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本編第四章:魔物暴走編

第六十二話「王国に迫る危機」

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 トーレス王国の王都ブルートンに戻り、商業地区のオープンカフェで軽い食事を摂っていた。
 しかし、王都の警備隊から国王が俺たちを探していると聞き、白騎士団の隊長、ケビン・ジェファーズと共に王宮に戻ることになった。

 商業地区から官庁街に入り、人通りも減ったことから、歩きながらジェファーズに何があったのかを確認する。

「あの場所では話せなくても、ここなら他に聞いている人はいません」

 そういうとジェファーズは周囲を確認してから小声で話し始めた。

「実はグリーフ迷宮の管理官が転送魔法陣で報告に来たそうです。詳細は警備隊にも明かされていないようですが、至急エドガー殿たちを呼んだということは魔物暴走スタンピードが発生した可能性が高いと考えています」

「スタンピードですか……確か、グリーフ迷宮では一度も起きたことがないと聞きましたが?」

「その通りです。ですが、管理官が転送魔法陣を使うことはスタンピード発生くらいしかありません。それに最強の探索者シーカーであるお二人に、至急戻っていただきたいということはその可能性が高いと考えます」

 ジェファーズの推論は筋が通っている。

「グリーフ迷宮の防備は結構しっかりしていたと思うのですが、それほど急がないといけないものなのでしょうか」

「数百年前のことなのですが、中規模の迷宮でスタンピードが起きたことがあったそうです。その際、十以上の町や村が巻き込まれ、死傷者は十万人にも及んだと言われています。グリーフ迷宮はこの大陸で最大規模の迷宮ですから、我が国の存続に直結する事態と言っても過言ではありません」

「そんな状況だとすると、私たちがどうこうできるような話でもないと思いますが」

 十万人の死傷者が出たということは、溢れ出た魔物の数は千や二千ではなかったはずだ。それよりも大規模ということは一万以上の魔物が溢れ出てくることになる。そうなると、いくら凄腕のシーカーとはいえ、たった二人では役に立つとは普通考えない。

「そうかもしれませんが、陛下には何かお考えがあるのではないかと思います」

 ジェファーズにも国王の考えは分からないらしい。

『スタンピードって起きたことがあるのか』と歩きながら念話でウィズに聞いてみた。

『我が最下層におった時には一度もなかったの』

『そもそもスタンピードってどうして起きるんだ? 別の階層に魔物は行けないようになっているから一つの階層に溜まるだけのような気がするんだが』

『我もシーカーたちが話しておったのを聞いただけじゃが、何でも魔脈マナヴェインから出てくる魔力マナが急に増えると魔物が増え過ぎて、迷宮が勝手に階層間の障壁を外すそうじゃ。我が封じられている時にはその兆しすらなかったから眉唾じゃと思っておったがの』

 迷宮は魔脈マナヴェインと呼ばれる魔力の吹き出し口のようなところに自然に発生する。そのマナヴェインからの魔力マナの供給量が増えると、迷宮内の魔物が増え、迷宮も大きくなっていく。

 つまり、魔力の増加があっても緩やかであれば、迷宮の成長と魔物の増加のバランスが取れ、迷宮内の魔物の密度はほとんど変わらない。
 しかし、マナヴェインからの魔力の供給が急激に増えると、迷宮の成長が追い付かず、安全弁が開くように階層に設けられた障壁が解除される。そのため、下層の魔物が上に上がり、それに押し出される形で上層の魔物が溢れ出てくるらしい。

『お前がいた千年間は、マナの流れは同じだったんだろ? どうして急に……』

 そこでウィズの姿を見て、ある考えが浮かぶ。

『……もしかしたら、お前を封じるための魔力がいらなくなって魔力が余るようになったんじゃないのか』

 ウィズを封印するために使っていた魔力が突然不要になり、その魔力が魔物の増加と迷宮の成長に使われた。しかし、魔物の増加の方が早く、迷宮の成長が追い付かなくなり、スタンピードが始まったのではないかと考えた。

『うむ。それはあり得るの。我を封じるには我以上の魔力がいる。あれほどの迷宮でも相当な量を使っておってもおかしくはないの』

 魔王の侵攻といい、今回のスタンピードといい、ウィズを解放したことが発端らしい。

『そうなると俺たちが原因ということか。何とかしないといけないな』

『我らでやらねばならぬことなどなかろう。神が手を出せばよいだけじゃ。我を解放したのは神なのじゃからな』

 ウィズにとっては完全に他人事だ。

『そうは言っても、グリーフにはトーマスさんやマシューさんたちがいるんだ。放っておいたらあの人たちが死んでしまうんだぞ』

『それは困る!』

 ウィズも危機感を持った。

『どうすればいいと思う? 二人でちまちま倒しても埒が明かない気がするが』

『迷宮ごと焼けばよい』

『迷宮ごと? 入口で出てくる魔物を焼くんじゃなくか』

『それでは下から上がり切るまで焼き続けねばならんから面倒じゃ。マナヴェインを操作すれば内部を焼き尽くすことができる』

 竜の姿になって入口でブレスを放ち続けるのかと思ったが、それよりも過激な迷宮ごと焼く案だった。以前、魔人族が逃げ込んだ迷宮の魔力を操作し、マナヴェインを暴走させて迷宮ごと焼いたことがあるので、今回もそれをやろうというのだ。

『それだと残っているシーカーも全滅するな……とりあえず、それは最終手段だな。国王陛下の話を聞いてからどうしたらいいか考えよう』

 そんなことを念話で話しながら歩いていると、城門に到着した。
 門でも先ほど外に出た時とは異なり、慌ただしく役人たちが出入りしていた。一昨日、ハイランドに魔王軍が侵攻してきたという情報が入った時よりも慌てている感じだ。

 ジェファーズが衛士に向かって、

「白騎士団のジェファーズだ。陛下のご命令でエドガー殿とドレイク殿をお連れした」と告げ、そのまま入っていく。

 本来なら身分証明書のチェックがあるはずだが、完全な顔パスだった。それほど事態は逼迫しているらしい。

 王宮の中に入ると、外と同じく、役人たちが慌ただしく走り回っていた。その中には騎士団の関係者もおり、戦争が始まったと見まがうばかりだ。
 実際、遠く離れたハイランドの王都に侵攻してきた魔王軍より、直線距離で僅か六十キロメートルしかないグリーフ迷宮のスタンピードの方が危機的な状況だということだろう。

 つい二時間ほど前にいた国王の執務室に戻ってきた。
 ジェファーズが先に入り、状況を確認すると、すぐに入るように指示が出る。
 中には国王と宰相、騎士団長らが協議を行っていた。そのテーブルの一番端ではグリーフ迷宮の管理官、エリック・マーローが汗を拭きながら説明を行っている。

 俺たちの姿を見た国王が、「寛いでいたところを申し訳ない」と謝罪するが、すぐに宰相のジャーメイン・ドブリー侯爵が話し始める。

「先ほどグリーフ迷宮でスタンピードの発生が確認されました。まだ、出口には到達していないようですが、オークの上位種が百階層に、オーガやミノタウロスが三百階層に現れたという報告があったそうです……」

 オークの上位種は百五十階層より下層に、オーガやミノタウロスは三百五十階層より下層にいる魔物だ。既に五十階層ほど上がってきているらしい。

「……運よく脱出できたシーカーからの報告ですから、実情は更に酷い可能性もあります。更に間が悪いことに、防衛隊が減っております。急ぎ伝令を送りましたが、戻るのは明日以降です……」

 グリーフ迷宮には常時駐屯している防衛隊約千名がいる。しかし、魔王軍襲来の報を受け、三分の二をハイランド救援に回したそうだ。

「それに加え、迎撃すべきシーカーが迷宮から脱出できないことも問題です……」

 迷宮から脱出するには十階層ごとにある転送魔法陣を使う必要がある。通常、シーカーたちは転送魔法陣から迷宮に入り、数階層下に潜って二日間ほど狩りをする。
 一階層辺り最低二キロメートルは歩かないといけないからすぐには脱出できない。

 それに転送魔法陣のある部屋は上の階と唯一繋がっているところだ。時間が経つにつれ下層の魔物、すなわち強力な魔物が魔法陣のある部屋を通ることになる。そのため、スタンピードの初期以外、脱出は難しいだろう。

「……迷宮管理局が把握している限りですが、三分の二ほどのシーカーが迷宮に入ったまま出てきていないということです。騎士団の精鋭を派遣しましたが、ハイランドに派遣する予定でしたので、白騎士団の一部しか送り込めておりません。グリーフ迷宮防衛隊一個大隊が防衛に当たっていますが、戦力的には圧倒的に不足しております……」

 転送魔法陣は高レベルの魔物から採れる魔力結晶が必要であり、送り込めた騎士は団長以下、二十名ほどしかいない。他には俺たちがヘストンベックから乗ってきた魔導飛空船を使うことになるが、それでも送り込めるのは一度に二百名程度だ。

 王国軍は防衛隊三百人に白騎士団二百人を加えても、五百人程度にしかならない。迷宮出口では一度に五十人程度しか戦えないから、問題はないように見えるが、オーガのような大物が相手の場合、複数の兵士で取り囲んで戦う必要があり、あっという間に戦力は底をつくだろう。

 宰相の説明が終わると、国王が「そこで貴公らに頼みがある」と言って頭を下げる。

「二百階で下から上がってくる魔物を迎撃してほしいのだ」

「私たち二人だけでやれとおっしゃるのですか? 私たちに死ねとおっしゃるのでしょうか」

 実際には俺たちなら六百階層の魔物であるアークデーモンが群れを成して来ようが、無傷で戦い続けられる。ただ、国王が俺たちのことをどう考えているのか知るために常識的な問いかけをしてみたのだ。

 俺の問いに国王は真剣な表情のまま、「そのようなことは考えていない」とはっきり言い、

「貴公らは魔王アンブロシウス殿より強い。最低でもレベル八百はあると見ている。であるならば、レベル三百五十程度のオーガやミノタウロスの上位種程度であれば、いかほどおろうと脅威ではない。その前提でお願いしている」

 予想通り、国王は俺たちの実力をある程度把握していた。

「……分かりました。グリーフ迷宮管理局に所属しているシーカーですから、義務は果たします」

 俺たちがやるメリットはほとんどないが、やらないと友人たちが死ぬことになる。

「やってくださるか! かたじけない!」と国王が俺たちのところに来て手を取る。

「すぐに転送魔法陣の準備を! マーローはグリーフに戻り、ダルントンに伝えよ。迷宮出口を死守せよと」

 俺たちはマーローと共に転送魔法陣の部屋に向かった。

■■■

 ゴウたちが立ち去った後、国王アヴァディーンはへたり込みそうになるが、意志の力でそれを抑え込み、宰相に話しかけた。

「これで何とかなると思うか」

 宰相は首を横に振り、

「魔王が恐れるほどの強者つわものとはいえ、たった二人では難しいでしょう。小職としましては、最初の提案通り、エドガー殿たちを出口に配置して大物を排除してもらう方がよいと考えております」

 宰相の考えた作戦は、迷宮の出口にある迷宮管理局に戦力を集中し、そこで溢れ出てくる魔物を各個撃破するというものだ。これはスタンピード発生時の基本的な対応方針でもあった。

 この方法の欠点は溢れ出てくる魔物が時を追うごとに強くなることと、最終防衛ラインでの防衛になるということだ。
 つまり、人員に余裕がないと、疲労が溜まった状態で強力な魔物と戦うことになり、突破されれば、一気に外に出てしまう。

 今回国王が採った作戦はゴウとウィスティアを二百階層に送り込み、そこで強力な魔物を食い止めつつ、他のシーカーたちが迷宮の出口で迎撃するというものだ。

 狙いとしてはゴウとウィスティアという破格の力を持つ戦力を下層に送り込み、倒すのに時間が掛かる大物を処理させ、比較的短時間で処理できる上層の魔物を出口で食い止める。

 また、ゴウたちが食い止めている時間が長ければ長いほど、下層の魔物が出口に到達する時間が遅くなる。つまり、初期の戦闘での疲労を回復する時間を稼ぐことも可能になるのだ。

 更に未だに迷宮に残っているシーカーたちのうち、二百階層より上にいる者は下から上がってくる魔物が減るため、脱出できる可能性が出てくることも狙いの一つだ。

 しかし、これはゴウたちが二百階で一定時間、戦い続けられるという前提だ。
 格下が相手であっても命の危険が伴う作業だ。実力があったとしても、疲労が溜まれば思わぬところで綻びが生じる。

 シーカーの間ではレベル四百程度のシーカーのパーティがレベル三百五十程度の魔物と戦う場合、一時間に一回程度、一日でも三十体程度が限界と言われている。
 特にオーガやトロール、ミノタウロスなど耐久力がある大物が相手の場合、一回の戦闘で疲労が溜まり、十分な休憩が必要になることは常識だ。

 宰相はその常識に鑑み、ゴウたちを出口に配置する案を提案したが、国王は一日でミノタウロスの上位種を百五十体以上倒した実績から、二百階で戦い続けられると判断した。

「エドガー殿たちの実力は計り知れぬ。そなたの言う通り、いかに彼らとは言え、余も荷が重すぎると思っている。だが、あれほどあっさりと了承してくれた。自信があるということなのだ。今はそれに賭けるしかなかろう」

「確かに賭けでございますな」と宰相は頷くが、すぐに別の懸念について話し始める。

「民たちの避難が不安です。既に実行に移すよう命じておりますが、誘導する騎士や兵が少なすぎます。ハイランドに向けて騎士団を派遣したタイミングに当たったことが不運でした」

 本来であれば、グリーフ迷宮には一千名の兵士が駐屯しており、その一部が住民たちの避難を誘導することになっていた。しかし、ハイランド救援のため、七百名もの兵士を移動させており、住民の誘導を行うことができない。
 若手の兵士や迷宮管理局の職員を中心に住民の避難を進めているが、近衛兵である白騎士団をグリーフに派遣しても全く手が足りていなかった。

「可能な限り白騎士団を派遣せよ。王都の守りが一時的に下がっても構わぬ。一人でも多くの民を救うのだ」

 国王の命令に宰相は「御意」と答えた。
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