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本編第四章:魔物暴走編

第六十一話「カフェ」

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 四月二十九日の昼過ぎ。
 魔王軍襲来に端を発した慌ただしい事態はほぼ収束した。まだ、魔王国とトーレス王国との交渉などが残っているが、外交に関する話であり、俺たちの出番はない。
 国王アヴァディーンへの報告は特使であったリチャード王子とレスター・ランジー伯爵が行うため、俺たちはお役御免となった。

 ここからグリーフに戻ることもできるが、コストが掛かる転移魔法陣は使えないため、ゴーレム馬車になるらしい。
 俺たちだけなら自分で転移魔術を使えば、一瞬で移動できるのだが、急ぐこともないので目立たない方法を採るつもりでいる。
 このことをウィズに言うと、

「二日も掛けて移動するなど面倒じゃな」と言ってきたが、

「途中でセオール川に行ける。カールさんが言っていた切り裂き蟹リッパークラブの情報を調べられるからちょうどいいんだ」

「忘れておった! 美味い魔物のことを調べるのなら文句はないぞ」

 あっさりと前言を翻す。

 お役御免になったものの、王宮内であり勝手に歩き回るわけにはいかない。リチャード王子が言っていた案内役を待っていると、王子の護衛隊長だったケビン・ジェファーズが現れた。
 先ほどまでは白騎士団の正式装備である純白の鎧を身に着けていたが、今は白を基調とした騎士服に長剣という軽装に変わっている。

「お待たせしました。では、王都をご案内しようと思いますが、ご希望の場所はありますか」

 国王からもらった店のリストを見ていたが、本格的な料理店ばかりで軽く小腹を満たすようなところは載っていない。

「軽く食事と酒が飲めるところでしたら、どこでもよいのですが。例えば、馬車から見えたカフェなんかがちょうどいいかなと思っていますが、分かりますか?」

「何となく分かります。恐らくですが、見られたのは商業地区の大通りにあった店でしょう。馬車なら十分も掛からないと思います」

 ブルートンは丘の斜面を利用して作られた直径一キロメートルほどの城塞都市だ。
 王宮は西の端にあり、王宮のすぐ東に官庁街、南側に貴族街、中央の公園を挟んで南東が商業地区、北東が下町というのが大雑把な構成だ。

 商業地区の大通りということで七百メートルくらいしかないし、街を見てみたいという思いもあり、歩いていくことを提案する。

「十分くらいなら歩いていってもいいですね。王宮の馬車だと目立ちそうですから。ウィズもそれでいいな」

「我は構わぬ」とウィズは頷く。

「なるほど。では、歩いていきましょう」とジェファーズも同意した。

 国王の執務室近くにいたため、王宮内の最も奥まった場所にいた。そのため、革鎧などの装備は外しているものの、探索者シーカーらしい実用的な服であることから、非常に浮いている。侍従や侍女たちとすれ違う度に奇異の目で見られていた。

 王宮を出ると手入れされた庭園が広がっていた。一昨日は馬車の窓からチラッと見ただけだが、よく見るとヨーロッパの城にあるような見事な庭だった。

「素晴らしい庭園ですね。園遊会なんかも開かれるのですか?」

「ええ。普段はそれほど頻繁ではありません。ですが、この季節は特に美しい時期ですから、割と行われておりますね」

 そんな庭を横目に見ながら、城門に向かう。
 城門は大型の馬車が通れるほどの大きさがあり、左右には銀色に輝くフルプレートアーマーを身に着けた兵士が直立不動で警護している。
 ジェファーズは近衛兵と言える白騎士団の隊長であるため、兵士たちはピシッとした敬礼で俺たちを見送った。

 城門を出ると官庁街になるのだが、官庁街と言った堅いイメージはほとんどなく、オレンジ色の屋根に白い漆喰の三階建ての建物が並ぶ姿はテーマパークのようだ。
 ただ歩いている人たちは落ち着いた燕尾服のような服を着ているものが多く、テーマパークというより映画の撮影のような印象を受ける。

「この辺りにはあまりお店はないのですね」

「ないわけではないのですが、ほとんど路地裏にあります。それにこの時間からお酒が飲めるところはほとんどないですね」

 官庁街らしく、昼間から酒が飲める感じではないようだ。

 そんな話をしながらメインストリートを歩いていく。
 メインストリートと言う割には狭く、幅は十メートルもない。

 勾配は急だと感じなかったが、振り向くと結構下っていることに気づく。道も真っ直ぐではなく、蛇行していた。
 恐らくだが、王宮を守るために道幅を狭くし、真っ直ぐ向かえないようにしてあるのだろう。

 五百メートルほど東に進んだところで、五十メートル四方ほどの広場に出る。中央に高さ二十メートルほどの赤レンガの塔があり、頂部には大きな時計と鐘があった。

「時計塔です。定時刻に鐘がなるようになっています。時計が珍しい時代の名残なんです……」

 時計自体はグリーフの町でも結構見ているが、これも流れ人の功績らしい。元々機械式の時計はあったそうだが、大掛かりなものしかなく、それを流れ人が魔導具で再現したため、大きく普及したそうだ。

「……本来ならいらないんですが、緊急時の警報にも使えますし、無くなると何となく寂しいという理由で残されていると聞きました」

 この広場の通称は“時計塔の広場”というそうだ。

「正式名称もあるそうなのですが、みんな忘れていて、そう呼んでいるんですよ」

 ジェファーズの最初の印象は真面目な騎士というものだったが、意外に話し上手で、ウィズは「なるほどの」と感心している。
 内務卿であるランジー伯爵は俺たちをこの国に留めるため、気を使っている感じだが、ジェファーズには詳しい事情を説明されていないらしい。俺としてはこの方が話しやすいので問題はない。


 時計塔の広場を過ぎると、商業地区になる。
 通りの左右には多くの店が並び、人通りも一気に多くなった。
 メインストリートに面した店は商社のような重厚な雰囲気のところもあるが、雑貨店や洋服店なども多い。通りに面した側の窓にガラスが多く使われていることから華やかな感じを受ける。

「賑やかなところじゃな。グリーフの商店街も多いと思ったが、ここは更に多いの」

「この国で一番賑やかなところです。この辺りに目的の店があると思いますので、気に入ったところがあれば、おっしゃってください」

 通りギリギリまでテーブルが並ぶ、オープンカフェがいくつもあった。しかし、聞いていた話と少し違うことに違和感を持つ。

 グリーフの和食店“ロス・アンド・ジン”のマシュー・ロスから、ブルートンには和食や麺類の店が多いと聞いていた。他にも鉄板焼き“ミッチャン”のミッシェルから聞いた話でも鉄板焼き屋も多いということだった。

 しかし、メインストリートを見る限り、おしゃれなオープンカフェやビストロ風の洋食店はあるものの、他の店が見当たらない。
 そのことを聞いてみると、

「おっしゃる通り、そう言った店も多いですが、確かに大通りにはありませんね」

 ジェファーズも理由は知らないらしい。
 麺類や鉄板焼き屋は単価が安いから、家賃の安い場所にあるのかもしれない。

「それよりもどこに入るか、さっさと決めぬか。我は早う食べたいぞ」

 ウィズが急かしてきたので、適当な店を見つけて入ることにした。
 一軒のオープンカフェの前で止まる。
 小さめの丸いテーブルが通りに向かって並び、貴婦人らしきドレスの女性やおしゃれなジャケットを着た紳士が楽しげに会話しながら紅茶やワインを飲んでいた。

「ここにするか」

「我は構わぬぞ」とウィズがいい、ジェファーズも「私にも異存はございません」と言って頷いた。

 外から見た感じより中は広く、テーブル席の他にカウンターがあった。
 通りが見えるテーブル席に座ると、すぐにウエイトレスがやってくる。

「お食事でしょうか? それともお茶を召し上がられますか?」

 そう言いながらメニューをテーブルに置いた。

「軽く食べながらお酒を飲みたいのですが」というと、メニューを開き、

「お酒はビールとワインがございます。軽食はこちらにありますので、お決まりになられましたら呼んでください」

 メニューにはビールが五種類、グラスワインが赤と白が一種類ずつとボトルが十種類ほど載っていた。
 食事もサンドイッチやホットドッグと言った軽食から、揚物やステーキなどもあり、思ったより充実している。

「隊長さんのお勧めはありますか?」

「その“隊長さん”というのはちょっと勘弁してください。ジェファーズか、ケビンと呼んでいただければ」と苦笑する。

 街の中で隊長さんと呼ばれると気が抜けないから酒も飲みにくいだろう。

「そうですね。プライベートで隊長さんというのも変ですし、ジェファーズさんと呼ばせてもらいます」

「呼び捨てで構いませんよ。あれほどの腕を持ち、殿下が敬意をもって接しておられる方ですから」

「いや、そう言うわけには……」と言うと、ウィズが焦れて口を挟んできた。

「そんなことより、何がよいのじゃ」

 ジェファーズは笑いながら、

「そうですね。この店には来たことがないのですが、ビールと揚物などどうでしょう?」

 意外にどっしりとしたものを選んだ。そこで魔導飛空船を降りてからバタバタとしていたことを思い出す。
 俺たちは飛空船の中でサンドイッチを食べているが、護衛は狭い座席なので何も食べていないのかもしれない。

「まだ昼食を摂っていなかったのですか? それなら申し訳ないことをしました」

「携行糧食を少し食べていますので大丈夫です。まあ、腹が空いていることには違いないですが」

 そう言って笑う。
 こういった店ならワインと軽いつまみの方がおしゃれでいいのだが、彼の意見を参考に選ぶことにした。

「なら、これとこれでどうでしょう。喉も乾いていますし、このビールで……」

 俺が適当に選ぶと、ジェファーズは「お任せします」といい、ウィズも「我もゴウに任せる」と言ってきた。

 ウエイトレスを呼び注文する。

「シュリンプのフライとフライドポテトをそれぞれ三人分、それに茹で落花生を二つ、飲み物はエールのジョッキを三つで」

 ウエイトレスはニコリと微笑むと、復唱して厨房に向かった。
 すぐにビアジョッキと小皿が載ったトレイを持って戻ってきた。

「エールと茹で落花生です。どうぞ」

 ジョッキはガラス製ではなく、金属製のおしゃれなものだ。持った印象では銅に錫のメッキがしてある感じだ。
 ウィズとジェファーズがジョッキを持ったところで、「それでは乾杯」と言ってジョッキを掲げる。
 口を付けると濃いホップの香りと苦みが広がる。
 エールはインディア・ペール・エール、いわゆるIPAに近い印象を受ける。

「苦みがあってスッキリとしておる。ナレスフォードのものとのもまた違ってこれも美味いの」

「確かに乾いた喉にはこの爽やかさが合います」

 ジェファーズも気に入ってくれたようだ。

「これは何じゃ? エダマメとも違うようじゃが」

 そう言いながら茹で落花生を摘まみ上げている。

「塩茹でした落花生だ。こうやって殻を割って中だけを食べるんだ」

 揚物は時間が掛かるため、手っ取り早く食べられるものとして茹で落花生を選んだ。意外にビールに合うので、日本にいる時にはビヤホールでよく頼んでいたものだ。

 柔らかい落花生の殻を剥くように割る。中にあるピーナッツを摘まんで口に放り込む。
 焼いたピーナッツとは異なり、豆らしい柔らかい食感と塩味、ナッツらしいコクが口に広がる。
 そこによく冷えた苦めのエールを流し込む。
 ピーナッツの甘さを感じ、更にエールの爽やかさが増す感じだ。

「うむ。これも美味いの」

 エールと落花生で時間を潰していると、揚物が出てきた。
 シュリンプのフライは日本の居酒屋でよく出てくる川エビの唐揚げより少し大きいくらいのサイズで、一口サイズのエビフライだ。
 フライドポテトは皮付きの櫛形のものだ。ケチャップとタルタルソースが載っており、小さめのフォークで刺して食べるようだ。

「どっちを付ければよいのじゃ?」

「好みだが、エビは白い方のソース、タルタルソースがいいだろうな。ポテトは赤い方のケチャップが定番だ。逆でもいいし、一緒に付けても面白いぞ」

 そう言うと、小エビフライをフォークで取り、タルタルソースに付けて口に運んだ。

「うむ。なかなか香ばしくて美味いの。ポットエイトで食した川エビのカラアゲとも違うが、こちらもなかなかよい」

「私も久しぶりに食べましたが、美味いですね。川エビのカラアゲとはイザカヤで出てくる奴ですか」

「そうじゃ。我はあれも気に入っておる」

「私も大好きですよ。特にビールによく合いますからね」

「そなたもよく分かっておるの。重畳重畳」と満足そうに頷いている。

 なぜかエビの話でウィズとジェファーズが意気投合していた。

 そんな様子を横目に見ながら、タルタルソースを付けた小エビフライを食べる。小さいながらもプリッとした食感があり、酸味が強めのタルタルソースによく合う。
 ホップの利いたエールを口に含むと、タルタルソースに使われているピクルスの香りが引き立ち、更に旨味が増した。

「確かに美味い。そう言えば、ジェファーズさんはこの街の出身なのですか?」

「ええ。生まれも育ちもブルートンです。もっとも私が住んでいるのは北にある下町ですが……」

 そんな話をしながら、エビとポテトを食べ、ビールを味わう。
 そろそろフライがなくなりそうなので、次の料理を頼もうとした時、通りが騒がしいことに気づいた。鎧に身を包んだ騎士と数名の兵士が何組も通り過ぎていく。

「王都の警備隊のようです。何かあったのかもしれませんので、聞いてきます」

 ジェファーズはそれだけ言うと、外に出ていき、騎士を捕まえた。騎士の方は驚きの表情の後、すぐに敬礼し、事情を説明し始めた。
 一、二分で状況の確認が終わったようで席に戻ってくるが、その顔にはやや焦りの色が見えた。

「何かあったのですか?」と聞くと、一度目を伏せてから、「申し訳ございません」と謝る。そして、事情を説明し始めた。

「我々を探していたようです。エドガー殿とドレイク殿に王宮に戻っていただきたいと陛下が申しておられるようです」

「陛下がですか!」と驚くが、周囲の目がこちらに向いたことに気づき、声を抑える。

「私たちに戻ってほしいと……どういうことなのでしょうか?」

「この場ではちょっと……ただ、お二人にお願いしたいことがあるようです」

 国王が直接依頼することだから機密事項だから、確かにこの場で説明するのは不味いだろう。

「ウィズ、王宮に戻るぞ」と言って立ち上がるが、ウィズはジョッキを手放すことなく、フライドポテトを食べていた。

「これを食べ終えたらじゃ。無論、もう一杯は飲むがの」

「緊急事態のようなのです。すぐにでも戻っていただきたいのですが」と言ってジェファーズが頭を下げる。

「後で飲ませてやるから、今は我慢しろ」

「既に仕事は終えたのじゃ。第一、我らは国王の臣下でも何でもない。命令に従わねばならん義理はないはずじゃ」と頬を膨らませる。

 ハイランドでも外に飲みにいけなかったし、彼女の言う通り、国王に忠誠を誓っているわけでもないので要請に従う義務はない。

「そこを曲げてお願いできないでしょうか」とジェファーズが必死の形相で頼み込んでくる。かなり切迫した状況のようだ。

 理屈で攻めても埒が明かない気がしたので、情に訴えてみる。

「なあ、ここはジェファーズさんのお願いを聞いてあげよう。少しだけとはいえ、一緒に飲んだ仲なんだから」

「うむ……」と考え込んだ後、「仕方がないの」と立ち上がった。

「飲み仲間は大切にせねばならん。トーマスがそう申しておった」

 グリーフのドワーフの鍛冶師、トーマスの言葉を思い出し、渋々ながらも従ってくれた。

「ありがとうございます」とジェファーズは頭を下げ、ウエイトレスを呼んで会計を始めた。

『国王の依頼とはいえ、これ以上付き合う気はないぞ。分かっておろうな』

『そのつもりだ。ただ、あの様子だとまた巻き込まれそうな気がするがな』

 そんなことを念話で話しながら、ジェファーズを待っていた。
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