうか。
 だとしたら、以前評された素直などとは程遠いところにまで来てしまった。それが大人なのだと言われればそうなのかもしれないが、単純に性格が悪くなったと思った。いや、元々そんなものだったのかもしれないけれど。


 それとも、わたしは相も変わらず子どものままで、無条件に「想い」を与えてくれる相手を試すように、甘えているのだろうか。
 だとしたら、無条件に愛してくれるはずの両親の代替をキョウさんに求めているのはわたしじゃないか。

 最低だ。
 どちらにしたってわたしは愚かでくだらなくて......それは今に始まったことではないけど、更に性根まで醜かったんだ。


 そもそも訊いても意味のない問いだ。
 わたしはキョウさんになんて言って欲しいのだ。求めるような答えがあったとして、そんな答えを与えられたとしても、それが真実かはわからず、性格の悪いわたしは今度はそれを疑うのだから。
 せめて、すぐ謝ろうと思った。キョウさんが口を開く前に。


 だけど、遅かった。

「......そう思わせちまってたならすまねェ。
誰かにモノを教えるなんて、ハル坊にバイクを教えて以来なもんでナ。勝手がわからんもンで踏み込みすぎちまったかもしんねぇな」

 キョウさんは、「オメーは大事な弟子だ。代わりとかそんなつもりはなかった。傷つけちまってたら申し訳なかった」と、もう一度謝った。

 違う! そんなこと言わせたかったんじゃない。そんな顔をさせたかったわけじゃない。
 でも、もう遅い。
 口から出た言葉は取り戻せない。無かったことにはできない。


 わたしはキョウさんがさっきまで座っていた椅子をただ見ていた。
 



「帰ろう?」

 着替えを終えた祷に声をかけられた。
 練習はいつの間にか終わっていたらしい。一時間以上も放心していたのか、わたしは。


 無言で立ち上がり、俯いたまま祷について行った。
 これもまた、傷心アピールだ。気を入れれば笑顔を作るくらいはできる、背筋を伸ばすことくらいはできるのに、それをしないのだから。

 今、わたしが一番嫌いなのは両親じゃない。わたし自身だ。


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